涙を流す石像
ジュリア視点です
ノエル結婚後の話になります
一月に一度訪れる、クロエちゃんの石像。
今日も、いつもの男の子、ユリウスくんがせっせと磨いています。
「王妃様!」
「ユリウスくん、ごきげんよう。今日も精が出るわね」
「好きでやっていることですから。
それよりも、ご相談したいことがあるのです。
最近、この方の石像が涙を流していて……このへん一帯の平民の間では何かの奇跡ではないかと噂になっているのです」
「涙を?」
とうとう、待っていた時が来たのかもしれません。
私はクロエちゃんの石像の胸に手を当てて、クロエちゃんの意識の中へ入り込みました。
石像の意識の中に入るのはとても難しく、私はまた王立図書館の秘蔵書庫で石化について書かれていた本をくまなく探して、やっと見つけた方法です。
『クロエちゃん、聞こえる?』
『王妃様?』
『あなたはなぜ、自分が石化したのか、分かってる?』
『はい。私にはアルフォンス様という婚約者がいながら、親友の恋人に想いを寄せ、あろうことか、その親友の命を狙ったのです。
私など人間失格。石化して当然ですわ』
どうやらクロエちゃんは理性を取り戻し、己のしたことを反省しているようです。
とはいえ、王族の命を狙った罪は、決して軽くはありません。
たとえノエルやアルが許しても、世間一般として殺害未遂は重い罪なのです。
ましてやそれが王族となれば、メリッサのように永久石化されるのが普通です。
それができない国であれば、極刑。
死ぬまで地下牢に閉じ込められるか、死刑です。
なので、クロエちゃんだけを許すわけにはいかないのです。
『クロエちゃん、反省している気持ちはとてもよくわかったけど、どうして正気に戻ったの?』
『ユリウスが毎日、こんな私をきれいに磨いてくれて、話しかけてくれたのです。
とてもありふれた平民の毎日の話でしたが、それを聞くうちに、前世での自分の暮らしを思い出しました。
どこにでもいるありふれた女子高生だったのが、貴族の令嬢として生まれ変わって、友人に恵まれ、アルフォンス様に愛されて、私は誤解してしまったのです。
もう、前世の私とは違う。公式ヒロインなのだから、みんなに愛されて当然だと。
今では、恥ずべき考えだったと、穴があったら入りたい気持ちです。
大切な幼馴染も、前世の友人も、婚約者も、家族も全て失って、初めて思ったのです。
多くを望まず、平凡な暮らしの中にこそ幸せはあったのだと。
後悔しても取り返しはつかず、今は私を思ってくれた人たちへの申し訳無さで涙が溢れるのです』
今のクロエちゃんなら、石化を解除しても大丈夫かもしれません。
問題は、罪が軽くなりすぎるという点です。
『クロエちゃん。あなたの気持ちはわかったわ。
また来るから、その時にもう少しお話しましょうね』
『王妃様。いつも来てくださってありがとうございます』
『いいのよ。じゃあね』
私は石像の胸から手を離すとゆっくり目を開けました。
「あの……王妃様?」
ユリウスくんが戸惑ったような顔をしています。
それもそうですわね。
突然石像に手を当てて黙りこんでしまったのですから。
「なんでもないのよ?ごめんなさいね。また来月来るわね。」
私は馬車に乗り込んで、これからクロエちゃんを何とかして罪を軽くしてあげる方法はないものかと考えました。
「おかえりなさいませ」
「マルコ、ティレーズ。ただ今戻りました。留守中に何か変わったことは?」
「王妃様のお仕事が増えたくらいです」
マルコが嫌味なほど冷静に答えます。
「この後、お義母様にお会いしたいのだけど」
「ご心配には及びませんわ。王妃様が3時のお茶の時間を返上すれば、晩餐前にはお時間が取れるでしょう」
「そんな!」
公務の間の唯一の楽しみ、3時のお茶の時間まで仕事をするなんて!
それだけは出来ません。
何としても、3時には甘いお菓子とお茶を頂きます!
私は執務室に戻ると、鬼のような素早さで緊急性の高い書類から処理をしていって、明日に回せるものは明日に回しました。
ぐぐー
お腹が鳴って、ハッと時計を見ると3時半。
そばに控えていたティレーズが笑いを堪えています。
「思いの外、王妃様が早く書類を処理なさったので、30分はお茶ができますわ」
やった!
ティレーズはいつの間に用意してくれていたのか、すぐにソファーセットにお茶とお菓子を並べてくれました。
「はー!やっぱり仕事の合間のお菓子の時間は至福ね」
「王妃様。それを言うならお茶の時間では」
「細かいことはいいのよ。エリク、最近お菓子作りの腕が上がってきたわね」
私が王太子妃教育で来ていたころよりも、今のほうが遥かにお菓子の種類が増え、美味しくなっています。
「デザート大好きな方が王族にいらっしゃいますからね」
あら。
私のせいということでしょうか。
でも、良い方に変わったのですから、問題なしです。
それからまた仕事をして、晩餐前の一時間、お義母様とお話する時間を作りました。
「どうしたの?ジュリアちゃん」
「実は、相談したいことがありまして。勝手ながらマリアンヌ様もお呼びしています」
それからすぐにマリアンヌ様も来られて、私たちは侍女を下がらせて部屋に篭りました。
「今日、毎月の場所に行って参りましたの」
私は、クロエちゃんの石像が涙を流していること、クロエちゃんの意識と話し、とても反省して後悔し、申し訳ないという思いでいることを伝えました。
「心からの反省でしたし、しっかり正気に戻っていました」
「それで?まさか、石化を解きたいなどと仰るわけではありませんよね?」
マリアンヌ様の厳しい表情に、私は俯きます。
「今すぐとは言いません。ただ、すでに勘当されている身。
せめて、平民の身で追放処分にまで軽減できないかと……」
「ジュリアちゃんの気持ちもわかるけれど……アルがああなったのはあの子のせいなのよ?」
「それでは、せめてアルに婚約者ができて幸せになったら、その時には罪を軽減していただけないでしょうか」
「ではこうしましょう。アルが新しく誰かを愛せたなら、その時は石化を解いて追放処分。
いいですわね?誰かを愛せたら、ですわよ」
アルが次の恋をして、結婚したいと思うほどその方のことを愛せるのは、一体何年後になるでしょう。
それでも、お義母様もマリアンヌ様もかなり譲歩してくださっています。
「ありがとうございます。そうですわよね。まずは、アルの復帰を願うべきでしたわね」
「クロエちゃんは幼い頃から王城でお茶会に参加していたし、同じ転生者ということであなたが気にかけるのもわかるわ。
でも、ノエルもアルも一歩間違えば命の危険に晒されていたのですからね。その事だけは忘れては駄目よ」
「はい。根本的なところを履き違えていました。
子どもたちの幸せが確立したのならその時こそ、クロエちゃんにも自分の道を見つけてほしいと思います」
アルフォンスが恋多き男性になった挙句、ノア様のように伴侶探しの旅に出て、数年戻らなくなるのはまだ何年も先の話。
その時の私は、そんなことはまったく考えていませんでした。
「さあ、晩餐にしましょう?ノエルたちも今頃、ロングアイランドで美味しいものを食べているかしらね?」
「マリアンヌ様。お屋敷にお戻りになってもお一人でしょう?
よろしければ、晩餐をご一緒しません?」
「よろしいのですか?家族の団欒ですのに」
「私たちは構わないわよ?」
お義母様にも言われて、今夜はマリアンヌ様も晩餐をご一緒することになりました。
「そう言えば、ノエルから紙鷹は来たかい?」
ノア様がソワソワと落ち着かない様子で聞いてきます。
「まだ新婚旅行へ行って1日ですのよ?私達だって、誰かに紙鷹をとばす余裕などなかったではないですか」
ノア様はその時のことを思い出したのか、少し赤くなって、それから青くなりました。
「ノエルはまだ子供だぞ!アインはノエルより2つ年上だと判明しているが、そんな不埒な行動はまだ早い!」
「お言葉ですが国王陛下。ノエルはもう我が家の子供です。
私が、早く孫の顔を見たいと許可を出しています」
あ、これ。
間違いなくマリアンヌ様面白がっていますわね。
ほら、ノア様が半泣きになってらっしゃる。
「私も早くひ孫の顔が見たいわぁ」
そこに乗っかってきたのがお義母様。
お義母様はお義父様やノア様を苛めるのが大好きなのです。
なんでも、普段は威厳に満ちた立ち居振る舞いをしているのを、それをぶち壊して身内の間だけになさけない姿を曝け出させたいのだとか。
ギャップが堪らないのだと仰っていましたわね。
でも私も、その気持ちが実は少しわかるようになってきたのです。
ノア様は国王に即位なされてから、いつも堂々として、放浪して、女生徒のおかずをつまみ食いしていた過去なんて、ちらりとも見せません。
それはそれで素敵だからいいのですけれど、ノエルの結婚式で半泣きになっていたり、子供たちが小さい頃に描いた絵をこっそり見てはニヤニヤしている姿も素敵なのです。
「ノア様?あのノエルとアインくんの子供ですわよ?
きっと、天使のように可愛いんでしょうねぇ」
「じ、ジュリアまで………!」
「どちらに似ても可愛いでしょうけど、どうせなら両方のいい所だけ持って生まれてきてほしいわね」
ノア様………
色々想像しているのでしょうけど、さっきから百面相になっていてとても楽しいですわ。
私は、ふふふ、と笑って食事を再開させました。




