邂逅と開校(1)
これは復活したロウバイがスズラン達と共にイマリへ渡り、再びココノ村へ戻って来てから十日後のこと。
村の中央にそびえ立つ大樹。その下に呼び集めた村の子供三人がベンチに座ったことを確認すると、彼女自身は立ったままで告げた。
「学校を作ろうと思います」
「学校?」
眉根を寄せるスズラン。
「って、なに?」
きょとんとするモモハル。
「おべんきょうするところだよ」
兄の無知をサポートするノイチゴ。
三者三様の反応に対し、イマリの賢者はまとめて頷き返す。
「村長さんに伺いました。皆さん、週に二回いらっしゃる巡回教師の方から教育を受けていると。しかし、わたくしはそれでは不足だと思います」
人が生きる上で必ずしも学が必要だと言いたいわけではない。しかし知識や経験を積み重ねておいて損をすることもない。それによって将来の選択肢は広がるし思わぬところで役に立つこともある。
「あの、私……学校で習うようなことは、多分だいたいわかりますけど」
おずおずと手を上げるスズラン。たしかに知識という点ならこの子は大人顔負けである。そもそも中身は大人なのだから、そうであってくれなくては。
「でしょうとも。けれど、学ぶべきことは読み書きやそろばんだけではありません。学校というのは小さな社会。そこで経験を積むことは、あなたにとってもけして無益ではないはず」
「はぁ……」
納得いかない様子のスズラン。しかしロウバイが心配しているのはそこなのだ。なにせこの少女の正体は、かつて世間を大いに騒がせた“最悪の魔女”ヒメツル。メイジ大聖堂に対しての放火という歴史上稀に見る凶行に及び、今なお大陸全土で指名手配されている高額の賞金首。
もちろんヒメツルに関する噂の全てが事実だとは思っていない。まだ付き合いは浅いが、彼女が家族や友人を慈しむことのできる心根の優しい性格だということはすでにロウバイも心得ている。
だからこそわからない。何故ヒメツルは数々の蛮行を働いた? 真相を見極める必要がある。そして、もしも彼女の中に悪意や凶暴性が潜んでいるならそれを封じ、正しい道へ導くのもお目付け役を買って出た自分の仕事。彼女はそう考えた。
以前見た心象風景も気になる。万物へ分け隔てなく注がれる愛。あれがスズランの本当の姿だとすると、いっそうヒメツル時代の行状の数々が不可解になってしまう。
「わかりました、入学します。モモハルやノイチゴちゃんが勉強してる時に私だけ遊んでいるのもなんですしね」
らしい理由をつけ自分を納得させるスズラン。その言葉を聞いたモモハルの顔はパッと明るく輝く。
「あ、そっか。スズがべんきょうするなら僕もするっ!」
「ノイチゴも!」
「よかった。では、あなた達がこの村で最初の生徒。どうか、よろしくお願いします」
頭を下げつつ、ほっと胸を撫で下ろす。勉強なんて嫌だとごねられたら、どう説得したものかと悩んだことだろう。なにせ相手方にはスズランがいる。アイビーやクルクマから悪知恵は良く働く子だと聞かされた。
──開校をやめるという選択肢は彼女には無い。こう見えて、意外と頑固で押しが強い性格なのである。
「それでですね、スズランさん。あなたに相談があるのですが」
「モミジを校舎として使いたい、ですか?」
流石に察しが良い。頷くロウバイ。
「ええ、彼女の中を教室として貸していただければ、皆さん集まりやすいでしょう?」
お化けカエデこと千年以上生きた大樹モミジはかつてのヒメツルの住居。中には三つの空洞があり、それぞれスロープで繋がっている。一番上の書斎だけは鍵がかけられ出入り禁止なのだが、残る二部屋は村の住民なら自由に使っていい共有スペース。そのどちらか一方を教室にさせてもらえればいい。
──のだが、ここでスズランは腕組みし、う〜んと唸った。予想外の反応。
「いけませんか?」
「いけないことはないんですけど……モミジの中はそれほど広いわけではないので学校を作るなら専用の建物の方がいいんじゃないかなって」
三人なのに? ロウバイは一瞬小首を傾げ、それからさっきのスズラン同様すぐに理解した。
「将来のために、ということですか?」
「はい」
ここ、ココノ村は少子高齢化が進み、今や子供は三人だけ。
しかし村人達は近年、そんな現状を変えようと努力していると聞く。村から出ていってしまった者に帰省を呼びかけ、ロウバイのような移住希望者も今後は積極的に受け入れる方針だそうだ。
その努力が実るかどうかはまだわからない。けれど、もしかしたら将来的にたくさんの子供がこの村で生まれ、育っていくのかもしれない。
だとするとなるほど、モミジは建物として見ても立派ではあるものの、生徒数が十人を超えたあたりから手狭に感じてしまうだろう。二部屋両方使わせてもらえるならその問題も解決しそうだが、ここでは村の老人達が集まって休憩したりモミジを加えて歓談に花を咲かせたりもしている。そんな憩いの場を奪いたくもない。
「けれどスズランさん。大きな建物を新しく作るとなると、大変な費用がかかります」
嘆息するロウバイ。彼女は商家の娘で両親は莫大な遺産を遺してくれた。しかし、その大半は親の無い子供達を養い育てることに費やしてしまったし、イマリを離れる際に国王ルドベキアから渡された餞別も当座の生活資金。気安く使ってしまうのは申し訳無い。
かといって自分の思いつきに村の財源を充ててもらうのも、やはり心苦しい。もちろん村の未来を担う子供達のための学校なのだし、ある程度の支援はしてもらうつもりでいたけれど。
(私の名前を出せば借金もできるでしょうが、寿命を考えると数年以内に完済しなければなりませんし……必ず返せる確信が無い限り、やはりこの手段は避けたいところ)
などなど、お金の工面について考えを巡らせていたら、スズランもやはりため息をつく。彼女は半眼でロウバイを見つめた。
「私だってそのくらいわかります。これでも先生と同じで商家の娘ですもの」
「あら、そうでしたね」
ヒメツルはかつて魅了の魔法で男達を誑かし、巻き上げた財産で贅沢三昧の生活をしていたと言うが、スズランはこの小さな村の雑貨屋で九年間育てられた。金銭感覚はすでに矯正されているだろう。
誤解に気付いたロウバイが苦笑を浮かべると、少女はぴっと人差し指を立てる。
「実は、他にも学校として使えそうな物件に心当たりがあります」
「まあ、モミジさん以外に?」
驚くロウバイ。村民達の厚意で譲ってもらった彼女の家は全体が傾斜しているこの村の北端、一番高い位置にあり、おかげでココノ村を一望できる。なのに全く心当たりが無い。村内ではないのだろうか?
「も、もしかして」
モモハルはゴクリと唾を飲み込む。顔が青ざめていた。いつも明るい彼にしては珍しい表情。
「森の中の?」
「そう」
やはり怯えの色を滲ませるノイチゴの手を取り、もう一方の手でモモハルの背中を叩くスズラン。それから奇妙なことを言った。
「大丈夫、この前ちゃんと確認してきたから。去年のほら私の魔法。あれに巻き込まれてみんな浄化されたみたい」
浄化? 眉をひそめたロウバイの視線の先で少女は振り返った。そして提案した。
「ちょうど家主さんが戻って来てますし、頼みに行ってみません?」
その顔には、何故か悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。
スズラン達に案内され東の森の奥、長年使われていなかったという雑草だらけの小道の先へ歩いて行くと、なるほど立派なお屋敷が姿を現す。
「ほら、何もいないでしょ?」
「うん」
まだ中に入っていないのに頷くモモハル。眼神の神子である彼にはここからでも屋敷の中が透視できているらしい。
問題の建物はタキアで多く見られるニホン様式でなく、西部風の近代建築だった。外観からは三階建てに見える。
「こんなところがあったのですね」
「ある人の生家です」
「その方が今、中に?」
「はい。長年村を離れていたので以前から一度掃除をしておきたいと仰られていて、今日は母とレンゲおばさまも手伝いに来てるはずですわ」
「なるほど」
村を離れた人間が戻って来た例は雑貨屋を経営するスズランの両親だけだと思っていた。でも他にもいたらしい。
(森の奥では気付けないわけですね)
などと思いながら屋敷の前に立ち、代表してドアをノックするロウバイ。
「すいません、いらっしゃいますでしょうか?」
『はーい』
『誰かしら?』
『今の声ってロウバイさんじゃないの?』
『えっ? ロ、ロウバイさん!?』
中から数人の話し声。うち二つは、たしかに掃除の手伝いに来ているというカタバミとレンゲのもの。
そして、もう一つは──ロウバイが家主の正体を察し、驚いた時だった。慌てたような足音に続いてドアが内から開け放たれる。こちらも慌てて横に避けたロウバイの胸の中に、長い黒髪の女が飛び込んで来た。
「あ、す、すみません! お久しぶりです、ロウバイさん!」
「あなたは……」
その顔を、いや、瞳の輝きを見つめたロウバイは驚きで見開いていた目を、やがて細め、微笑みを浮かべる。
「おかえりなさい、ナスベリさん」
「お待たせしました」
迎えたナスベリの目には涙が滲んでいた。




