令嬢と騎士団長
その令嬢が初めて騎士団の訓練場を訪れたのは数ヶ月前。
王女様のご友人で、騎士団にご興味をお持ちとのことで、王女様と一緒に見学なさっていた。
差し入れにクッキーまで焼いてくれて、甘い物好きの俺としては無くならないうちに食べたかったが、王女様のおそばを離れるわけにはいかない。
そんな俺の気持ちを察したように、王女様はここは安全だから、食べてこいと仰ってくださった。
「うぉー!お綺麗なご令嬢お手製のクッキーとか、なんのご褒美ですか?」
団員達も大喜びだ。
本当に、なんの褒美だろう。
あんな、俺の好みド真ん中の令嬢が見学に来てくださるなんて。
もっと話したかったが、あまり遅くなる前に見学を切り上げるように言うと、そのご令嬢、シエル嬢はまた来てもいいかと聞いてくれた。
もちろん構わないと返事をして送り出したけれど……
よくよく考えてみれば、騎士団に興味のあるご令嬢なんて、そうそういるはずがない。
もしかしたら、好きな男が騎士団にいるのかもしれない。
俺がせめてあと10歳若かったら、ここぞとばかりにアプローチするのに。
本来なら、騎士と貴族の結婚はあまりない。
騎士の爵位が低かったり、危険な仕事をしている俺たちと結婚するのを相手の親が反対することがあるためだ。
シエル様は伯爵令嬢。
実は俺の実家も伯爵家だ。
昔から騎士になりたかったから、家督は弟に譲って、騎士になった。
今では一応騎士団長として騎士爵を賜わっている。
とはいえ、騎士爵は爵位の中でも最も低く、爵位として扱われないことが多い。
たとえ俺が若くても、手の出せないお相手だな。
俺は一人苦笑いした。
それから、シエル嬢は週に一度は見学に来られるようになった。
差し入れはその都度違う物を作って来てくれる。
最初はお綺麗な令嬢の見学とあって、遠巻きに見つつ、俄然やる気を出していた騎士たちも、今ではすっかり慣れて、気軽に話しかけたりしている。
「もしも護衛が必要なら、いつでも俺が行きます!指名してください」
「バーカ。お前みたいな下っ端じゃ護衛なんて勤まらねーよ」
「酷いっす、先輩」
「シエル様は指名するなら誰を?」
興味がないふりをしている奴も、この質問には耳をそばだてている。
「私は……ゼル団長を。でも、ゼル団長は王族の方の護衛につくことが殆どですから、私の護衛などお願いできませんけれど」
そんなことない!
シエル嬢のご指名なら、他の仕事は副団長に任せて、きっちりシエル嬢をお守りする。
「もしかして……シエル様って、団長のことが好きなんスか?」
「バッカ、お前。あんなに歳上なのにそれはないだろ?」
剣を磨く腕に力が入る。
自分でもわかってるんだから、わざわざそんな話しないでくれ。
だが、シエル嬢は何も言わない。
気になってチラッと見ると、頬を染めたシエル嬢と目があった。
え?
「え?もしかして、本当に?」
他の騎士も驚いている。
いや、1番驚いているのは俺だ。
「だって、団長30歳っすよ?」
「歳など……私と同い年の友人はカルーアのヨハン殿下と交際しておりますわ」
「マジかー。団長だけはないと思ってたのに」
本当の事とはいえ失礼だな、おい。
「団長相手じゃ勝てっこねーじゃん」
「うふふ。ゼル団長は、部下の方からの信頼が厚いのですね」
「団長は本気で強いし、めっちゃいい人ですから!」
「でも団長は…その分危険な仕事も多いですよ?」
「団長はいざという時、真っ先に最前線に出るし、今は王妃様の結界で守られていますが、万が一王族の方に何かがあれば、身を張って守るお立場ですから」
盛り上がっていた場が、シンとする。
「それが、好きな人の生きる道ならば、私は見守ります」
静寂を破るように、凛とした声でシエル嬢が言った。
「カッコイイ!姐さんて呼んでもいいですか?」
「え?いえ、それは流石に……」
シエル嬢は、思っていたより遥かに肝の据わった女性だった。
でも。
シエル嬢がそれでよくても、ご家族は反対されるだろう。
今は平和でも、いつどうなるか分からないし、護衛で国外へ出ることもあるのだから。
そうだ。
それが分かっているのだから、シエル嬢が俺目当てで来ていてくれていたのならば、もう止めないといけない。
今なら、まだシエル嬢の気持ちは騎士たちしか知らないし、なんとでもなるが、俺と交際しているなんて噂が貴族の間に流れたら、確実にシエル嬢の婚期が遅れてしまう。
俺は決心して、その日の見学を終えてシエル嬢を馬車までお送りする時に、はっきりと言った。
「シエル嬢。今日の休憩時間の話ですが」
「はい」
「私を想ってくださっているのですか?」
「……はい。ご迷惑ですか?」
ここは、素直に話すべきだろうか。
それとも、誤魔化す?
「………私は、あなたのような若い方は好みではありません」
俺が選んだのは後者。
「では、歳の差がなければお付き合いしてくださるのですか?」
「…………そうですね。ですから、もう今後は見学に来るのはやめて頂きたいのです」
シエル嬢は何かを思案するように口元に手を当てて、それからはっきりと言った。
「嘘ですね?」
「なにがですか?」
「私が好みではないというお話です」
一瞬言葉に詰まってしまった俺に畳み掛けるように、シエル嬢はまくし立てた。
「どうせ、歳の差が、とか家柄がとか、危険な仕事だから私の家族が反対するとか、そんなことを思ってらっしゃるのでしょう?」
見事に見抜かれていた。
俺はポーカーフェイスには自信があるのに。
シエル嬢は胸を張って、まっすぐに俺の目を見つめた。
「あまり見くびってもらっては困りますわ。私はずっと、あなたの事をお慕いしてきたのです。嘘をつくときに右の眉が僅かに上がる癖くらい、知っていましてよ?
それに、私がこの数ヶ月ここに通っている間、何もしなかったとでもお思いですか?
王妃様にもご協力いただいて、既に家族の了承は取り付けておりますわ」
「王妃様に!?」
なぜここで王妃様の事が出てくるのか、全く分からない。
そんな俺の疑問を読み取ったように、シエル嬢は微かに笑った。
「元々、王妃様の縁結びお茶会でゼル様のことを相談していましたの。王妃様は快く協力してくださいましたわ」
王妃様の縁結びお茶会については、噂を聞いたことがある。
恋が報われるとか、婚期が訪れるとか、素敵な出会いをするとか。
まさかそんな、と半信半疑でいたが、王妃様が陰ながら協力していたり、アドバイスをしているとしたら、納得できる。
今回のような身分違い、歳の差、危険な職種と3拍子揃った俺が相手でも恋が報われるというわけか。
「でも1つだけ、王妃様でも私でもどうにもできない事はありましたわ」
「なんですか?」
「あなたの気持ちです。あなたが私に好意を寄せてくださらなければ、何をしても無駄ですもの。
ですから今日、ゼル様が少しでも私に好意を持ってくださっていることがわかって、これまでの準備は無駄ではなかったと、安心いたしました」
「俺……私は、初めてあなたが見学に訪れてからずっと、あなたを好ましく思っていました。
あなたが来て1番やる気が出ていたのは、私かもしれません。
あなたが見学から帰ると、次の日にはもう、早く会いたくて仕方なかった。
でもあなたはまだお若い。こんな婚期をとうに逃したような男など相応しくないと、想いを告げられずにいたのです」
「王妃様の親しくされているマリアンヌ様はご存知ですよね?」
話が変わったみたいだ。
「マリアンヌ様はご主人とかなり歳も離れていらっしゃって、ご主人は王城のコック長。持っているのは1代限りの爵位。
お互いに思いあっていながら、ご主人も、自分では相応しくないと二の足を踏んでいたところを、マリアンヌ様は王妃様と前王妃様に説得されて、自らアプローチしたそうですわ。
ゼル様。歳の差なんて、関係ないのです。
それに、あなたのお仕事についてもちゃんと理解しています。
身分の差など、贅沢をしなければそれなりの暮らしもできます。
これでもまだ何か問題があるというのなら、仰ってください」
鬼団長とまで呼ばれる俺が、こんな若い女性に言い負かされるなんて。
でも、彼女の言っていることに間違いはない。
怯えて想いも告げられずにいた俺よりも、シエル様の方が余程男前だ。
「こんなに想われて、これ以上問題などあるわけがありません。
シエル・アルディ伯爵令嬢、私、ゼル・クラウディウスと結婚していただけますか?」
そっと手を取り、指先にキスをしてプロポーズする。
シエル嬢の目にはみるみる涙が浮かび、何度も首を縦に振ってくれた。
少しして落ち着いた様子のシエル嬢は、スン、と鼻を鳴らして俺を見上げた。
「ゼル様はカーク・クラウディウス侯爵のご兄弟ですよね?私は花嫁修業は、侯爵家に行けばいいのでしょうか」
「家督は弟のカークに譲っていますが……私は今は独り暮らしなので、特に花嫁修業などはなさらないで、そのままのあなたで来てくださればいいです。
もし、気になるのであれば……そうですね、騎士団夫人会というものがありまして、月に一度ほどお茶会を行っているそうですから、そこで他の騎士の夫人にご挨拶してもいいかもしれません。意外と話が合うかもしれませんよ?
もし話が合わないようなら無理して出席する必要はないです。
夫人会はどうやら、夫への愚痴ばかりだそうですから」
苦笑いして言うと、シエル嬢はクスリと笑った。
「婚約申込書は、今日中にアルディ伯爵にお送りします」
「はい。あの……花嫁修業がないとなると、最低期間の1年間を待つ必要はなくなりますが、結婚はいつになさいますか?」
先程までの威勢が嘘のようにしおらしく、恥ずかしそうに尋ねてくる。
あまりの可愛さに、つい手が伸びて柔らかな頬に指先で触れてしまった。
いやいや。
シエル嬢の質問に答えなくては。
「シエル嬢はまだ在学中でしょう?卒業してからでも構いませんよ」
「あと2年、ですか……」
俺だって早く結婚したいし、早く子供も欲しい。
でも、まだシエル嬢に出産させるには危険が大きい。
「それなら1年後では?1年後なら王女様もご成婚なさる予定ですから」
「分かりました!寂しいですけど、1年間待ちますわ」
「私が非番の日には、デートにお誘いしますね」
「私も、これからも見学に参りますわ」
ニコニコ笑うシエル嬢の額にキスをして、私はシエル嬢を馬車まで送り届けた。
帰りの遅かった俺を騎士たちが散々にからかってきたので、模擬戦で全員コテンパンにしてやった。




