10.紫電の姫君、ヴィオレッタ
「……あ……その? お招きいただき……光栄です」
「こちらこそ、ですわ」
俺はなんとなく古風な言い回しで感謝を伝えてみると、それに対してヴィオレッタはスカートの裾を上げながらお辞儀をしてきた。なんとも恐れ多いことか。
王女の格好は……いかにも“王女”って感じだ。紫色の髪。宝石のように蒼い瞳。身に纏っている装束は、一目見て高価だと分かるほどに細部まで作り込まれている。
王族である身分を対外的に現すためにも、身の回りの細部に至るまで、そうした気を遣っているのだろう……なんて邪推していると、
「桔梗、客人の方々をお部屋へ通してさしあげて。……ミーシャは残って」
「……あぁ」
言葉では言い表すことができない……気まずさをこの場から感じる。とはいえ……桔梗の案内を断ることなどできるはずもなく……俺は一端、エルフと別れることになった。
どこか……哀愁の漂う表情でヴィオレッタを見る、ミーシャの姿を視界の端に収めつつ。
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「ヴィオレッタ様の用事が終わるまでここで休むといい。王女は多忙な身ゆえ、すぐに応対することはできぬでな。すまぬが」
「い、いえ。お気遣いいただきありがとうございます」
「……ふっ。急に敬うようになったじゃないか。我は堅苦しいのが嫌いでな。王女に対して敬う気持ちをもってくれるならそれでいい。その方がやりやすいだろう?」
……いやまぁ、それはそうだが。むしろ、こちらとしてもありがたいね。
「……そういえば、この世界で桔梗なんていう古風な名前もあるんだな」
「……何だ? 我の名が気になるのか?」
「そうじゃない、と言えば嘘になるかもな」
曖昧なやつだ、と桔梗は告げながらも、部屋の椅子に長身の武人は腰掛けた。部屋の後ろでヤマネコが荷物の整理をする音が響く中……“王女の臣下”が口を開く。
「ここより遙か遠い東の国……そこが我のふるさとだ。強者を探して流浪の旅を続ける中で……ヴィオレッタ王女に誘いを受けた、というわけだ」
案外シンプルなもんなんだな。てっきりもっと試験やら何やらがあるもんかと。
「王女は強気で正しくありながらも……どこか気まぐれなところもあってな。それゆえ、我のようなさすらいの異国人が、軍部を統括する宰相として登用されたというわけだ」
なるほどね。なかなかどうして、この国の王女はストイックなお方のようだ。
桔梗の発言に対して批判が出なかったということは、つまりこの国の民衆もそれに対して理解を示しているのだろう。
「今日はゆっくり休め。王女との謁見はしばらく後になるだろうからな。それまで十分に休息を取った方が良い」
「分かった。ありがとう、桔梗」
俺がそう言うと、桔梗は手を振りながらフランクな面持ちで部屋を出て行った。俺は、その後ろ姿を見送りつつ……部屋のドアが閉まる音と同時に、この部屋に居るもう一人の“異邦人”に声を掛ける。
「……結構無口なほうか?」
「あまり、こちらの世界で喋りすぎるな……との指示ですから」
「……言葉をつかえるのも演技、ってわけね」
いいね。まるで俳優だ。アカデミー賞受賞モノだな。
「……おちょくってますよね?」
「……いいや。ただ……あんたの意見を聞きたいと思っただけだ」
ヤマネコ。俺以外の異邦人にして……“機関”とやらのエージェント。未だ目的を明らかにしてはくれないが……それでも、彼女がこの世界を見て何を感じたのかは気になる。
「率直に言って、意外でした……と言うべきなのでしょうね」
「……この世界そのものが、か?」
「いえ……前にもお話した通り、世界そのものの存在は分かっていました。ですが……ここまで技術レベルが進んでいるとは、到底思い至らなかった」
そう言ってヤマネコは……近くにあった“明かり”を触る。ホテルにでもありそうな……小さなランプだ。
「この世界は、おそらく我々の世界とは異なるシンギュラリティを経た……あるいは……そもそも発展などしていない」
「……どういう意味だ?」
と。そこまで言って、ヤマネコは自分の口に人差し指を当ててみせる。ぶりっこポーズだ。背丈が低いせいか余計そう見えるな。
「すっかり忘れるところでした。おしゃべりしすぎるのが……わたしの悪い癖なんです」
「……そこまで言ったならもう変わらん気もするが」
衝立で仕切られた二つのベッド。俺はその片方に寝転ぶ。ふかふかのクッションのような布団のおかげで今日の快眠は約束されたようなモノだろう。
「……ミーシャさん、どうしたんでしょうかね」「……あぁ」
俺達は、桔梗の言うとおり、明日に備えて寝ることにした。だが……俺もヤマネコも同様に、ミーシャのことが気がかりだった。
「……別れたときのあの表情……ヴィオレッタという方と何やら一悶着ありそうですね」
「……単に哀愁に駆られているだけじゃないか? 旧友だなんだと言っていたわけだし」
しかし、今思えば。とんでもない偶然の連続だったような気がする。たまたま俺の家の裏庭に現れたのがこの世界の王女の友人で……その友人が“メルクリウス”のダンデライオンの主人と関係があって……。
今思うと、出来過ぎている。それこそ……まるでゲームのように……全てが必然であるような……そんな気さえする。
もし。これがヴィオレッタとやらが仕組んだ策略であるとすれば、俺達は飛んで火に入る夏の虫というやつだ。四面楚歌。逃げ場無し。ゲームオーバーだな。
俺は祈りながら眠りに着く。体がすぅっと脱力し、自然と視界が暗くなっていく。ただ──目を覚ましたときに“面倒”が起こっていませんように──そう願いながら。




