11.世界
「……眠い」
まだ日も昇りきっていない明け方。俺とヤマネコは早々にミーシャに起こされ……ヴィオレッタ姫とやらの所へ案内されていた。どうにも、他の時間帯じゃ日程を抑えられなかったようで……こんな朝になったんだとか。
「にしても、早すぎじゃないか?」
「……そうだな」
……珍しい。いつものミーシャなら“これこれがああ”だの、色々と理屈を並べ立ててくると思っていたが……エルフから帰ってきたのはどこか力の無い返事。いや、彼女も朝の眠気にやられているのだろう。うん、そう思うことにしよう。
「……」
静寂が流れる中で、巨大な赤いカーペットの上を歩いて行く。この場に流れる厳かな雰囲気によって……どこか身が引き締まる思いが沸いてきそうになる。
「……なぁ」
「なんだ」
「ヴィオレッタ……姫様とは友人なんだとか。どういう関係なんだ?」
ミーシャは……俺の質問に対して足を止めることもなく、ただ淡々と長い廊下を進んでいく。
「……ただの、友人だ。もう、昔のことだがな」「……?」
鈍感だという自覚のある俺でも分かるほどに、ミーシャは“これ以上追求するな”という雰囲気を醸し出している……ので、俺もそれ以上は何も言わないことにした。
俺だって言いづらい過去はあるわけで、他人の“そういう部分”に軽率に触れるほど俺は無頓着な人間でも無い。
永遠に続くとさえ錯覚する長い廊下の先にあったのは……これまたひときわ大きな扉。だが、周囲に衛兵の姿等は無く……これといった警備体制も無い。何か……“エーテル”とやらを使って護りを固めているのだろうか。
「……ヴィオレッタ、連れてきたぞ」
ミーシャはその言葉とともに、大きな扉を両手で開く。ギギギ、という鈍い音と共に……その先にある空間の姿が露わになっていく。
「あら──ごきげんよう」
「……ど、どうも……ヴィオレッタさ……姫様」「堅苦しいのはおやめになって? わたくしも、あまりそういう言い回しは得意ではないの」
「……そ、そうですか。じゃあ……敬語だけは使わせてもらいます──」
がたん、という音に、俺の背筋が震えた。ミーシャが扉を閉める音にびっくりするほど……今の俺は緊張している。誰だってそうだろう? なにせ国家元首の前なんだから。粗相一つで首から上が無くなりそうだし。
「そ、それで……俺達に何の用でしょうか?」
「えぇ、それは──」
瞬間──ヴィオレッタが口を開く前に──。
「……」
ヤマネコが、銃を構えた。その銃口は……“ヴィオレッタ”に向けられている。
「な──」
俺が何か言葉を発する前に、ヤマネコは銃を発砲する。銃弾は“姫君”目がけて飛んでいくが──その物体が身体に到達する前に……停止した。
とても現実とは思えない光景だが……しかし実際に目の前で起こっているのだから否定しようが無い。確かに銃弾が──ヴィオレッタ姫の手前で、停止している。まるで、時間が止まったかのごとく。
「……現実、ですか。あなたの口からその言葉が出るとは思いもしませんでしたわ」
「……どういう意味だ?」
「……九重さん、下がって下さい」
そう言いながら、ヤマネコが俺の前に出る。……何なんだよ。いい加減誰か説明してくれ。気でも狂ってしまいそうだ。
「……既視感。それに、言葉が通じる違和感。あなたを取り巻くそれらの感情」
「……何だよ、何を言って……」
「あなたは、初めて訪れるこの世界に驚きを感じつつも、恐怖は感じていなかった、そうでしょう?」
ヴィオレッタは、玉座の間に鎮座しながら、俺にそう問いかけてくる。だが……確かに……彼女の言うことを全て否定することはできない……と思う。
言葉が通じるのは文化的基盤が共通しているから。だが……そんな事が本当に起こりえるのだろうか? 異なる世界、異なる文化圏において……共通の言語を持つ。そんな確率はそう高くないであろうことは、想像に難くない。
それに、俺はこの未知の世界に対して、“未知への恐怖”よりも“未知への好奇心”が勝っていた。ふつう、人間は自分が知らないモノに対しては恐れを抱くものだろう。それは、有史以前からホモサピエンスの遺伝子に刻み込まれた習性でもある。
──俺は、この世界を……知っている?
「当たらずも遠からず、と言ったところでしょうか。ですが……あなたに関係しているというのは間違いではないですよ」
「……知らない。知っているわけがない。……こんな光景、俺は見たことも──」
バンッ、という音と共にヴィオレッタが立ち上がった。玉座の肘掛けに拳を打ち付けて立ち上がった王女は……ただただ冷酷な視線をこちらに向けている。
「えぇ。当然、“見た”ことは無いでしょう。ですが“知っている”。当たり前でしょう? この世界を作ったのは──九重詩朗、あなたなのですから」
「……え」
言葉が出ない。脳内のシナプス間を考えが逡巡する。頭の処理能力が追いついていない。
──知っている? そんなはずない。こんな世界に心当たりなんてない。ない。ない。ない。ないんだ。ないはずなんだ。
「……ふふ。不思議に思わなかったのですか? あなたと初めて出会ったミーシャが……見たこともない“異邦人”であるあなたに、好意的な態度を取った理由を」
「そ……それは」
「向こう側の人間が……何の能力も無いあなたを……こちら側に呼んだ理由を」
知らない。知っているはずがない。けれども──どれだけ頭が否定しても……俺の身体が、ヴィオレッタの言葉を肯定している。
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一つだけ、俺には思い当たる節があった。遠い記憶。忘れたい記憶。思い出したくもない、苦しい記憶。
今から四年前。世界にダンジョンが現れるより一年ほど前の夏。義務教育終了を間近に控えた俺は──。
異世界を舞台にした“ゲーム”を──作っていたんだ。




