侵入者
ノエル視点です
楽しいお泊り会から帰ってきて、あと一週間休む予定の私は、明日の魔法とダンスのレッスンに向けて早く休むことにしました。
魔法のレッスンは、アインの教え方が本当に上手で、魔法を教えてくださる先生にも褒められるようになりましたし、紙鷹を使えるようにもなりました。
いずれはお母様みたいに小鳥の姿で飛ばすことが目標です。
「それでは、失礼いたします。おやすみなさいませ」
メリーが部屋を出ていって、ベッドにもぐりこんで寝ようとしたその時、窓をコンコンとノックする音が聞こえました。
以前のバース様のことがあるので、とても怖いです。
2階にある私の部屋の窓をノックするなんて、どうやって登ってきたのでしょう。
私は音を立てないように部屋を出て、まだそばにいたメリーに、急いで護衛騎士を呼んでもらうように頼みました。
メリーが淑女にあるまじきスピードで立ち去ったあと、私は部屋に戻り、おそるおそるカーテンを少し開けてみました。
「バトン様……」
そこにいたのは、忘れたいのにまだ忘れられないバトン様。
バトン様なら、私を攫ったり、害したりすることはないでしょう。
それでも念の為、窓越しに声をかけます。
「どうやって王城の中へ……」
「小さな頃、君と隠し通路の探検をしただろう?その道を使ったんだ。
それより、中へ入れてくれないか?
どうしても、君にお願いしたいことがあるんだ」
私は少し悩んで、窓を開けました。
バトン様はスルリと入ってこられます。
どうやら、窓の外に生えている木を伝ってバルコニーまで登ってきたようです。
小さな頃は、お兄様とバトン様で、よく木登り対決をしていましたものね。
「それで、お願いというのは?」
気持ちが溢れださないように、出来るだけ淡々と聞きます。
きっと、私との婚約を復活させたいという願いではないでしょう。
そのことだけは、顔を見ただけでわかりました。
「学園を退学になって、親からも勘当されて家を出たんだ。私はそれでもアリスと一緒ならいいと思っていたのだけれど、アリスはミモザに呼び戻されたし、勘当された私とは一緒になる気などないと言っていて……」
アリス。
きっとその方が、バトン様のお好きな方なのでしょう。
バトン様は私が全部知っていると思っているようで、しかも私が心変わりしたバトン様を許しているとでも思っているかのようです。
「どうか君から陛下と王妃様をとりなして、勘当だけは撤回するように父上に伝えてもらえないかい?君にしか頼めないんだよ」
バトン様はもう、私の気持ちなんて考えてもくださらないのですね。
心変わりして婚約解消をした挙句に、処分の取り消しを、この私に頼むなんて。
「天使のように優しい君なら、助けてくれるよね?」
「天使のよう」
それは、バトン様からよく言われていました。
とても嬉しかった言葉なのに、今では苦しさしかありません。
「王女様から離れろ!」
気がつくと、部屋の中に護衛騎士の方とアインやポアロがいました。
「少し話がしたいだけなんだ。決して触れたり傷つけたりしないと誓う」
バトン様はおっしゃいますが、私の心は既に傷つけられています。
「お願いだ、ノエル。私とアリスの為に、なんとか父上に……」
「随分と都合のいい話ですわね」
アインが私達の間に割って入るのと同時に、いつの間にか来ていたお母様が言いました。
「『無音のカーテン』」
アインが私に消音魔法をかけます。
きっと、これからバトン様の言葉で私が傷つくことのないように配慮してれたのでしょう。
でも既に、バトン様の口から想い人の名前も、その方と結婚されたいという気持ちも聞かされてしまっています。
きっと、これ以上傷つくことはないでしょう。
音のない世界の向こう側で、必死に何かを訴えるバトン様と、厳しい顔で言い返すお母様。
バトン様の視線がアインに向けられ、お母様が冷たい表情で何かを言い返します。
そこにやってきたお父様とお兄様。
お二人ともとても険しい表情で、アインに何かを尋ねると、お父様は頷いて、バトン様を怒鳴りつけました。
こんなに怒っているお父様を見るのは初めてです。
そして、冷静な顔で何かを言い放つお兄様。
バトン様が悔しそうに唇を噛みます。
そこへやって来たティーダおじ様。
私の消音魔法が解除されました。
ティーダおじ様は無表情で言い放ちました。
「今後二度と、君とアリス嬢は王族の誰にも接触できない」
おじ様の言葉には強い魔力が込められているので、おじ様が発した言葉は、誰であろうと覆すことはできないのです。
とりあえず、アーノルド侯爵に連絡し、返事が来るまでバトン様は王城の一室に監禁されることになりましたが、アーノルド侯爵家からはすぐに返事が来て、「当家とはすでに無関係の人間ですから、投獄するなり国外追放するなり、陛下の気の済むようになさってください」と既に見放されていたことが分かりました。
廃嫡・勘当されたということは、バトン様はもうアーノルド侯爵家を名乗ることはできません。
平民です。
お父様はそれも踏まえた上で、従属国も含めたトリス王国の全てから半永久的に国外追放に処しました。
そして、バトン様が城から出される直前、お母様が冷たい声で言いました。
「ミモザのビスマルク子爵令嬢、アリス・ビスマルクも、勘当されたそうよ。先日ビスマルク子爵家から連絡が来たわ。
二人で平民として仲良く暮らすことね」
カルーアもミモザもトリスの従属国。
お二人が行けるとしたら、ロングアイランドかジン共和国、またはミモザの隣国のルシアン国しかありません。
貴族として暮らしてきたお二人が平民として生活できるのか、その術を知っているのかは分かりませんが、私の手を離れたことです。
今日の出来事は私にとって、バトン様を諦めるには充分すぎる出来事でした。
なんと言うか……私を攫おうとしたバース様もどうかと思いますが、自分から婚約解消した相手の女性に、他の女性との結婚の為の取りなしを頼むなんて、私には理解できません。
私が好きだったバトン様は、もうどこにもいないのですね。
思い出は思い出として大切に。
でも、今後は別の方に目を向けるようにしなくてはなりません。
この際、お父様やお母様が今後持ってくるであろう縁談の中から決めてもいいかもしれません。
何か、とても疲れ果ててしまった私は、アインに抱えられるようにしてベッドに横たわりました。
「秘密の通路はすべて塞ぐ。代わりに、これまで子どもたちに知らせていなかった抜け道を伝承する」
お父様はそう指示を出されました。
10年ほど前に改修工事が終わったばかりですが、秘密の通路を塞ぐために、また改修工事が行われることになりました。
でも今回は、それほど長くかからないそうです。
何しろ、2週間後のパーティーに間に合わせなければいけませんので。
工事の間は夏の離宮へ。
私は学園へ通うのが大変になってしまうので、一週間だけアインとメリーとともに、マリアンヌおばさまの家にお世話になることになりました。
ハンバード侯爵家では、私達のことをとても歓迎してくださり、居心地も良さそうなので安心しました。
バトン様。
もう二度と会うことも手紙を交わすこともないのですね。
でもきっと、その方がお互い早く新しい生活に馴染むことができるでしょう。
私は、バトン様との思い出を、心の奥深くの箱の中に封印しました。
アリス嬢、少しだけ再出




