ダンスのお相手は一人だけ
アイン視点です
応接室でマリアンヌ義母様と話していると、ノックの音と共にメリーの声が聞こえた。
お茶の準備などをしてくれていたメイドがドアを開け、メリーとノエル様が入ってくる。
その姿を見て、俺は心臓が高鳴った。
ノエル様のお姿はこれまでずっと見てきたのに、思えばパーティー用に盛装をされているお姿を見るのは初めて。
物語に出てくる王女様そのままに、とても可憐で、且つ色気がある。
ヤバイ。
ノエル様のフェロモンで倒れそうだ。
それに比べて、俺は着なれない貴族の盛装。
ノエル様のエスコートをするのに、相応しくないんじゃないだろうか。
しかしノエル様は、どこに行っても恥ずかしくない貴公子と仰ってくださった。
それだけで、ほんの少し自信が湧いてくる。
マリアンヌ義母様が部屋を出ていき、俺はノエル様をエスコートしてホールの奥の扉へと向かった。
既に王族の皆さまがお揃いで、俺を見て優しく微笑んでくださる。
やがてファンファーレが鳴り、国王陛下と王妃様から順に中へと入っていった。
俺とノエル様は一番後。
ホールに入った俺とノエル様を見て、参加者達がざわついた。
ノエル様がバトン様以外の男性をエスコートにつけるのは初めて。
しかも、エスコート役は見たこともない男。
ざわついても仕方ない。
「アイン様。大丈夫、胸を張って」
小声でノエル様に言われ、俺はハッとして背筋を伸ばした。
いけない。
パーティーの参加者の方々の圧に飲まれるところだった。
国王陛下は挨拶を終えると、マリアンヌ義母様と俺を呼んだ。
「皆に知らせることが2つある。
1つ目は、すでに知っている者もいるかと思うが、半月ほど前娘のノエルが婚約を解消した。
理由は問わないでほしい。
次に、この度、マリアンヌ・ハンバード侯爵がここにいるアインを養子に迎えた。
ここにハンバード侯爵家の今後の発展を祝おう」
マリアンヌ義母様と一緒に貴族の礼をすると、会場内に拍手が沸き起こった。
マリアンヌ義母様に目配せされ、ノエル様の元へ戻る。
ノエル様はニコニコしてらっしゃるから、きっとちゃんと挨拶ができてたんだろう。
ホッと息をつく。
やがて楽団の演奏が始まると、陛下と王妃様がダンスを始めた。
続いて、エドワード様とアルフォンス様もダンスを始める。
高位貴族が踊り始めたのを見て、ノエル様が俺の方を向いた。
「一緒に踊ってくださる?」
「もちろん」
ホールの真ん中へ行き、ダンスを始める。
今まで幾度となくお相手をしてきたノエル様とのダンス。
互いの癖も呼吸も、知り尽くしている。
「とってもお上手よ、アイン様」
「練習の成果ですね」
小声で話しながら踊っている間に、1曲目が終わった。
ホールの隅に移動する俺達にワラワラと寄ってくる、ご子息や令嬢を連れた貴族の方々。
「アイン様。私はブリリアント伯爵家のエリオット・ブリリアントと申します。以後お見知りおきを。
よろしければ、我が娘エルザのダンスのお相手をお願いできないでしょうか」
「失礼。私はロングナード侯爵家のハルク・ロングナードと申します。ダンスのお相手は、ぜひ娘のエリアに」
ハンバード侯爵家は王族と仲の良い高位貴族。
取り入りたいのだろう。
「申し訳ございません。私は本日、ノエル王女殿下のエスコートをしております。
他のご令嬢とダンスをするのは、控えさせて頂きたいのです」
「ご心配なく。王女殿下のダンスのお相手は、私がさせて頂きます。
ノエル王女、私と踊っていただけませんか?」
貴族の子息がノエル様にダンスの申込みをする。
マリアンヌ義母様の話だと、交際の申込みに値するという話だったが。
「ごめんなさい。先程踊ったばかりでまだ疲れておりますの。他の方をお誘いになっては?」
ノエル様が断ると、次の男が出てくる。
「ノエル王女。お疲れでしたらご一緒にデザートを食べた後に、私のお相手をして頂けませんか?」
「ヨーク様。あなたとダンスをしたい令嬢がたくさんいらっしゃるようですわ。その方々のお相手をなさってあげてくださいな」
アイン様、ノエル王女。
お互い次々に声をかけられる。
「皆さま、申し訳がありませんが、これから私と親しくしている友人にアイン様をご紹介する予定ですので、申し訳ないのですが、これで失礼致しますわ」
ノエル様の言葉に、俺はサッとノエル様をエスコートして、ご友人方のところへ向かう。
流石にそれでも、と追いかけてくる猛者はいないようだ。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、ノエル様」
「アイン様もご無沙汰しておりますわ」
「こちらこそご無沙汰しております。皆様とてもドレスがお似合いですね」
夏の離宮に一緒に行った令嬢方にご挨拶をする。
「アイン様もとてもよくお似合いでしてよ」
「本当に。お相手のいない令嬢方の目が怖いくらいですわ」
「皆様お上手ですね」
流石に苦笑する。
「ルディちゃん、マイク殿下がこちらに近づいてきますわ。作戦通りに参りましょう」
ノエル様のいう作戦、というのが何かはわからないけれど、マイク殿下がご挨拶に来られた為、私は最上級の礼をとる。
ロングアイランドのマイク殿下とミモザのツェペリ殿下は留学中は王城内に住まわれているので、俺のことを見知っている。
「アイン殿。もう立派な貴族ですね」
嫌味でもなく本気で褒めてくれているようだ。
「マイク殿下にそう言って頂けるとは光栄です」
そこに、遅れを取ったとばかりにミモザのツェペリ殿下もやってくる。
「まさか君がハンバード侯爵家の養子になってノエル様のエスコートを務めるとはね」
こちらは少し嫌味が感じられる。
「はい。私には身に余る幸せに存じます」
「ツェペリ殿下。先程お母様が挨拶をしたいと申しておりましたけれど、既にご挨拶はされましたの?」
「王妃様が?いえ、まだご挨拶はしておりません。
失礼ですが、王妃様の元へ行って参ります」
ツェペリ殿下が去り、残ったのはノエル様のご友人のシエル嬢とルディア嬢、マリー嬢とティア嬢とそのエスコートをされている方のみ。
「皆様。せっかくですし、ダンスをいたしましょう?」
「私とシエル様はお相手がおりませんので、遠慮させていただきますわ」
ルディア嬢が断りを入れると、シエル嬢は料理を取ってくる、とその場を離れました。
「マイク殿下。少しの間ルディア様をお願いいたしますわ」
「お美しい令嬢のお相手なら、いつでも歓迎ですよ」
ノエル様とマイク殿下の間で話がまとまって、俺達と他のご令嬢方はダンスをするために移動した。
踊りながらも、ノエル様はチラチラルディア嬢の様子を見ている。
「ノエル様、何か気になることでも?」
「ルディちゃんはマイク殿下の事がお好きなのですわ。
二人でお話をなさって、少しでも距離が縮まるといいのですけれど」
なるほど。
それでご友人の皆様方はルディア嬢を一人残したのか。
チラリとお二人の方を見ると、親しげにお話してらっしゃる。
これは、割といい傾向なんじゃないか?
「それにしても、私もアイン様もダンスの申込みが凄いことになっていますわね。お断りするのも一苦労だわ。
アイン様は、いいと思う令嬢がいらっしゃったら、ダンスをしても構わないのよ?」
「いえ。今日エスコートさせて頂いている方以上に素敵だと思うご令嬢はいませんから」
「まぁ………その、アイン様は本当に褒めるのがお上手ね」
ノエル様の頬が赤く染まっている。
少しは俺のことを異性として意識してくれているのだろうか。
「私がダンスをしたいと思う方は、お一人だけですよ」
耳元で囁くと、ノエル様は耳まで赤くなった。
ちょうど曲が終わって、ノエル様は料理を取ってくる、と逃げるように行ってしまった。
これは……拒否されたのだろうか。
戸惑っていると、マリアンヌ義母様が隣に来た。
「あなた達、ダンスの息もぴったりだし、なんだかいい雰囲気じゃない。
アイン。この際だから、ノエル様にダンスの申込みをしてみなさい」
「え、ですが……」
男性からのダンスの申込みは、一度なら交際の申込み。
私から交際を申し込まれても、ノエル様を困らせてしまうのではないだろうか。
「そんな不安そうな顔しない!絶対大丈夫だから、当たって砕ける覚悟でいきなさい!骨は拾ってあげるわ」
義母様、砕け散ること前提ではないですか……
でも、どうせいつかはしなければならないこと。
ライバルが多い今、早く申し込まなければ、他の男に奪われるかもしれない。
俺は料理を食べているノエル様に近付くと、他の男を威嚇しつつ、声をかけた。
「おいしいですか?」
「アイン様!え、ええ。おいしいわ。あなたも少し食べたら?」
「そうですね、義父様の作った料理ですし、少し頂きます」
俺は料理を皿に取り分けて、一口食べた。
やっぱり、義父様の料理は美味しい。
初めて食べさせてもらったあの日から、少しも変わらない。
「エリクの料理は本当に美味しいわね」
「ええ。自慢の義父です」
俺は食べ終わった皿をテーブルに置くと、すでに食べ終わっていたノエル様の手を取った。
「ノエル様。私と踊っていただけませんか?」
ノエル様がピタリと固まる。
やはり、まだ時期が早すぎただろうか。
せめて学園に編入してもう少し打ち解けてからのほうが良かっただろうか。
「アイン様。その、男性からのダンスの申込みの意味はご存知でいらっしゃる?」
「ええ。義母様から教わっています。その上でのお誘いなのですが、やはり駄目でしょうか」
「だ、駄目なんかじゃないわ。あなたが意味を知っていて誘ってくださっているなら………謹んでお受けいたしますわ」
自分の耳が信じられなかった。
まさか、本当にOKしてもらえるなんて。
周りで聞き耳を立てていたらしい貴族たちがざわめく。
俺はノエル様の手の甲にキスを落として、ホールの真ん中へ誘った。
ノエル様の顔はずっと赤いままだ。
「あの、アイン様?つい先日までバトン様のことを好きだったのに、もうあなたからの申し込みを受ける私のことを、軽い女だと思われる?まだ傷が癒えていないのにあなたとお付き合いをする私を」
「いいえ、ちっとも。あなたがずっと苦しんでいたことは、私が一番良く存じておりますから」
「そう。よかった……」
曲が終わりに近づいた頃、わたしはノエル様に言った。
「今日は、2回続けてのダンスの申込みは遠慮しておきますね。
さすがに陛下もいい顔をなさらないでしょうし。
ノエル様も心の準備が必要でしょうから」
「ありがとう、アイン様。そう言ってもらえると助かるわ」
「今度、デートにお誘いしても?」
「えっ、あっ、はい……」
可愛い。
真っ赤になって戸惑っているノエル様は、この上なく可愛い。
ダンスが終わると、私はそっとノエル様の旋毛にキスをして離れた。
「ここは騒がしいですし、バルコニーへ行きませんか?」
ノエル様をお誘いすると、真っ赤な顔のまま頷かれた。
バルコニーで夜の風に当たっていると、ノエル様は俺に尋ねた。
「アイン様は、本当に私でよろしいの?」
「先程も申し上げた通り、私がダンスをしたいと思う方はあなた一人ですよ。むしろ、あなたでだめな理由が見つかりません」
「でも私は、バトン様に振られるような女よ?」
「あれは、特別です」
「あなたも学園に通うようになったら、他の令嬢に目が行くかもしれないわ」
ああ、やはりバトン様の残した傷は大きい。
「どれだけ素敵な令嬢がいたとしても、私の心は変わりませんし、むしろノエル様が私でよかったのかとそちらの方が不安です」
「私は……あなたの優しさを知っているもの。常に私のそばで私を支えてくれたのは、あなただもの」
俺はちょっと笑って答えた。
「ノエル様が泣いていたり、傷ついていたりした時にお慰めするのは私だけに許された特権でしたからね」
「ふふっ」
バルコニーで語らっている間に、パーティーは終わった。
ずっとアルフォンス様と一緒におられたクロエ嬢が一度もノエル様に挨拶に来なかったことはどうなのかと思うけれど、ノエル様が気にしてらっしゃらないようなので、俺もそれ以上は考えるのをやめた。
「では週明け、学園で」
「ええ。楽しみにしているわ」
俺は名残惜しさを感じながらも義母様と一緒に屋敷へ帰った。




