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アナザー・マジック・リベリオン  作者: 出雲・ツキ
一章:星の巫女
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第68話 思わぬ邂逅

その言葉は、どこか懐かしく聞こえる。

別に印象に残るわけでもなければ、ずっと聞いていたような特別視するものではない。

ただ単純に、深い意味もなく懐かしいと思っただけ。


「ねぇ、お姉ちゃんはどうなりたいの? このまま、お父さんがやっている研究っていうのに死ぬまで関わるつもりなの?」


その声の人物が、私を二人称で刺して語り掛けてくる。

目の前にいるその人物に対し秋と冬の間の寒さによって乾燥した自身の頬を、優しくかきむしりながら顔を向ける。

先日、風が吹きかけられても少ししか揺れない短い黒髪を持ち、私と同じような雪色に近い肌で全身を覆い、そして黒い真珠よりも黒い瞳孔をこちらに向けている。

その目は一切の光沢にも似た輝きを見せておらず、ただ黒く奥が見えないほどによどんでいる。

服装は薄汚れた藍色の半袖のTシャツ、ズボンは土汚れが染み渡っており洗っても拭えないとひと眼で思わせる。

それでも鬱屈としたような表情ではなく、少し明るさと微笑みをこれでもかというほどにまとっている。


どうやら私が父と行っている魔術の研究に対して、興味を示しているらしい。

私の父は正直に言えば【魔術の虫】。

食事や睡眠などといった生物に必要な生理的行動を放棄してまでも、魔術の深淵とその先にあるであろう未知なる可能性を求め、邁進という言葉では片づけられないほどに尽力している。

時おり私をその研究に同伴させ、新たな魔術という変なものの『被検体』というものにしているらしい。

そんな、最近やっと言葉を熟知してきた私にとっては、その学者肌の父が用いる言葉の意味はまったくと言っていいぐらいに理解できない。

他にも何か難しい言葉を文体に込める父の姿は、どこか墓標の直下から起き上がった死体のようにも見える。


「まぁ、そうだね。お父さんが成果を実らせるまで、私は共にするつもりだよ」


難しい理由などつけずに、率直に答える。

自身の知っていることやこれから起こるであろうことをまったく話さず、ただ父親の力になるという事だけを伝える。

すると目の前の人物はこちらが発した発言に驚くことなどせず、ただ目線と聞き耳だけを寄せている。


「そうなんだ……てっきり、自立したいと思っているのかと思ったよ」


微笑みを浮かべていた表情を、面食らったと断言できる面持ちへと変化させる。

だが面食らってしまいそうになったのはこちらのほうだ。

なんたってあそこまで魔術に対して興味非ずというような態度をとっていたこの人物が、なぜ藪から棒にこのようなことを聞いてきたのか……そのほうが気になって仕方がない。


「じゃあこっちからも聞くが、なんで勉学と天体観測以外に興味がないお前が、いまさらなぜそのようなことを……?」


疑問符を加え、真相を聞こうとする。

彼は顔を上空へと向け、こちらからは顔の部位の多くが見えないながらも、宙を仰いでいるというのが伝わってくる。

格好はまさに、見たい天体を探っているときと同じように見える。


「いや……魔術と星ってさなんだか似てるような気がするんだよ」


鼓膜を突く。

彼が語る一種の哲学のようにも聞こえる文言に、反射的とも言える速度で思考が働く。

魔術と星の関係か……まぁ、確かに幻想的とかいう部分は似ているが。


「魔術と星が似ている……どういうところがだ?」


答えを生み出すことは難しいと思ったため、目の前の人物にそのわけを問うてみる。

どのような回答が返ってくるかどうかはわからないが、少しの期待を伸ばしながら聞いてみる。


「似ているところはねぇ。無限の可能性かな……お父さんが言ってるじゃん、魔術は地平線のように追いかけど追いつけないって」


私の思っていたこととは裏腹に、彼の主張は比喩に満ちたもの。

魔術が持つ底なしの果てのない可能性について、その幼さの抜けない口癖で語ったものだった。

言っていることは全くわからないわけではない、私も昔から父に魔術は終わりがないと何度も言い聞かせられていたから。

「お前はすごいよ、魔術と星に一筋の関連性を見つけ出すなんて……私がお前と同じ年だった時は、星を見ても単純に綺麗だとしか思っていなかったからな」


ところどころ聞き逃してしまいそうなくらい、長い言葉を綴る。

相手に伝わっているかなと思い『▉』の居る方へと視線を向けると、微笑みを消し少し憤っているような顔が視線に映る。


起こる要素があったかのかと思い、先ほどの自身の声を脳内で再生するも特にそのようなものは見当たらない。

私は昔から無駄に記憶力だけはいいほうなので、そのようなことを見逃すことなど一切ないはず。


「お姉ちゃんって、すぐに自分の立場をこき下ろすようなこと言うよね。なんで、そうやって自分のことを嫌ってるの?」


思いもよらぬこと言われ、口を小さく開いてしまう。

何を言うべきかと手札を思案するも、それに対する適切な表明を作り出すことはできなかった。

いやなんというべきか、自分が今まで気づかなかった汚点に気が付かされているような……いや、ようなじゃないそれ‟そのもの„。


初めて遭遇したことに対し、どう反応すればいいかわからなくなる。

考えれば考えるほど退路が塞がれていく、まるで進めば足を取られて行く底なし沼に使って様な気分。


「いや……どういうことなんだ?」


あまりにも言っていることの意味に、理解の手が及ばなかったため聞き返す。

相手の表情も相手の度量もうかがうことなく、無理やり踏み入るように言葉を連ねる。

彼の反省する気も受け入れる気も無かったわけではない、単純にうなずくことができなかっただけに過ぎない。


「うーん、そうだな。お姉ちゃんは、自分が何のために生きてるとか考えたことなんてある?」


提示された問いに対し、思考をめぐらせる。

自分の価値とか存在意義を最後に考えたのなんていつ頃だろうか、その時なんて考えていたのだろうか。

……そうだな、私には。


「別に大した価値はないよ、自分の人生とかなんて……特別な意味を飾ることなく、生き続けるだけだよ」


軽率な声の音程で、言葉を投げかける。

相手が指を立ててくれるほどの共感を得られるとは特に思っていない、ただそうやって流れるままに答えを返しただけ。


「そっか……やっぱり、お姉ちゃんのことは理解できないや」


歯ごたえがないと、言っているような顔を見せてくる。

そんなに私と彼の間には相違点とかそういうのがったのか、こちらも靄≪モヤ≫がかかったような心意になる。


「言うなれば、聞いた意味がなかったということか? いや、それとも聞いて損したといった感じ?」


波に乗ったかのようにずかずかといったペースで、相手に言葉を畳みかける。

すると最初の表情が消えた顔を私の顔があるほうへと向け、目で追跡できるほどの遅さで口を開き始める。

まるで、澱んだ大気を食らうかのように。


「そうかもね……お姉ちゃんを理解できなかったということは、きっとそういう事なんだろうと思うよ。まぁ、いいやこんな事いつでも話せることだし」


すると目の前の人物はノータイムで口を塞ぎ、何かを考えこむような顔つきになる。

何を言ってくれるのか、何を私に聞き出そうとするのかという事を考えながら、わざとらしく視線を逃し空に目を移す。


満天のという表現が合うような空ではないが、空中には目に収まらないくらい広い青空が広がっていた。

夏時のような入道雲と呼ばれるほどに大きな雲は一つもないものの、秋の薄い空には中程度の大きさの雲が点在している。

この絶妙で風が吹けばすぐに壊れてしまうような、私好みな天候。


「本当に綺麗だな。いつまでも、こんな空が世界の果てまでも続いてくれたらいいのにな」


切望するほどに願っているわけではないが、出来ればという感じで祈る。

まぁそんなこと言いつつ、数時間後にはどんな天気が私の上で轟いているかどうかは、全くもってわからないのだけれど。


「そうだ……ねぇ、お姉ちゃん」


空の何とも言えない色合いに、情緒をふけらせていると横から声が聞こえる。

大空に飛び立とうとするくらいになっていた意識を、特徴もない声がした方向へと転がす。

乱れた髪を正しい状態へと修正するようになでながら、顔を動かした。


「どうした? なにか、まだ聞きたいことでも見つかったのか?」


お前に道楽を邪魔されたぞというような口調で、目の前で野原に座り込む人物へと言葉を語る。

その人物は口調からでは伝わらない私の憤りに気付くこともせず、準備完了と示唆するように体をのけぞりながら次の言葉を発生させる。



「魔術なんて、使ったりしてて楽しい?」



空気が破裂するような衝撃が、全身を駆け巡る。

こうやってな万時間にも匹敵する人生を歩んでいて初めて聞かされたからではない、当たり前すぎて驚愕しただけ。


「楽しいか。そうだな、楽しいよ……」


いつもやっていることを、声にするというのは不可能だった。

いつも違和感も感じることもなければ、この日常が確かな意味を持ちそして楽しいと感じれるくらいにやりがいがある、と考えこんだことなんて一度もない。

ただそうやって時間という川幅の中で、過ぎていくものだと認識していたのだから。


「そっか……お姉ちゃんはやっぱりすごすぎて、理解できないや。それか、本当に僕が理解しようとしていないのかもしれないね」


何か奥が見えないくらいに深い、意味ありげな言葉を発する。

だけれどそれを詮索するのは、大きな意味もなく気が引ける。

別に拒否反応とかあったわけでもない、そんなものがあったのなら今ごろ、適当な理由をつけて席を外している。


「ならいいじゃないか、それで……私が魔術を扱うのを日常とするように、お前も天体観測と勉学に熱中することに意味があるかなんて考えたことがあるか?」


問われてばかりでは納得がいかないというかのように、こちらも質問攻めという攻勢に転じる。

相手も当然のように何か考え込む体制へと入るような姿勢を見せるが、それは一瞬にも満たず散りゆく。


「意味があるとは考えてるよ。例えば、僕が死ぬまでに新しい星が、この野原で見る夜空に現れるのかなって考えたりとかさ」


なんとも私にとっては、意識が横揺れするくらいに眩しすぎる答え。

いつもの笑顔からは読み取れないほどに、こんな壮大な夢を抱えていたのかと圧倒されるように目を拡げる。

いや確かに、昔から……というか、物心が芽生えた時から理想的なことを語る奴だったけれども……。


「お前こそすごいって言葉が似合うじゃないか。私、驚愕したよ」


相手の立場を上げるために言ったのではなく、本心から言葉を漏らす。

目前の人物は少し口角を上げ、目に見えてわかる笑いの表情を浮かばせながら、こう漏らした。

何も紛れ込んでいない、純真から言っているものを。


「そうかな」


短い声が耳の中をめぐる。

まるで私が彼に与えた啓示を信じ切れていないと、暗喩しているように聞こえてくる。

無理な強硬手段を用いたところで、相手を言いくるめようにも効果がないだろう、ここは一旦触れないようにするのが賢明か。


「はは、まぁ信じるかどうかはお前次第だ。それに関しては、無理に言葉をはさんだりはしないよ」


だれがどう聞いても、曖昧に躱しているようにしか聞こえないことを口ずさむ。

だが彼はそれに耳を立てることはなく、私から目を逸らし変わらない鮮やかさを保つ空へと顔を向ける。


「でも、お姉ちゃんには一つ言いたいことがある」


誘われるように、彼の顔に視線を据える。

そしていつものように、自然そのものを身体で表現するかのように、彼はこう語り始める。


「もしその魔術を使う事に意味を見を見つけることができなかったら、誰かの盾として魔術を使ってみるのもいいんじゃないかな」


その瞬間、まるで壊れるように意識が乱れた。

気絶する直前に毎度見る、瞼が目の前の景色を断つように殺していく生臭い映像が、網膜に広がる。

目の前にいた平凡な彼の顔が瞼が作り出した、一寸先も見えなくなるような暗がりの裏側に消えていく。


「───そうか。誰かのために」


そんな戦場のように苛烈な状況を目の前にしながらも、彼が最後に言い残した言葉に私は束縛されている。

最後に問うように伝えられた、誰かを守るために魔術を行使すればいいという言葉が、いまだ私の脳裏を焙っている。

暗黙という一瞬で過ぎ去る雨の中に、その言葉と彼の声を抱えたまま潜っていく。


『こんな特別のカケラもないものを、誰かのために使うか』


何ともおとぎ話のような話。

自分が使えないと思っていたものが、何らかの価値を持つようになったという発展性もない内容。

だけれど、それがすごく自身の中で何一つとして代えがたいものではないのかという考えが、これまた私の思考に浮かび上がる。


「そうかもしれないな。この力を使ってみるのも、ありかもしれない……な」



これが私の中に記録されている、あの日の思い出だ。

以降の記憶は一切ない、その日はきっといつものように日常を過ごし何事も迎えることなく、終えていただろう。

もしいつもと違っていたとしても、平和に終えていたのは間違いない。

きっと、そうだと思う。





「ここが死地? 他人をあざけるのも、大概にしておいたほうがいいぞ。自身の力量に、甚大な信頼性があるとしてもな……」


遠い過去の思い出を改装していたような気分に浸っていると、真横でそれから目覚めさせるような声が聞こえる。

眠りこけるかのように沈んでいた意識が、その声によって強引に該当する勢いで取り戻させられる。


声も上げず景色を再認識した瞬間、自身が立たされている場所がどこであるか自覚する。

目線の先には調律されたピアノ弦のように美しい数万本ほどの数がある黒髪を靡かせている、まるで展覧会の人形のように佇んでいる一人の少女。

その手中には、紫色の半透明の槍にも見えるほどに長い直剣が、まるで肉体の一部かのように握られている。


「……っ」


その少女がこれよりこの黒い空間という、外部と隔絶されたある種の工房の中で為そうとしている所業を理解した途端、息を飲み干す。

そうだ……私は今、あの少女と牙を交えている。


「というか君、大丈夫かい? その横にいる凡作、今までぼーっと突っ立ているみたいだったけれど?」


少女の口からあふれ出る文章が、私の耳の中を巣に戻る蜘蛛のように這いつくばる。

機関銃のように発砲された言葉のすべてが、誰でもなく自身を指しているのだと認識する。


「……それがどうした。お前と言葉を交わしているのはこの俺だ」


私を目覚めさせた声が、少女の声に反発するような態勢をとる。

気になったというよりも、その声の人物の顔をなぜか見なければならないと思ったからだ。


「そうやって、自身の弱さにひるんでいるんじゃないのか?」


その声がしたほうへと、首筋をひねらせ顔を動かす。

目の前に映ったのは見覚えしかない、何度でも見ても忘れないような顔つきをしている。

そしてなぜかわからないがその表情を目に収めた瞬間、過去の記憶が蘇るような気分になる。


「……カンザキか」


彼女と横にいる人物が激しく言葉を交わしあっている中、小さく聞こえないほどに言葉を呟く。

横にいる人物と曖昧な形で称していたが、先ほど口にした名前の人物そのものだろう。

なんたって、彼の顔を見つめてこのような声が出たのだから。


「自分の弱さにひるんでいる……? そんなわけないじゃん、其れならこうやってお前らの眼前に姿を現してなんてないがね」


少女は連続するように放たれた青年の声に反旗を翻すように、皮肉を交えながらに言い返す。

彼の程よく整った顔には苛立ちとはまた違う色合いをした、私では読みとることができない表情を浮かべる。


「ああそうかい。逆にビビっているからこそ、弱さをひた隠すためにこうやってたちの前に姿を現したんじゃないのか?」


「さぁ、どうかね。それは君たちじゃないのか? ろくな攻撃手段がないからこそ、虚勢を張るためにこんな壇上を用意したとか?」


まるで私たちの心を見透かしているような、まるで背筋が震えるようなセリフを放つ。

その瞬間、先ほどまで枯れると思わせないほどの勢いで口を動かしていた青年の声が、それに反応するように停止する。


「おや、揺るぎない事実だったのかい? まさか、本当に私を倒すためにこんな地まで用意したのかい?」


少女はこちらを圧するように、軽やかに言葉を述べる。

今の彼女は先ほど私が言ったような美しさは持っていない、今やただ目の前にいる人間に太刀を振りかざそうとする殺人者そのものにしか見えない。


「まぁいいや。単純にブラフかもしれないし」


心変わりしたように、あの軽快な口調を捨て去り独り言のような口調で言う。

周囲の空気が鉛に変化したかのように、耐えながら息をするのも精が尽きるほどに重くなる。


「じゃ、ここで一つ」


少女が直剣を、消えた空の方向へと翳す。

有るはずもない刃が突き付けられている冷たい感覚が、じわじわというように肌身に染み渡る。

いつも攻撃の際に利用している慣れ親しんだ右腕が、まるで凍り付いたかのように動かなくなる。


「あ、そうだ。一応言っておくけどこれは攻撃じゃないよ、本腰を入れる前の余興だけれど、これで死なないでね?」


その言葉に合わせるかのように、宙に掲げられた紫色の直剣が振り下ろされる。

整った音もなくただ赤色に色づいたリンゴが木から落ちるように、ただ秩序に正しく卸されていく。


「────っ」


舌をかみしめながら息を飲み込む。

いや、どちらかというと反射的に目前で蔓延る危機を察知し、噛みついてしまっただけであろうか。


「避けろっ! あいつは殺すつもりはないが、こっちを嬲る程度のことはしてくるはずだ!」


青年が予測を交えながら、こちらに対し言葉を語る。

それに従順するかのようにあの紫色の直剣から放たれるであろう、間違いなく重傷に至る攻撃を避けようとする。


とは言っても、特殊な手順を踏むことはしない。

鳥が飛行の妨げとなるであろう障害物を避けるように、ただ体を当らないと思った方向へとのけぞらせるだけ。

こんな長ったらしく解説しているが、その行動はほんの数枚の作画程度もない。


「了解」


あの気色の悪い感覚を身に抱きながら、狙った向きへと飛翔する。

目覚めたばかりの朦朧とする意識でも認識できるくらいに、自身の体がはじかれる様に跳ねている。

鳥や空を翅で裂きながら駆ける飛行昆虫のように、優雅さのない効率的な動きをするだけ。


そして、自身の体が地上に降り立った時。

目の前に波のような形をした紫色の……いや、次元のはざまのような色をした斬撃が通過していく。


「なんて……やつっ」


思わず声が漏れる。

少女が放つ攻撃が微々たるものであろうとも、私にとっては規格外であることは判り切っていたこと。

だがこの火力は今までで、一度も見たことがない。



「そうやって私の挙動一つに驚いてるんじゃ、君に私を殺すというのは……重荷じゃないのかい?」


少女は心を読んでいるかのように、私に言葉の矛先を突き付けてくる。

だがこちらもそれに対して全くの無策というわけではない、いつもなら無駄なリアクションをとって、まるで燃え上がる炎に薪を投げるような行動をとっていた。

ならば今回はその逆である、わざと反応をしないという手を取る。


確かに意味がないように見えるものの、こういう行動をとることも戦略に関わってくるかもしれないから。


「それに意味があるかどうかは、棚の上にあげておいてだな……」


そんなことを考え口に出しつつ、次に巻き起こされる一手に対応するため、少女へと視線を向ける。

その場に立ちすくむというよりかは、まるで動く必要など一切ないというかのような姿勢で体を向けている。


‟あいつ、どうする気だ?„


彼女の次の行動を読もうと身構えるが、正直なことを言えばそれに効果はない。

即刻に対応するという意味はあるものの、彼女の気まぐれによってはこんなことをしたところで、地面を這いずる線虫をつぶすような要領で私を駆逐できるだろう。


「よぉし、じゃあ……次にいっ」


肉体に相応する、高く美麗に満ちた声を上げる。

そしてその背にすらそがれるような声であざ笑うかのように、声を発している最中……。

突如、少女の肉体が空間の壁に値する場所へと吹き飛ぶ。


「黙れ、喋るな。嗚咽も出ない」


少女の声をかき消すような、冷徹に一杯に詰まった声が聞こえる。

その声を発生源まで辿ることなどはせず、まるで他人事のようにわざとらしく聞き流す。


「やるねぇ、君」


壁に押し当てられた少女が、笑いながら声を上げる。

だが笑いはしつつもしっかりとした憤慨のようなものは、確実に混入していたのは理解できる。


「じゃぁ、こっちだってねぇ」


下を向きながら、相変わらず笑っている。

笑っているとは言ったもののそれは愉快という感情が灯ったものではなく、明らかに憤怒だけが籠っている。

私が笑っているように見えているのは彼女が下を向いて、顔の一部しか見せていないためなのかもしれない。


「お前らみたいな、クソガキをのめす手立てはあるんだよ」


彼女がまるで舞台の幕を開けるかのような速度で、ゆっくりと顔を上げる。

第一として笑っているようには見える、だがそのあとに感知したのは彼女の恐ろしさを引き立てるものだった。

口角はしっかりと上がっている、だが少女の切り取られた真珠そのものと見間違わせるほどの黒い眼には笑みは毛頭ない。


「今のは、十分と言えるくらいに痛かったけどねぇ。それ以上の痛さを君たちに忘れられないくらいに享受させてあげるよ」


直剣が、少女によって動かされる。

今回、直剣が選んだのは空ではなかった、選定したのは少女の前に立ちはだかる私たちにだった。


「あぁ、いいこと教えてあげる。まぁ君たちにとってはいいことではないかもしれないけど……私が何で、こうやって回りくどく戦うかわかる?」


先程から心臓が破裂しそうなほどに巨大な殺意を向けながら、まるで学者のような口ぶりで語りかけてくる。

そんなこと聞かれても『はい、こうです』とすぐに返答できるわけない、そもそも少女の問いに対する回答を考えることすら不可能。

今は、未来に起こる吉凶を考察することしかできない。


「あぁ、答えられないか。そもそも回答なんて求めてないからいいけど、私がこういうことするのはねぇ楽しいからだよ」


悪辣な笑みを浮かべながら、嬉々とした口調で答える。

彼女はそのような口調でありながらもまったく戦闘態勢は解いていない、もはや私たちに攻撃するのは執念に近いものに思えてくる。


「楽しい……か、なんてやつだ」


霞んで聞こえるほど、乾いた声で言う。

少女の耳には聞こえていないだろうが、こんな小さな声であっても聞き流していないのではないかと思ってしまう。


そう願った瞬間、こちらも攻撃態勢へと移行する。

別に正面を切って戦うわけじゃない、ただその場の流れに合わせて攻撃に出られる状態にしただけに過ぎない。

もとより、この戦いに勝機というのは見出していない、その代わりに敗北するかもしれないという恐怖が全身を凍り付かせている。


「でも……守れるのなら、そうできるのならこれでいい」


恐怖に後ずさりしそうにるが、自身に気つけさせるかのような言葉を吐く。

そうやって一秒先に待ち受けている未来たちを、ただ漠然とした濃霧のような恐怖心で塗りつぶしていく。

だが今更考え直してみると結局、自身が恐れているものの正体が一向につかむことができない。

ただ戦うことを本能的に拒んでいるのか、もしくはそれと違った……いや、戦闘に対する恐怖を包囲する、巨大な恐怖を感じているのか。


「なんで……こんなに手が震えている」


どうして、手を震わせている。

何に怖気づいている、何から全身を飛び跳ねさせるほどに逃げようとしている?

自身に問うが全くわからない、ただわかるのは誰にも告白することができない巨大な何かに抗いもせずに怖がっている。


「お前が俺らをいたぶることを楽しんでいるのは、耳の穴を開かずとも理解できた。だが、残念だが……そんなことを、自信ありげに言おうが俺からすればどうでもいい」


青年が体を踏み出し、喧騒にも感じられるほどの声高で言う。

彼の姿を私の肉眼から見れば、まさに教会の内部に立つ彫刻像のように気高く見え、そして蹴とばすだけで倒れそうな本棚のように貧弱に見える。


「行ったらだめだ。水に撃たれた虫のように死んでしまうぞ、そんなにもして奴に報いたいのか……!」


目の前で背中をそびえさせている、青年に向けて言う。

青年は私の言葉に反応することはなく、ただ目の前を逸らすことも振り返ることもせずに見つめ続けている。


「……いいんだ。これでいい、この地盤を捨てたらだめなんだ」


私の言葉に、反応を示す。

言っている意味が分からない、ただ突き進んだところで少女の攻撃によって、風に吹かれる花弁のように軽々しく命を失うこととなる。

いくらあの白神の少女の肉体を模倣されいいように使われていたとしても、怒りに身を任せて動くのは理性的ではないといえる。



「何をだ。なぜそこまでして、あいつに触れたがるんだよ!」


空間全体に広まるほどの、嘆声のようなものを張り上げる。

きっと彼にはこの声が聞こえているだろう、だが先ほどと同じく振りかえることはしないだろう。

何年・何十年も同じ時間を過ごしてきたわけではないが、言動と私の記憶の中で波打っている彼の姿から推測しただけに過ぎないけれど。


「さぁ、なんでだろうね。俺にもわからないよ」


本当に何を言っているんだ、この人間は。

私はあまりの緊迫感に精神が焙られて、決してあり得るはずのない厳格でも見てるのではないか?

きっとそうに違いない、先刻に言った通り私は長い時間を彼と過ごしてきたわけではないが、あんな人間らしさと冷静さを備えた姿からは想像がつかない。


「おかしくなったのか? どうだ、言ってみろ。いや、言ってくれよ」


「さぁ」


ノータイムで、私の質問に対して答えを仕立てる。

もはや答えになっているかどうかも怪しいものだったが、深すぎる意味を持っているのではないだろうか。

それか、単直に目の前にいる少女に意識をこぼしている片手間に、まるで子供の相手をこなすかのように答えただけかもしれない。



「はぁ、もう痴話喧嘩……あぁいや、七星のほうは彼女持ちだったな。じゃあ、口喧嘩か。まぁどっちでもいいか。

取り敢えずさ、どっちにするか早々に決めてくれないかい? 私、待機っていう行動自体が嫌いなんだよね」


催促するかのように、少女がこちらに言葉を投げかけてくる。

其れの内側にはまるで物事を外から見つめる傍観者が放つような、一線を大きく画した雰囲気が漂っている。


「ま、いいか」


少女は、投げ出すような言葉を吐く。

其れと重なるかのように、空を仰ぐような言葉を発した少女はまるで眺めるかのような、何とも言えない視線をこちらに向ける。

だが無関心で味気もない目線を向けておきながら、その表情にはまるで何かを期待するような微笑みが浮かび上がっている。


「おい、お前。戦う前に一つ聞いておきたいことがある」


未だ雄々しさを感じる背筋を向けている青年が、少女に対して言葉を投げる。

すると待っていたぞというかのように少女の顔に浮かんでいた微笑みが、獣みたいだと直感させるほどの醜悪な笑みへと変貌する。


「なんで、カエデさんの体を使っているんだ?」


青年の第二射が、少女へと飛んでいく。

笑っている少女は勢いをつけて腰を曲げ上半身が下に向くように、急速に体の姿勢を変える。

一瞬と同じ速度で、体をもともとの姿勢へと戻す。


「よくぞ聞いてくれたね、待っていたよ……本当に。で、なんでその子の体を使っているかだって?」


「そぉりゃぁ、何よりも簡単な答えだよ……カンザキ、お前が絶望する顔と、このガキの体が私の特性と相性が良かったからだよ」


やはり、私はこいつが本当に嫌いだ。

人の体を好き勝手にまるでそこらで拾った枝を振り回すかのように、利用しておきながら好き勝手≪それ≫を隠匿することなく、前面に放り出している。

本当にこの世界の言語辞書にある単語では言い表せないほどの、ねじり曲がった精神を持っている。


「……絶望?」


「ああそうさ、絶望さ! この少女の体を使って、たくさんの魔術実験をしたいのさ、例えばこのガキの体に、毒物を投与する実験とか……なァぁ」


奴は興奮した口調で、己の目的を歌のように叫ぶ。

言葉は非常に荒く粗暴でありながらも、永遠にも近い人生を歩んでいるためか耳を塞ぎたくなるほど鮮明に聞こえている。


「……そういう魂胆か、このクソにも満たない奴め」


青年の静かながらも、非常に低い音程の声が響く。

誰がどう説明しようとも聞いただけで理解ができる、彼は今までに見たこともない勢いで憤慨を吐き出している。


「クソにも満たないというのは心外……いや、そうとは言えないかな。君なら少なからずではあるが、言いそうな雰囲気はあるねぇ」


耳の中で蛆がのたうち回っていると思わせるような、気味の悪い声色で言葉を吐く。

確かに性質はいつもと全く変わった印象はない……であっても、違っているような気がしてならない。

自身以外は天の下にある有象無象としか見ていないようなものであったものの、今回は相手を別の視点から見ているような気がする。

本当にこいつの考えていることは、一滴程度もわからない。


「言いそうな雰囲気か……俺はそういうことを言う人間だからな、予想が当たって全身で笑いこけそうな気分だろう?」


対抗するかのように、煽るような口調で吐く。

私には青年と顔を見合わせるような状態で立っている少女の顔は映っているが、青年の顔は輪郭以外は何も見当たらない。

それでもその口調からはやはりというべきか、どう転んでも変わることのない怒りの感情が感じ取られる。


「そんな切れても生まれるもんはないよぉ、まぁ……カエデに目がくらんでいる今なら、怒りに依存するのもまったく無理なことじゃないのかぁな?」


首をかしげるというリアクションまでも付け加えて、余計に人の感情を揺さぶるように仕掛ける。

そんなつもりがあるかどうかは定かではないが、作詞な彼女のことであるため無意味にその行動に走っているとは考えづらい。


「煽られたから、買い取って煽り返したつもりか?


「そんなことはないよぉ? そうやって無駄を承知してまでも考えるのは、石橋を叩きすぎなんじゃないかぁな?」


少女は、小さく笑いながら答える。

この表所は先程のものとは全く違う、ただ単純に自然に目の前に立つ人間に対して嘲笑を送り出している。


「そうかもしれないな……だが、そうじゃないとお前には勝てないだろう?」


青年は少女の発した言葉に、答えを刻む。

するとその発言を私より近い場所で聞いたであろう少女は、魅了させるような笑みを振りまきながら口を開く。


「勝つなんてばかばかしい。弱いやつなりにさ、三割程度はやってみるなんて言う、弱腰な言い分をするべきじゃないか?」


少女は余裕を印象付けるためか、直剣を空中に掲げる。

もしここでお前たちで攻撃を仕掛けようとも、こんな不利≪ハンデ≫を咥えてあっても殺すことはできるという警告だろうか。

それとも演説をするときのように、意思の裏をくぐった無意識が行った行動なのか。


「あ。そうそう、戦うのは別としてさ……君の横にいる、無能ちゃんはどう扱うつもりなのかな? 私は別に他の手札があるか要らないし、気味がそういう趣味があるなら持って行ってもいいけどさ」


「は……?」


少女は突如、私を名指しして長々と言葉を垂らす。

その内容は……率直に言えば青年と共謀したか何かの罪で、私を綱から解き捨てるという宣告。

耳を疑うことはしなかった、当然だ自身の犬として扱っていた輩が突然、牙をむいて殺しにかかってきたのだから。


「お前……本当に、嫌な奴だな。そうやって、部下を簡単に捨てるようならさぞこうやって裏切られてきたんだろう?」


「いやいや、そんなことはないよ。私の部下は氷のように冷たい人格な奴らばかりでね、過去の私はどんな性癖を凝らしていたのかわからないけど、使えない足の生えた廃棄物を雇ってしまったみたい」


少女は続けざまに、私に対して酷評を下す。

だがそんな目に合おうとも何も思わない、まるで遠くから見つめるかのように関心が全くと言っていいくらいにわかない。

自分でもなんで沸いてくれないのかと、疑問視してしまうほどに。


何も考えることなく、無心に眼前を見つめる。

怒りや関心がわかないことに対して時間をかけていたところで、一線の価値にもならないから目前に意識を集中させただけ。


「反論はしないのかい?」


先ほど、切り裂くように私を酷評した少女が、再度と私に向けて話を突き立てる。

期待外れだったのか理由こそわからないものの、私に反抗的な態度を見せることを要求しているらしい。

だがその手には乗らない、そもそも私は少女に何かを言われたらと言って、今までのように獲物を見つけた猟犬のように噛みつくことはしない。


「反論なんてない……お前が何を言おうとも、私は威勢を取り戻すかのように荒れ狂ったりなどしない」


喉から声を引き出し、言いたかったことを曝く。

一瞬、視界全体が黒色に覆われる、力んでいたせいなのかそれともまた別の要因なのかわからないが、瞼が勢いよく落ちたみたい。

そうやって瞼を上げ、その裏に隠れていた世界を露わにする。


「相当に緊張しているみたいだね、頬に汗が伝っているのが見えるよ」


身体が凍ったように、固まる。

頬に触れてみると本当に汗が地面を目指し落ちているのが、目の奥がうずくほどに理解できる。

手の中に落ちた汗の残りは、吸い取られるかのように乾いていく。


「ま、嘘だけどね私が何でもd系るからって、そんな神の目なんて持っていない……って、本当に汗かいているの?」


私のことなんざ、見ず知らずというかのように声を上げていた彼女が、私の姿を見たのか声を止める。

どうやら私が頬を拭うようにさすっていたのが、その黒いながらも美しい眼にその黒色に匹敵するほど色濃く映っていたらしい。


「いいだろう、今そんなこと……どうせ、鬼首掲げるように傑作とか言い出すんだろう? お前は」


まるで失態をカバーするかのように、横にいる青年が少女へと言葉を投げる。

恥か何かが詰まっていたのか謝辞の言葉を出すことができなかったため、伝わっているかどうかは定かではないが視線で感謝を送る。


「ははは! そういうかと思ってたさ、仲間に思い入れを持つ君ならね」


少女は言葉を、青年へと直送する。

心身全てに伝達する誉め言葉のようにも聞こえなければ、少女が彼に対する特段な思い入れもないとも聞こえる。

ただ川よりもゆるやかに流れる風波に乗って、ただ決まりきったように発言したとしか思えない。


「馬鹿らしい。なんも考えていないクセして、妙に感情が入り混じったことを言うんだな……」


七星という青年は、苛立ちにしか聞こえない口調で言葉を吐く。


「へぇ、本当にそうかなぁ? 君が感じ取れないだけで、母親のように思慮深い性格かもしれないよ私? あ、其れとも恋人かな?」


息継ぎの中に、半笑いを交えながら少女は声を紡ぐ。

すると先ほどまでは角すらも見えなかった感情の一面が、少女の発言の中に垣間見えている。


「面白いことを、と言いたいところだけれど……お前にも、他人を侮辱する程度の感情は残っているんだな」


分厚くない皮肉を、まとわせながら言う。

それに同調するかのように、奴は事件に突き立てていた紫色の直剣を重々しく見えるようにゆっくりと持ち上げ、槍のように天高く掲げる。


「いいよねぇこういうの、自分がこの血一つしか散らばっていない戦場の、支配者とか……王になった気分に成れて」


まるで独り言を言うかのように、自身のペースで言葉を流していく。

自分の判断で遅くしたり早くしたりといった、追いつくことが困難な速度で綴っている。


「戦場に支配も王も、あるわけないだろ……全く」


そのまま口の中で保温された、唾を吐くのではないかと思わせるほどの、心情で言っているのだろうか。

それとも単純に少女の口から漏れ出たことを悪態を出すほどにではなく、口先で軽い文句を口にしているだけなのだろうか。


「……君の言っていることは正しいが、夢がないねぇ本当に」


少女も同じように、軽く口先から批判を出す。

自身の感情から生まれた浪漫≪ロマン≫を馬鹿にされたことに対する不服か、もしくは単直に相手のことを愚弄したかっただけなのだろうか。

こんな相手へ攻撃を与えることのない全くつまらないことに対しても、手が余っているこの状況では深く考察してしまう。


「はぁ、人を道具としかみなしていないお前が……人間らしいこと言うのは、なんだか妙に身がこそばゆくなるな」


青年はまるで気の許す相手と会話するかのように、怒りの感じられない口調で語る。

すると目先で人物画のように柔らかい印象を受けるように立っている少女が、かr打を横に向け歩みを始める。


「だぁいたぁいさ、私に感情がないと思っているの? 案外、傷ついちゃうんだけど」


少女は稼働させている足を大きく振り上げるように上げては、それに匹敵するほどの速度で振り下ろす。

まるでこちらに対して今すぐにでも殺してもいいのだという威嚇を、声ではなく目に見えるように可視化させているようにもとらえられる。

なんとも奴らしい、曲りなりに感情に訴えかけるようなやり方。


よく考えてみれば……迷っていた私がはじめて出会った時も、同じような手段でこの道に落としたような気がする。


「気色悪いな……その語り口は、言っていて……羞恥心というのが、湧き上がってこないものなのか?」


青年は腰に手を当て、相手に余裕を見せる風貌を形成する。

その行為が奴にどう響いているのかなんて私には計り知れないが、彼にとってはそれによるメリットなるものが見えているのだろう。

まぁ、そんな役目を無自覚どうか分からないが被る彼の背は、今になっては信頼できるというよりも、異常としか思えないけれど。


「あるかどうかなんて、どうでもいいんじゃないかな? そもそも、こんな少人数以下のところでそういうことを、憂慮する必要があるのかな?」


少女は微笑みながら、問いかける。

自身が口に溜まった息を飲み込んでいる感覚が、骨のように硬直した喉の内側を走っているのが分かる。

奴が先ほどから口走っている直言の中には、まだそれ以外の意味があるように思えて仕方がない。


例えばそうだな……何も障壁がないからこそ、ここで衆目を気にせず殺すことができるとか。


「あとは……誰もいないから、俺たちを存分に殺すことができるとでも言いたいのだろう」


青年が、私の考えついたことを代弁する。

満足げな表情≪エガオ≫を見せている少女は、その特色を一抹たりとも変えることなくこう答えた。


「勘が鋭い……いや、そういうわけでもないか。私だって思ってもみなかったことを、君たちは変な角度から見つけたのか……」


その瞬間、なぜか開いてはいけない世界というか、開くべからずの四角≪ハコ≫を開いてしまったような気がする。

後退りし背を向けて逃亡してしまうような、全く小さくもない辟易とした気分に成る。


「……そうか。それは、俺たちの力というのをその目で見つけたという事か、それとも、自身の見くびりに悔恨しているのか?」


変らず質問を続ける、まるで晩年が近づきつつある学者のように。


「いや、どっちでもない。ただ……ただ、すごく興奮するよ。なんといえばいいのかな、長年生きてきたというのに表現が見つからない、むせかえるような気持ちよさは……」


それを暁に、少女の息が乱れ荒くなる。

今頃、激しく血液が巡っているであろう心臓を押さえつけて、片手だけで持ち上げられそうな小さな肉体を震わせる。

だがその個人的に感じている恐悦か何かに勢いよく逆らうかのように、破壊不能な満面を浮かばせて笑っている。


「何を言いたいのかはわからんが、つまるところ……」


何かに反応するかのように、声を止める。

青年が首を動かし黒色に覆われている上空へと、まるで別の脅威を警戒するかのように凝視している。

青年の視線が赴く方向に自らの意思によって、その先にある別の脅威を目を動かし追いかける。


「ここも崩壊が始まってるみたいだね……君の意識も、私のほうへと向いてきたという証かな? それとも、偽物の皮を本物と考え始めているのかな?」


あざ笑うかのように、少女は口を蠢かす。

まるで青年が構築したこの黒い空間の正体を、相当に前から見知っているかのように私の耳には聞こえる。


だが、それ以降は用が済んだかのように黒髪の少女は、まったく口を開かなくなった。

それは自ら口を閉じたというよりも……鳥かごを外から見つめる飼い主のような、普通のものとは違う雰囲気を感じる。

抽象的にしか説明できないが、私の目に映った曇りのない真実を、率直に述べたまで。


「そうか……よし、君こっちに」


思いついたかのように、青年は姿勢を変えることなく前方を向いたまま、後ろへと手を伸ばし手招きをしてくる。

口で反応するよりもコンマ数秒早く、精神の支配下にあるはずの骨肉の塊である肉体が、動いていた。


「余計な世話を任せるようですまないが、君の魔術を発動してくれない───」


時間が次を迎えようとした瞬間、先ほどまで聞こえていた青年の声が途絶える。

そして何があったのかと反射神経が活動するよりも早く、右腕に紫色の雷が落ちたように、ただモノではない激痛が走る。


「あっ……ぐ、あああああぁぁぁぁ!」


声が痛覚いう死神に、かき消されていく。

最高温度まで加熱された劫火が燃え滾る焼却炉に投げ込まれた、生きていた動物のような断末魔。


「なんだ、何が起きたんだ!」


混乱した頭で何とか生み出せた、短い言葉を吐き出す。

痛みによって周囲の音や肌に触れる感覚すらも、薄味になり思うように理解することができなくなる。

激痛は止まらない獅子のように増大していき、それによる症状か目の前にある光景が朦朧へと変貌していく。


「ク……ソっっ!」


行動範囲が縮小されていく中であっても、当然のように粗暴が口から漏れ出てくる。

いくらそんなことをしたところであっても、こちらの譲ることのできない都合を見計らって痛みが引くことなどはない。

無意味中の無意味であったとしても、仕方ないくらいに価値があるように思えてしまう。


「そんな暇……ないって、いうのに!」


ずれてしまえば口の中を切りつけてしまいそうなくらい、歯を食いしばらせて現実へと帰還する。

無意識かもしくは癖という一種の反射か、刹那の前まで別のことを考えこんでいた脳裏にいつも利用している、白い杖の姿が浮かび上がる。

想像の中に浮かび上がった白い杖は、まるで昔に死別した恋人の幻影のような、幻想に満ちた雰囲気をまとっているように見える。


「馬鹿……か、本当に損事を考えてる時間なんて、数ミリ程度もないだろうがぁぁぁぁっっ!」


それこそ、痛みを鎮静させてくれるくらいの叫び声をあげながら、手の中にあの杖を顕現させる。

耳の中に過度なストレスによるものかどうか不定だが、周りと隔絶されたような機嫌になりそうな、耳鳴りが走る。

キーンっと脳が持ち上げられるような、意味の分からない音が独走している。


右手の先に、いつも目にしている白い杖が見えた。

安心感というよりも、暗闇の中で希望を見つけたような、心持が軽くなるようなそんな感覚が目を覚ます。


「魔術、発動……」


息を途絶させつつも、咽頭を振り絞り唱える。

白い杖の先には天上世界で燃え続ける太陽の明るさにも、引けを取らないほどに明るい光を放ち始める。

何度見たことか、いつどこでもこの魔術を表現するときには、毎回席を譲らないというかのように、恒星などといった惑星の姿が浮かび上がる。


「本当に、いつも星みたいな見た目しやがって」


そうやって暴言を吐きながら、発動された魔術を少女がいた方向へと飛ばす。

れっきとした確たる証拠はないものの、あの異常な攻撃力と状況から頭をひねらずとも、あの少女のものであると確信できる。

いや、それ以外にないだろう……というか、当然だ。


杖の先から、はじけ出るかのように何かが飛び出す。

銃弾にも相当するほどの速度であったので、どのような外見をしているか迄もの情報をつかむことは出来なかった。

まぁそもそも、私の魔術なんて小さくて速いに固執した最適解の塊なので、新たな要素とかはないのだけれど。


「よし。それでいい、その速度であのバカ野郎と突き破ってしまえ!!」


全身の細胞に命が吹きかけられたかのように、自分でも驚くくらいの暴虐な言葉たちが一様に飛び出ていく。

前の私ならこんなことはしなかった、したとしても返り討ちにされ、年齢に不相応な泣き顔を見せながら許しを請っていただろう。

いや……今になって考えてみると、もし過去にこのようなことをしていたとしても、結局は奴の道具として、生き続けることとなっていただろう。

まぁ、『まっとうな人の形を維持したまま』であるかどうかは、言うまでもないけれど。


そうやって、恐怖に対して思考を深めていた時、前方で顔が熱くなるほどの光の破裂が見えた。

どうやら発動した魔術は弾道上にある、正体不明な何者かに数秒のずれもなく直撃したようだ。


その何者かの正体をつかもうと、視線を一点に張り付ける。


「なんだ……? まさか、いやそれはないか」


熱が灯った脳裏に、一筋の根拠を邪推が生まれる。

まさかもないとは思うが、私の魔術が青年の体のどこかに直撃でもしたんじゃないのか、という悪い予想。


「馬鹿らしい。そんなの、あるわけないだろう。そもそも、どうやって当ててどう当たるんだよ、七星の居た方向と撃った方向は全く違うだろが、クソ」


邪推を事細から否定するような小言を吐きつつ、口に出して理論を組み立てる。

ならばあの青年では無ければ、何に直撃したのかというのを予想をするために、思考の形を書き換える。


「多分、あの憎たらしいあいつか……もしくは、この箱庭のように暗い世界の端にある壁だろうな」


どう考えても、其れしかありえない……ましてや、それ以外に何が考えられるだろうか?

忠告しておくがこの考えにも特段の根拠はない、ただ数分前の過去にも分類できない記憶を掘り返して、適当に予測しただけに過ぎない。


「まぁ、この考えがどうあれ、結局は見てのお楽しみというわけか……さて、何が出るのであろうかな?」


満場を笑いの渦に巻き込むことのできない、身の詰まっていない冗談を吐露する。

目前に意識を集中させ少しの違和感すらも見逃さぬようと、凶悪犯を監視でもするかのように視線を傾注させる。


「……来るな、間違いなくこれは」


こめかみで待機していた、直感が光る。

杖を両手で決して落とさぬように強く握りしめ、それを維持したまま目標地点へと切っ先を向ける。


「いつでもいい、来るなら来い……」


乾燥してピンク色と赤色の中間の色をまとう唇に、歯を押し当てる。

唇を構築する組織たちの柔らかくも堅いような感覚が、触れた歯に波のように一気に伝わってくる。

なでるように白いであろう歯を前後に動かし、この癖にもならないような感覚を味わう。


「気を散らすようなもんじゃないから、これくらいはしてもいいよな」


気を散らすようなもんじゃないというのは、目の前で炸裂している白い光から、意識を逸らすことはないという意味。

それでもこの意味合いを、これ以上多用することは‟多分„ないだろう、絶対的な保証はかけないけれど。


そう考えていた刹那、視界の傍らを何かが通過する。


「?」


まさかあの光に関係するものではないだろうかと考え、井戸に引っ掛けられているトウヒのバケツのように、ほぼ完全に固定化されていた意識を方向転換させる。

だがそれは大いなる間違いだった、それこそ取り戻すにはいくつもの功績を立てなければならないくらいの。


「はい。失格、落第の巻ぃ~」


無音ばかりを手にし続けていた耳元に、細やかに気持ち悪い声が響く。

周囲を見渡す梟≪フクロウ≫のように首を、骨が骨折するほどの無理やりにも近いしい速度で回す。


何もいない。

視線が示す方向にはこの世界の全てを作り出している黒色が、べったりと塗りたくられている。


‟どういうことだ。何が起きているんだ?„


手違いかと思い、逆の方向へと回すも景色に変化は見られない。

あの声を確かに認識していた自分すらも、懐疑してしまうほどの八方ふさがりへと陥る。

「は?」


駆け出し作家の推理モノに登場するような、典型的過ぎるリアクションを漏らす。

これを聞いた声の主は今頃、私の聴覚が反応できないような場所で、喉が引きちぎれるほどに笑っている。

『だろう』なんてつけない、だってアイツの性格から鑑みれば、そうせざる負えないから。


「どこにいる。そうやって、逃げ延びるのか。また、回復だとか言って逃げ出すのか、腰抜けが!」


青以外存在しない海中を回遊する魚のように、体をひねらせながら周囲を見る。

嫌になってしまうくらいに何も変わっていない、この目の先には表現するものはなにもない。


「逃げないって。そんな叫ばないでよ、私の出る幕がなくなっちゃうじゃんか」


だが、現れた。

私が今この瞬間に気にかけていた、この広すぎて声が出なくなるくらいの空白を埋めようとするかのように。


「……」


耳元で疾走したささやきには、わざとらしく反応を示さない。

実際わざとであるのには変わりはない、ここで日の出と向き合った鶏のように目を見開き首を奴のほうへと傾ければ、きっとやつは煙のように消えるから。

これが得策とは言わないが、奴に悟られるよりかはマシというやつ。


「あれれ、どうしちゃったのかな?」


肌の垢をなめとるかのような、口つきで問いかけてくる。

体内で身震いがうごめきそうになるが、全身の筋肉を無理やり硬直させどうにかして回避する。

期待するかのように耳元のあたりで顕在しているであろう、少女の息の足取りが数秒前よりも近くなる。


「ねぇねぇ、まさか気絶しちゃった? 大丈夫?」


心配しているかのように聞こえるが、奴はただ遊び相手を欲している子供と同類。

こちらの身の上のことなどこの声の主にとってしてみれば、最もどうでもいいことの一つだろう。


「……は」


自身が発したとしか思えない微笑の音が、耳元でほとばしる。

軽く釘が打ちつけられたように柔く固定されていた頭を少し横にかしげ、しつこい耳垢のように残り続けているあの声の方角へと向ける。


だが向いた方向には、唇を唾液の乗った舌で舐めたくなるほどに、何もない───。

そう先ほどという記憶では、まだ容易にさかのぼることができる時間までは。


「魔術起動……そのなめ腐った顔を、私の眼前にもってこい」


押しのけることが難しい重圧感を背中に感じながら、小さくつぶやく。

空中を滑走していく私のセリフという詠唱を見届けながら、視線が向いているほうへと手を差し伸ばす。

腕という肢体の先にある手を、開花させるかのようにゆっくりと開く。


勿論を言わずとも、虚空なんて蔑称している時点で何も存在していない。

当然だが私の目にも何も見えていない、だがこの奥には私が認識できないだけで必ずやなにかがある。


「この程度で、杖は振るわない」


手首あたりが、万力に掴まれているかのように硬直する。

だが落ち着く全身を行きかう水分が白湯にでも変質したかのように、全身を熱気がむしばんでいく。

どうしたのだろうか、この百五十センチの骨肉の中で何が起きているのだろうか。


「ああ、もういいよ。そういう、遊戯はさ」


口の中から器用に、深く息を吐き出す。


魔術が、指先で吠えている。

目をつむりながら見慣れれば杖のような形をしている指先から、竣工を迎えた魔術を放射する。


ピーン、パリ、ぶちぶち、びり。


何とも愉快な音韻を、耳の中に覚える。

それと同刻に気持ちの悪い手ごたえというのを、取るところもない思考で凝り固まった脳髄へと伝わる。


「……出て来いよ。そこで、息を隠し通していたんだろう?」


何もない空白のような空間へと、淡い言葉を通す。

瞬間、その空間だけがまるで肌をかすめる程度の微風に揺られるカーテンのように、目に見える軽快な振動を始める。


身構えるというよりも、戦闘は避けられないと本能で直視し手に杖を握る。

相変わらず杖自体には感じ取れる冷熱もないが、しっかりと肌身に染み渡るような触れているという感覚がある。


「すーーっ……」


体の芯にまで空気を送りながら、深い呼吸を披露するように行う。

痛くもかゆくもない、ただ……舌が針で突き刺されるような、少し嫌気を吐いてしまいそうな感触がある。


すると十数秒も費やすことなく、問題の地点から黒い影がこちらを覗き込んでいるのが見える。


脳に、閃光にも似ているくらいの速度で、「憔悴」という感じ二文字文字が、その影を落とす。

杖を持っていた手はまるで崩落した本棚のように、あの深く黒煙をまとっている影から焦点をずらしている。

きっと無意識の水面下で、自身が逃してしまったのだろう。


「……────うぁぁぁっぁ!!」


死刑に掛けられる囚人のような、声とは程遠い叫びをまき散らす。

急いで杖を持っていたであろう側の腕を、黒い影が浮いている方向へと正気を高速で削り落としながら向ける。


影にはキャンパスに描いたような美しい輪郭だけがあり、肝心な表情は読み解けない。

そいつの背丈は小柄でもなければ、相当に巨大で怖気づくほどに大きいわけではない。

普通のうちの普通。


……それこそ、明日の朝になれば忘れてしまいそうなくらいに普通。


「久々だね。俺の顔、覚えてる? 駄目だよ、そんな狂暴に面を向かわせたら」


そいつが私の網膜から身を隠していたであろうカーテンのように揺れる空間ほど、軽快な口調で語りかけてくる。

今のうちに攻撃を仕掛ければ、次の言葉を発する前に黙らせることができただろうがなぜかそのような気力わかない。

それよりも、そのどこか独創的で印象というものが大きくないながらも、聞いているこちらが落ち着きに満ちたりそうになる。


確かに敵である可能性というのは、完全に排除することはできない。

だが目の前にいるこいつの声には、あの少女が放つような明確な殺意というのは見受けられない。

むしろ……根拠はなく異様に飛躍しているが、ある種の盟友関係になれるような予感さえ感じてしまうほど。


「お前は……誰だ? まさか、あいつの差し金か、それとも……」


続きを言いかけて、無理やりに声を抑える。

理由はというと、先ほども説いたように仲が取り持てる関係になれる可能性があるのであれば、わざわざあの憎たらしい笑みを浮かべる少女のことなど、考える必要がないとひらめいたから。


「誰の差し金かどうかなんてどうでもいいけどさ、俺は……おや、私は君と一戦交えるつもりとか、そういうことは思っていないよ」


まるで弁解するかのような、辟易とした口調で答える。

じゃあなんだこいつは……というか、そもそもこの空間にどういう方術で入り込んできたんだ?

ますます、怪しさのようなものを感じる。


「人一つだけ聞いておきたい、どうやってここに来たんだ?」


警戒心を結びながら、目先にある人間らしき何かに対して、語り掛ける。

すると今度は少し親しみを持たせようとしているのか砕けたようにも聞こえる声調で、笑いながらこのような答えを提示する。


「それは教えてやりたいのは、山々なのだけど……ここじゃぁ、誰かの耳についてしまうかもしれないからね」


誰か……。

周囲に視線を回転させても、私と議題の人物である目の前の人間の合計二人しかここには存在していない。


「あぁ……そういうことか」


小ぶりな声で耳を寄せなければ、聞こえないくらいの声を漏らす。

この場にいるのは目視という概念に限れば、どう鋭く目を凝らそうが確かに二人だけに過ぎない。

だが……きっと、どこかでこちらを見つめている奴がいるはずだ、人目を大きく避けるかのように。


「へい、察する能力ってのが、相変わらず鋭くて助かるよ」


は?

脳の表面にまるで複雑に刻まれているどこまで深いかわからない皺を総動員させ、言葉に込められて真意を探る。

特に『相変わらず』という文章が、まるで私を鎖で縛りつけるかのようにまったくと言っていいくらいに手を引いてくれない。


「お……ま…………え!!」


演算装置なるもののように、一切の雑念を捨て思考を全力回転させた結果、ある答えにたどり着く。

取り付けた窓ガラスに霜が降りかかったかのように、今では鮮明に思い出すことは不可能であるけども、確かに私の記憶の内側には実在している。


「アスー……ガル」


亀のように慎重に言葉を紡いでいくと、黒い影は唇を殴りつけるほどの速度で手を突き出してくる。

それに圧倒され喉を上っていた言葉が、まるで急な坂から下るかのように体の中心へと押し戻されていく。


「言わなくていい。それよりも、必要なのは私と手を組んでくれるかどうかだよ、でどうしてくれるんだい?」


何も言えなくなっている私に、詰め寄るように語り掛けてくる。

そして主もしい扉を開くかのように小さく口を開こうとすると、それを遮るように昼がっている布の奥に潜んでいた黒い影が、一歩を踏み出す。


「いや……もう、そう考えている時間はないや、早いところ決着をつけよう」


その奥から現れたのは、黒い影より少し明るい程度の短く種別の分からない黒髪をした、本当に地味な姿をした錫杖にも見える細い杖を持った青年。

まさしく私の記憶の中で生きている、私の弟が成長した姿そのものだった。


「アス―ガルドか、本物なんだな!?」


自分でも不可思議なくらいに、大きな声を上げる。

すると手に持っていた杖を割れ物でも扱うかのように小さく上にあげながら、私のほうへと押しつけ始める。


「じゃあ、交渉成立ってことで……ね♪」


第68話 終

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