名前と願い(3)
──その後も次から次に村民が訪れた。若者が去り、子供のいなくなってしまったこの村でカズラの雑貨屋とサザンカの宿屋は生まれたばかりの赤子を見られる貴重な場だったわけだ。
彼等は赤ん坊の顔を見に来る度、ついでとばかりに必ず何か買って行った。高価な物を手に取ったりはしなかったが、それでも良い。きっかけさえあれば、きっとこの先も店を利用する気になってくれる。そのきっかけが引き取った赤ん坊のおかげで生まれた。
この日、カズラは自分達の人生が長い下り坂を通り過ぎ、今度は上り坂にさしかかったのだと感じた。赤ん坊の笑顔と、彼女を見つめてやはり笑みを見せてくれた老人達の姿に明るい未来を垣間見た。
「そうだ……」
ようやく客足が途切れた夕方、薄暗い店内で赤ん坊を抱き上げ、外へ出た。山向こうに沈みつつある夕日が眩しい。
「決めたよ、君の名前」
まだ妻や友人達には相談していないけれど、きっと反対はしない。これ以上ピッタリな名前は思いつかないから。
小さくて白い可愛らしい花が脳裏に浮かぶ。その花言葉は純粋や純潔、そして“幸せはまたやって来る”だ。この村でもう一度昔のように暮らそうと決め、家族になった自分とカタバミの願いに、きっとこの子は応えてくれる。
「君はスズランだ。改めてよろしく、スズラン。僕がこれから君のお父さんになるカズラだよ」
カズラの名前も父がつけてくれた。フウセンカズラという植物からもらった名前。その花言葉は“あなたと共に”である。
夕焼けで赤く染まった道を妻が歩いて帰って来る。こちらの姿に気付いた彼女へ、左手でスズランを抱いたまま小さく右手を振り返す。
彼女と一緒にスズランを育てよう。本当の娘のように大切に守っていこう。改めて腕の中の温もりに誓い、カズラはこの日、父親になった。




