Shall We Dance?
ノエル視点です
友人たちとのお泊り会は、とても楽しいものでした。
特に枕の投げ合いをするゲームが。
とてもくだらないのに、下らなさ過ぎて楽しいのです。
アインの顔に枕をぶつけてしまったときはどうしようかと思いましたが、怒られることもなく、それどころかとてもレアなアインの笑顔を見ることができました。
これがお兄様やポアロやマルコなら、きっと正座で2時間はお説教に違いありません。
普段微笑むときは優しく微笑むアインですが、今日は素が出たようで、年相応の笑顔でした。
今後見ることはおそらく難しいでしょう。
脳裏に焼き付けておくことにします。
その後はバトン様の話題が出て、心にさざ波が立つのがわかりました。
皆さん私のことを心配してくださってのことだとわかっているので、辛くてもお話しました。
アリアちゃんが立てている作戦がうまく行くのかどうかはわかりませんが、出来ることなら二度とバトン様にはお会いしたくありません。
会えば……私はきっと縋ってしまいます。
王女として、そんな惨めな真似はできません。
バトン様は退学され、遠方に療養に出向かれたと聞いていますので、もう会うこともなく安心です。
そろそろ寝ようかという頃、トイレに行きたくなったのでランプを持って2階のゲストルームに行こうとすると、モジモジしながらクロちゃんも付いてきました。
きっと、一人で行くのが怖かったのですね。
でも。
一人で行ってもらったほうが良かったのかもしれません。
「半月後の王族主催のパーティーのエスコート役は決まっていますの?」
クロちゃんに悪気がないのは分かっています。
なので、ありのままを正直に話しました。
私は王女である以上、パーティーには参加せざるを得ません。
これまでずっとバトン様にエスコートされていた私が一人で出席したら、きっと招待客の皆さんは驚かれるか、同情されるか、でしょう。
かと言って、クラスメイトの男性に気軽に頼めることでもありません。
王族のエスコートをするということは、特別な意味を持つことが多いのです。
それに、エスコートだけお願いしてダンスのお誘いをお断りするのも失礼に当たります。
ゲストルームのトイレに入って、私は滲み出た涙をそっと拭いました。
本当に、どうしてこんな事になってしまったのでしょう。
つい数ヶ月前までは、幸せでいっぱいだったのに。
ゲストルームから出るとすぐに、クロちゃんも出てきたので、私達は一緒に戻りましたが、どうにもうまく寝付く自信がなかった私は、ランプを持ってストールを羽織ると、皆さんに先に寝ていていただくようにお伝えして、部屋の外へ出ました。
普段なら、アインが私の部屋の様子を窺っていてくれますが、今日はそういうわけにも参りません。
どうしましょう……
悩んだ末、私はトイレで使ったゲストルームに入りました。
ここなら、この時間は誰も来ません。
私はソファに腰掛けて、顔を覆いました。
本当は、わかっているのです。
バトン様の性的嗜好が本当なのかはともかくとして、きっとバトン様は新しく他のどなたかを好きになられたのだろうと。
バトン様から婚約破棄を言い出される前に、お父様とお母様が手を打ってくださったのでしょう。
あんなに可愛がってくださっていたのは、嘘だったのでしょうか。
優しく微笑んでくださっていたのも全部、嘘だったのでしょうか。
トン、トトントン。
不意に響いたノックの音に、私は慌てて涙を拭い、ドアを開けました。
このノックの音は、深夜に私を慰める為にアインがやってきた合図。
「アイン……どうして」
「ノエル様が泣いていらっしゃる気がして」
ポロッとまた涙が溢れます。
「アインは、私のことなんてお見通しね」
「ノエル様の専属執事ですから」
「アイン。一緒に踊ってくれる?」
「喜んで」
アインの鼻歌に合わせて、二人で薄暗がりの中ダンスをします。
「今度のパーティーでは誰ともダンスをしないというのに、滑稽よね」
「ノエル様……それでは、もしも私がパーティーに参加したなら、私と踊ってくださいますか?」
男性からのダンスの申込みは交際の申込みですが、今のは話の流れから言って、仮にアインが参加するなら、私も踊るか、という質問ですね。
「そうね。アインがいてくれるなら……エスコートのお願いもダンスのお相手もお願いできるのにね」
アインは何か考えるように黙ったまま、ステップを踏み続けます。
「ノエル様。仮に私がノエル様の専属の執事ではなくなって、私達の関係が少し変わるとしたら、ノエル様はやはりお嫌ですか?
今のままの関係を望まれますか?」
お兄さまの専属執事にでも抜擢されたのでしょうか。
いつもそばにいてくれたアインが、私から離れていくのは寂しいですが……巣立ちは祝わなければなりません。
「とても寂しいけれど、あなたの新しい人生を応援するわ」
「そう、ですか……」
アインはフワリと私の髪を撫でました。
「初めてノエル様とお会いした時、私は天使が迎えに来てくれたと思いました。
王城でお勤めするようになってからも、やはりノエル様は天使のようで……
私は一生かけてでもこの方をお守りしようと誓いました。
ですが……ノエル様が降嫁されたら、私はそこから先はお守りできないですよね。
それでも、降嫁先で何かがあったら、何をおいても駆け付ける覚悟でした。
今回、ノエル様が深く傷ついているというのに、私は何も出来なくて……不甲斐ない思いをしております」
「アインは真面目ね。お母様に教えていただいたんだけどね、こういうのは時間薬、といって、時と共に癒やされるのを待つしかないのですって。だから私は、大丈夫よ?
それに、辛い時はあなたがそばにいてくれるでしょう?
それよりアイン。あなたの方こそ、なにか悩みがあるのではないの?」
「ノエル様にはお見通しですね。
たしかに少し悩んでおりましたが、自分の中で答えが出たのでもう大丈夫です」
「そう。ならいいのだけれど。あなたは一人で背負い込みすぎるところがあるから心配だわ。
もっと、いろんな人を頼っていいのよ?」
「ありがとうございます。今のセリフ、そっくりそのまま、ノエル様にお返しいたします。
もっと、私やメリーを頼ってください。八つ当たりでも何でもして構わないのですよ?」
「メリーもそう言ってくれたわ。
でもね。関係のないあなた達に八つ当たりなんてしたらきっと私、自己嫌悪に陥ってしまうわ」
「本当に、ノエル様はそういう方ですよね」
深い眼差しで私を見ると、アインは私の手をそっと握りました。
「目下のノエル様の心配事は、私が必ずなんとかしてみせます」
「え?ええ、ありがとう」
目下の悩みとは何を指すのでしょうか。
未だにバトン様に未練を残しているこの気持ち?
それともパーティーのこと?
その時の私には、アインが何を決意し、何を考えていたのか、全くわからなかったのです。




