アインの決意
アイン視点です
ノエル様がご友人と夏の離宮に行くことになった。
行きの馬車ではやけに褒められたり、ちょっと居心地が悪かった。
その晩、枕を投げ合う遊びで疲れたのか、ベッドルームはいつしか静かになり、少ししてノエル様とクロエ様がランプを持って廊下に出てきた。
トイレだろうとは思ったが、万が一何か起こってはいけないと、気づかれない程度の距離を開けて、気配を隠して2階のゲストルームまでお供した。
「ノエル様は次のパーティーではどなたをエスコート役に致しますの?」
クロエ様の質問に、俺は舌打ちしたくなった。
後ろ姿だから表情は見えないけど、きっと悲しそうな、少し困った顔をしてらっしゃるだろう。
王族故に出席しなければいけないパーティー。
でも、ノエル様をエスコート出来る方は身近にはいない。
それなら、いっそアルフォンス様がクロエ様のエスコートをおりて、クロエ様がお父上と、アルフォンス様がノエル様をエスコートしたらいいのに、と思うが、クロエ様はそこまで頭は回らないらしい。
エスコートもなくお一人で出席されることは、どれほど屈辱的で惨めだろうか。
ノエル様の心中をお察しして、俺は苦しくなった。
やがて二人がベッドルームへ戻り、俺は密かに中庭に出てみた。
もしかしたら、ランプの揺れる灯りが見えるかもしれないと思ったから。
しばらく待ってみたがベッドルームは皆様お休みになられたようで暗いまま。
安心して部屋へ戻ろうとした時、2階のゲストルームがほんのりと明るいことに気がついた。
よく目を凝らさなければ分からないほどの灯り。
間違いない。
ノエル様はあそこにいる。
きっとお一人で泣いていらっしゃる。
確信めいたものがあり、俺は急いでゲストルームへ向かった。
トントトントン、とノックすると、少ししてドアが開いた。
「アイン……どうしてここに」
「ノエル様が泣いていらっしゃる気がして」
目元が赤くなっているのを見て、俺の予想は外れていなかったと思った。
俺の適当な鼻歌に合わせて、二人で薄暗がりの中ダンスをする。
ノエル様が辛い夜にはこうしてダンスをするのが習慣になってしまった。
「今度のパーティーでは誰ともダンスをしないというのに、滑稽よね」
ノエル様が自嘲される。
それがとても痛々しくて。
「ノエル様……それでは、もしも私がパーティーに参加したなら、私と踊ってくださいますか?」
私がマリアンヌ様の養子になって、パーティーに参加したら。
ノエル様は俺からのダンスの申込みを受け入れてくださるだろうか。
「そうね。アインがいてくれるなら……エスコートのお願いもダンスのお相手もお願いできるのにね」
俺がマリアンヌ様の養子になりさえすれば、ノエル様はパーティーで辛い思いをせずに済む。
これまでのようにノエル様のおそば近くにいることが叶わなくなることは辛いが……
「ノエル様。仮に私がノエル様の専属の執事ではなくなって、私達の関係が少し変わるとしたら、ノエル様はやはりお嫌ですか?
今のままの関係を望まれますか?」
「とても寂しいけれど、あなたの新しい人生を応援するわ」
呆気なく問題ないと言われるか、今のままを望まれるのかどちらかだと思っていたから、ノエル様の言葉に俺の心が揺らいだ。
寂しく思ってくださる。
でも、新しい人生を応援してくださる。
「そう、ですか……」
俺はノエル様の髪をいつものようにそっと撫でた。
フワフワで艷やかな、柔らかな髪。
俺は撫でながら決意した。
自分がどうしたいのか、どうするべきかの答えが出た。
……………………………………………………………………
王城へ戻ってから、バトン様が侵入するという事件が起こり、それ以来ノエル様の元気がない。
今でもまだお好きだから辛いのか。
屈辱に苛まれていらっしゃるのか。
俺にはわからない。
王城の工事の為にマリアンヌ様のお屋敷に居候させて頂いた時、俺はマリアンヌ様に先日の提案の答えをお伝えした。
「養子にして頂けるというお話、お受けしようと思います」
このまま専属執事でいても、ノエル様はどこかの男の家に降嫁されてしまう。
俺がハンバード家の養子になったからといって、ノエル様に選んでいただけるかは分からないが、可能性はゼロではなくなる。
何より、今度のパーティーでノエル様が恥をかかなくて済む。
「正式な養子縁組は、次のパーティーまでに間にあいますか?」
「安心して。間にあわせてみせるわ。あなたの身分を証明する書類も、先日見つかったのよ」
「え………」
ロングアイランドを出る直前に奪われた身分証明書。
それが今更みつかるなんて。
「中央広場で石化していた少年が持っていたのよ。それが先日騎士団に届けられてね、あなたのものじゃないか、と王城に届けられたらしいわ。
あなたのお父様の名前はパリス。お母様の名前はエリーで間違いない?」
「はい……!間違いなく両親の名前です」
流行り病で呆気なく逝ってしまった両親。
その顔が思い出される。
「あなたは商人の家の出だったのね。読み書きや計算ができるし、頭の回転も早いから、普通の平民ではないだろうとは思っていたのよ」
懐かしい両親との生活。
そんな俺を見て、マリアンヌ様は心配そうに尋ねられた。
「やっぱり、本当のご両親のことを思うと、養子にくるのは嫌かしら」
「いえ。両親とはしっかり別れは済ませましたし、ハンバード家の養子にして頂くことは、もう決心したことですから」
「そう……エリクがきっと喜ぶわ。あの人、あなたをひと目見たときから気に入っていたから」
「エリクさんが?」
「ええ。あの人、料理を美味しそうに食べる人が大好きなのよ」
「嬉しいです」
思えば、エリクさんは最初から俺にとても優しくしてくれた。
マリアンヌ様は俺の命を助けてくれた。
「お二人には、必ず恩返しをします」
「親子になるんだから、そんなこと気にしなくていいのよ。
それより、これからは侯爵家の後継として、領地の運営や王城での仕事について覚えなくてはね。あなたが後を継ぐまでまだ時間はたっぷりあるから、しっかり覚えていきましょうね。
学園への編入手続きもしておいたわ。本来の年齢より2学年下のノエル様と同じ学年よ。
両親には私から話を通してあるし、両親もとても喜んでいるから、これからは家族として仲良くしていきましょう?」
「はい。頑張ります」
「それと、あなたのパーティー用の服や普段着を何着か用意しなければね。
最近みるみるうちに背が伸びているから、少し大きめのものも用意しておきましょう。
とりあえずは今度のパーティー用の服ね。
ノエル様とお揃いのタイを付けるのは流石にまだ早いと思うから、今回はあなたに似合う色のタイにしましょう」
「お揃いのタイには、何か意味があるのですか?」
「恋人同士が、お揃いのタイとリボンを付けるのよ」
恋人同士、と聞いて一気に顔が熱くなる。
俺とノエル様の関係はそんなんじゃない。
そりゃ、いつかはそんな関係になれたらとは思うけど。
「それから、男性からのダンスの申込みは、1回なら交際の申込み、2回連続ならプロポーズになるから、気をつけてね。
他の男性に横から攫われないように、うまくノエル様を連れ回すのよ?」
「分かりました」
他の男になんて触れさせたくない。
度量が狭いと思われても、嫌なものは仕方ない。
「そうと決まれば、今から早速養子縁組の手続きをしてくるわ。
あなたは、陛下が王城へ戻り次第、退職の話をなさい。
たぶん、ジュリア様から陛下にはお話が通っていると思うけど」
知らない間に、養子縁組の話は動き出していたようだ。
こういうのを、外堀を埋められるというのだろうか。
でも不思議と嫌な気持ちはしなかった。
マリアンヌ様は本当に最速で養子縁組の手続きを済ませたらしく、5日後には俺は「アイン・ハンバード」になっていた。
どうやら、王城で執事をしていたことによる信用と、身分証明書が見つかったこと、予めいつでも養子縁組出来るように各種書類に記入済だったことが決め手らしい。
「さあ、アイン。パーティーまであと2日よ?
早めにノエル様にエスコート役の申し出をしてらっしゃい」
マリアンヌ、義母様の用意してくれた貴族の普段着に着替えて、俺はノエル様のいる部屋をノックした。
「どなた?」
「ノエル様、アインでございます」
すぐにドアが開けられて、ノエル様は驚いたように俺を見た。
「まぁ!アイン。そんな服を着てどうしたの?」
「………似合いませんか?」
「いいえ。とてもよく似合っているわ。そうしていると貴族のご子息みたいね」
「本日、マリアンヌ様とエリクさんの養子として、ハンバード家の籍に入ったのです」
「マリアンヌおばさまの子供に?
では、この間夏の離宮で言っていた、関係が変わっても、というのはこのことだったのね。
良かったわね、アイン。きっと幸せになれるわ」
ノエル様はそう言ってから、ふと口元を手で押さえた。
「ああ、これからはアイン様、とお呼びするべきね。
王立学園には通うの?」
「はい。マリアンヌ義母様が手配して下さって、来週から編入する予定です。
ノエル様と同じ学年になりますので、よろしくお願いします」
「まぁ!同じ学年ということは同じクラスね。とても楽しみだわ。学園のことや勉強でわからないことがあったらいつでも聞いてね」
「ありがとうございます。
あの、それでですね、お訪ねしたのは別の用件なのです」
「あら、何かしら」
「2日後に開催されるパーティーで、あなたのエスコートをさせていただけませんか?」
ノエル様が目を見開いて固まりました。
「アイン様。あなたまさか、私のエスコートをする為だけにマリアンヌおばさまの養子になったわけではないわよね?」
「いえ、違います。これは、私のためです」
マリアンヌ義母様とエリク義父様への恩返し。
それと何より、いつかノエル様に相応しい男になって、プロポーズをする為。
「あの、それで……エスコートはさせていただけますか?」
「あっ!ええ、もちろんよ。私からお願いしたいくらいだわ」
「ありがとうございます」
「アイン様のダンスレッスンの成果も示せるわね」
その言葉に俺は苦笑した。
ノエル様はわかっているのだろうか。
「私がダンスをしたいお相手は、ノエル様だけですよ」
「でもきっと、他のご令嬢から誘われるわ」
「その時にはお断りします」
「アイン様ったら」
ノエル様はクスクスと笑われた。
ノエル様が笑う姿は久しぶりに見た。
やはり、お可愛らしい。
「当日は、どうぞよろしくお願いします」
俺はそう言うと、ノエル様の髪を一筋掬って、そっとキスをした。
ノエル様がわかりやすく赤くなる。
少しは、俺を男として意識してくれただろうか。
「アイン様は、天然のタラシなのかしら」
ノエル様の呟きが聞こえたが、それは違う。
相手がノエル様だから、だ。
他の女性にこんなことをしようとは思わない。
「それでは、これで失礼いたします。何かございましたら……」
「アイン様ったら。もう執事じゃなくなったんでしょう?」
そうだった。
つい、いつもの癖が出た。
笑顔のノエル様に見送られて、俺はノエル様の部屋をあとにした。




