初めての学園生活
アイン視点です
パーティーの翌々日。
俺は学園から届いた真新しい制服に身を包み、髪の乱れがないか、シワやヨレはないか、ホコリはついていないか、タイは曲がっていないかを鏡で確認する。
これはもう、執事時代の癖だ。
俺に付くことになった従者が一人いるけれど、元々執事だった俺は大抵のことは一人でやってしまって、マリアンヌ義母様に、使用人の仕事を奪ってはだめだと叱られた。
「それでは義父様、義母様、行って参ります」
「リラックスよ、アイン」
「はい」
従者と一緒に馬車に乗り込んで、学園へ向かう。
ノエル様を何度も送り迎えした学園。
でも俺が知っているのは学園のエントランスまで。
まずは職員室に行かなくては。
廊下を歩き始めると、後ろから呼び止められた。
「アイン様。おはようございます。制服姿もお似合いですわね。これから職員室へ?」
「ノエル様。おはようございます。ちょうど今職員室に向かっている途中です」
「そう………あのっ」
ノエル様が真っ赤な顔で目線を逸らす。
「が、学園のことで分からないことがあったらいつでも聞いて?」
「ありがとうございます」
「それと、あの……いいえ、やっぱりなんでもありませんわ」
そう言えば、俺は一昨日ノエル様を近いうちにデートにお誘いすると言っておきながら、手紙の一つも出していない。
しまった。
初っ端から下手を打ってしまった
「ノエル様。その、もし宜しければこの週末にでも出かけませんか?
もちろん、国王陛下を通して、改めて申込みをしますが」
「土曜日は護衛騎士団の訓練を見学に行くので空いていないのですけれど、日曜日なら空いていますわ」
「では、とっておきのデートスポットを探しておきますね」
「ありがとうございます。楽しみにしていますわ」
ノエル様は嬉しそうにおっしゃると、足取り軽やかに廊下を歩いていった。
担任に連れられて、いよいよ教室に入る。
俺にはこの学年に知り合いと呼べる男性は一人もいない。
うまく溶け込めるだろうか。
つい先日のパーティーでノエル様のエスコート役を務めて、告白までしたのだから、もしかすると嫉妬などをされるかもしれない。
いっそ、ノエル様方と一緒にいるべきか。
いや、それではなんの解決にもならない。
むしろ状況が悪化する。
俺と担任が教室に入ると、それまでのざわめきがピタリと止んだ。
軽く自己紹介をして、空いている席に座る。
講義の間はこれでいいとして、昼飯の時はどうするべきか。
とりあえず今日は一人で食うか。
決めてしまえば、もうスッキリしてしまった。
講義の内容は少し難しいが、執事教育で教わったことや、マリアンヌ義母様から教わったことばかりだ。
ついていけないほどじゃない。
でも、学年トップのノエル様の恋人になるのなら、それなりの成績を残さなければ。
俺は真剣に講義に聞き入った。
わからない所があれば、積極的に講師に聞きに行った。
そして昼休み。
俺はノエル様方にご挨拶だけして食堂に向かうことにした。
ちょうどノエル様方も移動されるところだったようで、廊下の邪魔にならない場所で挨拶を交わす。
「アイン様は食堂で食べますの?」
「ええ。義父が張り切って弁当を作ってきてくれたので、それを食べるつもりです」
「もし良かったら、私達とご一緒しません?」
クロエ嬢がとんでもないことを言い出す。
他の令嬢方もギョッとした顔でクロエ嬢を見ている。
「お気持ちはありがたいのですが、女性の中に一人だけ男が混ざるのも、外聞がよくありませんので」
「まぁ……そうなのですね。では3時のお茶会はいかがでしょう」
この方は、俺の言った意味を理解しているのだろうか。
「クロエ様。お昼休みもお茶会も、男性が一人だけ女性の中に混ざるということに問題があるのですわ。マリー様やティア様の婚約者の方も面白くないでしょうし、お相手のいないシエル様やルディ様は、王女様の恋人を狙っているのかと変な誤解をされかねませんし、同じくアイン様も、恋人がいながら他の女性とお茶をするなんて、と悪い評判が立ってしまいますわ」
アリア嬢が、少し苛ついた口調で言った。
ノエル様は心配そうになさっているし、他のご友人は戸惑っているご様子。
「アリア嬢、ありがとうございます。では、私はこのまま食堂に参りますので、また午後の講義で」
どうも、クロエ嬢は人の心の機微を読んだり、貴族としての男女の関係性というものをご理解されていないようだ。
大丈夫なのかと心配になるが、婚約者のアルフォンス様もついてらっしゃるし、なんとかなるのだろう。
失礼ながら、エドワード様のお相手は務まらないだろうな、と思った。
クロエ嬢は、王太子妃の器ではない。
そんなことを考えながら、食堂で一人弁当を食べていると、目の前の椅子に誰かが座った。
顔を上げて、俺は慌てて椅子からおりて膝をついた。
「エドワード殿下、アルフォンス殿下」
「大丈夫。楽にして?食事の途中だったんだろう?」
「ありがとうございます」
俺はとりあえず席に座り直した。
「どう?初日は。友達はできそうかい?」
「なかなか難しいですね。何しろ先日私がノエル様に交際を申し込んで了承していただいたばかりですし、私自体社交界デビューは先日のパーティーでしたから、皆様どのように接したらいいのか戸惑っていらっしゃるようです」
「何もなければ、このまま君とノエルは婚約するだろうしね。そういう意味では、君も王族みたいなものだ。いくらノエルが降嫁するとは言ってもね」
エドワード様の言葉にアルフォンス様も頷く。
「王族やその婚約者は、学園では孤立しやすいんだ。ああ、もちろん王族との関係を深めるつもり満々で寄ってくる学友はいるけどね」
「恥ずかしながら、こんな時どうしたらいいかわからないのです」
エドワード様は俺の言葉に優しく微笑んだ。
「移動教室のときや休み時間はノエルを呼んで二人になってもいいし、それ以外の昼休みや3時のお茶会は、私達と一緒にいよう」
「よろしいのですか?」
「もちろん。私たちも学園に友達がほとんどいないという点では君と同じだからね」
「誠にありがとうございます。
情けない話ですが、少し心細くもあったので、とても嬉しく思います」
エドワード様とアルフォンス様は柔らかく微笑んだ。
ああ、そういう表情、ノエル様にそっくりです。
兄妹揃って天使だ。
執事として働いていたときも良くしてもらったけど、この作り物じゃない、優しさから来る天使の笑顔はなかなかレアだ。
「今日はお弁当なんだね。もしかして、エリクのお手製?」
「はい。義父がとても張り切ってくれて。
自分の子供に自分が作った弁当をもたせることが夢だったそうです」
「羨ましいな。
そうだ。これからは私達の分も作るようにエリクにお願いしてくれないかい?代わりに私達からはお母様特製のデザートを用意するから」
「王妃様もお忙しいでしょうに……」
「大丈夫お母様はお菓子作りでストレス発散をしてるから」
「そういうことでしたら、本日義父が帰宅しましたらお願いしてみます」
「ありがとう、アイン」
午後からも講義に打ち込んで、あっという間に学園生活1日目が終わった。
帰りに花屋に寄って、ノエル様にお届けするよう手配することも忘れない。
ハンバード侯爵家に戻って、ラフな格好に着替えると、バイオリンと多国語のレッスンだ。
レッスンは曜日ごとに異なり、明日は領地運営についてお祖父様から教えていただく。
レッスンは厳しいが、ポアロ様の指導ほどではないし、何より義父様と義母様に恩返しをすることと、ノエル様に堂々とプロポーズする為だと思えば全く辛くない。
何事もなく終わった1日にホッとしつつ、眠りにつこうとしたが、何かが引っかかる。
喉に魚の小骨がひっかかったような………
その時頭に浮かんだのは、ノエル様のそばに寄り添うクロエ嬢の姿。
ほとんどノエル様しか見ていなかったから気付かなかったけど、自惚れでないなら、クロエ嬢は私と話している時、少し頬が赤らんでいたような。
自惚れならそれで良い。
でも、万が一違ったら……
思えばクロエ嬢は失恋した直後にアルフォンス様と婚約をしたとか。
ノエル様のように悲嘆に暮れていた時期もあるだろうが、それにしても早い気がする。
そしてアルフォンス様という婚約者がいながら、俺に対するあの反応。
もしかして、割と惚れっぽいのか?
俺はベッドから出ると義母様の部屋のドアをノックした。




