ご挨拶と天使降臨
アイン視点です
王城での晩餐会の翌日、かねてからノエルが行きたがっていたアリエル様の神殿に行った。
救国記念日が近いせいか、神殿はかなり混んでいて、神殿の礼拝堂にたどり着くまでかなり時間がかかった。
礼拝堂を見た俺とノエルは絶句した。
「お母様が……祀られてる」
アリエル様の像の横に、なぜかジュリア王妃の肖像画も祀られている。
どうやら、アリエル様に祈りを捧げたあと、隣のジュリア王妃の肖像画に祈りを捧げるようだ。
これは、どうしたものか。
ロングアイランド国民にしてみれば、ジュリア王妃も信仰の対象なのだろうが、俺達にとっては家族だ。
当たり前だが、特に信仰もしていない。
かと言って、アリエル様に祈りを捧げるだけで帰っていったら、周囲の人間に不信心だと思われそうだ。
「ノエル……王妃様にも祈りを捧げるかい?」
「だって、お母様ですのよ?いつでも会えるお母様に私達が祈りを捧げる意味がわかりませんわ」
結局、アリエル様の像にだけ祈りを捧げて、周囲からの刺すような視線を背中に感じながら神殿を後にした。
次はいよいよ、父さんと母さんの墓参りだ。
ノエルは途中の花屋で花束を買うと、少し緊張した面持ちで墓所まで向かった。
墓とはいっても、ちゃんとした墓石を建てるだけの財力はなかったので、合同墓石に今は眠っている。
「私が死んだら、トリスへ行きなさい。
この国よりも孤児に優しいと評判だから」
死の間際の母さんの言葉が思い出される。
トリスに入る前に荷物を奪われ、真冬に5日も路上生活をしていた時は、自分も両親と同じ流行り病で死んだ方がましだったと思ったこともある。
でも、今こうして侯爵家の養子になり、王女様と結婚できたのだから、母さんの言うとおりにして良かった。
もっとも、母さんはこんなことになるなんて思ってもいなかっただろうけど。
ノエルが花を供えて手を組み、目を閉じるのを見て、俺も両親の眠る墓石に手を合わせた。
父さん、母さん。
会いに来るのが遅くなってごめん。
俺は今、ちゃんと幸せになってるよ。
今日は嫁さんを連れてきた。
俺にはもったいないほどの女性だよ。
心配しなくても、ちゃんと大切にするから、安心して、ゆっくり眠って。
目を開けて隣を見ると、ノエルはまだ目を閉じたままだった。
随分長く話してるみたいだ。
何を話してるんだろう。
ようやく目を開けたノエルは俺を見て微笑んだ。
「随分長かったね。何をそんなに話すことがあったんだい?」
「まず、ご挨拶でしょ?それから、アイン様が執事として頑張っていらっしゃったことと、パーティーでエスコートをしてくださったこと。
養子になって学園に通い始めても真面目に勉強を頑張っていること。私をとても愛してくれていて、私もそれ以上に愛していること」
「そんな、何もかも話さなくてもいいのに」
「そういうわけにはいきませんわ。ご両親はきっと、アイン様のことをずっと心配なさっていたでしょうから」
「…………うん。そうだね、ありがとう」
なんだか泣きそうになって、俺は視線を逸した。
「アイン?アインなのか?」
視線の先には墓守のユーベルトさんがいた。
父さんが亡くなり、母さんも他界した後、葬儀や墓に入れる手配をしてくれた人だ。
「ユーベルトさん、お久しぶり」
「こりゃまた見違えたな。すっかりお貴族様じゃないか」
「縁があって、トリスの貴族の養子にしてもらえたんだ。
こちらはノエル。俺の嫁さん」
ユーベルトさんはノエルを見て慌てて膝をついて頭を下げた。
「天使様!」
「あの、ユーベルトさん?お顔を上げてくださいな。私はただのアイン様の妻に過ぎませんわ」
「ですが、そのお美しい顔立ち。それにどことなく救国の女神ジュリア様にも似ていらっしゃる」
「ジュリアは、私の母ですわ」
「そうでしたか……アイン、よかったな。
ジュリア様は本当に心の綺麗な方だったから、きっとノエル様もその血を受け継いでいるだろう」
「そうだね。大丈夫、大切にするから」
それだけは自信を持って言える。
「ノエル様。本日はお会い出来て光栄でした。
お二人の結婚生活に幸多からんことを」
「ありがとうございます」
ユーベルトさんと別れて、俺達は馬車の停まっているところまで歩いた。
しばらくガタゴトと順調に進んでいたが、不意に馬車が止まった。
「アイン様、ノエル様。前方に賊がおります。
引き返しても、この辺りは彼らのホーム。
勝つのは難しいかもしれません」
護衛騎士の方が教えてくれた。
「大丈夫。こんな時のためにアレがあるのですから」
ノエルは自信満々で王妃様の護符を取り出す。
「馬車と護衛騎士の皆さんを防御魔法で囲みます。あとは、賊を倒しながら突っ切ってください」
「ノエル、流石にそれは危ないんじゃ」
「お母様も昔同じ方法で逃げ切ったそうですから、今回も大丈夫ですわ」
「………私もあまり賛成はできませんが、そういうことでしたら、ご命令通り賊を倒しつつ突き抜けます。馬車がかなり揺れると思いますので、口はしっかり閉じ、何かにしがみついていてください」
「わかりました。では、防御魔法を発動させます」
ノエルが防御魔法陣の描かれた紙に魔力を注ぎ込む。
辺りが一瞬明るくなった。
「では、参ります!」
護衛騎士が馬で走り出し、馬車もすごい勢いで揺れはじめた。
どこかにしがみついて、と言われたが、しがみつけるものはない。
俺は胸の中にしっかりノエルを抱き締めて、賊から逃げ切るまで力を緩めなかった。
しばらくして、先程の護衛騎士から、無事賊を撒いたと報告があった。
「どなたか、お怪我をなさった方はいらっしゃいませんか?」
「防御魔法で守られていたので皆無傷です」
その言葉にノエルが安心したのがわかる。
全速力で走っている間に馬車は王都の入り口まで来ていて、俺たちはその後は穏やかにホテルまで送っていただいた。
ホテルの部屋について、明日は屋台の食べ歩きでもしようかと言うことになった。
以前トリスの屋台に行ったとき、凄く喜んでいたからな。
でも今夜はゆっくり寝かせては………あげない。
翌日、屋台の食べ歩きをしていると、ノエルが道の隅に蹲った平民の子供を見つけた。
母親らしき女性もオロオロしている。
「どうなさったのですか?」
「実は、先程まで元気に歩いていたのに急にお腹を抱えて痛みを訴えだして………身動きも取れないほど痛がっているのです」
「この辺りにお医者様は?」
「王都まで行くか、少し離れた平民街へ戻るしか……
でもこの子を一人にはしておけませんし、連れていくことも難しく……」
ノエルは少年の押さえている腹部に手を当てて、治癒魔法を施す。
バース様の事件以来、ノエルは治癒魔法を頑張って勉強してきているが、さすがにまだ王妃様のレベルには達していない。
でも目の前の少年は苦しんでいるのを放っておけないのだろう。
「アイン様。もし私が魔力枯渇を起こしたら、ホテルまで運んでくださいね?」
「ノエル。何を……」
中級魔法でも治らなかったのだから、上級魔法か、神級魔法を使う気か?
ノエルはブローチの針で指先を刺して血を滴らせると詠唱を始めた。
神級魔法だ。
「慈愛に満ちたる天の光、天使の息吹よ。我が血を以てこの者を癒せ。神級魔法、『天使の息吹』!」
跪いていたノエルの身体がぐらりと揺れ、慌てて支える。
本来、16歳までは神級魔法を使えても使ってはいけない。
それは魔臓が未発達だから。
ノエルが支えられながらも少年の様子を見ていると、どうやら痛みは治まったようだ。足元に小さな虫のようなものが動いている。
どうやら、寄生していた虫が、今の魔法で身体から弾き出されたようだ。
「大丈夫?もう痛くない?」
「大丈夫。ありがとう、お姉ちゃん」
「ネロ!よかった。本当に、ありがとうございます。
あの、治療代としては少ないかもしれませんが、とりあえず今持っているお金をお渡しします。残りは家に帰ってから何とか工面して持っていきますので、お住まいを教えていただけますか?」
「私たちは旅行者で、今はホテル住まいなのです。
それに、目の前で苦しんでいる方がいて、自分で助けることが出来るなら、助けるのは当然のことですわ。
お気になさらないでください。
それより、お子様が元気になられてよかったです」
ノエルの言葉に、母親は泣きだしてしまいました。
ノエルは戸惑った顔で俺を見上げる。
きっと、何か、傷つけることを言ってしまったのか。
お金はいらないと言ったことが、平民の貧しさを馬鹿にしているように聞こえたのか……
とか考えているんだろう。
そんなノエルを優しく髪を撫でて落ち着かせる。
そこへ、突然眩い光と共に一人のとても美しい方が姿を現した。
「天使様」
ノエルがふらつきながらも膝をつくのを見て、ノエルを支えながら膝をついた。
先程の親子は、呆気にとられていたが、すぐに俺達の真似をして膝をついた。
「私の名はチャミュエル。
自身の魔力が枯渇することも厭わず、神級魔法を使用し、その対価を求めない姿勢を、神がお喜びになった。
褒美として、私よりの加護を授けよう。
不安を癒し平安をもたらす。人間関係や状況を良好なものにもし、重要な瞬間も見つける。これからも心を平安に保ち、他者に優しくするように」
「もったいなきお言葉、ありがとうございます」
眩い光が消えると、天使様の姿も消えてしまいました。
でも、魔力が枯渇していたはずなのにノエルの顔色は良くなり、体調も良さそうだ。
「天使様だ」
「救国の日以来初めて見た。まさか、天使様が加護を与える瞬間に立ち会えるなんて」
周囲の人々がざわめき始めた。
このままでは、揉みくちゃにされる。
「ここにいる私の妻ノエルは、ジュリア王妃のご息女であられる。申し訳ないが、道を開けてくれないだろうか」
俺の言葉に、一斉に人々が道を譲った。
「ありがとうございます」
道を開けてくれた人にノエルが微笑んでお礼を言うと、老若男女問わず頬を染めて俯く。
ノエルは不思議そうにしているけど、ノエルの微笑みも天使クラスだからね。
何とかホテルまで帰り着くと、総支配人が出迎えてくれた。
「この度は天使様の加護を頂いたと伺いました。
おめでとうございます」
早い!
総支配人さん情報が早い!
俺とノエルはは苦笑いして、部屋へ戻った。
「ノエル。国王と王妃様に手紙を書いておいた方がいいんじゃないか?昨日の晩餐会のこともあるし、先程の天使様のこともお伝えしたほうがいいだろう?」
「そうですわね」
リビングの書物机の抽斗を開けると、やっぱり便箋が入っていたのでそれを渡す。
天使様にジュリア王妃が祈りを捧げている図柄が、透かし模様で入っているやつだ。
ロングアイランドでは、ジュリア王妃ははもう人間扱いされていないからな、いい意味で。
ノエルは昨夜から今までのことを手紙に綴ると、なんだか妙に張り切った様子で紙鷹の詠唱を始めた。
「成功です!」
初めて、ジュリア王妃と同じように小鳥の姿になった。
ノエルはずっとこれを目指していたけれど、小鳥の姿で飛ばせられるのなんて、王妃様くらいだからね?
窓を開けて空に放つと、小鳥は一直線にトリスへ向かって飛んで行った。
「移動時間があるから、ロングアイランドに滞在できるのも今日が最後だね。
屋台ではあまり買い食い出来なかったから、今夜は食べきれないほどの夕食にしてもらおうか」
「食べきれないなんてもったいないので、私、絶対に全部食べますわ!」
予想を裏切らない答えに満足して、私はノエルの頭を何度も撫でた。




