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息抜きの魔女  作者: 秋谷イル


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自由と悪人

※今回は最悪の魔女4のネタバレを含みます。

 北の大陸からメイジ大聖堂に戻って三日目──深夜にこっそりモモハルが部屋を訪ねて来た。まさか九歳にして夜這いを仕掛けてくるとは。

(いやまあ、そんなつもりはないのでしょうが)

 ドアを開けたら、そこに立っていた幼馴染。見慣れた顔を見つめ、しばし逡巡するスズラン。相手はぎこちない笑みを浮かべている。その作り笑いを見ていたらなんとなく用件に察しがついた。

「入りなさい」

「うん、ありがとう」

 モモハルを招き入れた彼女は小さな魔法の灯りを生み出してベッドに腰かける。彼には椅子を薦めた。生憎と一脚しかない。この状況でモモハルだけベッドに座らせるのはなんだか変だし、ベッドの上に隣り合って座るのはなおさら問題。自分の方の中身は二十六歳だが、彼は正真正銘の九歳児なのだから。

「で、何の用?」

 察しはついているのだが一応訊ねる。勘違いだったら恥ずかしいし。

 モモハルは言葉に迷い、しばし俯く。やがて白金色の髪を揺らして顔を上げ、青い瞳でスズランを見つめ返した。

「あ、あの、元気?」

 やっぱりか。苦笑するスズラン。北の大陸へ行く前から色々あったし、まだ落ち込んでいると思ったのだろう。

 正直言えばそう、へこんだままだ。親友は歴史に名を残すほどの殺人鬼だったし、恩人の願いは叶えられず、逆に裏切る結果となってしまった。当人はそれで良かったと言ってくれたが、だからといって自分の決断を全面的に肯定できるわけもない。そのせいでアイビーの長年の友ナデシコは苦しんで死ぬと決定してしまったのだ。


 今からでも遅くない、北の大陸に戻って彼女を安らかに眠らせてあげよう。

 帰りの道中、何度そう思ったことか。

 けれど、そうしたらまたクルクマは阻止のために動き出すだろう。結果、再び彼女に人を殺させてしまうかもしれない。それもまた許容できない。


「……どうしたら良かったのかしらね」

 ぽつりと本音を漏らす。モモハル相手にこんな弱音を吐いたのは、幼い頃のかくれんぼ以来かもしれない。

 モモハルはやはり返答に窮し、やがて申し訳無さそうに口を開いた。

「僕にもわからない……ただ、神様がこう言えって教えてくれたから、言うね」

「アルトラインが?」

 彼に加護を与えている神、過去現在未来の全てを見通す眼神が彼を通じて何かを伝えようとしている。スズランは眉をひそめながら言葉の続きを待った。


「スズラン、君はかつて言った。悪人ほど自由なのだと。それは何故だ?」


「……何を言うかと思えば」

 意表を突かれ、今度は目を丸くする彼女。この質問が自分の悩みを解決することとどう繋がるのかわからない。

 しかしまあ乗ってみよう。アルトラインは少しばかり悪戯好きなところもある性格だが、基本的には人間贔屓な神様。モモハル同様、心配してくれているはず。意味の無い質問を投げかけたりはすまい。

 アルトラインからの質問だったが、スズランは目の前のモモハルに問い返す。

「モモハル、悪い人って、どういう人だと思う?」

「え? わ、悪いことをする人……?」

「まあ、そうかもね。でも善いか悪いかなんて立場によって変わるものよ。誰かにとって善いことでも、別の誰かにとっては悪事かもしれない」

「う、う〜ん……それは、そうかも」

「だから私は思うの。悪い人っていうのは何がなんでも自分の意志を貫く人。わがままな人のことなんじゃないかなって」


 どんな善行だろうと立場が異なれば悪行となる。誰かを助けるための行いが他の誰かを傷付けてしまう。


(ああ、なるほど)

 まさに自分が抱えているジレンマと同じ。だからアルトラインはこの質問を投げかけてきたのか。

(私に自分の意志を再確認させるために)

 まったく回りくどい神様だ。話だっていつも長い。

「モモハル、悪い人はね、立ち止まらない。誰かを傷付けてしまうかもしれない、それがわかっていても、自分自身の願いのためにひたすら前へ進み続ける。

 ロウバイ先生やスイレンさんは時には足を止めたり引き返したりができる人。その上で正しい行いをするから、あの人達は善の魔女なのよ。

 でも私やクルクマ、ゲッケイは違う。私達は止まらない。引き返さない。心が願うまま突き進む。だから“悪い奴ほど自由”で“最悪の魔女”と呼ばれた私は世界で最も自由な魔女。そういうこと……ただ、わがままなだけなのよ」

 忘れかけていた。あの日、アルトラインとゲッケイの前で誓ったこと。

 大切な家族のために世界を守る。そんなのは当たり前のことだと啖呵を切った。自分には守り切れないかもしれない。度し難い結末が脳裏をよぎっても、押し付けられた使命を拒絶することはできなかった。


 ──両親とココノ村の皆を見捨てて逃げ出すくらいなら、一緒に戦って死んだ方がマシ。本気でそう思えたから。


 自由とは、かつての自分のように傍若無人に振る舞うことではない。どこまでも自分の心に従うこと。感情が目の前にある茨の道へ飛び込めと言ったなら、傷だらけになるのがわかっていても飛び込んでしまう。それこそが自由。

「じゃあスズは、どうしたい?」

「そうね……」


 モモハルに問われ、スズランは自分の内なる声へ耳を傾ける。

 答えはすぐに出た。


「着替えましょ」

「え?」

「私なら全速力で飛べばすぐに北の大陸まで行ける。それとも連れて行ってくれる?」

 スズランのその言葉に、モモハルの顔には警戒心が滲む。

「スズ、まさか……」

「違うわ」

 彼が何を危惧したのかは言われずともわかった。だから先に否定する。

「あの時、言ったじゃない。ナデシコさんに、またすぐに会いに行くって。だから遊びに行きましょう。あの人の人生に少しでも多く楽しい思い出を増やすの。彼女を救うことを諦めてしまった私達にできるのは、それだけよ」


 ──北の大陸で決断した。親友に説得され諦めた。ナデシコに安らかな死を与えるより、親友の凶行を止めることと故郷の安全を優先した。

 自ら出した答えだ。だからそれを貫く。選んだ道を突き進む。自分なりのやり方で。


 完全に迷いが晴れたとは言い難い。それでもたしかに笑顔を取り戻した幼馴染を見つめ、モモハルもまた安堵から自然に笑う。

「そうだね、行こう」

 こんな夜中に出かけるなんて大人にバレたら叱られてしまう。なのになんだかワクワクした。やめようとは思えない。

(これが自由ってことなんだね、スズ)

 だとすると自分も悪者かもしれない。でもその方がいい。むしろ世界で一番悪い魔女と共に行くなら、そうでなければ。

「じゃあ、とりあえず貴方は自分の部屋に戻って服を──」

「あ、待ってスズ。大丈夫」

「へ?」

 スズランが聞き返した途端、彼女とモモハルの服装が変化した。一瞬にして北の大陸へ行った時と同じ格好になる。

「モモハル、貴方これ……」

「えへへ、成功」

 願望実現能力。強く願ったことを現実にするモモハルの力。自身が神子だと知って以来、どんどん使いこなせるようになってきている。

「頼もしいわね。それじゃあ、ついでに北の大陸までお願い」

「ごめん、それは無理みたい。もう試してるんだけど」

「なら仕方ないわ、移動は私が受け持ちましょう。ところで貴方、その袋は?」

 モモハルはサンタさんのように肩に麻袋を担いでいた。

「食材。ナデシコさんにまた何か作ってあげようと思って、倉庫からちょっと貰った」

「悪い子ね」

 まあ、こんな深夜に買い物ができる店も無いだろう。後で事情を話せば、この大聖堂の主・教皇ムスカリはわかってくれるはずだ。

 スズランは魔力障壁で自身とモモハルを包み込み、窓から夜空へ飛び上がった。

「な、なんだ!?」

「あれはスズラン様! モモハル様も!」

 外で見張りに立っていた兵士達が気付き、空を見上げて騒ぎ出す。ちょうどいい、彼等に伝言を頼もう。

「ちょっと北の大陸まで遊びに行きます。明日の夜までには帰って来るので皆によろしく伝えておいて下さい」

「お、お待ちを! でしたらまず教皇聖下にお話を!」

「待ちません」


 何故なら自分達は、自由な悪党なのだ。


「説教なら後で聞きますわ!」

「いってきます!」

 そして少女と少年は飛び去る。真っ直ぐに北へ。凄まじい速さで、新たな友の待つ氷の大地へと。

 二人が夜空に引いた光の軌跡は、どこまでも真っ直ぐに暗い夜空を切り裂いて行った。

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