初めての観劇
アイン視点です
ノエル様が観劇と屋台での買い食いを希望されていると、陛下にお伝えすると、一瞬難しい顔をしたがすぐにいつものポーカーフェイスに戻った。
「護衛騎士団長に話をつけよう。ポアロ」
「既に呼んでおります」
「相変わらず仕事が早いな。通してくれ」
さすがポアロ様。
俺が陛下に話す前にポアロ様に報告した時点で、護衛騎士団長を呼ぶ事にしたのだろう。
ポアロ様は俺の憧れだ。
「観劇は問題ないでしょう。屋台での買い食いになると、城下で平民に紛れることになりますので、服装は少し地味なものにして、貴族の令嬢あたりに見えるようにしたほうが良いかと。
護衛騎士の人数もあまり多いと悪目立ちしますので、最少人数で行います。
何かあってもアイン殿はご自身の身を守れるでしょうが、メリー様は難しいでしょうから、本当はアイン殿とノエル王女で、貴族同士のデートに見えるようにしたいところですが、侍女がいないと不便なこともあるでしょうから、貴族のカップルとその侍女という設定で3人で参りましょう。
護衛騎士は1人あたり2人付けるとして、6人ですね」
俺とノエル様が、貴族のカップルの設定?!
それなら、自分は遠慮すると言ったのが、少し離れた場所で護衛がついていても、女性二人が歩いているとナンパされてしまうらしく、カップルと侍女という設定が一番良いのだと騎士団長に説得されてしまった。
ノエル様をうまくエスコートしなくては。
俺の肩に力が入っているのを見て、陛下が少し笑った。
「アイン。君は君らしく、いつも通りでいてくれれば大丈夫」
「……かしこまりました」
そして観劇当日。
舞台でチケットの確認をしていた女性にチケットを見せると、すぐさまVIP席に案内された。
「私、観劇なんて初めてだから、とてもワクワクするわ!」
「私もですわ、ノエル様。こんなに広い会場にこんなにも観客が」
「面白いと有名な演目らしいですし、楽しみね」
観劇は俺も初めてだが、眠くなりそうだ、と思っていたら思いの外のめり込んでしまった。
内容は、護衛騎士と王女の許されない身分違いの恋。
王女は両親から騎士との恋を反対され、更には政略結婚をさせられそうになり、二人は逃亡計画を立てる。
王城の秘密通路を通って街へ出て、町民に紛れ込んで暮らすが、やがて見つかってしまう。
騎士は、かつては仲間だった騎士と戦いながら王女と逃げるが、致命傷を負わされ、絶命してしまう。
それを見た王女は、この騎士以外を愛するつもりはない、と宣言し、騎士の持っていた短剣であっという間に自害してしまう。
国王と王妃はこの事件を重く見て、身分差による結婚の反対は今後やめようと決めたところで、舞台は終わった。
舞台が終わる頃にはあちこちからすすり泣きが聞こえてきて、ノエル様もメリーも泣いていた。
俺は暗闇なのをいいことに、元気づけるようにそっとノエル様の手を握った。
一瞬柔らかな小さな手に握り返されて、すぐに離れた。
「いい舞台でしたわね」
「本当に、涙が止まりませんでしたわ」
「私もよ。ねぇ、アイン。あなたなら身分違いの恋をしてしまったらどうする?」
「私ですか?………そうですね、お相手の望むとおりにしたいですが、育ててくれた方々への恩がありますから、なんとか説得いたしますね」
「堅物ねぇ」
メリーが楽しそうに笑った。
「でもそれが、正解なのかもしれないわね。
もし説得に失敗して一緒になれないのなら、きっとそこまでの『縁』。或いは説得が足りなかったかのどちらかでしょう。
一緒になれないのなら、心の奥にしまって、相手の幸せを祈ることが一番かもしれないわ」
しまった。
この演目で、ノエル様の傷口を抉ってしまった。
俺はメリーと目配せをして、話題を変えた。
「この後はノエル様の楽しみにしてらした屋台ですね。裏通りに屋台が立ち並んでおりますから、そこでいくつか見繕いましょう」
「そうね。美味しかったらエリクに作ってもらいましょう。何があるのかしらねー」
ノエル様は不自然に変わった話題については何も言わず、そのまま話を合わせてくださった。
主人に気を遣わせるなど、執事失格だ。
細長いパンに腸詰を挟んだもの、丸いパンの間にハンバーグを挟んだもの、チキンの揚げ物や、串刺し。
一見して太りそうなものばかりだ。
令嬢方は太ることを気にしていらっしゃるが……
うちの王女様とお付きの侍女は気にせずあれこれ食べ歩いている。
「そう言えば、魔法のレッスンとダンスのレッスンは上手くいっていますの?」
「ええ。アインはとても教え方が上手でね、レッスンの先生に説明されるより断然わかりやすいの」
「私も、ポアロ様にダンスのレッスンをして頂いていますが、実際に女性をお相手するとポアロ様の言っていた意味がよくわかりますし、姿勢の正し方やステップの踏み方などは、ノエル様の方が分かりやすいです」
「アインったらすごくうまくなったのよ」
「ノエル様の魔法もでございます」
「ノエル様の魔法も、アインのダンスも一回見てみたいわね」
「私のダンスなど、見ても面白くありませんよ」
メリーに苦笑して、屋台のジュースを飲み終わると、私たちは王城へ戻った。
ノエル様が護衛騎士の方にお礼を言っているのを見て、やはりこの方は天使だと思った。
こんな天使を見捨てて他の女に走るなど、俺には考えられない。
もしも俺がバトン様の立場なら、生涯かけてお守りし、大切に慈しむのに。
そこまで考えて、俺は首を振った。
何を考えているんだ。
俺ごときがバトン様の立場になってものを考えるなんて。
ノエル様のお相手に、などと妄想するなんて。
「アイン?どうかしましたの?人混みで気を張っていたから、疲れてしまったのかしら」
「いえ。ご心配おかけし、申し訳ございません。少し考え事をしておりました」
「そう?ならいいのだけど」
俺は頭を切り替えて、ポアロ様のお姿を思い浮かべた。
自然に背筋が伸び、気持ちもしゃっきりする。
「ご友人とのお出かけは、今週末でしたね。皆様に楽しんでいただけるよう、私も最善を尽くします」
「ありがとう。でも、あまり無理をしないでね?」
ノエル様のお部屋につくと、今日は疲れただろうから、とメリーと共に早々に失礼した。
「早く、ノエル様の傷が癒えるといいわね」
「はい、本当に」
晩餐の席でのノエル様は不自然なほどはしゃいでいて、屋台で食べた料理が美味しかったことなどをご家族に報告されていた。
そんな姿も痛々しく、俺はノエル様を直視できなかった。
その晩、日課になっているノエル様のお部屋の様子を部屋から見ていると、かすかにランプの灯りが揺れたのが見えた。
あの夜以来、初めてのことだ。
俺はすぐに着替えなおして、お茶の準備をするとノエル様のお部屋へ向かった。
悲しんでいるノエル様を少しの間でも一人にはしたくなかった。
ドアをノックすると、夜着にストールを羽織ったノエル様がドアを開けてくださった。
「せっかく休む時間なのに、呼び出してごめんなさいね?」
「いえ。私はノエル様の専属執事。常にノエル様が最優先でございます」
「ありがとう」
ノエル様は俺の淹れたお茶を飲むと、ふと思い出したように俺を見た。
「そうだわ。せっかくだから、ダンスのレッスンをしましょう」
「今から、ですか?」
「ええ」
立ち上がったノエル様の身体に手を回し、ダンスの基本姿勢を取る。
「音楽はないけれど、代わりに私が歌うから」
ノエル様の鼻歌に合わせて、二人でひっそりと踊りだす。
本来なら私がリードしなければならないのに、レッスンの時はいつもノエル様にリードしていただいている。
ゆったりした鼻歌が、不意にやんだ。
「ノエル様?」
「ごめんなさい、パーティーでのバトン様とのダンスを思い出してしまって」
鼻声のノエル様をそっと抱き寄せる。
「不思議ね。アインの腕の中は、とても安心できるわ」
「お役に立てたなら幸いです」
フワフワの薄茶の髪をそっと撫でる。
「ノエル様は、きっと今まで以上に幸せになれますよ」
「ええ。そうだといいわね」
次にノエル様のご婚約者様が決まったら、心から祝福しなければ。
俺は自分に言い聞かせる。
ノエル様を幸せにして差し上げるのは、俺ではない。
その事に胸が痛まなかったといえば嘘になる。
俺はもう自覚していた。
使えるべき主であるノエル様を、俺は女性として好きになってしまったのだと。
専属執事に決まったとき、先輩執事が同情するような目をしていたことを思い出す。
きっと、彼らには分かっていたのだ。
いつか俺がノエル様に思いを寄せて、報われない恋に身を焦がすことが。
「ノエル様。今夜はここまでにしておきましょう。あまり夜ふかしをされるのはよくありません。
また明日、魔法のレッスンで」
「ええ。ありがとう。また明日ね」
これ以上そばにいるのは危険だ。
俺は素早く退室した。
そして思った。
ノエル様のお気持ちが落ち着いたら、専属執事から外してもらうよう、ポアロ様にお願いしようと。
服に染み付いたノエル様の香りが、胸を締め付ける。
しっかりしろ。
俺は男である前に、ノエル様の執事だ。
自分の役割をきちんとこなせ。
どんなに自分に言い聞かせても、ノエル様の香りと感触は俺の体から消えてくれなかった。




