12.遠い昔の遠い記憶
四年前の夏。俺は鬱屈とした気分を発散するためにゲームを作っていた。といっても、何かプログラムを書いたりするわけではなく、既製品を組み合わせるタイプのフリーソフトを用いてだ。
当時の俺はモラトリアムまっただ中。それならそれでガキらしく脳天気に過ごしていればいいものを、自分のアイデンティティについて悩んでいた。良くある話だろ? ユングかフロイトにでも聞いた方が早く済む簡単なことさ。
だが、その時の自分にとっては至極重大なことだったので……そのモヤモヤとか不安を、ゲーム作りに昇華することにした。もともとゲームは嫌いじゃ無い方だったし、何かを“創る”事に対しての興味もあった。それに、学生という身分はそれなりに自由に使える時間も多いしな。
「……」
確かに、俺の作っていたゲームは、この異世界のようなコテコテのファンタジーだった。特殊な力を持つキャラクターが巨悪を倒し姫を救う、そんなありきたりな物語に沿ったものを。
どことなく、この世界に感じていた潜在的な違和感……そうしたモノが、ヴィオレッタの言葉によって自覚した……“させられた”と言ってもいいが。
しかし、だ。俺はそのゲームをインターネットの海に放出する事は無かった。過程はどうあれ、俺以外の人間がその“世界”を知ることは無かったはずだ。
……あぁ、最悪だ。こうして脳内の記憶を掘り起こしていると、記憶の引き出しの奥底にしまいこんでいた“どす黒い”何かが顔を見せそうになる。
とにかく──俺は確かにこの世界を知っている。だが、俺以外の人間は誰も知らない。
なぜ……こんなことになっているんだ?
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「ウイルス、と言っておきましょう」
「……コンピュータウイルスか?」
「えぇ。まさしく。少なくとも──この世界に漂う“エーテル”の力は……正しく“プログラム”の断片です」
エーテル。いつしかミーシャがそんなことを言っていたな。エルフにしか許されていなかった超常的な力だが……なんでもヴィオレッタ……姫様が万人にも使えるようにしたとかなんとか。
「それすらも設定だった、というわけか」
「この世界の創造主……全ての原因たるあなたに言われると、いささか腹が立ちますが、そうですね」
「……」
全ての原因だって? 悪いが俺がこの世界に来たのは初めてだし……この世界に生きる人々に何かをしでかした覚えは無いぞ。
「……九重さん」
「……えぇ。だからこそ、ご存じないのでしょうね。この“ヴァイオレット領”の外に……何も無いということを」
ヴィオレッタは、玉座の前から俺とヤマネコを見下ろしながら続ける。その“王女”様の声色にどこか怒りが込められていることは、俺にも分かった。
「ここは──あなたの作った“ゲーム”の世界そのもの。この世界の外……正しくは、この“ヴァイオレット領”の外には何も無い。何も存在していないのです──お分かりですか? 創造主、様」
「……」
皮肉めいた言い方だ。だが……反論のしようが無い。反論する言葉が浮かばない。だって、そうだろ。ヴィオレッタの言葉が“真実”であるならば──。
全ての原因は……俺のせい……じゃないか。
「──入りなさい」
ヴィオレッタの鋭い声が……俺の思考を遮った。だだっ広い玉座の間に響く音に導かれるようにして……入り口の扉が開く。
黒い影……顔を隠した怪しげな人物達が……ぞろぞろと俺達を囲む。
「……しくじりました」
ヤマネコは……俺にだけ聞こえるような小さな声でそう呟いた。変わらず……“王女”が俺達を見下ろしながら、口を開く。
「ミーシャ」
“影”の向こう側から──見知った姿が見える。見知った顔、見知った装い。だが──。
「彼らを──殺して」
──瞬間。俺の顔の横を突き抜ける風が通り抜けた。エルフ……ミーシャの持つ弓から放たれた“矢”は、そのまま玉座の間の壁に突き刺さる。
「次は……当てる」
「ま、待ってくれ──」
俺は──エルフの方へと手を伸ばす。あぁそうさ。情けない命乞いだろ? だが──今までの彼女の行いを見てきた俺には……どうにもこの状況が腑に落ちなかった。
勘……なのかもしれない。思い込みと言われればそれまでだが……俺にはとても……彼女が人を殺すような人物には見えなかったんだ。賊すら見逃した……彼女が。
「……さらばだ、“シロ”」
俺の視界に写ったのは……ミーシャが弓を引き絞る姿と、それからすぐに、俺に向けて再び矢が放たれる光景。
ヤマネコが俺に呼びかけている声が聞こえる。だが……内容までは分からない。
自分に“死”が迫っている瞬間……俺の脳は周りの光景をまるでスローモーションであるかのよに自分の網膜に出力していた。全てが遅く感じる。矢が自分に届く時間が……無限にすら思える。
しかし、だ。俺のその“体験”はすぐに終わった。なぜなら──。
「おやおや──減給ものですねぇ、ヤマネコさん?」
玉座の間の壁が壊れる轟音に、ミーシャさえも驚く。そして──そこから現れたのは異世界にはとても似つかわしくない全身スーツ姿の男……“機関”とやらのウルフ。
男は、正確な狙いをつけて……俺に迫る矢を“撃ち落とし”た。それには流石に……エルフも驚いたようで。
この場に居る全員に、一瞬だけ“隙”が生まれる。男──ウルフはその合間を縫うようにして──俺達の元へ……“突然”現れた。
「え──」
「質問は後で聞きます。今はとにかく──こちらへ」
そこまで言って、ウルフは胸元からスマートフォンを取り出す。何かのコードでも入力しているのか……素早く画面をタッチしたかと思うと──。
「……は?」
俺の身体と意識は……突如空間に空いた“虚空”へと──消えていった。




