ノエルの悲嘆
ノエル視点です
バトン様から花束が届かなくなったある日。
学園から帰るとお母様の部屋へ呼び出されました。
それだけで、私はこれからの話の内容を悟ってしまいました。
なぜって、お母様の部屋には、バトン様の香水の匂いが残っていたからです。
つまり今日、バトン様は学園を休んでお母様の元へ来ていたのでしょう。
この時期に、学園を休んでまでお母様に会いに来るということは、話題は一つだけ。
私達の関係に関すること。
「あのね、ノエル」
お母様が優しく話し始めます。
「今日、バトンくんとアーノルド侯爵に来ていただいてお話をしたの。
どうやら、バトンくんには人に言えないような性的嗜好があるみたいでね」
性的嗜好、という言葉に顔が赤くなります。
「簡単に言ってしまえば、幼児愛好者。
つまり、小さな女の子しか愛せないの。
ノエルはここ最近で女性らしい見た目になってきたでしょう?
それで、バトンくんの好みから外れてしまったみたいなの。
これは、ノエルには1つも悪い点はないのよ?
ただ、バトンくんの性癖が治らない限り、結婚してもあなたは幸せになれないでしょう?
愛している人に恋愛対象として見られないのは辛いものね?」
驚きの内容ですが、素直に頷きます。
確かに私と結婚しても幼児しか恋愛対象にならないのなら、私はきっと幸せにはなれないでしょう。
「それでね、両家で話し合った結果、今回のあなた達の婚約は、破棄することになったの。
バトンくんは療養のために遠くへ行くらしくて、学園も退学するそうよ」
「そう、ですか……」
たとえ私に非があるわけではないとわかっていても、やはり、大好きだったバトン様との婚約破棄は落ち込みます。
「あなたも、少し学園をお休みしてもいいのよ?落ち着くまで時間が必要でしょう?」
「ありがとうございます。それなら、2週間だけお休みします。
あまり長く休んでいると講義についていけなくなりますし、お友達を心配させてしまいますから」
「何かしたいことがあれば、いつでも言ってちょうだい?すべてのお願いを聞くのは無理かもしれないけど、できる範囲で叶えてあげるわ」
「とりあえず……自分の部屋でお茶を飲みますわ。メリーとアインは今回のことを知っていますの?」
「ええ。だから、彼らに愚痴をこぼしても、泣きついてもいいのよ?」
きっとメリーとアインなら、優しく受け止めてくれるでしょう。
でも、私は仮にもこの国の王女。
使用人達にあまり情けない姿は見せられません。
私はお母様の御前を失礼して、部屋に戻りました。
相変わらずアインが私の速度にあわせて前を歩いていますが、何も言ってきません。
斜め後ろを歩くメリーもです。
私から話すまでは、この話題には触れないつもりなのでしょう。
本当に、二人は優しいです。
部屋に戻ると、アインがいつものように部屋から出ていこうとしたので止めました。
「ねえ。メリー、アイン。正直に答えてほしいのだけど、私には女性としての魅力が足りないかしら」
「いいえ!そんなことございませんわ。ノエル様はお優しくお可愛らしい、私どもの誇りでございます」
「そうです、ノエル様。
ノエル様は天使のように純粋でお可愛らしく、その上努力家で、少し鈍くさいところも愛らしく、欠点などございません」
「二人ともありがとう。お世辞でも嬉しいわ。
明日から2週間お休みを取ったの。
何をして過ごそうかしらね」
「折角ですから、これを機に滞っていた魔法を勉強されては?
アインは魔法が得意ですから、わかりやすくお教えできるかもしれません」
「そうね。アイン、お願いできる?
代わりに私からは、ダンスのレッスンをしてあげる」
「光栄にございます。では明日から、午前中は魔法の練習を、午後からはダンスのレッスンを致しましょう。
ただ、毎日それではつまらないでしょうから、今巷で話題の舞台を見に行ってはいかがですか?」
「観劇?面白そうね。それなら私、ついでに屋台というところで買い食いもしてみたいわ」
すこし、気持ちが晴れてきました。
「観劇と屋台の買い食いは、念の為国王陛下と護衛騎士団に相談してみましょう」
この国は、お母様の張った防御魔法陣によって保護されているので、たとえば私に害を為そうとしたらその時点で中央広場で石化です。
毎日となると話は別ですが、多少の嫌がらせは見逃されるようです。身体や金銭に影響を及ぼすほどの嫌がらせかどうかで判断されるようです。
話が逸れましたが、そういうわけで、私が王都に遊びに出かけても危険はないのですが、平民からもみくちゃにされる可能性はあります。
多少の護衛は必要になってくるでしょう。
「後は、お休みの日にご友人と夏の離宮に遊びに行かれては?美肌になるという天然温泉がありますし、使用人しかいないので、騒いでも迷惑になりませんし」
「まぁ、素敵!メリー天才ね。早速お手紙を出してみるわ」
私は元気に答えました。
晩餐は私の好きなものばかり。
うちは優しい使用人の方ばかりです。
「それではノエル様、おやすみなさいませ」
メリーが出ていき、部屋に一人になりました。
張り詰めていた糸が、プツンと切れたような気分です。
こんなに大好きなバトン様との結婚がなくなった。
恋愛対象として見ていただけなくなった。
それはとても辛く、出会ってからつい先日までのことが夢だったのかもしれないとすら思えてしまいます。
いいえ、いっそ今日の出来事が全て夢ならいいのに。
息苦しくなってきた私は、ベッドから出てストールを羽織ると、バルコニーへ出ました。
外の風はもう暖かく、優しく私を包んでくれます。
星も瞬いて、とても綺麗です。
私が失恋しても、世界にはなんの影響もないのですね。
そんなことを考えていたら、トントントン、とリズミカルにドアをノックされました。
こんな夜更けに、一体どなたでしょう。
「どなた?」
「夜分に失礼いたします、アインでございます」
「まぁ!」
私は慌ててドアを開けました。
アインはティーセットとお菓子の入ったワゴンを押して入ってきました。
「バルコニーにいらっしゃるのが部屋から見えたものですから、眠れないのかと。
この時間の飲食はあまり良くありませんが、たまにはいいでしょう」
「ありがとう、アイン」
アインの入れてくれた紅茶に口をつけます。
今日は砂糖ではなく蜂蜜入り。
「とてもおいしいわ。ありがとう」
「恐縮です」
「ねぇ、アイン……失恋て、辛いものなのね」
「……私は、恋をしたことがないのでよくわかりませんが、寝込む方もいると聞きます」
「そう。でも寝込みたくなる気持ちもわかるわ。今ならね、クロちゃんの気持ちもわかるの」
「クロエ様ですか?」
「そう。今でこそアルと婚約しているけれど、その前には別の方を好きでね、でもその恋は報われなかったの」
「そうだったのですか」
私の目からポロリと涙がこぼれ落ちました。
「辛いわ、アイン。とても小さな頃からの婚約者だったのよ。
ほとんど毎日のようにお花を送ってくださっていたわ。
小さな頃から、パーティーではエスコートしていただいたの。
この間の入学式の日だって、私は私らしくあればいいって言ってくださったのに。
なんで、どうしてこんなことになってしまったの?」
アインが悲しそうに、パリッとアイロンのかかったハンカチを貸してくれます。
「ノエル様。今だけご無礼をお許しください」
そう言ってアインはそっと私を抱きしめて、背中を優しく撫でてくれました。
「亡き母が、私が泣いているとよくこうして抱きしめてくれたのです。
私の鼓動が聞こえますか?
よく耳を澄ませてみてください」
アインに言われて、そっと胸に耳をつけると、ゆっくりとしたリズムでトクントクンと心音が聞こえます。
包まれた体は温かく、落ち着いたリズムの鼓動に耳を澄ませているうちに、私も段々落ち着いてきました。
「落ち着かれましたか?」
「ええ。ありがとう、アイン。
あなたはもう立派な、私の執事ね」
「まだまだ学ぶことばかりです。
ですがあの日、ノエル様に出会っていなかったら、今の私はいないのですね。
そう考えると不思議な気分です」
「それが人の『縁』と言うものなのかもしれないわね。あの日あなたを助けたから、今私はあなたに助けてもらってる。
あの日、あの道にあなたが偶然倒れていて、私がここへ運んだ。
あなたとはきっと『縁』があって、バトン様とはきっと『縁』がなかったのね。きっとまた、『縁』が私を導いてくれるわね」
「私はノエル様のそういう前向きな姿勢を、とても好ましく思います」
ピタリ、と身体が固まりました。
こんなにはっきり異性から「好ましい」と言われたのは生まれて初めてです。
アインも言葉選びを間違えたことに気がついたのか、顔を赤くして慌てています。
「私ごときが失礼いたしました。どうか、今の言葉はお忘れください」
「ふふっ。アインには今日たくさん助けられたから、特別に忘れてあげる」
まだ顔の赤いアインがとても可愛いです。
普段は、私より数段しっかりしていますのに。
「そっ、それでは私はこれで失礼いたします。
ノエル様もお早くお休み下さいませ。
明日は少し遅目に朝の準備に参ります。
もしまた眠れない日が来たら、バルコニーでランプをゆらしてお知らせください。いつでも駆けつけます」
それだけ言うと、逃げるように部屋から出ていってしまいました。
脳内筋肉のバース様に告白されたことはありますのに、先程のアインの言葉は、何だか初めて恋の告白を受けた気分になりました。
少しだけドキドキする胸に手を当てて、私はベッドに潜り込みました。




