名前と願い(1)
中央大陸東北部タキア王国ホウキギ領。二十数年前、若き日のホウキギ子爵により行われた“産業革命”は大成功を収め、後に続けと他の領地も改革を実行。その結果、王国は大陸有数の食糧生産地となり、今や“東北の食糧庫”や“豊食の国”とまで称されている。
その小さくも豊かな国である年の夏、ちょっとした珍事が起きた。国境沿いに位置する山間の村に風変わりな赤子が置き去りにされたのだ。
「な、なんじゃあ!? あ、赤ちゃんが増えておる!!」
「こりゃあ……いったい、どういうこった?」
「わたし、双子を産んだかしら……?」
その女の子は宿屋を経営する若夫婦に初めての子が生まれた夜、突然現れた。出産直後、居合わせた全員が急に眠気に襲われたかと思うと、目を覚ました時には生まれたばかりの息子の隣にもう一人別の赤ん坊が並べられていたのだ。
ちょっぴり小柄で髪はすでにそれなりに長い。赤子でありながら顔立ちは非常に整っており、将来美人になることは容易に想像できた。
明くる日、予想外の事態と子供達の心配とで眠れぬ夜を過ごした夫婦は窓を塞いでいた雨戸を開け、室内に陽光を取り入れた直後、さらなる驚きに目を見開く。
「見て、あの子の髪」
「おお……なんとも不思議だな。虹みてえじゃねえか」
女の子の髪は生まれたばかりなのにもう真っ白で、その代わり陽光が反射すると虹色に煌めいて見えた。そして何故か──
「あぶ、あぶぶ、だうー」
「うーうー、いあー」
──彼等の息子に妙に気に入られていた。息子もやはり生まれたばかりのくせに早くも力強く隣の彼女に抱き着いている。ほっぺにしゃぶりついて離れない。まるで熱烈なキスのように。
「離してあげた方がいいかしら?」
「そうだな、かわいそうだ」
宿の主人・サザンカは、おそるおそる息子の手足を女の子から引き剥がす。
すると、
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
途端に大泣きされてしまった。
「うちの子、よっぽどこの子が好きみたい……」
「困ったな。ずっと泣いてんぞ」
「ちょっと貸して」
今度は妻のレンゲが抱いてみる。しかし全く効果が無い。お乳を飲ませたら流石に泣き止んだが、飲み終わった途端、またむずがり始める。
「ええ……?」
「お前、カーチャンよりもこの子が好きか? 生まれたばかりで色気づきやがって」
「赤ちゃん相手に何言ってんの? ともかく、そういうことならしかたないわ。ごめんね、うちの子の機嫌が良くなるまで少しだけ相手してあげて」
ベビーベッドに息子を戻すレンゲ。途端に息子はピタリと泣き止み、キャッキャキャッキャとはしゃぎながら女の子に抱き着く。
「すーうー、すーうー」
「あう、あうう……あぶええ」
「……おい、オレぁ今、コイツの将来が不安になったぞ」
「あなたに似たのかしらね」
息子の姿に古い記憶を思い出すレンゲ。彼女は幼馴染だった少年に何年もしつこく求愛され、ついには折れて結婚してあげたのである。そこにいる図体ばかりでかくて肝っ玉の小さい銀髪の男こそ、その少年が成長した姿だ。
「どうしたもんか。このままうちで育てることにするか?」
「まあ、うちに置いて行かれたんだし、親が見つからなかったらそうするのが筋かもしれないわね……いや、ちょっと待ってよ?」
レンゲはしばし考え込む。
やがてハッと顔を上げた。
夫も同じことを思ったのか、妻と同じ方向に顔を向けて手を打つ。
「「それだ!」」
──半月後、村に一軒しかない雑貨屋の主人・カズラは緊張していた。ついに本日彼等夫婦は養子を迎えるのだ。
「ほ~ら、ここが今日からあなたのおうちよ。気に入ってくれた?」
妻はすっかり赤ちゃんに夢中。引き取ることが決まる前から溺愛しており、もし今このタイミングで実の親が現れたらどうしようかと心配になるほど。そうなったら自分達では抵抗のしようもない。
実母は“魔女”だと目されている。あの子が現れる直前、現場に居合わせた隣家の夫婦と産婆の三人が同時に急な睡魔に襲われ眠り込んでしまったこと。そして何故か床に脱ぎ捨てられていた魔女のものらしき衣類と短剣。これらの状況証拠から、なんらかの事情で子を育てられなくなった魔女が宿屋の夫婦に自分の子を押し付けて行ったのではないかと推察される。
(ナスベリの子かな……?)
妻とは犬猿の仲だった幼馴染の魔女。普通、捨て子を置き去りにするなら孤児院や裕福な家の前だ。しかし母親がこの村の出身者だとすると、ここへ置いていかれた説明がつく。
とはいえナスベリは黒髪だったし、顔立ちも特に似ていない。おそらくこの赤ん坊とは無関係だろう。ならいったい誰の子なのかと考えると、やはりわからなくなる。彼女以外、心当たりは全く無い。
まあ、魔女というのは奇行に走るもの。常人には理解し難い理由で捨てていった可能性もある。
「見てあなた、この子また笑ったわ。なんて可愛らしいの」
「そうだね。とっても可愛い子だ」
なにより笑顔一つではしゃぐ妻の姿に、余計な詮索を打ち切る。彼女がこんな顔をしてくれるようになっただけでも、この子を引き取った甲斐があるというものだ。
──カタバミは不妊症。子宮の中の本来あるべきでない場所に壁ができてしまっている。
治療は可能なのだが、施術できる魔法使いは大半が高額の報酬を取っており、そもそも貴族や大商人でもないと相手にしてくれない。一人だけ身分に隔たり無く引き受けてくれそうな高潔な人物もいるものの、その人が住んでいるのは遥か遠くのイマリ王国。大陸の反対側。彼女なら無償でも治療してくれるかもしれないが、タキアからでは旅費だけで他の魔法使いに頼むのと変わらない金額になってしまう。
なので子を持つことは諦めていた。妻は子供が欲しくてしかたないのだが、治療を受けさせてあげたくても金が無い。そんな自分の不甲斐なさのせいで、ここしばらくは暗い顔の日々が続いていた。
しかし、この笑顔もいつまで保つことか……不安になる。子供にもできれば苦労をかけたくない。でも雑貨屋の経営は今のところ上手くいっていない。
「それじゃあ、行って来るわね」
「うん、気を付けて」
しばらくして妻は作業着姿で出かけていった。近所の農家の畑仕事を手伝いに行ったのである。この村は若者の大半が都会に憧れて出て行ってしまったため、どこもかしこも人手が足りない。
「本当なら僕の仕事なんだけどな……情けないお父さんでごめんね」
代わりに面倒を見ることになった養女。ベビーベッドの中ですやすや寝息を立てている赤ん坊の顔を覗き込み、店の中でため息をつく。
カズラは生まれつき体が弱い。成長した今は昔ほど虚弱ではないが、それでも肉体労働には向かない体質。なのでいつも店番は彼が行い、妻が外に働きに出る。夫婦の本来の形とは真逆。夫がすべき役割を妻にさせてしまっていることに心苦しさを覚える。
せめて経営が順調なら胸を張ることもできた。だが、ご覧の通り今日も閑古鳥が鳴いている。玄関のドアベルは滅多に鳴らされないのに。
他の村民達は自分達夫婦に不信感を抱いている。一度、都会へ出て行ってしまったから。彼等の息子や娘と同じように、またそのうち去ってしまうのだと、そう思われてしまっている。
もちろん自分達にそんなつもりは無い。数年前この村は震災に見舞われ、その時、西側の斜面が崩落した。
土砂崩れに巻き込まれた家は三軒。自分の生家と妻の生家と、そしてナスベリの祖父母の家。
遠く離れたミヤギの大学に通っていたため、報せを受けてカタバミと共に戻ってきた時にはすでに葬儀が終わった後。二人とも家族の死に目に立ち会えなかったばかりか別れの儀式に参列することさえ叶わなかった。
その時の後悔からカタバミは村に残り家族を弔い続けると決めた。だから自分も大学を辞め、故郷に留まることにした。ずっと彼女のことが好きだったのにあんな憔悴した状態で一人になんてできなかった。




