ドキドキの新婚旅行【前編】
アイン視点です
昨日無事に結婚式と祝賀パーティーを終え、ちょっと疲れが残るまま今日から新婚旅行。
荷物は早めに詰めておいたので、あとはもう出発するだけだ。
ちなみに昨日の夜は所謂「初夜」だったのだけど、二人して……主にノエルが疲れ果てて眠ってしまった為、甘い一夜にはならなかった。
出発する時は一度王城へ寄るようにと義母様から言われていたので行ってみると、義父様特製の大きなお弁当を持たされた。
二人で食べるにはあまりにも多い気がするのだが、ノエルはお弁当を見て大はしゃぎしてるし、意外と食いしん坊なノエルがいるから、きっと食べ切れるだろう。
ロングアイランドへ戻るのは、約2年ぶり。
父と母の思い出や、幼い頃の思い出がたくさん眠る場所。
でも、今回は思い出の残る場所には行かない予定。
平民街にノエルを連れていくわけにはいかない。
そうでなくとも、トリスみたいに国土防御結界が張ってあるわけでもなく、ジュリア王妃の打ち出した孤児や貧しい家庭の援助をする政策はここにはない。
1歩裏に入れば、そこはスラムと化していて、ストリートチルドレンや浮浪者の溜まり場だ。
この時期は、ジュリア王妃に国を救ってもらった、救国記念日が近いから、人通りも多い。
宿が取れない心配をしていたけれど、ヘンリー国王が予め最高級のホテルを押さえてくれていたので、そこは苦労しなくて済んだ。
改めてヘンリー国王へお礼の手紙を送ると、まだ借りが残っているからな、とよくわからないことを言っていた。
そのヘンリー国王から、明日の晩は王城へ招かれている。
トリスの王族は皆さんいい人ばかりだったけど、他国の王族の方に会うのは、やはり緊張する。
ノエルはそんな俺の気持ちに気がついているみたいで、御者に野原や丘があったら停めてくれ、と頼んでいる。
たぶん、弁当を食べて気を紛らわせようとしてくれているのだろう………たぶん。
「これから行く所がアイン様の生まれ育った国ですのね。とても楽しみですわ」
「国の外観は派手で、ロングアイランドの人間は基本的に情熱的。
ノエルは一人になっちゃダメだよ?
こんなに可愛い子がひとりで歩いていたら、間違いなくナンパされちゃうし、ノエルはちょっと鈍感だから、ナンパだって気づかずについて行っちゃいそうだし」
本当に本当に心配だ。
この国にいるときは、片時もノエルから目を離さないようにしよう。
「アイン様ったら。私はナンパされるような優れた容姿ではありませんし、鈍感でもありません!」
ああ、ノエル。
今の言葉の前半で、大勢の女性を敵に回したと思うよ?
俺は苦笑いして、窓の外に視線をやった。
ロングアイランドから歩いてくる時に通った道とは違う。
あの時は、少しでも平坦で短い距離を選んだけど、そういう道は往々にして盗賊やひったくりが多い。
だから、俺はノア国王と相談してできる限り安全なルートを選んだ。
馬車の揺れも少ないし、一応護衛を付けているから何かあっても安心。
一応、学園で剣術の授業も受けている。
「そう言えば、いざという時はこれを使いなさいとお母様が持たせてくれたのですけれど」
ノエルはゴソゴソとカバンを漁ると、数枚の紙切れを取り出した。
「あら」
「これは………」
さすが王妃様と言うべきか、入っていた紙切れは、強力な防御魔法陣の描かれたものだった。
魔力を流し込むだけで発動するようになっている。
何かあったらありがたく使わせてもらおう。
「旦那様、奥様。比較的平らかな丘がございますが、馬車を停めますか?」
「ええ、お願い」
今日はラグを持ってきていないので、下草の上に俺のジャケットを敷いてそこにノエルを座らせた。
ノエルは弁当を見て顔を輝かせたあと、弁当の蓋にいくつかのおかずとパンを乗せて、御者と護衛に持っていった。
天使!
俺の嫁、本当に天使!
そうだよな。
御者や護衛だって腹は減るもんな。
最初は恐縮して断っていた御者や護衛も、最後には嬉しそうに受け取った。
「ノエルは優しいな。その優しさを、私にも欲しいな」
「優しさを?具体的にどうすればよろしいですか?」
「いつもみたいに、食べさせて?」
ノエルの顔が真っ赤になる。
それでも、俺の好物の、野菜と肉をライスペーパーで包んだものを、俺の口に入れてくれる。
「うん、おいしい。よく考えたら、今のがファーストバイトだね。それなら私からも食べさせないとね」
緊張からかキュッと口を窄めているノエルの唇をそっと指で開いて、ノエルの好物のチキンのハーブ焼きを口に入れた。
「明日の晩は、こんな事できないな。今夜しっかりノエルを甘やかさないと」
「ひ、ひとりで食べられましゅ!」
あ、噛んだ。
可愛い。
ますます赤くなってる。
もう、どうしてやろうか。
ここは外だし明るいし、すぐそばに御者も護衛もいるからキスくらいしかできないけど、ホテルについたら、目一杯可愛がってやろう。
ん?国王陛下との約束?
そんなのもありましたねー。
でもほら、義母様と義父様が孫の顔を楽しみにしてるから。
「アイン様………なにかよからぬ事をお考えですわね?」
しまった。
顔に出ていたらしい。
執事時代に培ったポーカーフェイスも、ノエルの前ではなんの意味もなさない。
「ロングアイランドの観光地について考えていただけだよ。
あんまり観光に向いた場所はないんだけど、ジュリア王妃が国を滅ぼさないよう天使様と交渉してくださったという天使アリエルを祀る神殿は少し有名かな?」
「何だか、お母様が伝説みたいになってますのね」
「そうだね。他国の人間にはピンと来ないかもしれないけど、神によって国が滅ぼされるかどうかの瀬戸際で、ジュリア様によって救われたんだ。
ロングアイランドの民にとってはジュリア王妃は信仰の対象だよ」
「お母様……とうとう信仰までされるようになって……」
ノエルが遠い目で呟いた。
弁当をきれいに食べきると、俺達はまた馬車に乗って進み始めた。
この分だと、ホテルにつくのは丁度夕食頃だろう。
部屋まで持ってきてもらえるらしいから、夕食を食べて風呂に入ったら、今夜こそノエルを食べてしまおう。
きっとノエルは分かってない。
俺がノエルの香りやぬくもり一つで、こんなにも胸が高鳴っているなんて。
「アイン様?どうか致しましたの?」
「君を見ていると、胸が痛いよ」
「えっ!何か病気ですか?でも私を見てるとって……」
「ノエルは平気なのかな?こんなにキュッと胸がいたんで、ドキドキするのは私だけ?」
「アイン様。それは愚問ですわ。私はアイン様がそばにいない時だって胸がキュゥンとして、ドキドキしますのに」
どうしよう。
俺の嫁が可愛すぎる。
理性と本能が拮抗して、何とか理性が勝利した。
「危ない。この場で食べちゃうところだった」
「えっ!」
「大丈夫。ちゃんと夜まで待つから」
ノエル、何だかフラフラしてるけど大丈夫かな。
俺が義父様から色々教えてもらったみたいに、ノエルも王妃様から色々と教わってると思うんだけど。
教わってなかったら、ちょっと大変そうだ。
ノエルのことだから、いざという時に、こんなの聞いてません!とか言って逃げ出しそう。
「ノエル。夫婦の夜については、王妃様からお話があった?」
「いいえ。お母様からは何も。ただ、お義母様とアリアちゃんからは……」
「え?アリア嬢?」
100歩譲って義母様から聞いたのはわかる。
でも、独身のはずのアリア嬢が、なぜ?
「アリアちゃんは一通り流れを教えてくれて、さらに詳しいことは、これを読めばわかるから、と小説を貸してくださいましたわ」
ノエルはまたカバンをガサゴソやって、1冊の本を取り出した。
「深窓の令嬢は執事にイチから手ほどきされる」
ん?
何だかタイトルが微妙だ。
パラパラと読み進めて、俺は確信した。
これは、官能小説だ。
きわどい表現もかなり多い。
「ノエル。これ、読んだの?」
「え、ええ。一応……」
「これはそういう小説だから、かなり際どいことまでしてるけど、ここまでしなくていいから!」
「そういうわけには参りません!結婚したからには、旦那様をしっかり悦ばせないと!」
うん。「よろこぶ」の漢字が変わってるね。
とにかく、ノエルがやる気満々なのだけは伝わった。
「わかった。それじゃあ、今夜は楽しみにしてるから。悦ばせてくれるんだよね?」
「ううう……頑張ります」
頑張っちゃうんだ。
もうほんと、何度でも言うよ。
俺の嫁、世界一可愛い。
こうして俺がノエルの可愛さを堪能している間に、馬車はホテルへと到着した。
昔の俺なら、足が竦んでとてもじゃないけど出入り出来なかったであろう、豪奢なホテル。
でも、王城で暮らしていたおかげで、今ではなんの気後れもなく中に入ることができる。
俺はノエルをエスコートしてホテルの受付に行った。
名前を名乗ると、慌てた様子でかなり身なりの良い男性が出てきた。
名札の上に総支配人、とかかれたバッチがついている。
国王自ら連絡のあった予約客だ。
適当な扱いはできないんだろう。
ベルボーイに荷物を預けて記名を終えると、ベルボーイではなく、総支配人自ら部屋まで案内してくれた。
転移魔法陣があって、それで最上階まで行く仕組み。
なんでも、最上階はフロアごと貸し切りになっているらしく、普通の部屋の壁をぶち抜いて作られたであろう、大きなリビングに、これまた大きなベッドルーム。
バスルームも異様に大きい。
他の部屋はともかく、バスルームが大きい意味がわからない。
あんなことやこんなことをしても大丈夫、ということだろうか。
「何かございましたら、そちらのベルでお呼びください」
話によると、どこにいてもベルの音が聞こえるよう、魔法が施されているらしい。
便利だな。
「お部屋にいらっしゃる間は、誰もここには近づかないよう国王陛下より指示を受けておりますので、ごゆっくりお寛ぎください」
ヘンリー陛下……気が利き過ぎです。
意味を理解したらしく固まってしまったノエルを見て、俺は苦笑した。
「では、私はこれで失礼いたします」
「ああ、ありがとう」
ベルボーイが荷物をおいて、総支配人が下がっていよいよ二人きり。
「夕食は2時間後だって。それまでどうしようか?」
ニヤリ、と笑って言うと、分かりやすくノエルの顔が赤くなった。




