それは恋か強制力か
クロエ視点です
これは、愚かだった私の話。
正直、凄いイケメンだと思った。
ノエル様の専属執事のアインさん。
アルフォンス様もイケメンだけど、アインさんはキリリとしてて、少し冷たい雰囲気が抜群にカッコイイ。
でも私にはアルフォンス様という立派な婚約者がいますし。
その時はそんなに気にしなかったのですが、王城主催のパーティーで盛装したアインさんを見た瞬間、胸がドキンと音を立てた。
「クロエ?行くよ」
アルフォンス様に促されて、先にパーティー会場に入ります。
アインさんはこの間まで執事だった筈なのに、エスコートは完璧で、見ていて惚れ惚れしてしまいます。
ノエル様がご友人たちにご挨拶に行かれたのを見て、私も行こうかと思いましたが、手に軽食を載せたお皿を持ったままだったので、とりあえず食べきって、アルフォンス様に一言声をかけると、ノエル様たちの方へ向かいました。
でもその瞬間、ノエル様方がダンスを始めて、声をかける機会を失ってしまいました。
いえ、正直に言えば、見惚れていたのです、アインさんに。
アルフォンス様はどれだけ体つきがしっかりしていようとも、やはり年下。頼りないわけではありませんが、どこか、弟のように思っているのも確かです。
そうするうちに、アインさんは、ノエル様にダンスの申込みをしました。
つまりは、交際の申込みを。
嬉しそうなノエル様。
私も見ていて嬉しいです。
ノエル様がまた幸せそうになさっているのが、とても嬉しいのです。
それから数日して、アインさんは同じクラスに編入してきました。
制服姿もとてもよく似合っていて、クラスの令嬢方の視線を集めています。
でも皆さん、ノエル様と交際していることを知っているので、特に近寄ってきたりはしません。
そしてお昼時間。
それはなんとなくの思いつきでした。
食堂で一人でお弁当を食べると言ったアインさんを、私達のグループにお誘いしたのです。
なんででしょう。
皆さん唖然としてらっしゃいます。
もっと仲良くなるには、一緒に食事をするのが手っ取り早いと思ったのですが。
アインさんには、女性の中に一人男が混ざるのは良くない、と断られましたが、嫌ではないということですよね?
なので、3時のお茶会にお誘いしたら……アリアちゃんに厳しく咎められました。
婚約者がいる方が他の男性と仲良くするのはよくないということ、フリーの女性でも、ノエル様と交際しているアインさんとお茶をするのは外聞的によろしくないこと。
言われてみればその通りです。
私、どうしてしまったのでしょう。
ゲームの強制力?
そう思うと怖くなります。
でも、日を追うごとにアインさんと親しくなりたいという気持ちが大きくなります。
私にはアルフォンス様がいますから、これは恋ではありません。
ノエル様の素敵さを分かち合う仲間がほしいだけで……
でも、前世のようにちょっと近い距離で話したり、肩や腕に触ると、アインさんは迷惑そうにし、友人たちにも窘められました。
そうですわよね。
ここは前世ではなくセブプリの世界。
交際関係にもない男女が気軽くボディタッチなどはしてはいけないのです。
その時は納得するのですが、アインさんの近くに行くと、常識が頭から飛んでしまいます。
そこで初めて、私は気が付きました。
もしかして自分は、アインさんを好きなのではないか、と。
アルフォンス様に溺愛されて幸せな筈なのに、ノエル様を溺愛されているアインさんを見ていると、自分にも同じようにしてほしいと思ってしまうのです。
バース様に失恋して、すぐにアルフォンス様に恋をして、そして今またアインさんに恋をしている。
私はこんなにも、惚れっぽい性格だったでしょうか。
私とノエル様は親友。
ノエル様の恋人を略奪するわけには行きませんし、アルフォンス様のこともあります。
アルフォンス様のことも、ノエル様のことも裏切るなんて、そんな最低な真似は出来ません。
でも、アルフォンス様との婚約が解消になったら?
私はお父様に王族と婚約解消はできるのか、出来るのなら、それはどういった場合なのかをお聞きしました。
でも、どうやら余程のことがない限り、解消はできないようです。
諦めなきゃいけない。
分かっているのに、そう思うほど気持ちは暴走して、ハンバード家を訪れてデートに誘ってみたり、学園で親しげに話しかけたりを繰り返します。
アインさんが攻略対象者なのかはしりませんが、私はゲームの中ではヒロイン。
充分に可能性があるのでは、と段々思い始めました。
でも、物事はうまく行かないもので、私はアルフォンス様と一緒にミモザへ留学することが急遽決まりました。
アインさんに会えなくなるのが嫌で、色々と理由をつけて断ろうとしましたが、王妃様からの命令とあっては従わざるを得ません。
ミモザへ発つ日、みんなとハグをして別れました。
「一月に一度は手紙を書いてね?とても寂しくなるけれど、次に会うときには二人とも結婚しているのね」
無邪気にノエル様に言われて、初めて嫌悪を覚えました。
それがノエル様に対してなのか、自分自身に対してなのかはわかりません。
アインさんにも一歩近づきましたが、その分だけ離れられました。
きっと、ノエル様がいるから気を遣ったのでしょう。
だって、アインさんも私の事をジッと見つめていたのですもの。
「行こうか、クロエ」
まだ声変わり前のアルフォンス様。
決して嫌いになったわけではないのです。
むしろ今だって愛しています。
ただ、アルフォンス様よりも好きな方ができただけ。
私はミモザへ向かう途中も、着いてからも、何度もアインさんに手紙を送りました。
簡単ではありましたけれど、お返事をくださっているので、やはり私の事を憎からず思ってくれているようです。
でも、何通も何通も送っているうちに、お返事が来なくなりました。
もしかすると、ノエル様が裏で手を回して、私からの手紙が届かないようにしているのかもしれません。
私は頑張って紙鷹を使えるように魔法の訓練もしました。
紙鷹なら、ノエル様に邪魔されることなく本人の手元に手紙が届きますから。
アルフォンス様は、ミモザでも私が孤立しないように、とても気にかけてくれて、優しくしてくださいます。
でも、キスをされそうになった時、私は思わず避けてしまいました。
体調が悪くて、と誤魔化しましたが、そのときに私は気付いてしまったのです。
私は、アルフォンス様を弟のように見ているだけで、男性としては愛していない、と。
それからというもの、アルフォンス様の気遣いが私に重くのしかかり、クラスでも第二王子の婚約者という肩書がついて回るのに息苦しさを感じるようになりました。
だから、アインさんに、私を攫ってほしい、とお手紙を書いたのですが、お返事はアインさんからではなく、国王陛下直々のものと、お父様からの物でした。
どちらも、今後二度とアインさんに手紙を書くな、と言う内容で、私は自室に篭って涙を流しました。
私はアインさんを好きなだけなのに、どうしてこんな事になってしまったのでしょうか。
その後、アルフォンス様が興奮した面持ちで、ノエル様とアインさんの婚約が決まったと教えてくださいました。
結婚してしまっては、ますます手が届かなくなってしまいます。
今回の婚約披露パーティーに私は呼ばれていないのも納得できません。
きっとこれも、ノエル様がなにか言ったに違いありません。
そう思うと、これまでノエル様に向けていた親愛の情が、一気に黒く塗りつぶされて、憎しみに変わりました。
アルフォンス様が帰国の準備をしている間に、私は街へ出かけました。
特に目的があったわけではなく、気分転換です。
でも、出会いというのはあるもので、私は素敵なブローチを買うことができました。
身につけた者の体力を根こそぎ奪い、留金につけられた小さな針にはごく微量の毒が塗ってあるというブローチを。
ノエル様はかつては親友だった方。
殺すのはあまりに忍びないので、せめて生涯寝たきりになってくれれば、アインさんは遠慮なく私と結婚することができるのです。
私は、婚約披露パーティーに間にあうように荷物を送って、それからアインさんには、思いの丈をぶつけた手紙を送りました。
私達の間に余計な言葉は不要です。
私が会いたい、と言えば、アインさんにはすべてわかるはず。
その後、私が送ったブローチをなぜかアルフォンス様がプレゼントしてきました。
アルフォンス様にはきっと、私は邪魔なのでしょう。
でもそんな簡単には殺されません。
私は魔法の気配がする、とブローチの受取を拒否しました。
それから少しして、私とアルフォンス様はトリスに呼び戻されました。
とうとう!
とうとうアインさんと正式に交際できる日が来たのです。
私は王妃さまに呼び出されるまま、控室へと入りました。
でも、肝心のアインさんがいません。
お忙しいのでしょうか。
「クロエちゃん、あなた、なぜ自分がここに呼び出されたかわかる?」
なんだか、王妃様も前王妃様も、マリアンヌ様もピリピリしています。
一緒に来たお父様は終始顔色が悪く、お名前は忘れましたが、見たことのある公爵様もいらっしゃいます。
そこから、私への断罪が始まりました。
ノエル様の交際相手に付きまとったこと、アルフォンス様を裏切ったこと、ノエル様のお命を狙ったこと。
王妃様方は、すべてご存知でした。
私が昨日のうちに飛ばした紙鷹も、これまでのラブレターも全部この場に集められていました。
お父様には勘当され、私は一人見知らぬ場所で軟禁されることになりました。
でもなぜか、アルフォンス様は付いてくるとおっしゃいます。
「君は私からは逃げられない。これは、君が私と婚約したときから決まっていたことなんだよ」
不貞を働いていたとわかっているのにまだ私に執着するアルフォンス様に、恐怖さえ覚えました。
そして、ガックリと膝をついた私は無理矢理立たせられ、パーティーに参加することもなく、馬車に押し込まれて「白百合の塔」へと向かったのです。
その後のことは、あまりよく覚えていません。
ただ、ノエル様を除外しないと、とそればかりが頭を占めていました。
だって私は公式ヒロインなんです。
アインさんとのハッピーエンドルートに進んでもいいはずです。
一方のノエル様は悪役令嬢。
どちらがアインさんに相応しいかは一目瞭然。
そうして、白百合の塔を脱走して、ノエル様を手にかけようと決意した私は、国境を越える瞬間に石化しました。
突然変わった景色に驚きながらも、王妃様の言葉を思い出していました。
次にトリスに立ち入ろうとすれば、石化の罰を与えると言われていたことを。
今日も私をせっせと磨いてくれている男性に、私は声にならない声でこれまでのことを話しかけます。
自分が、どれだけ愚かだったのかを。
自らの手で大切なものをたくさん失ってしまったことを。
そして今日も、涙を流すのです。




