ロングアイランド晩餐会
ノエル視点です
トリス国の王城が白亜の城なのに比べ、ロングアイランド王城は黒を基調とした、少し暗めのお城でした。
なんでも、寒冷地のロングアイランドでは熱を集める色である黒をお城に使用しているのだとか。
アイン様のエスコートで馬車を降りると、筆頭執事のロバートさんが出迎えてくれました。
大勢の使用人さん達が頭を下げて立ち並ぶ中央を、黙々と歩いていきます。
なんだかとても視線を感じたのでチラリと見ると、まだ私とそれほど年齢の変わらないメイドさんがこちらをじっと見ていました。
本来ならマナー違反で叱られてしまうのですよ?
でも、おそらくまだメイドになりたてなのでしょう。
私がニッコリ微笑みかけると、顔を赤くして俯きました。
お兄様と違って私はロングアイランド国王夫妻とお会いするのは今日が初めて。
アイン様にとっては生まれ育った国の国王夫妻です。
緊張が腕を通して伝わってきます。
そっと手を重ねると、アイン様は優しく微笑みました。
少しでも緊張が解れているといいのですけれど。
「ロングアイランド王城の中は、とてもきらびやかなのですね」
「ええ。救国の前は、民も王族も贅沢し放題で、民はその為に困窮致しましたが、王女様お二人は、自分たちの暮らす場所は華やかな方がいい、と仰って」
ああ、話に聞いたことがあります。
天使様に追放されたお二人ですね。
「でも、意匠が繊細で、職人さんの腕の良さが窺われますわ」
「ありがとうございます。確かに、腕の良い職人達がたくさん育ちました。
彼らは今、土産物屋や貴族用の家具屋を営んでおります」
「まぁ。では、私たちも是非トリスの国王夫妻と義両親にお土産を買って帰りますわ」
「職人たちも喜ぶでしょう。
お待たせいたしました、こちらが食堂です」
ローガンさんは、トントン、とノックをすると、大きく扉を開け放ちました。
「トリス王国、ハンバード侯爵家ご子息、アイン・ハンバード様と奥様のノエル様をお連れいましました」
「トリス王国、ハンバード侯爵家長男、アイン・ハンバードでございます」
「アイン・ハンバードの妻の、ノエル・ハンバードでございます」
私とアイン様は膝をついて最上級の礼をします。
「よく来てくれたね。楽にしていいよ」
「この度はお招きありがとうございます。我が国の国王と王妃からも、よろしく伝えるようにと承っております」
「懐かしいな、ジュリア王妃」
「陛下」
フニャリと相好を崩したヘンリー国王をナンシー王妃が諌めます。
力関係がよくわかりますね。
「この度は結婚おめでとう」
「ありがとうございます」
「うちの息子のマイクも、どうやら恋人が出来たらしく、卒業が近づいたら婚約を申し込みたいと言っていたよ」
ああ、ルディちゃんのことですわね。
「お相手のルディア嬢は、とても朗らかで優しい性格なので、きっとマイク殿下をよく支えてくれるのではないかと思います」
「そうか。不思議なものだな。ジュリア王妃が最初にこの国に来たときは私は独身で、エドワード王子が赤子だったというのに、もうそれぞれの子供が結婚や婚約をしようというのだから。
ノエル嬢なんて、まだお腹に宿してもいなかったのにね」
「陛下。懐かしむのはそれくらいにして、乾杯をしないと、サーブする使用人が困ってしまいますわ」
またナンシー王妃に諌められています。
「そうだね。では、君たちの結婚を祝して、乾杯」
それぞれグラスを上げて、乾杯します。
「ジュリア王妃はお元気かい?」
「お陰様で。ヘンリー陛下にお会いしたがっていましたわ」
「ノア国王が許さないだろうな。ノエル嬢は、髪や瞳の色はノア国王によく似ているけれど、それ以外はジュリア王妃によく似ているね」
そう言って、チラリとアイン様を見ると、クスクス笑いました。
「アイン殿はノア国王によく似ている。心配しなくても君の大切な奥方を奪う気はないから、大丈夫」
「そのようなつもりでは……」
隣でアイン様が少し赤くなっています。
「君は元はロングアイランドの出なんだろう?ご両親を亡くされてトリスへ行ったと聞いているけれど」
「はい。身よりもなくロングアイランドで暮らしていくのは難しかったので」
「そう。そのことなんだよ」
ヘンリー陛下が身を乗り出します。
なんでしょう。
私はアイン様と顔を見合わせます。
「こっちでは女神とまで崇められてるジュリア王妃が、今度は孤児や貧困家庭向けの政策を打ち出したって聞いてな。
気になっていたんだが、詳細がわからなくて。
ロングアイランドでも出来そうなら、是非やってみたいんだ。
君たち、詳細についてわからないかな」
なんの事はなく、トリスではジュリア法と呼ばれている政策についてでした。
「『すべての国民は、最低限度の生活を営むことができる』。
憲法に追加されたこの文言が大前提になります」
「貸与型奨学金制度は、貧困層をターゲットとし、専門職…例えば建築家や大工、お針子、医師、看護師、教師など、そう言った職につくための専門学校へ通う人の為に、在学中の生活費や学費を国と富裕層が負担する制度です。
すべての富裕層ではなく、あくまでも一定額以上の財産を有する貴族に限られます。
また、この貸与型の奨学金を受けられるかどうかも、収入に対する家族構成、たとえばある程度の収入はあっても子供が多く貧しい家庭や母子家庭、父子家庭、孤児かどうかによって決められます。
入学は何歳からでも可能。
無事卒業して職についたら、受けた奨学金の1%を無利子で5年間継続して返還してもらいます。
途中で退学した場合は、退学した次の年から奨学金を返済してもらいます。
返還されたお金は、後に入学する学生の奨学金に充てられます」
「孤児院は主に教会にお願いすることになります。
国や、寄付をしてもいいという貴族や商人からの寄付金で運営します。
寄付者として名前を載せることで、商人は商売の宣伝にもなります。
孤児院にいられるのは10歳まで。
短いですが、それ以降は奨学金を受けながら専門学校へ通うか、修道士や修道女として教会の仕事や孤児院の運営を手伝ってもらうことになります」
「更には、病気や怪我で働けないひとり暮らし家庭や、働き手が病気や怪我を負った家庭への助成金。
これは国庫から助成金が出されます。
ただし、親族からの援助が受けられないことが条件です」
「対象者、及び対象家庭には、領主がこの制度について説明する義務があります」
アイン様と交互に説明しました。
この政策、ジュリア法については、学園入学前にさんざん教えてもらいましたし、私も慰問に行っています。
また、学園に入学してからもこのことは必ず習うのです。
対象家庭でなければ詳しいことは分からないかもしれませんが、学園に通っているのはそれなりに裕福な貴族や、領地を持っている貴族が多いので、細かに教えられるのです。
「そんなにスラスラと………すごいな。おい、ロバート。今の、メモしたか?」
「おまかせ下さい」
「一定額以上の財産を有する富裕層、というのは、どこを基準にするんだ?」
「確か……貴族の所有財産の平均値を出して、そこに10%加算した額以上を所有する貴族及び商人が対象だったかと」
私は少し考えて、それから言いました。
「貴国は、工芸が盛んで優れた工芸家や美術家が多くいると聞きます。工芸の知識と経験を身につけさせれば、家具屋、日用品店、土産物屋と、なんでも好きな職種につけるのではないでしょうか。
また、現在は農業にも力を入れていらっしゃるでしょう?
品種改良や育て方の研究なども良いかもしれませんね」
「うむ………ナンシー、どう思う?」
ナンシー王妃も真面目な顔をしています。
「トリス王国と全く同じではなくとも、我が国でできる限りの、我が国独自の教育や保護の政策を打ち出すのは得策かもしれません」
「宰相も呼んで、明日にでも詳しい事を決めていこう。
いや、アイン殿にノエル嬢、ありがとう。とても参考になったよ」
私はアイン様と見つめ合って、お互いに微笑みました。
でも、晩餐会ってこういうものでしたかしら。
もっと、砕けた会話がメインのような気がしていました。
たとえばコイバナとか、お母様の昔の話とか。
「明日はどこへ行くのか決めているのかい?」
「明日は、アリエル様の神殿に行ってみようかと思っています」
「アイン様。私は出来れば、その後にアイン様の亡きご両親のお墓参りに行きたいですわ」
「しかし、王都の外だし、危険も多いよ?」
私達が話していると、ヘンリー陛下が護衛騎士を付けてくださることになりました。
「あ。そうそう、忘れていましたわ。ジュリア王妃より伝言で、『これでまた貸し一つね』とのことですわ」
「な、なんで………」
「ジュリア法に限らず、何か政治的なことを説明したり、マイク殿下の恋に一肌脱ぐようなことがあれば、そう言うように言われていますの」
「地道に借りを返しているのに……また増えた」
どうやら、お母様はヘンリー陛下に貸しを作っているようですね。
アイン様も苦笑しています。
ともあれ、晩餐に出されたお料理は全て美味しくいただき、明日護衛騎士の方が来てくださる時間を決めて、晩餐会はお開きになりました。
「楽しかったよ、アイン殿、ノエル嬢。
ここはアイン殿の生まれ故郷でもあるんだ。
またいつでも来てくれ」
「ありがとうございます」
私たちは席を立って陛下と王妃様に礼をすると、またロバートさんの先導のもと、王城の出口に向かいました。
来たときに目があったメイドさんを中心として、「ノエル様は天使のようだ」と噂になったそうですが、私達はそんなこと知りません。
ホテルに帰ってホッとしていると、アイン様が珍しく言いました。
「こんな時間だけど何か食べ物を注文しようか。なんだか、全然食べた気がしない」
「ふふっ。そうですわね。私もなんとなくお腹が空いていますわ」
ベルで従業員の方を呼んで、軽食とお菓子と紅茶をお願いしました。
「デザートはもちろん、ノエルだよね?」
「しっ、神殿に行く前にそんなの……ダメですわ」
「うーん、そうか。分かった。明日は早めに帰ってきて、今夜の分もノエルを可愛がろう」
アイン様、全然分かってません!
そんなに私とイチャイチャしたいのでしょうか。
いえ、私だって嫌なわけじゃないですけど、素直に頷くのも恥ずかしいですし。
私は食べ終わると逃げるようにバスルームへ行きました。




