事の真相と結末
ジュリア視点です
ノエルから、バトンくんについての相談を受けた翌晩、私はエドワードを呼び出して、最近のバトンくんの様子について聞いてみました。
「あなたなら、バトンくんが急に花束を送らなくなったり、少しよそよそしくなった理由に心当たりがあるんじゃない?」
「心当たり、と言いますか……」
エドワードは困った顔をしています。
「ノエルに原因が?」
ここだけは、はっきりしておかなくてはいけません。
しかし、エドワードは驚いたように首を横に振りました。
「ノエルに原因などあるわけがありません。
その、新しいクラスに編入してきた令嬢がいるのですが、私とバトンが、ノエルについて話しているときに割り込んできたのです。
それで、あまり頻繁に贈り物をしていては女性はそれが当たり前になって愛情も薄れる、と。
なので、時にはハラハラさせたり、他の女の影を臭わせたほうがより好きになってもらえる、と言い出したのです」
「まぁ!何を根拠にそんな。何年もずっと花束を贈られているノエルはバトンくんが今も好きで仕方ないじゃない」
「ええ。ですから私も、その提案には反対したのです。ノエルを悲しませたくはありませんでしたし。
でもバトンは、ノエルが自分を好きでいてくれるのは兄を思うような気持ちかもしれない。
ノエルの気持ちを確かめる為にも、試してみたい、と」
「馬鹿なことを……」
確かに、幼い頃はノエルとバトンくんとエドワードの三人で遊ぶこともよくありました。
ですけれど、ノエルはずっとバトンくん1筋なのです。
そのノエルの気持ちを疑うとは。
「それだけではありません。ここ数日で急にその令嬢とバトンが親しくなりまして、バトンに聞くと、ノエルについて相談に乗ってもらっているだけだというのですが、令嬢の方は明らかに婚約者のいる男性に対する接し方を超えていて、私も見ていて気が気ではないのです。
このままでは、バトンとその令嬢が特別な仲なのではないかと噂される日も近いでしょう。
ノエルに対する相談なら私が聞くから、令嬢とは少し距離を取るようにとは言ったのですが」
「ちなみに、バトンくんの悩みというのは?」
「……アインの事です。入学式の日にアインを見て、あまりにも見た目が良かったことと、元々拾い上げたのがノエルだったことで、ノエルがアインに心変わりするのでは無いかと」
アイン……
確かに彼はとても造作の整った少年です。
ノエル専属の執事なので、ノエルと一緒にいる機会も多いです。
冬の日に凍死しそうになっていたアインを助けたのも確かにノエルです。
でも、だからといって長年婚約者として仲良くしてきたバトンくんから心変わりするなんてことはありえません。
バトンくんから見たノエルは、そんな女性なのでしょうか。
「心変わりするのではと心配ならば、今まで以上に仲良くすべきでしょう」
「私もそういったのですが、バトンはその令嬢から、少し距離をおいた方が気持ちが深まるのが女心だと聞いたから、と距離を取っているのです。
これは、私の思い違いかもしれませんが……その令嬢はもしかして、バトンを好きで、ノエルから引き離そうとしているのではないかと」
あり得ない話ではありません。
だとしたら、なかなか狡猾な令嬢ですね。
バトンくんにうまく吹き込んでノエルから略奪しようとするとは。
「困ったことに、その令嬢の好意を感じさせる言動に、バトンも満更ではない様子なのです」
バトンくん、これまでずっと一途にノエルを想ってくれていたのに。
婚約させるのが早すぎたのでしょうか。
「ありがとう、わかったわ。また何かあったら教えてちょうだい。
それから、ノエルが花束を待っていると伝えてあげて」
「わかりました」
エドワードが部屋を出て行くと、私は「影」にバトンくんと令嬢について調査するよう命じました。
…………………………………………………………………
それから1ヶ月。
バトンくんからは相変わらず花束は届かず、ノエルは日に日に元気がなくなっています。
そして、私が「影」から受けた報告では、バトンくんに余計なことを吹き込んだ令嬢の名は、ミモザのビスマルク子爵家令嬢、アリス・ビスマルク。
ノエルが元気をなくしている間にも、二人は街へ出かけてショッピングデートをしたりと楽しんでいるとのこと。
婚約者のいる身でありながら他の令嬢と出かけたことをバトンくんはお父様に咎められ、これからは自分の好きに生きる、と反抗したということ。
思った以上にアリス嬢にのめり込んでいたバトンくん。
この分だと、婚約破棄を言い出すのも時間の問題ですね。
そんな気持ちの浮ついた男性と結婚するよりは他の男性と幸せになってほしいですが、ノエルはどれだけ傷つくでしょう。
それでも、婚約破棄をするなら、一日でも早くした方が、双方の為にはいいでしょう。
私はアーノルド侯爵家に、近いうちにバトンくんを伴って登城してほしいと手紙を書いて紙鷹で飛ばしました。
バトンくん。
あんなにもノエルを溺愛していて、ノエル以外の令嬢には見向きもしませんでしたのに。
ノエルの婚約者は私達転生者が選りすぐったはずなのに、こんな事になるなんて、私達の見る目が甘かったとしかいいようがありません。
おかげで、ノエルに不要な悲しみを与えてしまいした。
翌朝、アーノルド侯爵から返事が来て、明日にでもバトンくんを連れて登城すると書いてありました。
明日は学園のある日。
にもかかわらず、休ませてまでバトンくんを連れてくるのは、きっとアーノルド侯爵家でもバトンくんの態度に頭を抱えているからではないでしょうか。
おそらく、私が手紙を出した意図も理解し、なんとか婚約破棄だけは避けようと考えているのでしょう。
「マリア。今日の3時のお茶会、ノア様とご一緒できるかしら」
「少々お待ちくださいませ」
おそらくポアロにスケジュールの確認に行ったのでしょう。
「スケジュール的にはご一緒できるそうです。中庭にご用意いたしましょうか」
すぐに戻ってきたマリアが言います。
でも、出来れば誰にも聞かれたくない話。
近いうちに公にはなってしまうにしても、今はまだ使用人達の耳にも入れるわけには参りません。
「いえ。私の自室に用意をお願いできる?」
「かしこまりました」
…………予想はしていました。
していましたけれど、まさかここまでとは。
今、目の前でノア様が激怒されています。
ノア様が本気で怒った姿など初めて見ました。
「そんな男にノエルを任せられるか!
まして、婚約破棄を言い出すなどノエルに恥をかかせるつもりか!
アーノルド侯爵家への援助は打ち切り。
バトンには今後一切王族への接触を禁じる!」
「ノア様。とりあえずアーノルド侯爵と話し合いましょう。
『影』からの報告なのでおそらくバトンくんの心変わりは間違いないでしょうけど、出来るだけノエルを傷つけないようにしなくては。とりあえず、落ち着いてくださいな」
「そうだな。ノエルの今後の心のケアについても対策を練る必要があるな。
その点については、ポアロとマリア、メリーとアインと話し合おう。
アインとメリーは日頃から近しい場所にいるし、何かいい案が出るかもしれない」
「ええ。そう願いたいですわね。
ノエルにどのように伝えるのが一番いいかは、お義母様に相談してみますわ」
「そうしてくれ。やはり、嫁になど出さないほうが……」
「ノア様」
「ごめん」
そして翌日、指定しておいた3時のティータイムに合わせて、アーノルド侯爵親子が登城しました。
中庭でのんびりする話題でもないので、今回も私の自室でお話します。
「ご無沙汰しております、王妃殿下」
「お久しぶりですね、アーノルド侯爵」
アーノルド侯爵は普段から王城で官僚として働いているので、私は会うことはなくても、ノア様とは毎日会っています。
「バトンくんもお久しぶり」
「ああ、どうも」
あらあら。
あまりにも素っ気ないですわね。
ノエルに対しての気持ちがなくなったとはいえ、国王と王妃にその態度は、不敬ですよ?
案の定、アーノルド侯爵が隣で青くなっています。
「最近、バトンくんからノエルへの手紙や花束が届かなくなったり、一緒にいることもなくなったでしょう?どうしてかしら、と思ってエドワードに聞いてみたのよ。
ノエルも自分が何かしたのではないかと心配していましたしね。
エドワードから、少し親しくしている令嬢がクラスにいる、と聞いたものですから、失礼ながら調べさせていただきましたの。
結論から申し上げると、ノエルとバトンくんの婚約は破棄。
理由はわかっているわよね?
それに、これはあなたも望んでいたことでしょう?」
「婚約破棄?!そんな、少しお待ちください。きっと何か誤解が……」
「誤解などないですよ、父上。私はミモザのビスマルク子爵家令嬢、アリス・ビスマルクとの結婚を望んでいます。
アリスも同じ気持ちでいてくれています」
「何か、ノエルに不満でもあったかしら?」
「いえ。ノエル様は相変わらずお可愛らしくお優しい。
ですがアリスに恋をして気付いてしまったのです。
自分は幼い頃からの柵に囚われているだけで、本当の恋などしていない、と。ノエル様のことは、妹としてしか見られません。
もっとはっきり言えば、ノエル様には欲情しません」
「お前はなんと失礼なことをっ!ノエル王女が自分のもとへ降嫁されるだけでも幸せだと思わないのか!」
「もう結構よ、アーノルド侯爵」
私の低い声にアーノルド侯爵はピタリと怒鳴るのをやめ、青ざめたまま俯きました。
「ノエルの結婚の準備金として渡していた援助は打ち切り。
これまで援助してきた金額の半分を返還してもらう。
また、ノエルの心のケアを考え、バトンには今後一切、我々王族との接触を禁ずる。王族主催のパーティーへの参加も許可しない。
また、ノエルを世間の好奇の目に晒すという許しがたい行い、その身を持って償ってもらう。
具体的には、婚約破棄の原因を、バトンにノエルの未来の夫たるに相応しからぬ趣味嗜好の持ち主だったから、ということにする。何か異存は?」
「ございません。私はアリスとさえ結婚できるなら他のことは気になりません」
「お前は黙っていろ!お願いいたします。愚息は私が必ず更生させますので、婚約破棄だけは……」
「ノエルはすでに傷ついています。表向きだけバトンくんに優しくされても、ノエルの傷は深まるだけ。
アリス・ビスマルク子爵家令嬢と、どうぞお幸せに」
「………かしこまりました。この度は、誠に……我が息子の愚かさに、育て方を間違えたと、王女殿下には申し訳なく思っております。此度の責任を取り、私は任を辞し、また、王女殿下がこれ以上傷つかないよう、バトンは勘当の上家から出し、今日のうちに学園も退学させます。
なお、援助していただいた金額の半分は、今週中に必ず返還致します」
「話の早い方で助かりましたわ。
アーノルド侯爵。そのお言葉、違えることは許しませんよ?」
「もちろんでございます」
「では、そちらも手続きなど色々と大変でしょうから、話はここまでとしましょう。
バトンくん、間違ってもノエルに声などかけないように」
「わかっております」
肩を落としたアーノルド侯爵と、肩の荷が下りたような軽々しい足取りのバトンくん。
きっと彼は気づいていないのでしょうね。
上流貴族として生きてきた彼が、勘当の上、家を出されて、どうやって生きていくつもりなのか。
アリス様も、勘当されて家を出されるバトンくんに、果たしてついていくのかしら。
「ノエルの心のケアを考えなくてはな」
「ええ。私はお義母様にノエルへの伝え方を相談してきますので、ノア様はメリーたちと今後の心のケアについての相談をお願いします」
「わかった。とりあえず、エリクには晩餐にノエルの好物を出すように指示を出しておく」
「ありがとうございます。では、また後ほど」
ノエルが学園から戻るまで後1時間。
私はミモザのビスマルク子爵家へ、アリス嬢がノエルの婚約者を略奪したこと、ノエルを傷つけないよう、学園の退学を求める旨をしたためた手紙を紙鷹で飛ばすと、お義母様の元へ急ぎました。
まさかの略奪。
ついこの間までノエルを溺愛していたバトンがこんなふうになってしまうとは……
手練手管でバトンを落としたと見られるアリス令嬢は、今後出てきません。




