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息抜きの魔女  作者: 秋谷イル


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少子化と高齢化

「心配よね」

 ──スズラン十歳の秋、母が唐突にそう言った。場所はメイジ大聖堂に用意された両親の寝室。

「え? なんの話?」

 生後半年の弟をだっこしてあやしながら問い返す。この子がとにかく可愛くて可愛くてしかたないものだから話を聞いていなかった。

「魔法使いの少子化の話」

 母はそう言って大きな紙を畳む。ここシブヤの大図書館で暮らす先輩神子(みこ)シクラメンのおかげで安く買えるそれは、村にいた頃から父が愛読していた新聞。今は三柱(みはしら)教の厚意により毎号無料で届けられる。ささやかだが、神子になって得た特権の一つ。

 母は元々新聞などを読まない。だが、ここへ来てからはこまめに目を通している。交流を好む性格のため、こちらでもすでに知り合いは多い。だが、これまで暮らして来た世界が違うため、いまいち話が噛み合わず盛り上がらないのだそうだ。そこで新聞からネタを仕入れているのである。

 そんな母の今日の関心事が、今しがた畳んだ最新号の片隅に書かれている「魔法使いの少子高齢化問題」なのだと話を聞いて理解した。

(うちの村と同じだもんね)

 ココノ村も老人ばかりで子供は三人だけ。いや、最近クロマツの家族が戻ってきたから今は自分達を含め六人。とはいえ、うち三人がこうしてシブヤで暮らしているため実質的にはやはり三人。

 そういう関連性があるから気になったというのは、まあわかる。でもココノ村の抱える問題と魔法使いのそれとは、実は根本的な原因が異なっていたりする。

「今の魔法使いって、千人くらいしかいないのね」

「うん、表向きにはね」

 世に出ている魔法使いがそれだけという話で、実はもう少し多い。魔法使いの森に隠れ住んでいて生死どころか存在すら確認されていないようなケースもあるからだ。

「去年行った聖域なんて、あそこだけで何百人もいたからね」

「それにしたって少なすぎない? この新聞にも書かれてたけど未確認の分を合わせても結局二千人に達しないんじゃないかって」

「それは……そうだと思う」

 母の意見を肯定するスズラン。文明の発達に伴い世界の人口は増え続けている。なのに魔法使いは逆に減少の一途。

 理由には諸説あるが、スズランはこう考える。

「多分、年齢固定化が悪いんだよ」

「固定化? ナスベリもやってるっていう、あれ?」

 一歳違いのはずなのに今や十歳近く若く見える幼馴染を例に出す母。やはりスズランは頷く。

「ロウバイ先生もクルクマ師匠も同じ処置を受けてるね」

「アイビー様やシクラメン様は?」

「シクラメン様も年齢固定化処置だけど、社長はちょっと事情が違うかな」

「そうなの?」

「うん」


 そしてスズランは、多くの魔法使い──特に魔女が好んで行う年齢固定化処置の歴史を解説した。


「そもそもはね、才害(さいがい)の魔女ゲッケイが開発した技術なの」

 世間では“悪の三大魔女”の一角として有名な彼女。三年前、ココノ村で戦い、倒した宿敵。村の皆はあの時の怪物がゲッケイだったことをまだ知らない。

 あえてそこには触れず説明を続ける。

「私も詳しい方法は知らないんだけど、効果はナスベリさん達を見てわかる通り。処置を受けた段階で肉体年齢を固定。つまり老化を止められる。師匠は十四歳。ナスベリさんは二十五歳くらいだっけ? ロウバイ先生もそのあたり」

 開発者のゲッケイ自身は百歳を超えてようやくだったので酷く悔しがっていた。だから若返りたいという気持ちはわからなくもない。そのために体を乗っ取られかけた身として、他人の肉体を奪うという方法を認めることはできないけれど。

「二百年前からあったんだ」

「そう、そして、そこから魔法使いの少子高齢化が始まった。前に調べてみたらぴったり時期が一致してたんだ」


 理由は簡単。

 生殖能力の低下。


「歳を取らなくなって死から遠ざかると、子孫を残そうという本能が上手く働かなくなるみたい」

「ああ〜……」

 そういうことかと納得する母。言われてみれば、さっき名前を挙げた三人は全員未婚で子供がいない。ナスベリ以外の二人など実年齢は自分よりずっと上だというのに。

「そんな魔法使いが増えちゃったから少子化も高齢化も当たり前なんだよね。中にはその、機能自体が駄目になった人もいるみたいで……」

「機能?」

 ピンと来なかったカタバミは首を傾げる。しかし娘の赤い顔を見てハッと気付いた。

「な、なるほど! 機能! 機能ね!?」

 慌てて何度も頷く。まさかまだ九歳の子にそういう知識があるとは思わなかった。

「……もしかして、モモハル君と」

「してないよ!」

 ああ、良かった。胸を撫で下ろす。お隣の長男のことは認めているけれど、流石にまだ早すぎる。この歳でおばあちゃんにもなりたくない。

「そんなわけないでしょ、まったくもう」

「ごめんごめん。あ、でもさ」

 ぷりぷり怒っている娘を、その腕の中の息子ごと抱きしめつつ、カタバミはふと閃いたことを言ってみる。

「それってつまり、魔法使いの少子高齢化は意識の問題ってことよね?」

「え? うん」

 眉をひそめつつ認めるスズラン。生殖機能まで喪失したケースは稀だと聞いた。だからたしかにそう、意識の問題でしかない。

「だったらほら、何かおめでたいことでもあったら一気に増えるんじゃないかしら?」

「あ〜……」

 面白い考察。実際、歴史を振り返るとそういうことは何度かあった。魔法使いに限った話ではなく、何かしら世間が盛り上がるようなことがあると翌年の出生率は高くなる。

(ん? ということは、まさか……)

 まさに去年、世界全体が祝賀ムードに包まれた時期があった。二百年ぶりに現れた二人の神子のお披露目。あれはちょうど十ヶ月ほど前のことで──


 スズランの予想通り、この年の新生児数は爆発的に増えた。魔法使いの人口も久しぶりに上昇傾向に転じたらしい。

 そして、同年生まれた子供達には“スズラン”と“モモハル”の名が数多く与えられたそうな。

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