噂話と貴公子と
ノエル視点です
学園を二週間お休みして、今日は久々の登校です。
「ごきげんよう、ノエル様。体調はもうよろしいのですか?」
「ええ。ご心配おかけしましたが、もう大丈夫ですわ」
クラスメイトから次々にかけられる同じセリフに、これまた同じセリフを返していく。
「ノエル様!」
シエルちゃんに声をかけられてそちらを見ると、私の親友達が集まっていました。
「侵入者のお話、聞きましたわ。怖い思いをなさいましたわね」
アリアちゃんがいいます。
これはあまり表沙汰になっていない出来事のはずですのに、アリアちゃんは一体どこから情報を得ているのでしょう。不思議です。
もし、王城内で働いている人間が話したのだとしたら、情報漏洩です。
それは、使用人として絶対にしてはならないこと。
帰ったらお母様に紙鷹でお知らせしておきましょう。
「こんなことを言ってはいけないのかもしれませんけれど、二人揃って勘当なんて、いい気味ですわ」
アリアちゃんは、お相手のアリスさんが勘当されたことも知っているようです。
「アリア様。随分お詳しいですわね」
「4年生のフロアに行ったら、アリス様から勘当を取り消すように両親にとりなしてほしいと頼まれた、という先輩がいて、その話をしてらっしゃったんです」
「まぁ……」
「その先輩は、アリス様がノエル様の婚約者にベタベタされているのを快く思っていなかったそうで、何度注意してもやめなかったのに、こんな時だけ図々しい、と一蹴したらしいですわ」
アリア様が鼻で笑いながら続けます。
「勘当された者同士、平民として暮せばいいのですわ。
平民だって、そんなに悪い暮らしではありませんのよ?
まぁ、収入を得るための何かを身につけているかは存じませんけど」
アリア様は突き放すようにおっしゃいました。
もう二度とお会いすることもないし、戻ってきてほしいとも思いませんけれど、長年お慕いしてきた方。
今でも心の隅には楽しかった思い出が眠っています。
バトン様は貴族としては一流でしたけれど、平民として暮らしていくことができるとは思えません。
それでもせめて、幸せにはなってほしいと思います。
私との婚約を破談にした責任として。
アインが正式にマリアンヌおば様の養子になった翌日。
お昼休みに、私はアイン様がマリアンヌおば様の養子になった話を皆さんにしました。
「では、パーティーではアイン様のエスコートで?」
「ええ。アイン様がわざわざエスコート役を申し出てくださいましたので。
それと、パーティーで正式にハンバード家の子息としてお披露目が終わったら、私達と同じクラスに編入してくる予定ですわ」
「まぁ……ノエル様、良かったですわね。
では、ダンスもアイン様と?」
「ええ。そのつもりですわ」
「アイン様は見た目の良い方ですから、編入してきたら一気に人気が出そうですわね」
確かに。
アイン様は中々整った顔立ち。
しかも、体付きも程よく精悍です。
執事の仕事で培った礼儀正しさも持ち合わせています。
アイン様も、いつかは誰かと恋をするのでしょうか。
胸の奥が、チクンと痛みました。
これはあれでしょうか。
育てていたペットが貰われていくときのような感覚なのでしょうか。
少し自分の気持ちに戸惑っていると、私達がランチをしていた場所から垣根を挟んだ向こう側から、話し声が聞こえてきました。
「なんでも精神を病んでらっしゃるとか。退学は療養のためと伺いましたわ」
「あら、私が聞いたのは、自分より弱い方への暴力がひどくて、それを聞いた国王陛下と王妃様が婚約を破棄され、勘当されたという話ですわ」
「どういうことでしょう。私が聞いたのは、幼い子供しか愛せない特殊な嗜好の持ち主だから、というものですけれど」
おそらくこれは、バトン様の噂話でしょう。
令嬢たちは垣根のこちら側に私達がいることに気づかず話し続けます。
「でもほら、例の方も退学されたでしょう?」
「ご実家に無理矢理連れ戻されたらしいですわね」
「なんでも、奥方を昔に亡くされた男性との縁談が決まったとか」
「まぁ!でも私が聞いた話とは違いますわね。
私は、学費が払えなくなったからと……」
「ヘラ様のお話だと、勘当されたのでとりなしてほしいと頼まれたそうですから、例のあの方への態度が問題視されたのではないかしら」
私はブルッと身震いしました。
「噂話とは、怖いものなのですね」
「ええ。ひとり歩きする間に尾ひれや背びれがつくので手に負えなくなるのですわ。
ちなみに私は、『とんでもない性的嗜好の持ち主らしい』と4年生のフロアでポロリと洩らしただけですわよ?」
「たったそれだけで、こんなにも……」
私は噂の恐ろしさを知り、自分の立場をよく理解して変な噂を立てられないようにしようと心に決めました。
下校するとき、シエルちゃんが私が休んでいた分の授業のノートを渡してくれました。
忘れてましたわ!
シエルちゃんにお伝えすることがありましたのに。
「シエルちゃん。明日はパーティーがあるので難しいですが、次の週末なら騎士団の訓練を見学に行ってもいいと許可が出ましたわ」
「本当ですの?!嬉しい……ノエル様、何かと大変でしたでしょうに、私のことを気遣ってくださりありがとうございます」
「マリアンヌおば様のアドバイスは覚えてらっしゃる?」
「ええ、もちろん!何度も頭の中でシミュレートしましたから」
シエルちゃん。
時間はかかるかもしれませんが、うまくいくといいですね。
騎士団長のゼルは私も何度かお会いしていますが、とても良い方なので、是非是非うまく行ってほしいです。
私たちはまた明日、とそれぞれの馬車に乗り込んで学園を出ました。
ハンバード家に居候している私と、マリアンヌおば様にマナーや勉強を教えてもらっているアリア様は同じ馬車で帰ります。
「メリー。アイン様が執事をやめてしまって、寂しいのではなくて?」
短い間でしたが、メリーとアイン様は私専属として二人で頑張ってくれていたのです。
仲間が抜けるのは、やはり寂しいのではないでしょうか。
「確かに若干の寂しさはありますが、仲間の幸せは喜ばなくてはいけませんし、元々、私だけでお世話をさせていただいていたのですから、もとに戻るだけです。
でもお会いしたときにうっかり呼び捨てないように気をつけないといけませんわね」
「ふふっ、そうね」
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翌日。
王城の工事も無事終わって、今日はいよいよ王族主催パーティーの日です。
私が初めて、バトン様以外の男性にエスコートされる日。
周囲の方は、やはり好奇の目でご覧になるでしょうか。
「今日も、ノエル様が誰よりお美しいと皆さまが思われるように、お支度させていただきますわ」
「そんな……私は一番じゃなくていいのに」
気合の入ったメリーの言葉に苦笑します。
「婚約解消は出席なさる皆さまが知ります。
そうなれば、ここぞとばかりに名乗りをあげる方々が出てくるでしょうから、今日のパーティーは縁談と同じなのですわ!」
「縁談だなんて……」
まだ、バトン様から受けた傷も癒えていないのに、次のお相手を探さないといけないなんて。
気持ちがますます重くなりました。
その時、コンコンコンとノックの音がし、メイドが顔を出しました。
「ハンバード侯爵家のマリアンヌ様、アイン様が到着されました。お支度にまだお時間がかかるようなら、待つのでゆっくりで構わないとおっしゃっていますが、いかが致しましょう」
髪型とメイクは終わっています。
後はドレスを着て、装飾具を身につけるだけ。
「メリー。少しだけお待ちいただいたほうが良さそうね」
「そうですわね。お着替えをなさっている姿をお見せするわけにも参りませんし」
「では、応接室でお待ちいただくようお伝えして参ります」
「ありがとう、お願いね?」
メイドが出ていくと、お母様が今日の為に作らせたドレスを、メリーが持ってきました。
腰から裾にかけて青のグラデーションが入ったドレス。
胸元には所々に深みのあるグリーンが散りばめられています。
ネックレスとイヤリングの色もグリーン。
ああ。
どこかで見覚えのある色だと思ったら、このグリーンはアイン様の瞳の色と同じです。
ドレスの青は、アイン様の髪色と同じ。
タイとリボンは別の色でしょうが、これではまるで、私とアイン様が特別な関係だと思われてしまいそうです。
そうなれば、アイン様の出会いが減ってしまいます。
でも今更ドレスの変更は出来ません。
私は大人しくドレスを着せられて、ネックレスを付けてもらいました。
「ノエル様……また少しお胸が大きくなられたのでは?」
「ええ。復学してから少し学園の制服の胸元がキツくて。大丈夫かしら。下品な感じになっていない?」
「問題ありませんわ。むしろフェロモンが出ているくらいです」
「大袈裟ね」
メリーに苦笑すると、私はアイン様の待つ応接室へと向かいました。
軽くノックをして、メリーが中に声をかけます。
「お待たせいたしました」
ドアを開けてもらい中に入った私は、思わず目を見開きました。
そこにはいつもお美しいマリアンヌおば様と、完璧に貴公子になったアイン様がいらっしゃいました。
「おまたせして申し訳ございません」
「いいのよ。ちょうどこの子に王族入場の際のエスコートの仕方を教えていたから」
招待客の皆様は正面のドアから入りますが、私達王族はファンファーレと共に奥のドアから入室します。
「ノエル様、とてもよくお似合いです。お綺麗ですね」
「ありがとう。アイン様もよく似合ってらっしゃいますわ」
「そうですか?自分ではなんだか服に負けている気がしているのですが」
「そんなことないわ。あなたはどこにいっても恥ずかしくないほどの貴公子よ」
「ノエル様にそう仰っていただけると安心致します」
私達の様子をニコニコと眺めていたマリアンヌおば様は、さて、と立ち上がりました。
「私は正面ドアへ向かうわ。アインはノエル様と一緒に奥のドアの方へ向かいなさい。
そろそろ時間よ」
「はい」
マリアンヌおば様が退室すると、私は頬が赤らむのを感じながら、アインに声をかけました。
「じ、じゃあ行きましょうか」
「はい。ノエル様、お手を」
ホールへ向かう間もエスコートしてくださるようです。
アインとは何回もダンスレッスンをしたからでしょうか。
エスコートされていてもなんの違和感もありません。
ホールの奥のドアの前へ行くと、お父様とお母様、お兄様とエリザベス様、アルとクロちゃんが来ていました。
私たちは一番後ろに並びます。
王族入場のファンファーレが鳴らされ、私たちはゆっくりとホールの中へと足を踏み入れました。




