噂話なら任せてください
クロエ視点続きます
枕投げで体力を使い果たした私達はそれぞれベッドに横になりました。
「ノエル様。辛ければ無理に話してくださらなくてもいいのですが、元婚約者の方の性的嗜好、とは具体的に何でしたの?」
アリア様の言葉に、みんな固まりました。
確かに気にはなっていましたが、ノエル様の傷口を抉るようで、誰も触れずにいたのです。
案の定、ノエル様は困ったような、泣きそうな、そんな表情をされました。
「アリア様。流石にそれは……」
「誤解されているようですけれど、私は興味本位で聞いているのではありませんわ。
ノエル様を傷つけた愚か者に、制裁を与えたいのです」
「制裁?」
「婚約破棄になるほどの性的嗜好ですもの。
きっと、周囲に知られたら恥ずかしくて外を歩けなくなるようなものなのでしょう?
ですから、さり気なく周囲の皆さんに注意喚起がてら知っていただこうかと」
アリア様。笑顔が黒いです……
「アリア様。お気持ちは嬉しいのですが、もう終わった方をこれ以上突くのもどうかと……」
「甘いですわ!性的嗜好が原因で婚約破棄をしたことを知っているのはごく少数でしょう?
今後、もしもノエル様が振られたなんて噂を流されたら、傷つくのはノエル様ですのよ?」
「それは、許せませんわね」
「お相手の方も保身のために、自分から婚約破棄したと嘘を言いふらすかもしれませんし」
ノエル様を傷つける人は許さない。
私達の思いが一つになりました。
「ノエル様。どうか話してくださいませんか?」
「………その……バトン様は、幼児愛好者だと……
なので、成長した私には興味がなくなったのだそうですわ」
「ロリコン!」
「ろりこん?」
アリア様の言葉に皆さん首を傾げていらっしゃいます。
前世の言葉ですもの。知らなくて当然ですわね。
「確かに16歳が適齢期のこの時代、年上の男性が早めにお相手の女性と婚約をされることはありますが……幼い少女だけが恋愛対象となると、話は別ですわね」
「そういうことでしたのね……
ノエル様、お辛い中お話くださってありがとうございます。
後は私にお任せください。一週間もあれば、学園中の方が真相を知っているように致しますわ」
アリア様、どんな手を使うつもりなのでしょうか。
あまり強引に事をすすめると、ノエル様のお名前に傷がつきます。
そんな私達の気持ちを感じたのか、アリア様は自信たっぷりに答えました。
「噂というのは、曖昧であればあるほど広まりやすいのです。私が廊下でポソリと呟けば、次の日には数人の方が知ることに、その次の日には更に数人の方が知ることになります。
私は誰かから聞かれたら、『そのような話を耳にしたものですから』と曖昧に濁します。
元婚約者の方は既に退学されていますけれど、学園生の口から親に伝われば、元婚約者の方はもう外を歩くことはできなくなりますわ」
「アリアちゃん。お気持ちは嬉しいのですが、本当にそこまでしていただかなくてもいいのです。
あの方のお名前を耳にするのも、他の方々に同情されることも、私は望んではいませんもの」
「むー……では、『とんでもない性癖の持ち主だと判明して慌てて陛下が婚約破棄をした』とだけ。それだけでも噂を流させてください」
ノエル様は、ハァッとため息をつかれました。
「アリアちゃんは、止めても無駄なようですね。
わかりました。ただ、あまり大事にはしないでくださいね?」
「わかってますわ。あくまでもノエル様は守られたのだ、という形は維持しますわ」
自信満々なアリア様に、ノエル様は苦笑しました。
「そう言えば、シエルちゃんの為に護衛騎士の訓練を見に行くことになっていましたわね。
私が2週間も休むことになってしまいましたから、のびのびになっていますけれど、復学したら、お休みの日に訓練を見にいけるよう、お父様に頼んでおきますわ」
「ノエル様……」
ご自身がお辛い中、ご友人の恋を応援できるなんて。
「ありがとうございます、ノエル様。私、一生ノエル様に付いていきますわ!」
「私達もですわ!」
「え?え、ええ……」
「私達みんなが結婚しても、お茶会でお会いしましょうね」
とても楽しそうな未来予想図です。
ノエル様もクスクス笑っていらっしゃいます。
「ごめんなさい、私ちょっと、化粧室に行って参りますわ。この部屋にはついていないものですから」
「あら、それなら私もご一緒してよろしいですか?」
「ええ、もちろん。2階のゲストルームにそれぞれついていますから、隣同士のゲストルームを使いましょう」
本当は先程からトイレに行きたかったのですが、話が盛り上がっていたことと、暗い廊下を一人で歩くのが怖くて我慢していたのです。
ランプを持ったノエル様と一緒に歩きながら、私はふと気になったことを聞いてみました。
「ノエル様。半月後の王族主催のパーティーですけれど、エスコート役はもう決まっていますの?」
「これまではずっとバトン様でしたし、今回も本来ならバトン様にエスコートしていただく予定だったのですけれど……」
ああ、地雷を踏み抜いた気がします。
「通常であれば親類に頼むのですが、お兄様にもアルにもお相手がいますし、ティーダおじ様にも奥様がいらっしゃいますし、ミモザに住んでいるマシューおじ様にも奥様がいらっしゃるし、わざわざこちらまでエスコートの為だけに来ていただくのも申し訳ないので、一人で出席するつもりですわ。
王女である私が出席しないわけには参りませんもの」
「ノエル様なら、望めばどの男性でも喜んでエスコート役を引き受けてくださると思いますけれど」
「私の見栄のためだけに、お相手していただくのも失礼でしょう?婚約破棄のことはどうせもう知られていますから、大丈夫ですわ」
「ノエル様が復学されたら、フリーの男性の方々はこぞってノエル様のエスコート役に名乗りを上げる気もしますけれど」
「その中で1人を選ぶのも、どうかと。そこから婚約まで話が進む可能性もあるでしょう?
私はまだ、やっぱりバトン様のことを忘れられないものですから」
2階のゲストルームにつくと、私達はそれぞれの部屋に入りました。
用を足して廊下に出ると、もうノエル様が待っていて下さいました。
「申し訳ありません、お待たせしてしまって」
「いいえ。私も今出てきたところですわ」
薄暗いランプに照らされたノエル様の目元が、少し赤くなっているように見えましたが、気のせいかもしれません。
部屋に戻ると、ノエル様はベッドにかけてあったストールを羽織りました。
「ノエル様、どこかへ?」
「ええ。少し外の風に当たりに。皆さんは先に寝ていてくださいな」
「外は暗いですし、お気をつけくださいね」
「ええ。ありがとう」
ノエル様が出て行ったあと、アリア様が私に詰め寄りました。
「クロエ様、何か余計なことを申し上げましたわね?」
やはり、ノエル様が急に外の風に当たりたい、などと仰ったのは私のせいですわよね。
「王族主催のパーティーのエスコート役は決まっているのか、とお尋ねしました……」
「なんでそんなことを!少し考えればノエル様には今エスコート役を出来る親族の方がいらっしゃらないのはわかるでしょう。
それに、私達がお茶会を始めた頃から、パーティーのエスコートはあの男でしたのよ?
今のノエル様にパーティーの話は禁句ですわ」
ティア様にとても怒られました。
本当に、私はなんてひどい質問をしてしまったのでしょう。
自分にはエスコートしてくださる方がいる、という安心感から、ノエル様の気持ちを推し量れなかったのです。
ノエル様はそれからしばらくしても戻ってこられず、気を遣わせてしまってもいけないので、と私達は枕元のランプを消して先に眠ることにしました。




