結婚式
ノエル視点です
早いもので、気がつくと季節はめぐり、アイン様との婚約発表から一年が経ち、私も15歳になろうとしています。
シエルちゃんやアリアちゃんも結婚の予定がありますが、さすがに王族より先に挙式をするのは、と待ってくれているみたいです。
婚儀の1ヶ月前になると、アイン様とリハーサルをしたり、身体を磨き上げられたり、髪が艷やかになるというローションを洗髪後に付けられたりとそれまでとは生活が一変しました。
ティレーズから指示を受けたメリーによって、甘い物は控えさせられていますし、食べる量も減らされました。
みんなより明らかに少ない量の料理を見てため息をついていたら、お母様に笑われました。
「気持ちはわかるわ、ノエル。私も食事制限をされたから。
でもね、アインくんに少しでも綺麗な自分を見てほしいなら、頑張れるわよね?」
すでに仕上げに入っている婚礼衣装は、体のメリハリがはっきり分かるものです。
そこにお腹がポコンと出っ張っている姿は、アイン様には見せたくありません。
私は、お母様に大きく頷きました。
「ジュリア。君は挙式前にそんな可愛いことを考えてくれていたのかい?
食べることが大好きなのに、私のために我慢してくれていたなんて、すごく嬉しいよ」
お父様……
顔面が崩壊していますよ?
本当に、お父様はお母様の事が好きで好きで仕方ないのです。
もちろん、お母様もですけれど。
お父様とお母様の馴れ初めは私の中では理想です。
伴侶探しに何年も旅に出て、お弁当のおかずのつまみ食いから仲が進展して、卒業パーティーで結婚の申込みをされるなんて。
お母様は、私のどこが良かったのかしら、といつも首を傾げますが、私にはお父様の気持ちがわかる気がします。
フワフワの頬にクリクリとした愛らしい瞳。
小さな唇。真っ白な肌。
さらにはマルチリンガルで、聖霊の祝福も受けていて、婚約前の段階で充分に魅力的です。
お母様は、ご自分の魅力を全然わかってらっしゃらないのです。
「お母様は素敵な淑女ですわ。私の目標です!」
「まぁ……私なんて目標にしないで、お祖母様を目標にした方がいいと思いますよ?」
「だめ、全然ダメ。ジュリアは自分の魅力を全然わかってない。君が思っているみたいにごく普通のありふれた淑女なら、3人もの天使の加護を受けられないよ」
「それは偶然のようなものです」
「そんなこと無いよ。なんなら、私が君をどれだけ可愛く思っているか、便箋10枚に書き記そうか?」
ビクッ。
便箋10枚のラブレターは私にはもうトラウマです。
お祖父様も同じらしく、顔が強ばりました。
「ノア。あなた、ジュリアちゃんと仲がいいのは結構ですけれど、こんな晩餐の席で家族みんなの前で堂々と話すことではありませんよ?聞かされるこちらの身にもなってちょうだい」
「それもそうだな。じゃあジュリアには、今夜二人になったら存分に伝えるよ」
お母様の顔が一気に赤くなりました。
うちのお父様は、情熱的なのです。
「ノエル。あなた、今は他人事だと思ってるかもしれないけれど、アインくんもお父様並に情熱的ですからね。
涼しい顔をしていられるのも今のうちよ?」
アイン様は、確かに事あるごとに私を褒めたり好きだと言ってくれます。
デートの時も、とても甘いです。
同伴するメリーとアイン様付きの従者が砂糖を吐きそうなくらい。
アイン様も、お父様みたいになるのでしょうか。
決して嫌なわけではありませんが、やっぱり少し照れくさいですね。
こんな風に家族の団欒を過ごしているうちに、いよいよ結婚式の日がやって来ました。
アイン様はエリクに先導されて、私はお父様に先導されてそれぞれ司祭様の元へと参ります。
式場は、この国最古の大聖堂です。
司祭様の元へたどり着くと、半泣きのお父様とエリクはそれぞれ左右の椅子に座りました。
ここから司祭様によるありがたい説法があり、その後はアイン様と私の宣誓の言葉です。
一人あたり、5分ほどでしょうか。
とても長い言葉ですが、昨日ギリギリまで復習していたので大丈夫、なはず。
司祭様の説法が終わると、アイン様が滑らかに宣誓の言葉を紡ぎます。
最近は、アイン様は低音域の声でとても素敵です。
アイン様の言葉が終わると次は私の番。
「私、ノエル・トリスは今日この時よりアイン・ハンバードの妻のとなり、病めるときも健やかなるときも、苦難のときも幸福のときも、二人でこれを分かち合い………」
分かち合い……なんでしたっけ。
ピンチです!
出だしで早々にど忘れしてしまいました。
一生に一度の結婚式で失敗は許されません。
ここまで、およそ1秒。
「互いを伴侶とし」
聞こえるかどうかくらいの小さな声で、アイン様が言いました。
ほんの一瞬私が詰まったことで、ど忘れしたことに気づいてくださったようです。
それに、ほぼ同じ言葉とはいえ、私の宣誓の言葉も覚えているなんて、さすがアイン様です。
惚れ直します。
「互いを伴侶とし、常に敬い、尊び、これを愛し………」
アイン様のおかげで、最後まで宣誓の言葉を言い切ることができました。
宣誓の言葉さえ終わってしまえばあとは簡単です。
指輪の交換をし、私のベールを上げて、誓いのキス。
「ここに、二人が夫婦であることが認められました」
司祭様の言葉で、司式は終わりです。
二人で並んで、大聖堂の外へと出ていきます。
その瞬間、ワッと歓声が起こりました。
見慣れた友人の顔を見て、なんだかホッとします。
本来ならフラワーシャワーが舞うところを、お母様のお得意の魔法で、花びらが蝶に変わって私達の周りを取り囲みます。
お母様の蝶に、私が魔法を込めて、幸せのお裾分けをします。
「今、王妃様の蝶に、触れると幸せになれるよう魔法をかけました。無理に獲ろうとしても獲れませんが、触れればほんの少しですが幸せが訪れます」
私はアイン様と目を見合わせて、二人でお辞儀をしました。
「本日は私どもを祝ってくださり、ありがとうございました」
二人で声を揃えて言います。
顔を上げると、アイン様が耳元で囁きました。
「今日のノエルは、これまでで一番きれいだね」
「ふふ。ありがとうございます。アイン様もとっても素敵ですわ」
招待客や民衆に囲まれて、私達は微笑み合いました。
この後は着替えて、軽食をとって、少し休んだら祝賀パーティーです。
本来なら夫の家で行われるのですが、降嫁したとはいえ、私は元王女。
祝賀パーティーは王城の大広間で行われます、
実は、祝賀パーティーでのアイン様の服装を私は知らされていません。
アイン様も同様に、私のドレスを知りません。
お母様とマリアンヌお義母様のサプライズなのです。
控室でドレスに着替えて、メリーの淹れてくれたお茶を飲んでいると、アイン様が訪れました。
お互いの姿を見て、目を見開きます。
私のドレスは、アイン様の髪と瞳の色をメインに、真っ白なリボンがふんだんに使われています。
アイン様のタキシードは、私の髪と瞳の色と同じ、薄茶色で、私のリボンとおなじく真っ白なタイ。
「とてもきれいだね、ノエル」
アイン様が私の手を取り、そっとキスを落とします。
「アイン様も、とても素敵ですわ」
そっと外してくれたメリー。
二人きりになったので、アイン様は遠慮無く私の隣に座り、私を膝の上に抱き上げました。
「本当は今すぐにでも君を僕のものにしてしまいたいけど、陛下に怒られそうだからね」
「今すぐここでは困りますけれど、結婚したのですもの。
私はいつでもアイン様のものになりますわ」
「嬉しいことを言ってくれるね。でも、陛下が……」
お父様、どれだけアイン様に釘を刺したのでしょうか。
アイン様の顔が少し青ざめています。
もしかしなくても、脅したのでしょうか。
「私はもうハンバード家の人間ですわ。お父様の気持ちもわかりますけれど、マリアンヌお義母様は、別に早くても構わないと仰ってましたし、むしろ、その………孫の顔を早くみたい、と」
頬を赤らめた私を見て、アイン様も耳まで赤くなりました。
「まったく、義母様は……
私たちは、周りの意見に惑わされず、ゆっくりと順を追って進めていこう?」
「はい」
アイン様の胸元に寄り掛かっていると、ドアがノックされました。
「ポアロ!」
「ポアロ様!」
ポアロは、綺麗にお辞儀をしてから私達のところへ来ると、穏やかな笑顔を浮かべました。
「お邪魔をして申し訳ありません。
この度は、誠におめでとうございます。
アイン様、勇気をだして決断して、正解でしたね。
あなたなら一流の執事にもなれたと思いますが、立派な侯爵にもなれると思っていますよ。
どうか、お二人ともお幸せになってください」
「ポアロ様……」
アイン様の目に涙が浮かびます。
アイン様にとって、王城で働き始めてから、使用人として一から教えてくれていたのはポアロです。
育ての親のように思っていると、以前言っていました。
「余計なことですが、一つだけアドバイスを。
もし喧嘩してしまったら、アイン様から謝るのがよろしいかと。ノエル様は素直に自分から謝ってくださるでしょうが、それに甘えることのないように。
アイン様。これが、私からの最後の教えです」
「ありがとうございます。………本当に、お世話になりました」
「お礼を仰るならノエル様に。あの冬の日、ノエル様があなた様を見つけなければ、私達が出会うこともなかったのですから」
「そうですね。ありがとうございます、王女様。
ずっと言いたくて、なかなかタイミングが掴めませんでしたが、今ここで言わせてください」
「そんな……たしかにあなたを見つけたのは私ですが、その後、あなたが努力を惜しまなかったからこそ、ポアロも可愛がってくれたのですわ。今のあなたがいるのは、あなた自身の努力によるものですわ」
「ノエル……」
ポアロは私達を見て優しく微笑むと、爆弾を投下しました。
「陛下の言うことなど気にせず、じゃんじゃんお子さまを作ってくださいね。私とマリアはこの度、引退することになりましたので、お子様がお生まれになったら、一番に駆けつけます」
「ポアロ様、引退なさるのですか?」
「私も聞いていないわ」
ポアロは長年仕えてきたくれた筆頭執事です。
マリアも同じく長く働いてきた侍女長です。
ふたりが一気に抜けて、大丈夫なのでしょうか。
「マルコは少し心配ですが、ティレーズがしっかり手綱を握っていてくれるので安心です。
ちなみに、新しい家はハンバード家の隣です」
えええ!
最近、新しい屋敷が建ったのは知っていましたが……
「ポアロ様がすぐ側にいてくださるなら安心ですね。これからも隣人としてよろしくお願いします」
「ええ。こちらこそよろしくお願いします」
ポアロは楽しそうな笑顔で出ていきました。
あんなにご機嫌なポアロを見たのは初めてです。
「それにしても、明日から一週間新婚旅行でロングアイランドに行くでしょう?」
王族の新婚旅行は春の離宮ですが、私達は一貴族なので、アイン様の故郷であるロングアイランドに行くことにしました。
ロングアイランドのヘンリー国王が、国で一番のホテルを予約してくださっています。
「帰ってきたらすぐにシエルちゃんの結婚式、その翌週にはアリアちゃんの結婚式。休む暇がありませんわね」
「ノエルの友人は、通常の適齢期より早く結婚するからね。
本来なら、ティア嬢やマリー嬢のように卒業と同時なのが普通なんだろう?」
「ええ。なんで私も含めて、お友達は結婚が早いのかしら」
「王妃様のお茶会の力かもしれないね」
ええ……
可能性は充分にありますが、だとしたらお母様、とんでもない力の持ち主ですわね。
「さ、そろそろパーティーに向かおうか」
「はい」
「お手をどうぞ、ノエル」
「ありがとう、アイン様」
初めてパーティーでエスコートしてくれた時のように、アイン様に優しくエスコートされて、私は会場に向かいました。




