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アナザー・マジック・リベリオン  作者: 出雲・ツキ
一章:星の巫女
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第69話 黒の地獄

「なぁ、どうやってここを見つけた?」


非常に短く、最も気にしていたことを聞く。

それを聞かれることを想定していたのか、声援は頭をかくような仕草をとることなく口を開く。


「空間転移ってやつかな? まぁ、それでも質が違うけど」


どうも釈然としない、簡単な答え。

一般的な空間転移とは明らかに違う気もするけれど、まるで出来るのが当然というかのように無口に頷く。

すると青年はその顔に見合うような、少し謙虚さのある微笑みを浮かべながらこう問いかけてくる。


「どうだった? あのカンザキってのは、思ったより強いというか……頼りになる感じだったかな?」


その笑みから出てきたとは思えないような、疑問に詰まった台詞。

そのような表情を顔に張り付けているというのに、質問をしてきたという事に対して反射にも近い速度で口に力を込めてしまう。

そしてその中身ともいえるカンザキという、あの黒髪の青年に対しての評価を述べろと言われている。

私は今、二つの衝撃に押されている。


「そうだな……私にはもったいないくらいに頼りになるし、何よりあれほどの実力を持ちながらもなぜ隠していたのかも気になるところだよ」


誰にも聞こえぬよう、小さいながらも深く息を吸い込み口を開く。

あまり潮が満ちていない記憶の湖から、カンザキに関する記憶を引きずり出しながら答える。

我ながらというべきか、なかなかに堅く切れることのない筋の通った、答えだったのではないだろうか。


「そうか……なら、よかったよ」


どこかに視線を送りながら、答えを提示してくる。

まるで……他人の目には見えない存在に対して、気を配っているかのような今までに一度として見たことがあるかどうかも疑わしい、解説が困難な代物。


「どうした。何か隠しているんじゃないか? 長らくの絶縁が続いたとはいえこれでも家族だろう、隠すことが難しいことは丁寧に吐き出したらいいんじゃないのか?」


見逃すことは出来たものの、わざと触れてみる。

それを聞いたのか咄嗟に視点を私に合わせなおし、唇を不自然に震わせながらこう言い放つ。


「まぁ、特に気にすることじゃないけど……彼の魔術、異常とは思わないかい?」


異常……確かに、魔術自体の特性に目をつければ異常と断じるほかない。

魔術というのは本来であれば、火や水などの世界準に広がっている自然を象徴する、五属性が一般的。

物好きな人間ではない大抵の人間はその五属性を適材適所に利用するか、魔術や機械を併用する。

私の父のような魔術に特別な意味を込め、凡俗に利用するのではなく新たな可能性を引き出そうとしている人間であれば、五属性以外の複製・転送、果てには重力に関連したものまで幅を広げている。

それでも彼が懐に収めている、魔術はよくわからない。


「決まった形が、ないというところか?」


頭脳で出した回答を、アス―ガルドに提言する。

すると奥歯が少し見える程度の笑いに近い微笑みを浮かばせながら、普通の音量でこう言った。


「そう。そういうところだよ、彼の魔術の正体は深く見つめなければよくわからない、其れこそ一つの研究室を立ててしまわないといけないくらいにね」


私のものとは違うしっかりとした形のある杖を手から落とし、絶景でも見つめるような眼をしながらこう答える。


「でも……よく頭を凝らしてみたら、あの魔術の本質が分かったかもしれないんだ……ま、絶対とは限らないけど」


続けて、新月の夜に小さく呻る子猫のような声で、文章を形作った。


「あの魔術は───そもそも、魔術という公式≪ほうそく」の中に、あてはまるものじゃないんじゃないかってね。言っている意味が分からないだろうけど、そうとしか言えないんだ」


なんとも、作りかけの土器のようなはっきりとしない答え。

だが経験を感じさせる彼の口からそう答えてしまうのも、全く共感できないというわけではない。


「そうか……確かに、その通りだな。あいつの魔術の異質さもそうだし、お前がそう言うのなら……」


相手の経験の濃密さを評価しながら、自身が思った答えを露わにする。

私の答えを聞いてどのような情緒を抱いたかどうかはわからないが、こちらの言うことなどあまり気に留めていないだろう。


「いや、だけど私の話は完全に信用しないでほしい。これは、証拠が何一つもない憶測にすぎないから」


まるで先ほどの発言を、全く棄却するかのような文言を漏らす。

だがまるで机上の空論のような、憶測にしては緻密に完成されすぎているような気もしてならない。

目前の青年ほどではないかもしれないが、彼が魔術を発動する場面を目を閉じることなく、直視していた身。

私だって一向に理解できなかった魔術に対して、これほどに秀逸なまでの印象を持っているのは……。


「そうやって卑下するなよ。お前の推測は、案外……完全に軌道から外れた、誤答ではないかももしれないぞ」


彼を擁護するつもりもあるが、私のうちでかすかに脈打っているこの考えは間違いではないという可能性が、彼の考えを後押ししている。

そうやって思案を資料でもまとめるかのように順序正しく並べながら、彼の顔を伺おうと前を見る。


「そうかね。じゃあ……これが間違いでないというのなら、どこがどう間違っていないと判定できる?」


驚愕を露呈しながら、眼球が丸くなるほどに見つめる。


「……そう来るのか、そうだな」


そうだな、と自信を含有させながら言ったものの、明確な答えは見つからない。

正直、単純に彼が自分の理論≪こたえ≫を信用できるようにさせるために言った、都合の良い虚言に過ぎない。

多分、それをあの黒い火山灰のような重々しい眼と、長年も鈍≪なまく≫ら刀にさせることなく研ぎ続けた、深い直感が私の虚言を見破ったのだろう。


「嘘、とは言わせたくないけれど……」


どうやらもう言い訳など並べることができないほどに、手詰まりとなっているらしい。

彼にサトリという妖怪が持っているような、面を向かわせたものの心を読む能力が備わっているかどうかは、姉である私でもわからないが……。


「はぁ……わかったよ。もうやめだ、そうだよ……お前が口頭で言った通りだ」


まるで銃口を突き付けられた悪役のように、無駄口を言うことなく認める。

もとよりこう口ずさむ前から、あの目とあの顔は『そんなこと、考える必要すらない』と、既知な雰囲気を立ち込ませている。


「……そうか」


浅い吐息にも負けることなく、比肩する速度で言葉を述べる。

これで用件は跡形もなく済んだのだろうと、足かせとなっていた緊迫感を取り外し息を吐く。

こういう状況に身を置いていた後に、吹き出す息は暑い日に飲む冷や水と同じくらい格別としか、言いようがない。


「これでいいのか? これ以上、私を壁に追い詰めるくらいの勢いで尋問したところで、何一片も出てこないぞ」


あんな喉ぼとけが凍り付くような空気を感情から排斥するために、文言を連ねる。

とはいうものの……彼の顔を片隅まで見つめると、それと決別を喫することは出来ないらしい。

未だ彼の顔にはその黒髪と黒眼と同等の、木星の重力並みの異様な空気感が無尽蔵にあふれ出ている。

舌を巻いて後退してもよかったが、中身のない不用品≪ガラクタ≫のような余裕を飾るためにその場で立ち続ける。


「まだ……なにか、物足りないというのか?」


喉を鳴らしながら、相手に質問する。

あのような、見るだけでも体の一部が痛くなるような顔をしていたんだ、必ずや何か原因というものがあると思う。


「いや……とくにはないのだけれどさ」


青年は少し、気難しいような顔をする。

……ではなんで、疑問が何一つもないとすぐに出たというのに、再会を果たしたばかりの時のようなあの気軽な顔になっていないのだろう。


「その服装……お姉ちゃんにはあまり合わないような気がする……なんだろう、昔の記憶が生きているせいかな」


黒髪の魔術師は、悪いことを犯したという顔を浮かべながら言葉を語る。

腕を動かしまず最初所に自身がまとっている羽衣のような衣服の、羽のような裾に視線を移す。

今までは特に印象がなく気にかけていなかったものの、よく見てみると材質はわからないが無駄に高価な作りをしているように思える。


無力のまま小さく揺らしてみると、こんな暗い空間であるというのに布の表面が煌めいている。

まるで宙の彼方で大気なく息継ぎをする、満天な夜空の星のように一点が目立って光っているのではなく、散発するように輝いている。


「言われてみれば……確かにそうだな、意外に目利きができるんだな」


気が付かせてくれたことに、片手間に感謝を述べる。

何度も使いまわしている視線の先端を彼に向けることなく、興味深く衣服を見つめがら。


「そうかい。で、其れどうするの?」


心無いわけではないが、不愛想にも聞こえる声。

その声調にムカついたとかそういうわけではないが、切り捨てるには足りなかったので服を横に置くかのように彼に対して視線を向ける。


「どうすることなんてない、逆に何をすればいいんだ?」


その疑問を、吐き捨てる。

青年の恥や不敬すらも足元で平伏する踏み台にするまでの緊迫は、その簡単な十数文字で切り落とされた。


「……───」


意味ありげに、息の根を塞ぐほどの無口を決め込む。

若人の魔術師にとってそれは別に重要なことではない、ただ非日常の中に日常会話を起こしたかっただけに留まる。

しかし、どこか遠いような予感がする。

長年合っていなかったことによる時間の障壁か、それとも……もう既に。


「で、他に何かないのか? また、別の要望とか言及とか」


青年があまりにも考え込んでいる表情をしているので、思わず話しかけてしまう。

それが耳の中でどう転んだかわからないものの、青年は咄嗟に俯かせていた顔を目いっぱいという駿足で上げる。


「いや、何もないよ。ごめん、少し手間をとらせてしまってね……」


表情を作り直しながら、青年は口を動かす。

まるで用途のない紙に適当に描いた落書きのように、その表情はどこか並々ならないほどに不自然に見える。

だが自身の瞳に映った物事を相手に伝えることなどせず、ただ今までと変わらない感情で接する。


「そうか。いや、少し冷たくいってしまったかもしれない。こちらこそ、そっちの力に成れずすまないね」


両成敗というやつか、それともこちらが一方的に謝罪を申しているだけなのか。

まぁこの話題がこの場で末尾を迎えたのであれば、別にこれ以上は何も抱く必要などもないか。


「よし、もうこの話はこれで終わりでいいか?」


相手にこの議題と別れを告げていいか、問い合わせる。

作ったような心境が全く見えない表情を変わらずこちらに見せつけながら、小さく来答えを出す。


「いいよ」


非常に短い。

感想とかそういうのを全く表明することのできない、ただこうやって考える時間のほうが長く感じられるほど。


「ありがとう。感激するよ」


別に感激したわけじゃない、そう返しておくほうが相手の気分がよくなると思ったから。

すると数秒も経たずに自然と目のあたりの筋肉が小さく震え、目の上に置かれている瞼が何度か視界を遮る。


「……あと少し話を変えるかもしれないけれど、あの青年……さっきまでここにいないかったかい?」


話を振ってくる。

青年と言えば……恐らくと言わずとも、こいつに顔は似てもいないが同じ部分があるカンザキのことだろう。


「確かにいたけれど……」


その所在の有無を聞いて、何をしたいのだろうか。

まさか握っている杖を利用しテレポートか何かを発動し、数秒足らずでここに召喚でもするのだろうか。


「その言い分では……今は、もういないという事かな?」


その声が靡く瞬間、木の枝を曲げるように小さく頷く。

青年は探し人が同じ場所にいないという事をその目で理解した途端、私の額を眺めるかのように視線の位置を上げる。

その瞳には哀愁や無念にも近いような、分かりやすく言葉にするには少し難しい色が宿っている。


「やっぱり……彼奴≪カンザキ」がいないことには、何か‟コウウンリュウスイ„に行かないことでもあるのかな?」


ヨジジュクゴというものを煮詰めながら、投げかける。

彼は目を此方のほうへと向けなおし、眉間にしわを寄せるというような面色を浮き彫りにする。

それだけ疲労がたまっている身体状態で捉えようとも一目で、考え込んでいるとわかる顔を示す。


恐らく……彼はカンザキがこの場に居ると、迷いもなく思い込んでいたのだろう。

でなければこれ程までに岩石のような代り映えしない硬い表情を、他人に見せつけるように起こしたりはしない。


「まぁそうだね。だって、あの根本からして意味不明な魔術を、嘲笑うような魔術は利用しないほかないでしょ。

そもそも、この空間は入るだけなら簡単だけれど……出るのは、百年を賭けても難しいし」


また一つ、疑問が這い寄ってくる。

先ず……あれまで異界幻像をその手に求めようとするのか、そしてなぜ出れないと悟りながらも侵入してきたのか。


「ほう……それは、なかなかに緻密で計画性のあるもので……」


その裏の顔も垣間見える言葉の羅列に、若干に引き気味な返事を返す。

いや、確かに私だって彼の魔術を利用できるのならするけれど、計画に組み込むほどに重視するのは流石に声に出さずに驚く。


「ちょっとびっくりした? まぁでも、その気持ちはわからなくはないよ」


私の口調から、内心を読み取ったのか軽い口調で聞いてくる。

それは当然だろう、自分でもわからないなんて言っている魔術を、平然とした態度で戦術に取り込むのだから。

息を飲み込んだようにして、口を閉じていると青年は目を細めながら顔を寄せてくる。


「あれ、どうした? まさか、驚きすぎて目を開けたまま意識でも飛んだのかな? そんなに大きな音もなってないのに、どれだけの衝撃だったんだ……」


独白とはまた違うが、私が返答しないので独り言のようになっている。

声にこたえようと鈍足に開口するものの、もはや目と鼻の先という距離よりも近くなっているため、彼は先程の場所に振り替えることなく戻る。

私は開いた口をふさぐことなく、彼は一面の地面に寝返るタヌキのように呆然と立ちすくむ。


「……そうか」


歯を食いしばるかのように、意を決して口を塞ぎ再度開く。

乾燥したような声しかこの身は許さないと思っていたが、案外とみずみずしく潤った声が零れる。

……なんでこんなものが輩出できるというのに、さっきは全くもって出てくれなかったのだろう。


「……うん、というか。いま思い出したのだけれど、お姉ちゃんって昔から本当に細枝みたいな短い返事をするよね」


予測もしていなかった、指摘が飛翔してきて喉が潰されたように、同じく口をふさぎこむ。

ちなみに今回は寝返ったタヌキではなく、急所を狙撃された鹿のように適切に打てる手が一本もない。

さて……どう回答しようか、穴倉に逃げ込むかのように適当な返事でもしようか、それとも事を総じて受け入れようか。


「確かにそうだな」


全てを誤魔化すことなく、受け入れることを選択する。

私にはこれは全く冷たくもないように聞こえるが、彼は首をとったかのような笑みを掘り起こす。

その疑問を振るわれた私にとっては、それに込められた意味がよくわからなかったけれども……。


「ほら、今だってそうだよ。感情に上下がないんだ」


どうやら私の言い方は、彼にとってはピンばかりらしい。

感情に上下がないというのは、詰まるところ喋り方に感情表現というものが不足しているという事なのだろうか。

……そうで無ければ、これ以上の要因とか私の脳では思い浮かぶことは、全くできないぞ。


「あー……つまり、私には分かりやすいくらいの感情表現がないってことに、モノ申したいという事か?」


注意を払いながら、青年に対して言葉を言う。

すると青年は喜びとかが入り混じった顔を表しながら、今にでも飛び跳ねそうな声でモノを言ってくる。


「そう。そうだよ! そういうところだよ、判ってるじゃん!!」


その声の大きさに思わず体がぐらつくが、同時に彼の疑問が解決したようで良かったと感じる。

それでも人が変わったかのようにというか……まぁ、其れだけ反応をとったことに、呆れというものを思ってしまう。


「声が大きいぞ。それに、声を小さくして話そうと言ってきたのは、お前のほうからじゃないか」


槍で突くかのように、青年の行動を抑えようとする。

するとまるで忘れていたことを思い出したかのような顔つきで、唐突に口をこわばらせ黙り込む。

どうやら、本心から大声を出さないようにするという事を、忘れてしまっていたように見える。


「……ごめん」


そこから一分も経たずに、閉じていた口を小さく開き返答のようなものを、告げてくる。

声をなるべく出さないような応答として、頷くというこちらを目で見ていないわからない対応をとる。


「いいんだ。それで」


だが頷きだけでは足りないであろうと考え、付け足すかのように声に出した返事もする。

とはいえ此処から両者とも話題を戻そうとはしなかったので、新しい静けさが周囲を包み込む。


時間がたっていく。

太陽や月などの時間とともに動いていくものはなかったものの、私の心身は時が過ぎていくのをしっかりと感じている。


「何もないね」


そこにメスを入れたのは、影のような髪を持つ青年。

その姿は毅然としている態度と評したいものの、その姿を見ると過去の微笑みばかりを見せていた姿を連想してしまう。

どうやら人間どう変わっていようとも、昔の面影は忘れられない。


「何もないというよりも、時間すら動いているか怪しいからな……お前の目には、ただ何もない空間としか映らないのか」


雑談を交える、先ほどまでは戦闘行為を行いかけていたのが、これだけ見れば嘘に思える。

青年は先ほどの私の頷きをまねるかのように、話しかけたりせずとも分かるくらいに深々と俯く。

私に対してかける言葉を思案しているのは間違いないだろうが、それにしても全く隠す気も無いのかと突っ込みを入れたくなる。


「大丈夫か?」


話しかける必要はないといったものの、何かが動き問いを振りかける。

こう見ると……どこか不思議な印象を覚える、確かに吐息がこの耳に聞こえているため変化がないのはわかる。

……昔は、こんな姿は一度も見たことはない。


「……ん、あぁごめん」


その声をよく聞くと、どこかはっきりしていない。

不機嫌というわけではないけど、此方が本当に話を持ち掛けてよかったのかどうかと、不安になるような声。


「寝てた」


すると、足すかのように言葉を続ける。

まさか、あの数秒間の間で眠ろうとしていたのか……なんだこいつは、変な能力者か?

思わず心の中で、言葉を漏らす。


「……お前、なんだ?」


言葉足らずで相手からは、何を伝えたいのかはわからないだろう。

そりゃそうだこれは、誰であろうと一様に同じ言葉を発してしまうほどに普通の反応だ。


「……いや、特におかしいところはないと思うけれど」


なんだろう、私が異常なのだろうか。

正直なことを言えば私が口走っている言葉全てが、まるで世界の常識から抜け出た可笑しいものに聞こえてくる。


「……私からすれば、おかしい以外の何物に見えないように思えるが」


これが彼の心意に響いているかどうかはわからないが、取り敢えず言ってみる。

それに反論を叩きつけてくるものであろうと思ったが、今回ばかしは時間が止まっているかのように何も返ってこない。

その代わりに彼の顔からは意味の分からないものを見つめているような、会話には発展しないであろう感情が揺れている。

これは、本心からの疑いだろうか。


「いや、だからお前はかなりおかしいように見えるぞ」


説得するのとはまた違うトーンで、言葉をかける。

それでもその表情は異様に堅い岩のように全く壊れることなく、その純粋に満ちた顔で私を見つめている。


「うーん。お姉ちゃんがそういうのなら、そうなのかな? ま、良くわからないけど」


彼は上を向きながら、他人事のように語る。

どうやら私の考案は失敗したらしく、一筋たりとも効果をもたらすことができなかったように見える。

今度は立場が入れ替わったように、此方が口を閉じる。


「まぁ、そういうことでいい」


もはや何を言う気も失せていたので、方針も曲げることなく適当に答える。

すると顔を下に戻しなるほどと言っているかのような顔で、私の表情をその目で捜査するように見始める。

痛いくらいに純粋でありながらも、まるで何かを見つけようとしている……何とも何を考えているかわからない、顔つきをしている。


「なんだ。何かついてるのか、ゴミか何かでも……」


少し後退するような声色で言うと、青年は顔を一段と寄せてくる。

本当に何をしたいのかわからない、だがいくら後に引こうが決して逃がさないような目つきであるのは、この考えずとも分かる。


「何も変わってないなぁ……」


途端に、興味を失ったような声で言い放つ。

まるで成長し居場所を捨てた鳥のひなのように、何も言うことなく虚空だけ広がる後へと引いていく。

なぜそのような事をしたのか聞きただそうと、足を動かし距離を詰めようとするも追いつけない。


「何をしたいんだ、お前は。というか、本当にお前の行動は全く読めないな」


青年は行動を停止し、もう一度こちらを見つめてくる。

その顔には蝋燭程度の明るさも何も灯っていない、ただ凍り付いたようにも言えるその黒い眼球でただ私の顔を見ている。

なんだろう、その目の色は私を見ているというよりも……私と同じ方向に存在する、別のものを見ているようにも認識できる。


「ん……あぁ、ただお姉ちゃんは変わってないと思っただけだよ。魔術の扱い方とか、そういう方面でも」


ほんの一秒足らずの空白を置いたかと思えば、その青年は目が覚めたように言葉を言う。

それは本当に見捨てる程度の価値もないモノだったけど……なんだ、頭の中に残り続けている。


「魔術的な、意味で……?」


何を言っているのかは理解できるが、その奥にある理由が見えない。

少し考えれば理由を思いつくことができるかもしれないだろうが、あの出来事が未だ残っているため考えることができない。

まぁ……それでも、何を言われるかどうかはすでに分かり切っているところだけれど。


「行使するときにひと手間足りないってところかな、お姉ちゃんの魔術は火力重視だから、そうなってしまうのは当然だけれど」


これはどう捉えればいいのだろうか、ただ単純で面白みとかそういうのが足りないという事なのだろうか。

それかもう少し詠唱とかを改造してよくすれば、性能がそこそこ良くなるとでも言いたいのであろうか。


「単調……?」


ボソっという、テンポでつぶやく。

青年はそれに反応するや否や顔を両横に振り、私の打ち立てた呟きに近い意見を真正面から否定する。

するとまるで教師のように、それか日光が程よく入る教会にいる司祭のように、立ち尽くしながら言い始める。


「お延ちゃんに足らない魔術っていうのは、言うなれば特に手を施さずとも汎用すぎて、相手を驚かせるような応用性が少ないってところかな。確かにこれだけを言えば、単調としてしか聞こえないだろけどさ……そうだなぁ」


短いながらもしっかりと伸びている黒髪の生えた頭を掻きながら、説明にしどろもどろしている。

……それが数十秒続いた後だろうか、全力で考え続けた結果に説明に足りる答えを見つけたかのように、少し明るい表情を見せる。


「例えば、攻撃だね。普段なら魔術を爆発させるとかで、相手に攻撃してる感じじゃない?」


言われてみれば……相手に必殺筆誅の攻撃を加えるとき以外は、ただ手に魔術を展開させてそれを敵に放つ以外やっていない。

だがそうなってしまうのは青年も私も説明した通りに、攻撃を重視しているのであれば普通の出来事。

いくら策を凝らそうとも腕を磨こうとも、こうなってしまうのはそういう性質だからに過ぎない。


「だからこれを……そうだな、足にまとわせて攻撃をした瞬間に、爆発させたりとかいう近接攻撃に使ったり……」


あとは……、と言いかけた途端に言葉が止まる。

どうやら、まだ思いついた考えが全てまとまっていたわけではなかったと、行動で言っているかのように私の目には映りこんでいる。


「そのほかには何もないのか……それなら、別に言いのだが」


相手を出来るだけ安静にさせようと、おとなしく語り掛ける。

すると青年はこちらを一瞬だけ見つめると、あの微笑みかけるような表情を浮かばせながら見せてくる。

この血液が巡り続ける掌で触れたくなるほど美しいものであったものの、その考えを抑え青年の顔へと視線を集中させる。

それを証明するために少し顔を少し近づけてみるものの、青年は一切表情を変えずこちらを見つめている。


「あ。そうだ、近接以外に使うとなると……罠とかそういうのが、お姉ちゃんの戦術には合ってると思うなぁ」


青年は表情を変えていなかったといったものの、口を開いた瞬間に何かに気が付いたかのように変質した。

そして今の青年の発言曰く、私の戦術に組み込む新たな策として……罠が合っているらしい。

罠と言っても、上手く想像がつかない。


地雷という兵器のようにある一点に入った瞬間に空に煙が立つほどの、爆発でも引き起こすのだろうか。

それともそれを拡張した感じで、ある範囲に敵が足を踏み込めば、先ほど言ったような規模の爆発でも起こさせるのであろうか。


「罠……どういう風な感じだ?」


一応は考えを生み出したものの、こんな考え無しで単純以上に単純な文言を言ってしまえば、青年から笑われるかもしれない。

すると青年……もといアス―ガルドは少し表情を変えて、微笑みを一切交えることなくこう答えた。


「うーん、やっぱりお姉ちゃんの魔術に一番に合ってるのは、地雷みたいな奴だろうねぇ。実際、遠目からは防御を使っていないように見えたし」


そのセリフを聞いた瞬間、息を飲み込む。

私の想像とは反して青年と私が考えていることは、かなり……いや、一点の違いもなく同じだったらしい。


「同じだ……。やっぱり、その戦い方が一番いいんだな」


少し喜んでいるな、と発言者である自分自身でもわかるほどに明るい声が漏れる。

私が言い放つと青年は、あの記憶に根付く相変わらずな微笑み顔を浮かばせて、手に握っている杖を跳ねるように持ち上げる。

光がほとんどない空間であるというのに、その杖に取り付けられていた宝石は、小さい光を放っている。


「そうとなれば……やっぱりやるしかないよね。理想ってのは口だけでは簡単に語れるけれど、実行しないと図面に過ぎないからね」


青年は狼煙ともいえるような言葉を言うと、抑制することなく大きくため息をつきながら背伸びをする。

迷惑をかけたなと労わってやりたいものの、彼はそれを聞いた瞬間に気を配ることを拒むようなことをいうだろう。


「じゃあ、その罠というのやらをやってみたいのだが……」


喉から声を、絞り出す。

青年はそれを耳に入れたのか、手に持っていた杖の先を地面に突き刺すように突き立て、魔法陣を描き始める。

おおよそ短い時間であるというのに隅々まで細かく書かれており、青年の手がかなり研がれているというのが分かる。


「即で作ったもので、余り綺麗でないけれど……まぁ、発動自体はできると思うよ。あと、出来るだけこの形は覚えていてほしい魔法陣はどのような魔術であっても関係なく、使用できるものだからね」


そう言われ、再度に魔法陣を見る。

隅々までこの目で見たといったものの、それは根拠のない勝手な自己判断だったらしい。

私の目が全く届かなかっただけで、其れには目をしっかりと凝らさなければ決して見えないような、非常に微細な花のようにも見える柄をした模様も描かれている。


「本当に、覚えられるか不安だな……」


そう流れに従うかのように口ずさむと、耳元に青年の声が滴る。


「別に、完全に覚える必要はないよ。こうやって端っこにある、覚えられない奴は全て無視していいよ、大方さえ覚えればいいんだ」


青年は私を落ち着かせるかのように、慈愛にも聞こえる定型文ではないと思えないセリフを言う。

それを身に収めながら、今の今まで眠っていた脳の記憶機能を、無理やりとは違う形で起動させる。


「どう? 覚えられそう?」


意識を目前の魔法陣に集めており朧げにしか言葉は聞こえなかったものの、記憶の貯蔵庫の中に仕舞われていく。


「すまないが。少し口を閉じていてくれないか、こういうとあまり聞こえはよくないかもしれないけれどね……」


出来るだけ別の情報が混入しないように、青年に黙るよう言葉をかける。

すると私の声をその両耳で聞きつけた青年は、時の流れに置き去りにされた壊れた時計のように何も言わなくなる。



「……よし」


数分間の学習機関を置き、魔法陣の模様を暗記する。

だが先ほども言ったように細かい形はいくら数秒程度であろうとも、持続することはなく記憶から消し去られている。

……あと言っていなかったが、魔法陣の形は魔導書などに書かれている中央に巨大な模様、そしてそれを庭園の鉄柵のように包む、花々の茎を織り交ぜたような様相をしている。


「その言葉が、口から出たという事は……覚えられるだけは、覚えられたっていう判断でいいんだね?」


青年はまるで年を積んだ賢者のようにも聞こえる声調で、語り掛けてくる。

わざわざ彼の方向へとこの細い全身を向けることなく、魔法陣の形を目の中に写しながら首を下げる。


「じゃあ、お試しという事で……私が地面に描いたやつに、手をかざしてみてくれないかい? 私が結構な頻度で使うから、そこそこの性能はあると思うけれど」


その耳に入り込んでくる言葉通りに、魔法陣に可能なだけ手が重ならないようにするために、位置を少し遠くへと移す。


「もう少し距離をとったほうがいいかも、お姉ちゃんの魔術なら……まぁ、ここら一帯に火の野原は作れるだろうから」


……それは評価しているのだろうか、それともその火力に皮肉を言い当ててるつもりなのだろうか。

まぁ、それはそうとして……青年の唇から流れ出た声通りに、もう少し多くの距離をとる。

空間の形を掌握する能力を殺すような黒い空間であるものの、少なくとも五十メートル以上の距離を作ったのは確か。


「じゃ、気を取り直してあれに向けて手を伸ばして……」


狂いもなく、手をかざす。

その瞬間、見慣れた水色の光が魔法陣の、この世のものとは思えない複雑な模様の上に浮かび上がる。

確かに戦闘で活用したことはあるが……ここまで、複雑な形のものは見たことなかったために、初めて扱った時のような感覚になる。


「あんな形をしているのに、本当に使えるんだ……」


思わず、言葉を口から落とす。

そう思っている間にも、魔法陣から出てくる光は段々と強くなっていき、少し遠くから見ても光っているとわかるほどだった。


「まぁ、魔法陣である以上は……ね」


青年が合わせるかのようにして、言葉を発する。

恐らくだが魔法陣であれば、どのような奇妙で巧妙な形であっても発動したりすることは出来るとでも言いかけたのだろうか。

まぁ、そんなことは今はどうだっていい。


「これで……いつも通りに発動すればいいんだな? それとも、お前が特注で作ったものだから変な行動でもしないと発動できないのか?」


光り続ける魔法陣を、両目で見つめながら何を思ったのか斜め後ろに、移動した青年に問いかける。

そんなことくらい自分の余裕ばかりな頭で考えるべきであるのは確かなのだが、こういう得体のしれないものはそれを作った本人や、知識を持つべき相手に聞くべきだろう。

もしもだが、変に起動して本来は起こるべきでなかった被害が起きるよりかは、こうやって慎重になるほうが賢い……はず。


「特に他にやることはないけど……そっちが、何か特別な方式に改造したいのであれば勝手にしていいよ、そういうのを考えていないのであれば、普通に魔術を発動していいよ」


長い説明ではあったものの、特段な行動劣る必要はないように聞こえる。

いま聞いた説明を少しだけ意識しながら、いつも通りに変わらないように魔術の発動態勢へと移行する。


血中の中の酸素の動きを感じながら、全身を走っていく神経の信号の形を考える。

その次には脳裏に天の川銀河によって切り落とされた銀色の夜空を、アルバムでもめくるかのように考え続ける。

花よりも宝石よりも美しい、世界が忘れ世界が思い出すことのできない、懐かしむこともできない原初の世界。


そのすべてを、頭の中に走らせる。


「燃えろ」


連想した記憶が、焼かれていく。

地面に描かれていた魔法陣をもう一度、視界に収めてみるとそこからは魔術≪さんぶつ≫が木のように生えている。

青年が作り出した魔法陣から、私だけが持つ星空を再現することしかできない魔術が自生するかのように生まれている。

水色の線のような形をしているものの、理由も不詳だけれど誰も再現できない芸術品にしか見えない。


「やっぱりきれいじゃないか。予想通りとはこういう事か……にしても懐かしいなぁいつぶりだろうこれを見せてもらったのは」


青年は仰ぐように、明るい声で語る。

それを耳元にとどめることなどなく、ただ背後で止まることなく流れる川の音色のようにただ自然の出来事と考える。


「これで……成功なのか?」


発動した後に、思わず声を漏らす。

すると青年は革靴の音が心地いい足音を響かせながら、私の横を通り過き魔法陣のほうへと近づいていく。


「おい、止まれよ。何があるかわかったもんじゃないだろう」


言いつけるように、言葉を駆けさせるも彼には聞こえていないように見える。

魔術を解除するという、なりふり構わないような実力行使というものに出てもよかったが、リスクが垣間見えたので手を引く。

だがどうやって止めようか、それとも彼なりとの考えというのを、すでに頭の中に張り巡らせているのか。


「いい。大丈夫、大丈夫……この程度とまではいかないけれど、何か起きても対処できる能力は備えているから」


いや、確かにその腕前なら無駄な損害を出さずに対応はできるだろうけど……。

それでも端から端まで心配に満ちた言葉を、この口を二つに張り裂けさせてまでも言いたくなる。


‟なんだこれは、このどうしようもない腹の底でうずく感情は……まさか、心配しているというのか。いや……でも、あいつの実力を疑っているわけじゃない……じゃあ、なんと言うのだこれは……„


自分という、殻のなかで問い続ける。

ここで手を貸すべきか、それとも不安だと思いながら彫像のようにその場で佇んだまま、監視するように見続けるべきなのか。

自分の内側で処理するべき事案であるというのに、何かに妨害されているように決めることができない。


「心配しないでって。そこで目をつけてくれさえすれば、意味があるんだからさ……あ、別に馬鹿にしているわけじゃないよ」


青年の鉈のような言葉の切片が、私の聴覚を軽く切りつける。

このように表現したように、私はあの言葉にどうしようもないほど感心を向けることができない。

私にとってはあの言葉の全てが、いつまでも答えを見つけることができない虚無にしか見えない。

これはただの勘違いだろう、私の無駄に発達しすぎて熟しすぎた想像力が、変なものでも見せているのだろう。


「そう言わないと。もう見たくなくなるんだよ……」


見えない誰かと、会話を交わすように言う。

それに同感を称するものはいない、返ってくるのは静寂ではない、ただの苦≪むな≫しさだけ。

時間に置いて行かれているかのような、もう何度経験したかわからない感覚が、この不安を鞍にして全身を走り抜ける。


「お、いいねいいね!!」


少し遠くから、耳をつんざく声が聞こえる。

先ほども言ったように少し映うつろに歪んでいるように感じる自身の体を起こし、その声の方向へと焦点を合わせる。

すると私の魔術が発動している魔法陣と、小指程度の間隔も取っていない距離に立っている青年の姿が存在している。


「……危ないだろう、離れたほうがいいぞ」


何度も言っているように止める必要などどこにもない、ただ自分が止めようと思ったからそうしているだけ。


「危なくないよ。にしても、すごいねこれ……魔法陣を無駄なく使っているよ!」


私の言葉にその白い耳を、一切与えてくれない。

その喜んでいる姿を終わらせるわけにはいかないのは確かだが、私に意思に反抗して口だけは勝手に動く。


「心配なんだ……いやらしいかもしれんが、少し離れていてくれないか。心配はないだろうけれどさ、なんだか……」


己の意思をまるで手足を扱うかのように上手く、伝えることができない。

そうやって考えていると、青年は小さく息をつきながら、水色にきらめき続ける魔術から離れていく。


「聞いてくれるんだな……」


細々とした声を上げると、青年はこちらの方向へと体を向ける。

あれほど邪魔をしたのだから、いくら優しいその顔にもさすがに怒りが血走っているだろうと考える。

顔を足元の方向へと向け、視界の端部にも見えないよう卑劣にも見えてくる、手段を編み上げる。


「んー、何が不安なの? 別に暴発する予兆とかは見えてなかったから、そう言葉を言う必要はないと思うんだけど……」


だが意外なことに、耳の中を走ったのはいつもと変わらない声調。

まるで国王を謁見するかのように震わせながら顔を上げると、そこには満月のようなあの顔がある。


「お前の身に、何かあるのが怖いんだよ。さっきから、後ろを向かないような行動をとっているから……さ」


心に少し余裕ができたところで、惜しむことなくすべてを吐露する。

私がただ彼の身を案じているという事を、全く歪曲させることなく或ることすべてを総動員する。

どう反応が返ってくるのかは予想はできないが、きっといつものような感じで返答してくると思う。



「今更かい……今更、私のことを気にするのかい? ばかばかしいと思わない?」


突然と襲うように、到来した言葉に耳を疑う。

どういうことを言っているのかわからない、私が彼に心配を投げかけるは呆れかえるほどに馬鹿らしいことなのか?


「どういうことだ……いまさら、馬鹿馬鹿しいって……」


孔の中に逃げ込むかのように、小さくなりながら口ずさむ。

不思議でならなかった、青年のあの優しさで緩んだ笑みからは想像もつかない言葉が飛び出たことではない。


「馬鹿馬鹿しいでしょ」


そのまま、青年は続ける。

それは軽蔑するというよりも、もう手遅れであることに対する呆れのようなものだと、私の耳には聞こえている。

反論するかのような言葉を漏らしてやろうと思ったが、喉は眠ったように動いてくれない。


「今ごろ、助けようって考えるくらいの心が残っているのなら、なんであの時……私のことを見捨てたんだ?」


無意識か、それとも本能が働いたのか、過去の記憶を掘り出そうとする。

青年がさす、あの頃がいつの年かいつの日かどうかはわからないが、彼の姿がおぼろげでも描かれてる記憶を全力で回想する。


だが、運命が私の内心を嘲笑っているのかどうかは知らないが、記録の中にはそれらしきものは見つからない。

ましてや……彼に関連する記憶というのが、まるで本のページを乱雑に破ったかのように、一瞬だけしか映りこまない。

いくら汗を垂らす勢いで、思いだそうとしても誰かがそれを追いかけるかのように、消去しているのではないかと抱いてしまう。


「すまない……そのあの頃、というのはいつのことなんだ? もしヒントでもいただけるのであれば、其れから糸を引くように段々と思い出すかもしれないから」


相手に最悪の感情を抱かさせているというのに、何とも恥知らずなことを言う。

彼の目には阿呆とかそういうので残り痕なく片づけられるほど、簡単には私の姿は映っていないだろう。


「思い出せない……そう捉えて、構わないんだね?」


青年は氷漬けにした金属のように、冷たく重く語り掛けてくる。

その途端、羽衣のように見える服からこぼれ出ている肩に、岩でも乗ったかのような重圧を感じ始める。

先刻に言ったように、彼との記憶がほとんどない今の状況であったとしても、彼の声は深く心底を狙ったかのように突き刺さる。


「もし、もし……それが君の命にかかわるような出来事であったとしたならば、私はここで───」


音を鳴らして、何かを飲み込む。

確立した味はせず、形もなく、ただ私の火であぶられたかのように熱くなった喉を、走りすぎていく。


私は何を言おうとしたのだろうか、何を彼に伝えようとしたのだろうか。

意味のない宣伝紙のように薄く、伝わることなど先ず毛頭ない謝罪の言葉だったのだろうか。

それとも、また別の……また別の、重要なことを小さな声量で、訴えかけようとでもしたのだろうか。


「それは、よくないよ」


何を言い出そうとしたのか、考えていると声がかかる。

自分の吐息よりも少し大きい程度の、塵のように小さいものであったが私の耳は確かにそれをとらえる。

何も前兆もなく、まるで観測不可能な速度で接近する彗星のような声に、一瞬だけ心臓が締め付けられる。


「よくない……私が今、言おうとしたことが、か?」


固まりながら応答すると、青年は堅い顔のまま答える。


「そうだよ、お姉ちゃん……まさか、死のうとなんて言おうとしてないよね?」


青年の口から、言葉が現れる。

思いがけないというものではない、逆に私が思いがけていたもののようにも思えてくるもの。


「あ……いや、どうだ……ろう」


対話にはそこそこ慣れているはずなのに、私の口は意思には反して固まっている。

間違いない青年がその口から垂らした答えは、きっと私が無意識に漏らしかけた事柄そのものだ。


「どうだろう、じゃなくて……そうなんでしょ?」


真相を追跡するかのように、青年は質問を並べる。

そうだ、と言おうとしたものの、いくら振り絞っても喉は石炭を注いだ蒸気機械のようには起動してくれない。

舌を噛みショックを与えた勢いで返答しようと考え舌を噛むも、ただ痛みが走るだけで価値のないものだった。


「……そ」


「なるほど、じゃあ私の考察は的中したと言わけだ……なら、それでいいんだ。ありがとう、感謝するよ」


まるで音程を刻むかのように、青年は言葉の情緒を戻す。

あの毒蛇の目頭のような鋭利な口調から一気に戻ったことに対して口を丸く開き、一瞬だけ息を止めてしまう。


「じゃあ、取り敢えずあの頃って言うのを教えるよ。確か、あれは……」


まるで物語の語り部のように、上を見つめながら口述し始める。

私は傍聴者のような役割をとるべきなのであろうが、あの落差を目に焼き付けられてしまえば、すぐさま耳を傾けることなどできない。

ぼーっと、したまま彼の顔だけを見つめている。


「たしか、夏ごろだっけ……言っておいて、思い出せてないな」


青年が何かを言っているのは聞こえるが、そのすべては私の耳から消えている。

過去のことを話すというのは記憶に新しいが、何をどのように話したかなど全く覚えていない。


「えーっと、何て?」


失礼な口調で、声をかける。

青年は開いた口を一ミリも閉じずに、私が立っている方向へと全身を向けてこう話し始める。


「いや、まだ何も言ってないよ」


どうやた、私は先走りしすぎたようだ。

普通ならここで恥を覚えてしまい焦るような態度を見せるだろうが、不思議なことに何も思わない。


「そうか……すまない、話を聞けてなくてね」


弁明というよりも、言い訳に近いことを言う。

しかし青年はそれに何も言うことなどなく、逆に眉間を少しだけゆがめ気を配っているような態度を見せる。


「……こういうのもなんだけど、何かあったら言ってね。私だって、もうさっきのことは引っ張ってないから」


言葉を返そうと思ったが、そのまま無言になる。

ベールのように覆うような静寂が広がるが、それは全く意味のないことなどではなく青年が語り始めるまでの時間に過ぎない。


「わかったよ。姉として、悪いところを見せてしまったよ」


静寂を切らないのが鉄則だが、さすがによくないと考え言葉を言う。

すると青年の少し心配がまぶされていた顔が、水がかけられた乾燥食品のように柔らかくなり始める。


「気を遣わせたのは、こっちかもしれないね」


青年はその表情の柔らかさ自体を、敷き詰めたような声で声を漏らす。

その発言からくみ取れるのは、単なる優しさだけではなく私が自ら被ろうとしていた責任感を、洗い流そうとしているようにも聞こえてくる。


「気を遣わせてしまった……か、私の方こそというのは、君は許してくれないだろう?」


私が青年の内心など構うことなく、答えを並べる。

表情は相変わらず笑顔にも見えるものであり、切り替わる兆しなど身肌にすら感じさせない。


「許さないとまではいかないけれど……まぁ、私が望むところではないね。……というか、話からずれてしまったね、取り敢えず戻すよ」


青年に囁かれて、やっとのこと気が付く。

そうだ、最初は過去の話を思い返していたというのに、私が変に出張ってしまったせいでおかしくなってしまっている。

身振りすることなく話を始めようとしている青年に視線を向け、休んでいた耳を貸し出すように向ける。


「で、あの時だ。夏ぐらいだったかな、私がまだ僕とか使ってた時代、いつものように意味もなく家から少し外れにある、森近くの森林に足を運んでいた……」


私は話を聞きながら、本でも読むかのように可能な限り記憶を思い出そうとする。

青年の談話というか話に傾注しているためか、ぼやけていたように思えていた記憶が戻り始めるように気がしている。


青年の容姿をとらえながら考えていると、一段と鮮やかに思い出せそうな予感がする。


「森の様子はいつもと変わらない、ただ風が吹けば木の葉と草は生きているように揺れるし、肌の温度は下がっていっていた。そんな中、前触れもなくある魔術師を名乗る人間に攻撃をされた」


青年の話によると、魔術師と名乗る人物に襲撃を食らったらしい。

私は文中に現れた魔術師を名乗る人物の名前を、どこかで聞いたことがあるように気がする。

勿論、フルネームをそんな正瀬悦の世界のように都合よく思い出せるわけじゃない、これだけの数少ない情報だけで骨を折らずに思い出せるのならなんとも幸運だ。

だけれど、音は思い出せる気がする。

名前をいう時に声に音程がついたりするだろう、ああいう……なんだ、これどうやって形にすればいいんだ……。


「なぁ、その魔術師……名前か何か言っていた覚えはないか? 私は覚えているように気がするんだが……その名前の文字を、一つも思い出せないんだ」


流石に独力ではどうにもできないと考え、青年に助けを出すように求める。

青年はまるで自分の世界に浸っているかのように、瞼を閉じながら次の言葉を言おうとしていたが私の声を聴いた瞬間、口を止める。

目を良くも悪くもない速度で見開くと、閉じていた口を瞼を開いた時と同じように徒歩よりも遅く開く。


「名前自体は覚えていない。だけれど、姿は少しだけれど覚えているよ」


その遅さからは、想像もつかないほどの速さで声を刻む。

彼が言うには名前のありかはしならないものの、魔術師と名乗る人物の姿はしっかりと覚えているらしい。

すぐに『じゃあ、それを教えてくれ』と言いそうになったが、まるでその選択を隠すかのように、即座に綴り始める。


「体型は普通の中の普通、背は少し高くて、髪は目立つほどに黒くて、顔は全部が整列してるみたいに整っていて、美しかった……姿は目測では男に近かったけど、声は女性のように高かった。目の色は、赤色にも青色にも見えていた……かな」


一度一度、切っているように話しており、此方も整理がつきやすい。

どうやら青年の話によると、その魔術師という人物はどうやら……一般人とはかけ離れた、容姿をしてるようだ。

まだ聞きたいことがあったが、この話からしてこれ以上は何も有益なものは得られないだろう、出てくるのは石のように意味のないものだろうから。


「なるほど。でも、やっぱり……」


そのようなものは、私の頭には残っていない。

まだ幼かったであろう目の前の青年がこれほどまでに覚えているというのに、年齢の関係で記憶力では先を行っていた私が覚えていないのは、非常に奇妙としか言いようがない。

相当なトラウマなのか、それとも私よりも記憶力がよかったのか……。


「じゃあ、その思い出はお前の中では……どれくらい、色濃く残っているんだ?」


教師のように、問いかける。

こうやってしている私にさえも意味など分からない、なぜ自分がこうも扉を叩くかのように聞いているかなどわからない。


正直、自分が青年に対して施している行いの全ては、理解ができないものばかり。

あほらしいとも思われるようなことであったとしても、姉弟愛とかそういう感情が芽生え聞き逃したくなくなってしまう。


この青年と暮らしていた日常の記憶など、私にはほとんど残ってなどいない。

もはや覚えているのはその姿と名前、そして姉弟という紙面に書かれなければ一切も見えない血縁関係だけ。

その三つの要素がわさったところであっても、彼との記憶がほとんどなのであれば赤の他人にしか過ぎない。

むしろ、赤の他人という冷たく白い関係に至っていない方が、無性にも不思議に思えてくる。


「どうかな、かなりというわけじゃないかな……」


その反応は、思った通りではなかった。

それだけ驚くほど隅まで覚えているのであれば、事細かには覚えているだろうと考えていたけれども。


「かなりではないのか……」


面食らったような、自分でもよくわからない対応をとってしまう。

だがそこで下を向くようなおぼつかないことはせず、青年に向かい合うかのように顔を上げる。


「ん……なら、その情報以外は全くないのか……でも、ありがとう」


喉の奥から、感謝を言う。

あれだけ覚えてくれていたのだから、ここで無下に避けるようなことをするのは、全く褒められたことじゃない。


「いや、大丈夫だよ。過去のことなんて、ほとんどが想像力のものだからね、ただの迷い言葉と思われないだけで嬉しいよ……」


これも、正直に言えば想定外。

私は正面から受け入れる覚悟でいたので、何を言われとも疑いようなく信じるつもりでいたのだが……。


「何を言っているんだ。私はお前が何を言おうが、信じるつもりでいたからな。嘘をつくような人間じゃないは知っているし」


本心から言葉をかけると、青年は少し顔を明るくする。

自分の世界に浸っているような顔も、曇りなく明るかったがこの時には及ばないようにも思えてくる。


「そうなの?」


短い返答が、私の耳に返ってくる。

その返答に言葉を返すべきなのだろうか、私は何かを守るかのように口を開くことはなく黙る。


「……」


何も言わず、ただ彼の顔を見る。

周囲から見てしまえば何をしているかわからない、変な構図に見えるだろうが気に掛けることはしない。


「そうさ……」


だが黙っているわけにはいかないだろうと、言葉を放つ。

青年の顔は変わることなどなかったが、私の言葉はしっかりと伝わっているようには目に映る。


「ありとう、じゃあ続き話す? それとも、魔術師の正体でも探る?」


選択肢が与えられる。

前者と後者どちらを選ぼうとも、自分の身に降りかかるようなデメリットなどは存在しない。


「じゃあ、話の続きをしよう」


迷うことなく、前者を選択する。

先ほども言ったように前者を選んだが、後者をもう選べなくなるというデメリットは生まれることなどない。


「本当にいいの?」


念押しするように、私に聞いてくる。

私は別にとやかく言うことなどしないが、青年にとってはこのことは非常に重要なことなのだろうか。


「別にそんなに詰問する必要ないだろう、私が言った通りのことを、君の思うとおりにやればいいだけなんだからさ」


そこまで押してくるというのなら、という対抗心なのか私は彼に煽りにも聞こえてくるような発言を言う。

すると、彼はその熱意からは思いがけないほどに素直に従い、定位置に戻り口を動かし始める。

だが、先ほどとは……なんだか、微妙に違うような雰囲気が足元から立ち込めている。


「で、その魔術師に襲撃された時、私は必死に抵抗した。碌な魔術なんか持っていない私は魔術という知っていながらも、知らない力に圧倒され意識を失いかけた……」


惨憺な事情が、縦に流れていく。

考えてみれば……こいつが魔術を使っていたところなど、見たことがなかったような気がする。

記憶は欠落していたとしても、彼が幼い時に魔術を使っていないという事は心の底からうなずけるほどに、納得ができてしまう。


「その時、お姉ちゃんが助けに入った。魔術を学んでいたお姉ちゃんは、手から炎と水が混ざり合ったような魔術を発動した。その星を繊維状にしたみたいな色をした髪を、激しく揺らしながらね」


私が考えをまとめる合間にも、青年の語りは足を進めていく。

止まらず進んでいく話に惑わされないように、必要ではない情報は聞き流すように意識しないようにする。


ここまでの話で重要な情報は、その全身黒で塗り固められた中世的な見た目をした魔術師、そして私が割って入って魔術を発動したということ。

とはいえ……二つ目の情報は正直なところ、私の目から見ればそこまで重要じゃないと思えてくる。

青年にとってはそれこそ鮮烈と言えるくらいに覚えてしまっていて、話の中で重要な骨の部分であるのだろうけど、当人の私からすれば必要性を感じられない。


で、あれば……必然的というか、消去法で行くとその魔術師を見つけることが重要となってくる。

情報が見た目だけではどのような人物であり、どのような性格をしているかどうかは判断がつかない。

それでも、少し特殊な環境で育っただけの少年の命を狙うような人間なんだ、魔術師の中でも、小程度は異端なのだろう。

本当に異端な魔術師であれば、少年を誘拐してその一族に魔術の研究資料を、要求してくるのが魔術師の間での常識だ。


「それで、私は魔術を発動してどうなったんだ? そのまま、片手間にいなされたとでもいうのかな?」


言葉を止める青年に、先手を取るかのように質問する。

その言葉を察知したのか青年は止めていた口を、また小さく開き物語の続きを語り始める。


「残念だけれど、お姉ちゃんが魔術を発動しても相手にかなうことなく、魔術は片手で弾かれ敗北してしまったよ。そのあともお姉ちゃんは助けようとしたけれど、結局はかなわず───」


青年の口調は異様におとなしく、どこか面白みがかけているというよりも大きな違和感を覚える。

何か抜け落ちチエルといった空白感のある違和感ではなく、まるで事実を書き換えて伝えているかのような違和感。

まるで、青年の言葉の上で最初から踊らされているように気がしてくる。


気にしすぎなのだろうか、この青年アス―ガルドは相手の信用を地に落としてしまうような嘘は言うことはない、ただの冗談程度ならその年齢に見合った分は言うけれどだろうけど。

ではなぜ、このような違和感を覚えてしまっているのだろうか。


「やっぱり、お前……何か隠していないか? お前の言葉はから事実を曲げるような嘘は感じられないが、そのほかの……なんだろう、大切な部分を塗りつぶしているように伝えていたりしないか?」


思いついたことを、鞘に収めることなく言う。

聞いている側からすれば突拍子もなく聞こえると思う……この青年が、私が今言ったような違和感を交えていないのだとしたら。


青年の顔に穴が開くほど近くで見つめると、その顔からはあのおとなしさを感じさせる表情は、霧に帰ったかのように消えている。

その代わりに宿っていたのは、まるで宇宙を呆然と見つめているような、絵に描いたような無表情。


間違いない、彼は嘘のようなものをついている。


「嘘……いや、嘘に近しい。優しさなんだろう?」


言葉を浴びせる。

その彼には合わない仏頂面のような顔を、破壊しようとするつもりで言ったのだろうか、それともその嘘を追求するために発言してしまったのだろうか。


「……本当、って言ってももう聞いてくれることはないよね。その調子に乗ってしまったのなら、こっちが素直に答えるしかないだろうし」


壊れないような顔をしていたといったが、途端にその堅苦しい顔を崩し、そのいつも様な表情に戻る。

晴天が俄雨に切り替わるような勢いであったので、少し驚いてしまいかけたがどうにか平静を保ちその顔に目を向ける。


「で、何を言いたかったんだ? お前は、本当は言おうとしたが言う直前で躊躇い、結局は言わずに通り過ぎようとした……だけれど、私が触れてしまったから火ぶたを切って答えるしかなかった、と言って所か?」


探偵小説のような、歯止めのない問いかけをする

彼を追い詰めるつもりで言っているわけではないが、自身が興奮しているのか一度も止めることなくいってしまう。

だが、さすがに度が過ぎたと思い数十文字目を通過するころに、壊れた時計のようにいきなり停止させる。


「……と言いたかったがこれ以上、口に出すのはやめておくよ。あとは、お前自身が予測してくれ……」


頭か静寂から始め、尾まで静寂にまぎれさせながら終わらせる。

自分の頭を一度下の方へと下げ地面を見つめるような態勢を取り、そのまま駆動させることなく文字通り見つめ続ける。

いまさら言う事ではないが、やっぱり地面には色がついておらず、沈み込むような暗さを黙然と語っている。


「正解だよ。なんで途中で止めたのかな? わざわざ差し世から言い始めたのであれば、どこに求める義理というのは存在しえないだろうに」


意外にも……というほどでもない、先ほどから話を続けている、彼の特徴が前面に出ている言葉の群。

顔を少しだけ上げうかがうような形で、青年の精幹とは言えない柔らかい顔に目を移動させる。


「申し訳ないと思ったわけじゃない。私が口を動かさなくなったのは、申し訳ないと思ったからだよ、まぁこれをお前がどう受け取るかは私も知らないけれどさ」


嘘だ、私が言っているのはそんな軽いものじゃない。

もっと奥底の見えないそれほどその先を見つめるのが、恐ろしくなってしまうような己の中にある心の深淵から言っている。

過去、現在、未来の万物に対する感情というのが、全て集合している場所から発言している。


なんと言っているかどうかわからないだろうが、つまるところ言葉の数に対して、その言葉に込められた意味は深層なところにある、という事。

これでもやっぱり難しいと思うが、さすがに時間をとるのはよろしくないので解説するのはやめておくことにする。


「ふぅん。まぁいいや、その通り私は隠し事をしている。でもそれは許していただきたいんだ、安心してくれ隠していたことは言わないわけじゃないからさ」


青年は落ち着いた面持ちと大きく揺らいでいない情緒で、声を並べていく。

解説してくれると言っていたので、喋らないという方がそこそこ賢明であると考え、息の音すらも立てず彼の顔を見続ける。


「で、隠していたことというのは……ああ、そうだお姉ちゃんが魔術師と戦闘を交えて、どうなったかってところだったね。お姉ちゃんはたしかに誰が見てもわかるくらいに、敗北したよ」


青年は、言葉を止めることなく続ける。

顔には生気と怠惰のようなものが複雑に混ざり合っており、彼が何を考えているのかどうか読み取りにくくなっている。


「敗北してどうなったんだ?」


私の方から、先に口を動かしてしまう。

青年は言葉を止めることなくと言っていたが、私は敗北したことなどどうでもよく少し先走って聞く。


「お姉ちゃんはそのあと、魔術師の目に掛けられたって感じかな……」


少し抽象的に、言葉を綴る。

目に掛けられたとはどういうことなのだろう、単純に人質としての価値があるかどうかなのだろうか。


「目に掛けられた……? つまりそのまま、人質にされたのか?」


詰めるように効くと、青年は頭を横に振る。

人質に掛けられれていないという事がそれで伝わってくるが、そのほかに何か特別な事でもされたのだろうか?


「では、それ以外になにをされたんだ?」


青年は、横に振った首を定位置に戻す。

するとその口を小声で語るかのように小さく開きながら、私に囁くようにこう語り始める。


「誘拐というよりも、何かをされていたね」


またも、想像を難くさせるようなことを言う。

何かと言われても思い浮かぶことは何一つない、過去のことを思い出せないので、想像力を発揮する。


「何かをされてたと言われても、何も思い浮かばないぞ……」


彼に苦言を言うが、それに何もが反論することはない。

私が発言したことをそのまま受け入れ入れる方向にでも組しているのか、言葉何一つこぼすことはない。


「正直に魔術師の私にもわからない、研究にもかかわっていたけれど、あぁ言うのは見たことないね」


ああいうのは見たことがないということは、儀式とはまた違う事なのだろうか。

大抵の魔術は儀式とかが必要になるものもあるが、その数は数えるほどしか存在していない。


「おまえも、一回も見たことがないんだな」


彼の腕を知っているからこそ、そいう言葉が出てしまう。

あんな複雑に魔術を遣える人間が見たことないのであれば、それはもう魔術の事象ではないのでは。


「ああ、嘘はつかないよ。これは、まぎれもない事実」


そう聞かされると、また一段とわからなくなる。

考えても無駄だという事はこの身で持ってしてもわかりきっているのだが、それでも答えを追いかけてしまう。


「魔術じゃないという説もあるのか、お前の中では」


先ほど出てきた予想を、青年に聞いてみる。

魔術を軸に考えていなければ、これぐらいは伝わると思うし理解してくれるとも追うのだが……。


「正直に言うと、その可能性はなくはない」


声援も私と同じ考えを、持っているようだ。

少しだけ胸を躍らせるようにして、私の知能があまりない考えに彼の間あげを組みこもうと聞いてみる。


「では、お前の中ではどう考えている?」


聞いてみると、青年は何を意図しているのか笑いながら口を開く。

青年には私を超える考えがあるのか、それとも、もう犯人の正体をほとんどつかめているのだろうか。


「申し上げると、あれは異界魔術なんじゃないかな? 明らかに、次元というのが違う気がするんだよね」


青年は詳しく説明しようとしているのか、少し背伸びをして両腕を大きく広げる。

まるで何かを歓迎するようにも見えているが、青年の中では所詮テンションを乗せるための、作業に過ぎないだろう。


「異界魔術はお姉ちゃんの知りうる通り、あの青年しか持ち主を知らないんだけれど、私の予想では複数人が持っているんじゃないかな? あの、異界幻像だけではなく他にも異界魔術と呼べるものが、存在していると思うんだよね」


なるほど……それなら、私の考えも筋が少しは通ると思う。

魔術というのは無限大でありながらも、何から派生したというのはその特性を見ればすぐに理解できる。

重力を操作する魔術であっても、それはただモノの重さを調節しているだけに過ぎない。


派生はいくら乖離しようが、特定の魔術の拡張に過ぎない。

逆にどうやってしても派生元が特定できない魔術というのは、それは全く今まで存在しない新しい魔術となる。


「確か、魔術っていうのは、派生元というのが存在するんだよな。それに当てはまらないということなのか?」


自分の考えを、決壊させるように放出する。

すると青年はその黒い髪を水中に浸らせた、毛筆のように揺らしながら少しの時間を置いてこう答えた。


「その通り、派生元というのが今に考えてもわからいんだよね。今の自分が過去に戻れたら、派生元を見つけられるかもしれないけれど……ね」


どうやら、青年は少しだけ疑問を持っているようだ。

確かにすぐに異界魔術と断定するのはあまりよろしくないし、そうやって浅はかに信じてしまうと、答えを見逃してしまうことになってしまう。

自分の推測に愛嬌を持ってしまい、本来は目先で存在しているはずの真実を見逃すのが一番の禁忌。


「だけれど……そういう理屈とか抜きにしたら、間違いなく異界魔術だと思うんだよなぁ。あの時、もう少しじっくり見ておくべきだったかなぁ」


青年は耳に聞こえるような普通な音もなく、地面に背中から倒れ落ちながら言う。

もう少し集中して見ておけば真実により一歩は近づくかもしれないというのは、私も賛同を口にしてしまいそうになる


「まぁそういわない方がいい。その魔術師とやらの正体に、一歩だけでも近づける機運が見えただけでも、良しとしようじゃないか」


珍しく、私の方から彼を励ますようなことを口ずさむ。

彼もそれには私と同様な反応を示したらしく、目を見開きながら少しずつ体を起こし目を細め少し悪だくみのお湯な笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。

その目は何を考えているのか詳しいところまではわからなかったが、私の行動に対して変わり種な感情を持っているのは確かだろう。


「お姉ちゃんって、そういうことも言えるんだね。予想外とまではいかないけれど、驚いちゃったよ……」


彼はその表情を、溶解させながら言う。

別に表情を変えたからと言って、特段として感情の変化がみられるわけではなく、ただ笑みが緩んだという少量の変化。

だが先ほどの表情を目に焼き付けているのであれば、少しの揺らぎにすら過剰に反応してしまうのは仕方ないだろう。


「で、そんなつまらない話はもういいだろう? で、これからどうする?」


話題を両男子、青年にこれからどうするか問いかける。

今やるべきことは幼年期のころに奇襲を仕掛けてきた魔術師という存在に、談義を重ねるべきであろうが、正直もう議論をする必要はないと思う。

異界魔術の可能精ちうものを考えきれたんだ、事実ではないがそういう視野を持てたという戦利品があるだけでも意味はあるだろう。



「というかっ……話に夢中になっているせいで気が付かなかったけれど、魔法陣の件はどうするんだよ!!」


頭を休めようと、情報を整理しているとふと思い出す。

そうだ……よく考えてみれば、いや考えなくてもいいが今は魔法陣の利用法について、青年から享受されていたことを。


わざとらしくも慌てながら彼に問いかけると、起こした体をそのまま如何にかするわけではなくその場に、鎮座するように座り続けている。


「何をしているんだ、あの魔法陣というのは……君が作り出したのだろう、どう処理するんだ!」


その整理していた情報の中には、水色に輝く魔方陣の記録も見つかったので、それについて問いかけてみる。

それくらい言われれば鞭を打たれた馬程度には、機敏に動いてくれるだろうと考えていたがまるで動かない。

ただ地面に居座り続け、焦燥を不慣れな武器を手にしたかのように、振り回す私を一点に見つめている。


「おい、何か答えないか。おい、おい!!」


殴りつけるような少々と強い言葉で言うものの、彼は何も返してくることはない。

まるで決して揺れないように固定化された雨風に晒されようとも、佇み続ける農地の案山子のように全く動じない。


「おい、話を聞いているのか。まさか、さっきみたいに何もしなうとも眠れるとかいう特性を使って、眠っているわけじゃないだろうな!」


目前で大魔術に匹敵する魔術でも発動して、驚愕させてやろう考えてしまう。

だがさすがに後が取れないような事態になってしまうのは本心ではないので、手を引き抜こうとした矛を収める。



「よし、オッケーオッケー……ごめんね、少し意識を過去に飛ばしてた、あ比喩とかじゃなくて魔術的ない意味でね」


まどろみから覚めたかのように、眩しくなるほど大きな声を上げる。

青年は魔術か何かで過去に意識を飛ばしていたと言っているが、状況に置いて行かれた私では意味が霞んでいるかのように理解できない。


「魔術で過去に行っていた? どういうことだ、それに比喩じゃなく言葉通りにって……ますます、意味わからないぞ」


腰を下げながら彼の表情を下から見つめながら聞き返すと、彼はそれに気に掛けることもせず口を動かす。


「魔術を使ったら、過去の記憶を読み返すことができるんだよ。だけれど、それは本人にとって明確に確信できているときに限る……って感じだけれどね」


青年のその奇怪な魔術の、諸情報を聞かされる。

限定的だが過去に戻ることのできる魔術というのは、私は聞いたことはなかったがそのような魔術があるのも普通かと考え、何も言うことなく受け入れる。

とはいえ……過去に戻れる魔術を使うと、ああやって全く反応とかを示さなくなるのだな。


「なるほど。それで、何か得たものはあったのか……? というか、そんな魔術が使えるのなら今になって、私に力を借りるようなことをする必要はないだろう?」


的を得たというかのように、青年に詰め寄るように言うと青年は少し顔をしかめながら、気怠そうに返答を開始する。


「お姉ちゃんと話すと、何か見つけられそうな気がしたんだよ。まぁ、何もつかめるものは無かったけどさ……でも、あの記憶も少し新しい視点から見ることができるようになったかな……」


その言葉は、魔術を使ったことは意味のないと、断ち切るようなことを言っている。

魔術に認識の浅い私にとってはまるで、専門家同士の難読門司ばかりを用いた議論を聞かされているような気分になる。


「新しい視点……か。私は君の力に成ったと、この目で判断していいんだな?」


青年にそう問いかけると、彼はいつもの顔を返してくる。

それだけでも良かったが、いつもの人を掌握するような言葉たちを語るだろうと考え、彼から視線を外すことなくとらえ続ける。

すると定石という感じで表情を彫刻のように、変貌させることなくその口から言葉を綴り始める。

全く聞き逃すことのできない、天啓のように敬虔な信徒のように心身を大人しくさせ耳を傾ける。


「力に成った……といえば、其れは間違いなくイェスと言おう。それ以外にもあるから、いい意味で完全に肯定することは出来ないけれどね」


語られた一文は、相も変わらず相手を上げ続けるものだ。

自分を下に置くような姿勢でもなければ、相手に批評を突き付けるような複雑難解なモノじゃない。

相手をただ一遍に、肯定し続けている。


「そうか。それならよかった……得るものがなかったというのは、聞いている私も残念な出来事だけどね」


勿論、相手へのお返しとしての、承認の返しではない。

私が本心深くから思っている、不遜が全く混ざり合っていない、この世でもかなり珍しい系統のセリフ。

相手への返答は陰口でもない限り、相手の思考や言葉を完全に肯定するようなものは少ないので、私の相手を完全に信用しきった言葉と言うのは珍しいだろう。


「まぁ、この話はここで終わりにしておきたい。ここで屯ろしていても、さっきの過去の記憶の調査と同じで価値は得られないからね……」


少し寂しげのあるような声調で、青年は言葉を並べる。

私の単なるいつもの信ぴょう性の薄い考えであるが、彼はこの時間を楽しいとで思っていたのだと思う。

じゃないと、こうやって何十分も席を同じにして話を交えようだなんて、一切合切と思わないだろうから。


「お前、少しだけ楽しいと思ったりしていないか? 私の耳には、お前の楽し気な声が、果て無く聞こえていたのだがね……」


まるで脇役の、捨て台詞のように言う。

彼がそれをどう捉えようと私には全く関係はないものの、楽しかったと言ってくれるのであれば少しこちらもうれしく感じる。

語彙力とかそういうのは全くない、笑ってしまうような言葉だろうけれど、私はそれでいいと思う。


青年からは全く返答の風は来ないが、きっと私と同じことを考えているのではないかと思ってしまう。


「楽しかったけどねぇ……私は」


ついに耳に音が響く。

何を言おうか、その黒髪の青年が発した声とうり二つなどではなく、彼が発している声そのもの。


「そうかい……それなら、よかったよ」


私もそれに同乗するように、彼に返答をする。

相変わらず人の歩んだ後を追うような回答であるものの、彼はそれを気にすることなどしないだろう。


「ま、お姉ちゃんは楽しかったでしょ?」


青年が言葉を、詰まらせることなく言う。

そういわれると……ではなく、そういわれなくともこの時間は特別に楽しく思えてしまう。


「……その通り」


他になのも言うことなく、彼に返答をする。

その顔を見つめながら言ってしまったためか何を思ったか、私は懐かしさのようなものを不意に感じてしまう。


「でも、なつかしいなぁ。こういうのも……」


青年が空を見つめがらいう。

彼もまた私のようにこの状況に対して、懐かしさというものを私と同じかどうかわからないが感じていたらしい。


「そうかな……そうかもな」


だが私には、なぜか記憶がない。

まるで誰かに抜きられたかのように記憶がないが、この時だけは無性に懐かしいという感覚が隣にいる。


「そうだよ。お姉ちゃんが覚えていないだけで」


青年が相変わらず、優しさというのを崩さずに言う。

私が覚えていないだけで彼とこのようなやり取りというのは、何十何百回も行っていたのだろうか。


「覚えていないというのは不便なものだな……出来るはずだったことが、できなくなったりするようなものだから。本当に、憎たらしいものだよ」


もう覚えていなはずの過去を、思い返すかのように言い放つ。

傍から見たら滑稽この上なく見えるかもしれないが、それを承知にしたうえでこのようなことを言っている。

その傍の中に含まれているかどうかわからないが、彼のその今に見れば暖かい月夜のように美しい目には、私の姿はどう見えているのだろうか。


それこそ滑稽に見えているのだろうか、それとも姉らしい背中の長いような姿に見えているのか。

その真相は解明する必要などどこにもない、寧ろ残されていない時間を無用に用い続ける愚かな行為。


「そういうのってないんていうのかな、ポエマーってやつ? それとも、響きよく言えば詩作家とか?」


興味深そうには聞こえないが、耳に残るような声で語り掛けてくる。

こういう問いに答えるとするのならば、私は何も響かせることのない沈黙を貫くだろう、こういう問いには答えないのが一番の手段だと知っているから。


「私はそういうのじゃない。あと、ポエマーも詩作家も同じ意味だ、それらに差異なんて全くないぞ」


珍しく、私なりに彼に啖呵をいう。

煩わしく聞こえてしまうだろうが、こういう間違いというのは本能からなのか、ただ無駄に生真面目なのか直さないと気が済まない。

これにだって必要性なんて今一つもない、ただ自分が利益の追求とかそういうのを無視して、直したいからやっているだけ。


「……なんだか意外だね。お姉ちゃんの口から、思いもよらぬって感じで、言葉が出てくるのはさ!!」


青年は不機嫌になるというよりも、どうやら声高に何かを言っている。

こういうのは口に出さないことだが、こうやって言われたのであれば少しはへこんだりして、嘘でもいいから反省の色というのを見せてほしいもの。

単純に考え無なのか、そういう要素を無断と断じて無視しているのだろうか。


「思いもよらぬ……か」


言われてみればそうだな。

いま自分でも気が付いたところだが、私はあまり他人の事情とかそういうのに興味なかったのではと思ってしまう。

青年が今このようにわしづかみにするように触れたのだから、こうやって気が付いただけなのかもしれない。


「思いもよらないよ、だって。お姉ちゃんって普通なら、そういう筋合いな人間じゃないでしょ? なら、思いもよらないって言葉は正しいよ」


強調するように、何度も思いもよらぬという単語を連投する。

思いもよらぬという言葉の意味を解説しているのか、ただ私の意外な側面に言及しているだけなのかどうか、判らなくなってくる。


まぁ、そういうのはどうでもいいのだけれど……だが、強調する以上に彼が声を高ぶらせながら言っているので、ただ意外という以上に重要な意味があるのではないかと考えてしまう。


「そうか……まぁ、お前が言うのなら間違えていないだろうな。なにしろ、お前は頭がいい、早くから学校とやらに行っていれば国の内側に潜り込むぐらいはできただろうにな」


青年の頭の明晰さに、称賛を言い与える。

だがこうやって無駄なことに使われているというのは、なんだか私とともに過ごしていたであろう過去の時間は、無駄なのではないかと思う。

之だけ多岐な方面に目が向く人間は、暴虐無人に迷いのない魔術師という生物には、ふさわしくないように気がしてならない。


「お前に魔力さえなければ……もっと、上手く生きさせることができたかもしれないのにな」


軽い風にすら吹き飛ばされるような、小さな声で言う。

その瞬間、青年の目がオオカミの爪のように鋭くなっているのを、この取ってつけたような自身の両目で覚える。

それは幼稚で曲がった表現など詰め込まずに言えば、起こっているというのが正しいものに見えている。


「どうしたんだ……そんな、私を一点ににらみつけるような眼をして、口元にパンくずとかはついていないぞ?」


如何にか、誤魔化そうとする。

青年の目は私の言っていることなどわかりきっていると言っているような目つきだったが、それに抗うかのように途中に冗談を交えながら言う。


これでどうにかなるとは、これっぽちも思っていないけれど……。


「今、私の逆鱗に触れるようなこと言わなかった? 魔力がなければ、どうとか……」


既にばれているのは、どう考えても承知済みだ。

筋力も体力ともに肉食動物に負けならがらも、最後まで抵抗し続ける草以外の味を知らない草食動物のような発言をする。

恥ずかしいとかそういうのはない、ただ彼がそれから意識を逸らしてくれることを、心底から望んでいるだけ。

その願いが、今の私を後押ししている。


「ははは……何もないよ。本当にね」


最後の最後まで非を認めない。

それが通じたのかどうかは定かではないが、彼は私から目を離し遠くを見るような目線をとり始める。


「まぁ、どうでもいいや」


青年の顔は晴れていないが、もう私の考えのは興味がないらしい。

逆鱗に触れていると表現していたというのに、そんな水をかけられた炎のようにそんな簡単に消滅するものなの……か。


「そういや……そこで聞いていた奴は、もういないみたいだね」


変わらず、どこを見ているかわからない顔で語る。

無意識に青年の視線がついている方向へと、体が私の意思に許可を得ることなく動き始める。


「何もない……じゃあ、なんで」


身体は意味ありげに動いていたが、目線の先にはないもない。

ただ黒い地平線が見えない空間だけが、ただ意味も垣間見せることもなく一直線に伸びている。


「いるわけないよ。もう、この空間からは逃げたんだから」


逃げたという言葉が、耳にひっかかかる。

私でもわかるがこの出口もない空間から逃げられるなんて、想像が全くと言っていいほどに思いつかない。


「逃げる……どうやって?」


単純に疑問に思い、彼に聞き出す。

すると彼は地面を見つめるかのように少し首を動かすと、少しだけ溜息を吐き顔を上げて答え始める。


「私の魔術だろうね。魔術は、少しだけ持続時間があるから」


なるほど、其れながら納得がいく。

確かにこの青年がこの空間に現れるときは、まるで窓を開くかのようにゆっくりと入り込んできたし。


「あの空間干渉の魔術が、発動中に入ったんだろうね……頭が回るよ」


あの小さい空間を、私たちにばれずに入っていったらしい。

なんと表現すればいいのだろうか、すごいという言葉で片づけることも可能だが、他にも何か表す方法があるはずだけど。


「規格外な魔術師め……」


青年は私のことなど無視して、捨て台詞を吐く。

あのいつものような笑顔は全く同居しておらず、ただ憎しみにも近い表情が私の目に見えている。


「ま、取り逃がしたことはどうでもいいか……」


私はまったく口を発することなく、ただその場で青年の表情を見る。

青年は若々しい赤色の唇と、黒い眉が生えている額当たりを歪ませ、何もない世界を見続けている。


「よし、じゃあ。この世界から脱出する方法でも考えよう……って、其れよりも先にやるべきことがあったね」



青年は何かに気が付いたかのように目を見開くと、そのカーテンのような空間の歪みへと歩き始める。

そう考えていたがどうやら違う、私があると考えていた空間の歪みは消滅しており、一瞬だけ自身の目を疑う。


「って、あれ。もうなくなってるのか、あれ結構長い時間使えると考えてたんだけれど……」


その言葉から考えうるに、青年も私と同じ事を考えていたように聞こえてくる。

青年と同じ状況に立って居ることを知ると、なんともいえない複雑で難解な状況に陥っている。

青年と同じ位置に行くつもりではないが、青年がいる方向へと幹のような足を少しずつ進める。


「なくなっているのか? お前がこの空間に来るために使った、あの布切れみたいな入口は……」


彼の少し後ろで足を止め、ちょうど真後ろから聞こえるように声を出す。

少し疲労に迷っているのかどうかわからないが、喉から出てくる声は霞んでいるように聞こえている。

だがそのような事には一切も意識を向けることなく、ただ自分の言いたいと考えたことをすべては吐き出す。


「ううん、もうなくなっているみたい……結構持つと私も考えていたけれど、これはあまりもたなかったみたいだね」


青年は肩を落としながら踵を返し、私の不幸を向く。

それほどショックだったのかどうかわからないが、青年はまるで何かを探すように下を向いていたので私と目が合うことはない。

私の優れていない的中率の薄い適当な見立てでは私と違う方向で、彼は疲れているようにも見える。


「そうか……お前は、これを確認しに行ったということは、ここから脱出する方法とやらでも考えていたのか?」


青年は下を向いたまま、首を縦に振る。

どう表現すればいいかどうかはわからないが、まるで柳のように緩やかにうなづいているように、とらえることができる。

どう思いながらこのような態勢をとっているのかどうかわからないが、今はそのような事を気にする意味はないか。


「……と、考えていたところだけれど、私の死角に見逃したらいけないものが一つだけあったよ」


その落していた視線と、下を向いていた顔を上げる。

身体を立ち上げる大蛇のような姿にみえるので、少しだけ大人しくなっていた体がこわばってしまっている。


「で、見逃したらいけないことってのは……あ」


見逃したらいけないものと言えば、一つだけ頭の裏に存在している。

彼が言いたい事と合致している可能性が高そうなのは、あの黒い髪の銃を主力武器としている青年のことだろうか。


「その見逃してるというのは、彼のことか? お前、あいつのことを何度か話題に出していただろう?」


正解かどうかはわからないが、言ってみることにする。

まるで実験の結果を待ちわびる科学者のように、少し鼓動を激しく揺らしながら青年の顔を観察する。


「正解……まぁ、彼を見つけてからが、本当の意味での正解なのだけれどね」


そう口走ると、握っていた杖を空に掲げ始める。

誰がどう見ても魔術を発動するのであろうとは理解できるが、どのような魔術が発動されるかは予想できない。

魔術は見えないカードのようなものであるため、どういう指向の魔術を使うかどうかは、其れこそ歴然な年齢の積み重ねでしか攻略法がない。


「この世界ごと握りつぶすように消し去るのは到底以前に無理だし、ならどうしようか……探索の魔術でもかけて、探ってみるとしようか……」


青年は体勢を変えず、独り言を言い始める。

魔術の発動で少し渋るところがあるようだが、私に提案できることは残念だが何一つとしてない。

それでも猫の手を借りるかのように、巨人の手として私を使ってくれるのであれば喜んで受け入れる。


「探索の魔術だなぁこりゃ……」


まるでこの状況を慣れているかのように物語ると、それに同調するように杖の先が輝き始める。

それに見ほれるように目線を集中させていると、青年が容器ではないがそこそこ明るい声で話しかけてくる。


「距離取ってくれないかい? あまりにも近すぎると、誤作動を起こしてしまうような繊細なものなんだ……!」


そういわれ、彼の言葉通りの行動をとる。

この細く手お加えれば引きちぎれそうな身体を地上よりも大気が集まっている苦衷へと飛ばし、大きく距離を確保する。

ここまで表現できるようなことをする必要があるかどうかと言われればそうなのだが、まぁそこまで気にすることでもないだろう。


「ここぐらいでいいか!?」


肺が音を上げるくらいに大きな声で言うと、青年は見ただけでもわかるように頷く。

本来ならば【〇】の形を作っている場面であろうが、時間がないためそのように表現したのだろう。


「いいよ。ありがとう!」


その途端、杖の先の輝く光がより鮮明に映る。

絵にかいた氷海のような藍色と、それ追随するかのように紫色のアメジストのような色があらわれる。

まるで杖の先で次々と鉱物が、生成されているように見える、口が凍っているかのように動かない圧巻な景色をしている。


「その目、その耳、その鼻……」


詠唱を、行い始めている。

聞こえないくらい小さいものが主流となっているのに、わざと己を誇示するかのように青年は大声で言っている。


「……導け、最果ての終わりまで」


その瞬間、光は隆盛のように空中へと飛び立つ。

空飛ぶ鷹など足元にも及ばない速度で飛びあがったものの、魔術であるためか目立った音は響かない。


「さて……何か、見つからないかな」


聞こえるほど、大きな声で言っている。

そのように行う必要があるのかと思っていたものの、恐らく彼はわざとこのような姿勢をとってしまっているのだろう。


「……待って、これ」


刹那というほどの速さで名はないが、軒並みに青年が言葉を漏らす。

その場に立っていたが足を動かし近づこうと試みても、青年はそれを咎めることなく上を向いたまま顔を動かさない。


「どうしたんだ」


気が付いていないことをいいことにか、青年の集中力に差し込むように問いかける。

だがそれでも首を一寸たりと尾も動かすことなく、空中もとい鉱石のように輝く杖の先を見つめている。


「いや……この空間、おかしいよ」


青年は、固まりながら言葉を発する。

何がおかしいかどうかはわからないが、彼ほどの魔術の技量を実らせている人間が驚いているのは普通ではないのだろう。


「おかしいとは……? 何か、変なものでもあるのか?」


素人らしく、無知が漂っている声で語る。

すると青年は残された左上へと伸ばし、目で追いかけると杖を指しているというのが効かずとも分かる。


「この紫色は、いわば検索中ってやつなんだよ。本来、いやどんな状況であろうとも、この紫色は検索完了の赤色に代わるはずなんだ」


魔術知識が頭の中に、注がれてくる。

青年はこの紫色の光がこう考えている間でも、輝き続けているというのが異常だという事らしい。


「本来、これは発動したらどれくらいで消滅するんだ?」


青年に話しかけるも、変わらず指を伸ばし続けている。

それほどまでにこの光から目を離せないのかと、少し呆れを覚えるが魔術であるのならし方ないと思い全く何も言わない。


「これは……いくら広くても、五秒くらいだね。今は、十数経過している……つまり、どういうことかわかるかな?」


突然の質問に、唖然とする。

いくら広くてもというのがそれほどの距離を示すのかどうかはわからないが、その範囲が数キロというのなら、おかしいというのが理解できるが、


「つまり、この空間は……」


言いかけるが、どのようなこと言おうか迷う。

ただ大陸並みの大きさと説明するのもありだろうが、根坂こだわるかのように言葉が思うように浮かばない。


「無制限に近い距離、広がり続けているという事か?」


そう説明すると、青年は何も言うことなく頷く。

合っていたようで胸をなでおろすが、その途端にそれが事実だという事に背筋が熱くなってくる。


「そういう事だよ」


短く、そして念を込めながら言う。

その瞬間、背中の熱さは一転して氷の冷たさなど置き去りにするほどの冷たさというのを、続々と感じ始める。


「なるほど……」


まるで、機械のように返答をする。

思っていたことが当たるというのはいいことなのだろうが、逆に今回は当たっているというのだから絶望しそうになる。


「ま、そう落胆しないで……もっと、上手く見つける方法があるからさ!」


無理に飾っているのか、本心からなのか陽気な声を上げる。

もしそのような事ができるというのならば、今すぐにやってほしいがこちらから願いあげるようなことはしない。


「お姉ちゃんは、やる・やらないは言わないだろうけど、今からやるね……」


独断で、動き始める。

だがこの青年に文句はない、後々悪いことが起きないかどうか想像してしまう私にとっては、このような決断をしてくれるのは心に安寧ができる。


すると青年は今まで、放置していた左腕を右手に持っているる杖に向ける。

同時に左手に巧みに彩られた赤色の形状が説明できない光が現れ、それは次第に紫色の光へと進行を始める。

その受け入れる側となっている紫色の光は、いまだ閃光を放ったりなどせずその場で佇みながら光り続けている。


「……」


それにどのような意味があるのだろうと考えながら、見つめていると瞬きをするよりも早く赤い光が紫の光へと突入する。

紫色の光の中に侵入した赤い光は、紫の光の中で煌々と自身の存在を世界に忘れさせないというように輝き際立っている。


「よし。これでいい、うん……しっかりと、赤いのも光ってるね」


では、と語尾につけるように言うと、内部の赤い光が一層強い光を発っし始める。

その眼球を貫くような光に全身で眩暈しそうになるが、寸前のところで耐え意識を無理やりも近い形で維持させる。

青年はそれに一瞬だけ目を走らせるものの、耐えたと理解するとまた目を離し魔術の発動に注力し始める。


「それに何の意味があるかどうかはわからないが、確かなる意味があるって考えていいんだよな」


まるで意味のない、質問を翳す。

明らかに意味があるのは明白なうえに質問する必要など、どんな子供の目時から見ようとも問う必要などない。

だがこの作戦というか、出来事に協力している一人の人間として、聞いておくのは必須な行為だと思ってしまう。


「意味があるのは判ってるでしょ。でも、そういうのにも、聞こうとするのはお姉ちゃんらしいね。で、この魔術は……まぁ、探す対象を絞ってるだけだよ」


説明よりも、私に対する印象をか当たるほうが長い青年の言葉が走る。

その赤い光というのは、なんとも調べる対象を一点……もしくは、複数個に絞るというものらしい。

そんな高度なものがあを、それを自在に扱えるのは敬礼せざるをえないものだと、つい電撃が走るように思う。


「じゃあ、なぜそれを最初から使わなかった? 魔力の消費が、それによって増加したりもするのか?」


またも、呆れるような質問をする。

まるで煩わしい学生のように見えてくるだろうが、そんなことで一歩でも引くのはなぜだかできない。

青年もそろそろ溜息を吐くだろうと考えていたが、全くそのような事はなく快い顔で答え始める。


「まぁ、そういうところだよ!」


そう、簡単に説明する。

その簡単に匹敵する速度で理解すると、その光を見学するかのようにじっとその場に突っ立ったまま見つめる。

この見学するという視点で見てるかどうなのか、その赤色の光はどことなく美麗に見えてくるような気がしてくる。

美しいと言っているものの、まるで宝石のように触れたくなる美しさではなく、遠くから見ているからこそ美しいと思える系統。

まぁ単純家行ってしま場得体のしれないものだから、触れたくないと思っているだけかもしれない。


「そういうところ……かぁ」


何も疑問を抱く必要はないが、少し息を吐きながらつぶやく。

そうやって時間の流れを胸元で止まることなく奏でられる脈拍で感じていると、耳元で青年の甲高い声が聞こえる。

それに圧巻されるように息を呑み込みながら目を移すと、目を輝かせながら杖の先を見つめている青年の姿がある。

その先には彼ですら見とれるようなものがあるのだろうと考えだし、杖の先の先にいとまなく目を移す。


「……なるほど、そういうところか」


一目で、その理由が理解できた。

杖の先にある紫色の光が、まるでいくつも顔があるかのように、暗い中でも目立つほどの青色へと変貌している。

……だが考えてみるとおかしい、見つかっているのであれば赤色の光へと変わると青年は言っていた。


「青色のままだが、大丈夫なのか?」


冷静に、問いかける。

それでも青年は顔色を緩ませることなく、青色に光る杖の先を穴が開くほどの強さで、見つめ続けている。

どういう意図があってそのような対応をとっているかわからなかったが、彼にとってはその青色は特別に見えるのだろうか。


「いや、これでいいんだ! 説明し忘れていたけど、あの赤色の奴を練り込んだら、検索が完了すると青色へと変わるんだよ!」


嬉々として、話している。

なるほど顔色が変わらなかった理由というのは、これがどうしても他ならない原因というわけか……。


「つまり、何かがこの空間に点在しいるということ……そう捉えろと、君は言いたいというわけでいいんだな?」


そうやって質問すると、首を上げたまま頷く。

人間技とは思えないような技能だが、息の音以外何も立てることを知らない沈黙を貫き続ける。


「よし。なら、探しに行こう、それを発動していたまま移動すれば、存在しているという保険が掛けられるだろう?」


そういうと、青年は何も言わずに私の方へと向かってくる。

流石に首を見上げさせたまま動くのは不可能らしく、首を下ろしてこちらへと向かってきている。

それをまるで保護者という存在のように、足を痛くなるほど……いや、普通の状態のまま目を当て続ける。


「……あれ、待って」


その声が後ろから聞こえた瞬間、私は何も言わず足を止める。

何があったのかと心の中で叫ぶと、杖の先が目に入り、それは何とも弱弱しい青色を放っている。

なんでそのような事が起きているのかと、聞き出そうと考えたが彼も驚いた顔をしているので聞く意思を抑える。


「……これは、そういう事という事なんだよな」


分かったかのような口調で、彼に話しかけると彼はうなだれたまま、それを見つめ続けている。


「……いや、それはあり得ないよ」


青年は否定するように、言葉を放つ。

だがその言葉には明らかに不安というのが、なによりも判りやすいほどにそして冷酷なほどに垣間見えている。


「そうか……そうなら、そうなのだろうな」


冷水をかけるように、冷たく言う。

私もその可能性というのを口先で否定したかったが、それが証明しているように否定しようがない事実。


「いや、それは絶対にない。絶対に……!」


息を殺すというよりも、息を止めるような声で言っている。

絶対という青年の痛ましい言葉が、私の人々の断末魔を聞き続けていた血濡れた耳に、とどまることなく入ってくる。


「……泣きたいか?」


そう、喉の奥から問いかける。

青年は杖の先で煌めく青色を、まるで壊れた油圧で動く機械のように停止したまま、一点に目を固定している。


「泣きたい……そうかもね」


青年がまるで取ってつけたように、言葉を発する。

それは地面を見続けているというのに、まるで天をも焼きつくす快晴のような声調で話している。


「だけれど、ここで止まるのは許されない……から」


そう言うと地面に張り付けているように、落としていた体を起こす。

青年を立たせたのは、いま言及された許されないという、誰かが言ったわけではない意思によるものなのだろうか。


「だから、立って歩くのか?」


まるで、司教のように聞く。

青年という無名の信者は起こしたばかりの、小動物のような体に鞭うちまるで宣言するように叫ぶ。


「そうさ、見つからなくともね」


その宣言と同時に、足を進める。

足跡も残ることのない、荒野でも氷原でもない黒色の地面を、一歩二歩と着実に足を交互に動かし先へ進んでいく。


「なら、私も行くよ」


そう発言し、青年の後を追い始める。

その見つからないであろうモノを見つける探作者のような、猫のように曲がった背中を追いかける。


「ついてきてくれるのはうれしいよ……文句は、絶対に言わないでね」


その言葉を、立ち尽くしたまま聞く。

黒色の地面に靴の足音をなびかせながら、痛々しいその瘠せた肉体をまるで丁重に扱うかのように動かしている。


「文句、言うはずがないだろう」


これは、後を見ない豪語。

恥じらいもないのかとどこから聞こえてきそうだが、そのようなものはこの世界では気にする要素でもない。


「そういうかと思ったよ、それでこそ」


言いかけると、何かに気が付いたかのように言葉を止める。

青年が刹那の内側で興味を移したのは、杖の先で脈を刻み続けている青色の決勝のような発光。


「まさか、復活でもしたのか?」


気持ちを膨らませながら、その背中に問いかける。

すると全身を震え上がらせなあがら、後頭部の裏にある表情を変えるような喜びに満ちた声を上げる。


「そうだよ、そうさ!」


その声を聴くと、なぜか私も落ち着てしまう。

あの声がもう一度に聞こえた喜びではなく、私たちが力を挙げる……まぁ、彼単独だけれども、探しているものの安否が確認できたから。


「よかったな……本当に」


そういうと、青年がこちらに顔を向ける。

その表情は予想通り喜んでいたものの、その喜びに圧倒され後ろへと無意識に後退してしまう。


「ああ、本当だよ!」


青年は下がった私を追い込むようなことはせず、その場で言葉を漏らす。

その姿に少し感銘を受けるが、私の足もまるで私の考えを無視したように動き、彼に近づいてしまう。


「よし、ならもう本格的に追うだけだな!」


此方も声に張りをつける。

青年はそれに興味が持たなかったが、私の目では青年の表情が少し明るく見えるような気がする。


「そう、なら行こう!」


青年は、決めた方向へと動き始める。

それへの移動方法は歩くという単純な方法ではなく、走るという全く予想にもしない方法。


「待ってくれよ!」


大きな声で叫ぶが、彼は止まらない。

まるで背中に翼が生えたかのように、後ろの色など見ることもせずにただ前へと走り続けている。


「早く、早く!」


まるで、私を誘うように言う。

それに追いつこうと思いっきり走るが、彼の背中が近くなるところでまるで磁石のようには離れてしまう。


「加減くらい、してくれ!」


恥ずかしながらも、彼に静止を求める。

それでも彼は全く止まらない、前だけに魅了されるように休み知らずに走り続けている。


「しないよ、そんなこと!」


私の言葉は、彼に拒絶される。

だがそれに怒りなどわかず、逆に喜ばしいことだと考えてしまい、それ以上の言葉を出さないよう口を閉じる。


「私はお前より一回り、年が上なんだよ!」


それ以上、口を開こうとしたが喉がふさがる。

それも当然、あまり運動などに活発ではなかった私がこうやって走るのもそうだが、その後に口を開こうとするのは体に熱した鞭を打ち付けるようなもの。

どのような要素を考証しようとも、考えることなどすべて無駄と言っていいほどに不利益しかない。


「だから何! 従順に走る速度を、緩慢にしろとでも言いたいの?」


別に年上だから、言葉に従って足を止めろと言っているわけではない。

単純に私の体はお前の体力に追いつくことが出来ないから、其れに可能な範疇で配慮してくれと言いたいだけ。


「……はぁはぁ、お前……私を殺す気か、何か恨まれるようなことをした覚えしかないが、さすがにもう少しましな殺し方をしてくれ」


言い終わった瞬間、遂に足を止めてしまう。

それと同時に全身に血液が巡回しているという事実が、火照った体温とともに脈を打つ脳に伝わってくる。

生物的な現象なのか目に涙が溜まり、視界に霧がかかったように十数センチ先までの地面すら見えなくなる。

過度な運動というあまりいい意味で利用されない文言は、こういう言葉すら出なくなるような時に用いることが出来るのだろうか。


「お姉ちゃんはやっぱりこういうのには弱いんだね。私と外に出ているときだって、同じようなことは何度もあったし……人間って、変わることが出来ないものなんだね」


地面を向いている自身の頭の直上から、彼の声が聞こえてくる。

その頭蓋骨を包み込むような柔らかさに肩の力が緩むが、全身に巡っている血液が軽くなった肩を重くしてくる。


「はは……そうみたいだな、私は覚えてないないがね。お前は、今も昔もばかみたい暗量の体力があるものなんだな」


彼の頬が緩んだことを知らせるかのように、耳に柔らかい鼻を打つ声が聞こえる。

熱くなり音が朦朧と加工されたまましか伝わらない耳でも、その声だけはまるで鍾乳洞に響く音のように、鮮明に聞こえてくる。

曲がった背中に小さな痛みを感じるが、それに攻勢するかのように痛む背中を用いて、体を起き上がらせる。


「そのバカみたいな体力に負けているのは……お姉ちゃん的には、恥ずかしいとかそういう感情でもあるのかな?」


耳で嗤っているその声に、何と答えようか思案するが何も思いつかない。

逆に考えれば今の私の体というのは、何も思いつけないほどの疲労にさいなまれていると言っていい。


「さぁな……」


そう短く、メッセージ性というのが全く不足している言葉を叫ぶ。

青年は今頃、私の言葉の意味を調べているかどうかはわからないが、私の目線では彼はそのような事をすると思っている。

まぁ、彼は調べるというだけであってその言葉の意味を問うようなことは、断固として決してしないだろうけれど。


「……そうかい、まぁ、どうでもいいや。それより、彼の居ると思われる場所に行こう、体力は回復してるでしょ多分」


その言葉を拾い上げ、理解する。

確かに肉体を支配していた疲労感は回復していてたため、全身に体力が戻っているのを自覚する。

さきほどまで足は膨らんでいるかのような感覚があったものの、その感覚はまるで幻惑であったかのように消滅している。


「じゃ、そういうことかな。足、歩けるよね?」


そう問われると、口の中に息を詰め込みながら無言のまま頷く。

すると青年はあの笑みを見せると、その先にある黒い空間へとコツコツと音を響かせながら歩き去っていく。


まるで手招きされるかのように、私は彼に導かれ歩く。

もちろん彼はそのような事をしているわけではない、今だって私に背中を向けて過去を捨てるかのように歩いている。


「いいね。この雰囲気、回顧を語るのなら、いい状況なのかな?」


青年はそうやって歩きながら口走ると、上へと目を向けながら歩き始める。

やはりこのように歩いているのを見ると、まるで宇宙を観測している学者の姿そのものにしか見えてこない。


「そうやって歩いていると、コケるぞ……まぁ、石は落ちてないからいいだろうけどさ」


空気を読んでいないと言われそうだが、私が言っていることは正しいと思っている。

こいつは私の中では、何故か無邪気な子供のように見てしまい……なんというか、目が全く離せない。


「良い雰囲気だったのになぁ。まぁ、気を付けるよ……もし、躓くような段差があるのなら、教えてやるからさ」


青年は聞いていないかのように、宙へと顔を向けたまま歩き続けている。

脈打つ喉から温められたため息が出そうになるが、それを無理に抑えこの空気を崩さないように努める。

当然だが彼は私のそのような姿を知ることもなく、先へ先へと何もかもを脱ぎ棄てるかのように歩いている。


「そりゃぁ、感謝するよ。その状態なら、教えるためなら地面に激突する必要がありそうだがね」


そういうと青年は、肩を揺らす。

皮肉を言われたことに憤っているというよりも、自分の欠点に気が付いたかのような姿に見える。

話しかける気など全くならなかったが、思わず口の中から笑い声とはまた違う変な声が出てくる。


「ふ……グぶ……」


自分で聞いても、何を言っているかわからない。

なんだか海中におぼれている、海水浴を楽しんでいた人間の叫び声のように聞こえてくる。


「変な笑い声出すんだね……」


青年が引き気味に、聞いてくる。

失望されたのかと思い、全身の毛を逆立ててしまうものの、彼の声色からはそのように言っているわけではないと理解できる。


「許せ……」


目の前の出来事に、正気を取り戻す。

流石に己の名誉がけがされるのであればまだしも、彼からの信頼を失ってしまうというのは流石の私でも耐えきれない。


「あぁ、そう重くとらえなくていい……よ」


寂しそうな声が、聞こえてくる。

その声に耳を傾けるとひとまずの安心というものは得ることが出来るが、なぜだか他の心配が出てくる。


「はは、まぁいいか」


そう言葉を発すると、青年はその場で足を止める。

まるでマントのような布が取り付けられた服を翻しながら振り返ると、私の胸倉を強くつかんでくる。


「また、重く見ているね……その声はさ」


そう問い詰められると、喉の息が詰まる。

彼の言っていることは私の核心を貫いていたので、まるで追い詰められた小動物のように後へと引いてしまう。


「すまない……だが」


だが、と言いかけるが言葉が出ない。

恐らくだが彼に対して空虚な弁明をしようと、鏡が光を反射するかのように自然の流れで漏れ出てしまったのであろう。


「もう、何も言わなくていい」


それを言われた瞬間、全身の力が途切れる。

言われたことが意外だったからではなく、予想をしていたのだがそこまで踏み込んでくるとは思わなかったから。


「言わなくていい……か」


彼は私の言葉を聞く気などなく、そもそも言わせる気すらなかっただろう。

もしこれ以上言葉が出ていたとしても、まるで川を堰き止めるダムのように無理やり口でも塞いでくると思う。


言わなくていいと言われて、口塞いだがそれに意味などないように思える。

私の中にはその残滓のようにもどかしさに色づいた、感情の波が一息すらつくことのなく打っている。

歯に挟まった肉のようという表現を用いることが出来るらしいが、生憎だが私は肉を最後に食べたのは相当前なのでどのような感覚かわからない。


「お姉ちゃんにとっては、封印されたような気分だろうけど……それを言っても、救われないだろうから、言わないように進言したんだよ」


そういわれても、肯定できない。

謝罪をしたい気持ちに支配された私にとっては、正しいであろうその言葉に槌を振り下ろすように頷くことは出来ない。

正しいのだろうけれど、それは譲れないという感情が燃える。


「というか……いや、もう言うのはやめておくよ」


青年は言葉を止め、足を静かに進め始める。

まるで会話をしているかのように両足から響き出される音は、不協和音の全てを排除し、リズミカルな音を奏でている。

耳に聞こえてくる音は、まるで私に今言おうとしたことはすべて忘れろと、一致得るかのように聞こえてくる。


「何を言おうとしたんだ?」


聞いてみるものの、彼は反応せず歩き続けている。

目の前に前方という無限大に広がっている、黒い空間を意味がないよう……意味自体はあるのだが、まるで目的がないように歩いている。

私のことなどつゆ知らずというわけではないのだろうけれど、まるで存在しないもののような仕打ちを受けている。


「聞かなくていい、いや……もうその口を動かさず、ただついてきてくれないか」


彼がしゃべらなくなったのかと思い始めて、初に口を開く。

憤りとはまた違う感情を言葉という料理の上に載せながら、私に話しかけてい居るように感じ取れる。


聞かなくていいと言われたものの、気になる理由というのが消えたわけじゃない。

如何にかして彼から言葉を叩き出そうと思案するも、アイデアが浮かぶようなヒントもないこの空間では何もうまれない。

自身の頭に頼るほかないと言うのは確かなのだが、己が何を言うべきかどうかは、やはり思い浮かばない。


『隠し事はよくないとお前なら言うはずなのに。なぜ、私からお前に聞いてはダメなんだ?』。


うん何はともあれ間違いなく、これだな。

心の中でそう言うと彼の背筋の形が見えない背中を見つめ、言うべき言葉をもう一度頭の中で何度も再生する。


「そうか、うん。そうするよ」


口が壊れかけの扉のように開いたものの、思った事とは別の言葉が出てくる。

やり直そうと考え、息を呑み込み言おうとするが突如として、青年が歩む足を止め目の前を注視するように見つめる。

その態勢に入った途端、言おうとしたことの記憶が一瞬にして、煙が湧き上がったかのように薄れる。


「何かあるのか……」


まるで脇役のような言葉を並べるも、青年はそれにこたえることなどしない。

彼は目の前にある未知数の何かをその墨のように塗りようがない、黒い両目で見つめ続けている。

私のあ話など到底聞こえていなような素振りだが、それに忠言などをすることもなく彼と同じ目線をとる。



そのようなことを私には何も見えないが、彼には何かかが見えているのだろうか。

まるで童話で無理などを破壊しまわる巨大な怪物をした生物の姿が、その両目の中でうごめいているのだろうか。

それについて問うたとしても、まるで眠りこけたような教鞭をとっている人間のように、何も答えになるようなことを吐いてはくれないだろう。


「……いや、何もない……か。さすがに、考えすぎたのかな」


これは答えているというよりも、単純な独り言。

本当に答えを言う気分であるのならば、このような若文法が会話向きではないことは言ってこないだろう。


「考えすぎ……? どういうことだ?」


「魔力の反応を感じた……なんていうわけではないのだけけれど、この先に何かがあるような気がするんだよね」


その曖昧で不明瞭なセリフに対し問いかけるものの、それ以降は何も返ってこない。

まるでそれ以上は自身の役割が機能するところはないと、長々とそして無言で言っているかのように思えてくる。

まぁ、これも青年の言葉を借りると、意味もない考えすぎというやつなのかもしれないけれど。


「いや、もうういいや。取り敢えず……」


そういったかと思えば、先ほどまで発動していた魔術を解除する。

杖の先で煌めいていた赤色の光は瞬く間にして消え失せ、青年は愛用している杖を何もない黒い空間へと差し向ける。

やはり、そこには確かに何かが存在しているかのような、ピンっと少しも下を向くこともなく杖が伸びている。


「発動……」


そういうと、青年が手に持っている杖の先が水色に発光し始める。

私の魔術の発動と似ているのはそうなのだが、まるで魔術をはどうするときの体制すらも似ているような気がしてくる。

もちろん、戦闘中など鏡を見る暇などないのでわからないのだけれど。


「ほらよっとい……」


言葉を起点するかのように、杖の先から魔術が飛び出す。

水色のビーム状のしごく普通ふぎて説明など省いてしまうようなものだったが、思わず息を飲み込んでしまう。


「美しすぎる……」


何を言おう、あまりにも綺麗ずぎる。

ただ発動したにほかならないは確かだが、その飛翔する速度やその飛ぶ姿を総合すると美しいという言葉しか出てこない。


「ただ飛ばしているだけなんだけどね、お姉ちゃんにとっては違うように見えた?」


久々に言葉を交わしら青年の言葉に、思わずうなずく。

いやこれは思わずではなく、久々に会話したという事に喜んでしまった自身の感情が、引き起こしてしまったのだろう。


「……久々に話したわけじゃないな」


冷静に考え直すと、そのような事は一つとしてない。

数分間だけ言葉を交えなかっただけで懐かしいと思ってしまう自身の心に、寒気のような感覚が腕あたりに走る。


「お、当たった」


その言葉通りに、目の前を見る。

青年の発動した魔術は黒い空間に直撃しており、その余波である水色の粉のようなものが舞っている。


「効果は……なしと見てよさそうだね」


どうやら彼が心血注がずに発動した魔術は、効果はなかったらしい。

次はどのような手を取るのかと考えていると、それの要因となるものもなくあることを思いついてしまう。


「こいつ、反撃してくるんじゃないのか?」


そういうと、全身に体毛が一気に伏す。

攻撃する予兆は見えないものの、まるで来るとわかっているかのようにわかりやすく回避態勢をと取る。


「目がないことを祈る……おい、避ける準備は!」


そう自身の寂れた言葉が、耳をつんざいた瞬間。

腕にこれまでに感じたことのない痛みのあまり、そのショックによって吐血してしまうような激痛が走る。


「く……あああぁぁぁっぁっっ!!」


どのような類でもない、叫び声を上げる。

自身が体が縦に引き裂かれるような痛みがが走り、自身の安全を最優先に考え仕舞いそうになるが、青年の方向へと視線を移す。


「おねえちゃ……っち!」


青年は一直線にこちらに向かおうとしたが、彼の腹から黒いものがあふれ出る。

それは血液に見えるもののどこか、泥のように粘着性のある質感をしているので間違いなく攻撃によるものだろう。


「……アス―……」


そう言おうとした瞬間、意識がが朦朧となる。

同時に彼と連携の際に必要な部位である声帯すらも動かなくなり、瞬く間にしてこちらの力は崩壊する。


身体がまるで、鎖で紡がれたように動かなくなる。

‟どうすればいい、こういう時こそ……どうすれば„


頭で考えたところで、できることなど何一つとしてない。

指先一つですら動かせないというのなら、魔術を遣えないというのなら何をすればいいのだろうか。

このまま誰にも聞こえない遺言でも、この無駄に活性に動いている脳内に書きなぐればいいのだろうか。


「逃げろ。逃げれなくても、逃げるような努力をしろ!」


耳に、彼の言葉が流れ込んでくる。

諦念の奥底に沈み込んでいた意識が回生し、眼前に広まっている景色が非常に色彩よく映りこんでくる。

それでも体から伸びえている腕一本すら動かない、まるで自身が木彫りの人形となったかのような気分に陥る。


「……っ、仕方ない。やるほかないか……このっ!!」


自暴になるかのように、無理やり腕に力を籠める。

腕の内部に巡る何本あるかわからない腕の血管が太くなり、血液がまるで濁流のように流入しているのが理解できる。

痺れていると思わせるてくるような、性質が説明できない激痛とまた違う形の痛みが迸る。


「く……っ、ち、なんだよ、このクソが……使えなくなるにしても、時と場所くらいは精査しやがれぇ!」


そうやって天に昇ろうかのような暴言を吐くと、其れに促されたのか腕の感覚が戻ってくる。


「う……っ! 痛いな、この野郎!」


痛み、温度、重さ……そのすべてが、文字通り頭の中に入り込んでくる。

その襲い掛かってくる何重の情報に耐え切れなくなりそうになるものの、目を無理やり広げ耐える。

それでもその感覚は収まるという情緒はなく、刻々と私の全身を破壊するかのように情報を流してくる。


「動いたのならいい! だから、次は……」


彼の声が停止しているのが、耳で分かる。

視線を送る余裕が残っていないため、彼がどのような顔をして口を止めたのかはわからないが、尋常ならざる理由というのがあるのはわかる。

その時に無能の具現化のような、私がやるべきことは……。


魔術発動──。


誰かが告げてきているかのように、唐突にこの言葉が脳内に連想される。

右手に名称を付けていない白い杖を出現させ、どのような形質の魔術を発動させようか考える。

頭の中に現れるのは火力にばかり息を吹きかけた、魔術の映像が休む間もなく次から次へと出現してくる。


「……なんだこれは、単純火力を無数にぶつけて、あいつを絶命させるべきかこれは?


自分でも、戦術性を何一つ含めていないことを、考えているのが分かる。

ならばそうするほかないのだろうか、本当に火力に傾倒した魔術を相手に振りかざすだけで、本当に良いのだろうか。


「罠……遠隔で魔法陣、これだ」


頭の中に現れた罠という言葉に、ひっかかる。

よく考えてみるとこれを利用すれば、遠くにいくつも魔方陣を描き出し攻撃することが出来るのではないのだろうか?

ならやってみるしかない、こうやって考えている間にも使える時間が無駄に使われていっている。


「いや、待て……ならどうやって、遠くに魔法陣を作り……」


一瞬、青年が地面に魔法陣を作り出しているのを思い出す。

数十分こそかからなかったが、魔法陣を作成するときには数分程度の時間を用いているのが記憶には残っている。


「待て、これならできるんじゃないか?」


青年が魔法陣を描き終わった後の、とあるセリフが閃光のように流れ込んでくる。

この形覚えていてね、というまるで言いつけるような、あの記憶には色濃く残りはしないあの言葉。

あのセリフは……まさか、的確ではないもののこれに匹敵する、出来事を彼はまるで未来を見たかのように把握していたのではないのだおろうか。


「いや……今は、そんなこと考えてる暇なんてない」


そうだ、思考を動かしている暇があるのなら、その暇を行動に移さなければならない。

白い杖を空間に差し出すように向け、遠くに魔法陣を描いているという印象≪イメージ≫を考える。

瞼の裏に地面にいくつもの、幻想的な色合いをした魔法陣が、咲き乱れてりうのを想像する。


「いけ……」


そう唱えた瞬間、地面に描き出した通りの魔法陣が現れる。

水色と赤色、他様々な色が付けられた魔法陣がまるで水車のように、終わりが見えないほどに回転している。


同時に、奥にある黒い空間が攻撃を仕掛けてくる。


「そこだ」


そういうと、地面に設置された魔法陣がビームを発射する。

此方に攻撃を仕掛けてきていた黒い空間に、そのビームが直撃し黒い空間が空中に飛び上がるのが見える。


「こっちも負けてられないね、魔術発動!!」


青年も私と同じように、魔術を発動すると後方に魔法陣を展開する。

その魔法陣は激しく一秒に数十回もの回転を引き起こすと、目が眩むほどに激しい魔術を発動する。

世界が吹き飛ぶような出来事に対して、攻撃の手を止めてしまうがそれをしてはならないと考え、魔術を発動する。


時折、遠くに魔法陣を展開しつつも、自身で発動出来ることは自身の手の中で魔術を発動し攻撃する。

これが魔術を活用しているというのかどうかはわからないものの、自分の中ではうまく利用できてると考える。


「でも、こいつは……少しずつだが、確実にこちらに近づいて来ている!」


目の前に現れた、咆哮すら上げない怪物に攻撃ているものの、それは一歩も引く気配すら見せない。

ただ攻撃を受けてはその場で少しだけ止まり、そして息を何度かは出来るくらいの時間のうちに回復か何かをし、此方に近づき始める。


「不死身なのかこいつは……いや、そんなことはないはずだ」


そう自分を信じ込ませるように、攻撃の手を緩めることなく続ける。

それでも奴に傷がついている様子など何一つも見えない、ただ直撃すればまるで一服をとるかのように休んでは、攻撃を行ってくる。

いや、そもそもこの目に見えない敵が攻撃を止めてる理由は、本当に私が予想していること通りをしているのだろうか。


「じゃあ、何を目的をしているんだ?」


……というか、そもそもなぜこのようなものが此処にいるんだ?

急激に予測もできる間もなく、勃発した戦いに脳の思考能力がひるんでいるのか、こいつが何者なのか考えたことがない。

この世界があの青年のその小さい体によって作り出された瞬間、まるで触発されたかのように生まれ落ちたものなのか。

知識の浅い私にとってはこの具象化した疑問の塊のようなものは、何をその見えない肉眼に映して、私に食らいついているのかわからない。


「そんなの、今は考えている暇じゃないでしょ! とにかく、価値がなかろうがあろうが、戦うほかないんだよぉ!」


青年はそれを言いながら、私の後方へと回り込む。


「何をする気だ!? そんなことをしても、私が邪魔になって魔術が……!」


彼の耳に叩きつけようとした途端、今までに見たことない攻撃が繰り出される。

植物の枝のようにも見え、ツタのようにも見える青年が発動したであろう魔術は、その黒い空間へと一直線に進行していく。

目視できる本数だけで言えば二十から三十だろうか、視界というキャンパスの中に納まりきれていないため、それが正確かどうかはわからない。


「これがイチモンの価値になるかどうかは知らないけれど、これが今できる私の中では賢明な策だからだと思ったからだよ!」


そう言っている間にも、ツタは伸びていく。

援護をするかのように私も覚えた知識による攻撃を行うものの、私のかすり傷程度の攻撃がまともな力を出すとは考えられない。

私がこのような攻撃をしかえるのであれば、彼が発動した魔術による攻撃のほうがよっぽど上の効力を持っているだろう。


「お姉ちゃんに頼みがある。私が発動している魔術は元は攻撃用じゃない、速度は普通の攻撃魔術より遅いから、だからその間の時間稼ぎをお願いしたい!」


そういわれた途端、逡巡とする暇も使わず攻撃を始める。

普段ならここで何かを考えているであろうが、なぜか今この瞬間は刹那の時間をも悩むことなどしない。


ただ無言でそれこそ動力機械のように、リスクなど何一つ考えずに撃てる分をすべて撃ち尽くすように攻撃をする。

暗い空間を切り裂くビームの発光は日光には至らずとも、まるで夜に輝く明星の星には匹敵している。

月のように明るいというのが最も当てはまるのであるだろうが、そういってしまうと過度な表現となってしまうので避ける。


「……クソ。駄目だ、早くやってくれ! これ以上は持たない、魔力の底が見え始めているんだ!」


肌身で魔力が減少しているのを、己の血色の青い肌で感じ始めている。

そう思い始めていると、そのツタのような魔術の一つが見えない空間にえぐるように突き刺さる。

それとともに、その目くらましをするような黒い影が一秒程度だが、遅くなったように見える。

だが私の経験の上ではこのような見向きもしないほど短い時間であろうとも、攻撃を加えられるほどの時間がある。


「そこだ!」


そしていつものように、慣れ親しんだ手並みでビームを発射する。

だが今回はほぼ戦術など利用していないような適当に当てるのではなく、今回は先ほど青年の魔術が直撃した部位を狙撃する。


「もし、こいつに傷がついてるなら!」


そう言っている間に、攻撃魔術が突き刺さるように直撃する。

私が実行した彼の魔術が当たった部分に攻撃するという作戦は成功し、気持ちがよいくらいに的確に当たる。

青年が発動した魔術は私のその行動により、息の根を切ったかのように空間へと返るかのように消失する。


すると魔術が当たった部位を軸に、目前にいる敵の行動速度が低下する。

攻撃の傷痕があるであろう場所に視線を移すと、まるで夜に噴火する火山のようにその場所だけ赤色のように輝いている。

もう一度、攻撃をすればもっと激烈な叫び声を、上げられるのではないかと考え攻撃を開始する。


「いや、それはもう通じない。そういう小細工が通じるのは、最初だけだ」


その言葉よりも早く、私の攻撃は同じ部位に直射する。

当たるには当たったので彼の言葉は嘘ではないかと疑ったが、それは全く私の予想を裏切る。


「……言葉通り、こいつは止まってくれないみたいだな!」


疑いに対する謝意を述べるかのように、彼の発言を認める。

だがそれはそうとして、彼が他に発動した魔術が直撃すれば、そこに脳死をしたかのように攻撃をすればいいのだろうか。


「いや、違う……打開策は、おい! あの魔術、もう一度使えるか!?」


後ろに立つ青年に対して、見向きもせず言葉をかける。

数秒が数時間にも感じるような戦火の中で、彼は一秒も食うことなく私に対して結論を口から零す。


「出来る!」


その言葉を聞き、安堵に浸るもののそんなことをしている暇はないと考え、己を再起動させる。

幸いながらも先ほどの攻撃はそこそこには響いていたらしく、初期のような激しい攻撃はしかけてこない。


『"アス―ガルドの魔術が、魔術の連続使用で性能が落ちているなどの問題がなければ、この作戦は成功するはず"』


そう考えていると、彼が発動したツタのような魔術が、黒い空間へと直線を描きながら飛んでいく。

当然だがもう小細工が通じない相手には、ただ魔術が持つ突き刺さるという特性だけをこちらの認知機能に見せる。

だがその魔術は効果時間が消滅すると何物の影響も受けずに、まるで立ち去るかのように霧散していく。


「そんなこと。どうだっていいだろ、今はそんなものは必要ないからな!」


合図を出すかのように、空中に手を翳す。

どこの誰のために送っている合図なのかなど、水や火を見るよりも何倍も明らかと言っていいだろう。

その途端、後ろで今まで以上に激しい魔術の発動音を、己の妙なほどに冷たくなっている耳の中に自覚する。


「魔術発動!」


真後ろよりも後ろで、青年の声が発される。

先刻案では魔術発動などという文言を碌にいう事がなかった彼が、このようなことをしたのには間違いなく意味があるだろう。

恐らくだが、魔術を発動したという事実を、証明するための他の何よりも有用な最大限の行動と言っていい。


「魔術発動……」


私も乗り込むかのように言う。

白い杖の先には松明の上で爛々と輝く炎のように激しく揺らいでいる、水色の魔術が見えている。

それもただの魔術じゃない今までのような外から墓愛するタイプとまた違う、型式の小細工を入れた意味のあるであろうもの。


「よし。行ってこい」


あの黒い獣のような見えない何かではなく、青色の見えないくらい空に向けて発射する。

あの水色の光は尾に長々と伸ばしながら、私の視界の中心部を支配するように覆っていく

撃ってから数秒後、私の発動した魔術が青年の魔術へと、音も立てることなく直撃する。


「普通なら魔術の直撃として、同時に消滅……そう、誰もかれもが信じ切っている、普通という範疇ではな!」


そういった後に視界に映りこんできたのは、淡くはなく濃い紫色に変色している原色をとどめていない魔術だった。

それは他の魔術の真似事……いや、そう見せかけるかのように黒い影を貫く勢いで突入していく。


「3、2、1……」


その紫色の魔術が、見えないながらも存在を察知できる黒い影に接近する。

そして自身が施したものが機能することを期待するかのように、笑い声をひけらかしながら秒数を数えている。

時間が一秒を切うとした瞬間、深海よりも暗い沈むような外殻に、火花を散らしながら魔術が突き刺さる。

それでも未だ黒い影の中へと突き進もうとしているかのように、紫色はその身にまとった糸のような光を強めていく。


「第二魔術起動……己の内側を、焼き尽くされるような感覚……いや、其れそのものを味わいながら」


言うのもめんどくさくなり、口を裁断するかのように閉じる。

紫色の魔術は元から強力になっていた光を、一分と強くさせながらその外殻を突き破ろうと進んでいく。


「第三……」


魔術起動というべきなのだろうが、何もかもを放棄するように無言の中で魔術を発動する。

紫色の魔術が作ったあの球体のような傷の印に、人の顔の大きさ程度の魔法陣が形成される。

その小さな魔法陣が向いている先は、いま説いた通り腕一つ入る球体程度の大きさをした傷口。


「そう。その内部と外にも展開することにより、体が吹き飛んでいくような苦痛が二重となって襲い掛かるはずだ……きっと」


そういった途端、外に広げられた魔法陣が回転を始める。

誰がどう見ようとも、それは魔法陣という杖と魔術の中継地点となる存在から、攻撃用の魔術が発揮される。


「────!!」


耳に音にもならない、叫び声のようなものが聞こえる。

何を言っているかどうかはわからない、叫び声というのは張り裂けるようなあの絶望に浸りすぎた音声がつきもの。

だがこの正体の片鱗もわからない叫び声には、そのようなものは元よりないと言っているかのように全く含まれていない。


「……誰のものかはわからんが、私の妨害になるとは思うなよ。たとえ、お前のものであろうとも容赦はしない」


まるで波のように狭い来る、黒い影に向けて言う。

もしこいつが言ったものであるのであれば、可哀そうなどという感情は抱くだろうが、それを免罪符に攻撃をやめる気などはない。

むしろこいつが死なない限り聞こえ続けるというのであれば……逃げる手段外のここでは、攻撃の手を強めるほかないだろう。


「そうだなぁ。こうするほかないから許してくれよ」


そういいながら、魔術を発動する。

自身の左右に青色の魔法陣を展開しながら、杖にも攻撃の魔術を宿し、一秒の猶予も攻勢を仕掛ける。

堅い外殻に彗星のような速度で魔術が直撃するも、一瞬だけの光の爆発を見せ自身を惜しみなく破裂させながら消えていく。


「だが……そこは、まだ痛いだろう?」


左右に開かれた魔法陣に発動の命令を下すと、その出来事すら日常のように魔法陣から魔術が飛翔している。

その狙っている場所は、私がいま攻撃を与えた未だ星のような光が散りきっていない、相変わらずに黒く目立たない部位。

だがこの魔術が発動している間だけは、そのどうでもいいと断じれるところであったとしても、目を注視するくらいに特別に見える。


「……ほら、案外……その攻撃は通じるのだろう?」


立ち止まったまま、魔術が直益する瞬間を見つめる。

その特別に見えている黒い部分に攻撃が命中すると、その岩を上回る堅い外殻を貫通し内部に攻撃の効果が響く。

その攻撃の火力の度が過ぎてしまっていたのか、こちらにも矢とは比べ物にならないビームが返上されるように戻ってくる。


「さすがに、やりすぎたか」


ビームをよけようとも考えるが、後方には青年がいる。

ここで説明してはいなかったが、私が攻撃に努めている間であっても、青年は出来るだけの力をもって攻撃を続けていた。


「防御魔術……は、やめとくか。あれは所詮……」


防御魔術は所詮、攻撃をいなしてるだけに過ぎない。

魔術師の間では……そこまで一般的ではないものの、最もいい手段の一つとして攻撃魔術は攻撃魔術をという、防御法がある。


「そう。これが最もいいんだ」


そう思いながら、返ってくるビームに攻撃をする。

ビームはあの黒い外殻を切り裂いた時よりも眩い光の残像を見せながら、この世界から離脱していく。


「よし、仕方ない。これが一番いいかもしれないしな……おい、大魔術とやらはお前は使えるのか」


そういった瞬間、彼の攻撃が停止する。

後方に目を向けると私の考えを理解してるかのように、私の方へとその黒い目線を押し付けるように突き付けてくる。

彼はあの懐かしくも感じてくる小さな笑みを浮かべながら、今までと破格の違う魔術の発動へと移行する。


「これで決めてくれないと、私も耐えられないからね」


青年の声を、目線を前方に向けながら杖を両手で握る。

今から行うのは率直にいえばかなりリのスクというものが存在し、恐らくは死んでしまう恐れなどを内包している。


そう考えながら、足に力を込めながら空へと飛び出す。

黒い空間に充満している何とも言えない、大気とはまた違う何かの予感が私の白い肌をかすめていく。


……着地地点は目の前にある黒い影の外殻、あの外殻に着陸さえすればほぼ完全ともいえるほどに私の勝ちだ。

笑いがおきるるほどに考えこんでいると、何時の間にかという速度でその黒い影に足元が降り立つ。

岩のように固いものであるが、足の裏にごつごつなどという擬音で表すことのできる都合の良い感触はない。


「さて、では……」


魔術の、発動をする。

短い言葉を、その頭の中に巡らせながら。


第69話 終

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