天使の危機
アイン視点です
俺の天使、王女様に救われてから1ヶ月。
ポアロ様の指導は厳しかったけれど、他の執事の方にフォローして頂いたり、何より救ってくれた王女様の気持ちに報いたいと、必死に執事の勉強をした。
王女様付きの侍女メリーには、なぜか未だに敵視されているけれど、他の方には良くしていただいている。
そんなある晩、マルコ様と、王女様が寝室に戻られるまで付き従って、メリーが王女様のお世話をしているのを廊下でじっと待っていた。
「……ぜここに!」
「王女様!」
突然中から聞こえてきた不穏な声に、俺とマルコ様はノックだけして部屋の中へ踏み込んだ。
中にいたのは、王女様とメリー、それに見たことのない男。
「私とノエル嬢は互いに想い合っているのです。ノエル嬢は頂いていく!」
男が王女様を片手で抱きかかえたまま、抜剣する。
明らかに怯えた様子の王女様に、男の独りよがりなのだと言うことはすぐにわかった。
そもそも、王女様には婚約者様がいる。
「誰か!王女様の危機だ!」
マルコ様が廊下の向こうへ声をかけている間に、俺は男にまっすぐ向かっていった。
「いけない、アイン。危ないわ!」
王女様が叫んだけれど、気にせず男の腕の中から王女様を奪い返した。
肩から背中にかけて熱い痛みが走る。
「ぐっ……」
それでも王女様を離さず、駆けつけてきたマルコ様に托した。
「アイン!」
「王女様、お怪我は?」
「私は平気よ。それよりあなたの方が……!」
その頃には護衛騎士が集まってきていて、男を捕縛していた。
(ああ。王女様にお怪我がなくてよかった)
「アイン!」
マルコ様の腕をすり抜けて俺に近寄った王女様は、夜着が血で染まるのも気にせず、俺の受けた傷に治癒魔法をかけてくれた。
「どうしましょう。私一人の力では……」
「どきなさい、ノエル」
いつの間に来られたのか、王妃様とマリアンヌ様が王女様をどかして俺の傷を見る。
「私が血止めをするから、後のことはマリアンヌ様!」
「心得ていますわ。さ、早く血止めを」
フワッと肩から背中にかけて温かい何かが流れ込んでくる。
寒さで震えていた身体が、温もりに包まれた。
「OK。後は私の仕事ね」
傷口に何か冷たいものが塗られる。
「アイン?痺れるような感覚はある?」
「はい。全体的に痺れています」
「今のは痛み止めよ。これから傷口を縫うから、動かないでね」
何をされているのかわからないまま、数分が過ぎて、俺は自分の部屋に運ばれた。
ベッドにうつ伏せに寝かされると、マリアンヌ様が帽子掛けに何か袋を引っ掛けているのが目に映った。
「これから腕に針を刺すけど、感染予防の薬を入れるためだから、心配しないで」
ほとんど痛みもなく、針が腕に刺さる。
針からはチューブが伸びていて、袋に繋がっていた。
「もう大丈夫よ。よく頑張ったわね」
王妃様に優しく頭を撫でられる。
「お母様、もう入っても?」
「いらっしゃい、ノエル。でもあまり長く話したり長居をしては駄目よ」
王女様がいらっしゃる気配に、慌てて体を起こそうとしたら、マリアンヌ様にスパーンと頭を叩かれた。
「怪我人は動かない!」
「申し訳ございません」
「いえ、私のせいね……そのままで聞いて?
アイン、守ってくれてありがとう。あなたのお陰で私は誘拐されずに済んだわ」
「王女様をお守りできて光栄です」
「でもこれからは、自分の身体も大切にして?
危ないことは護衛騎士に任せると、約束して?」
「かしこまりました。王女様」
そう答えたけれど、もしまた王女様が何か危険な目に遭ったら、きっと俺は、また自分を犠牲にしてでも王女様も助けるだろう。
王女様は俺の命の恩人で、天使だから。
「『ヒール』」
もう一度王女様は治癒魔法をかけてくれて、一瞬俺の手を握ると立ち上がって部屋を出ていった。
押し入ってきた賊については、俺は教えられなかったけど、先輩執事から、隣国の公爵家の子息だと聞いた。
王女様の学園の先輩らしい。
隣国との話し合いがなされたと聞いて、戦争になるのかと怯えたけれど、王妃様と王女様が寛大な措置を、と望んだこともあって、母国の牢に幽閉されることが決まったらしい。
傷は中々治らなくて、その間レッスンも仕事も出来なかったけど、毎日王女様が来てくださって、治癒魔法をかけてくれた。
そのかいあって、1ヶ月後には普通に生活できるようになった。
鏡で見たら、肩から背中にかけて、長い傷が付いていた。
多分、王妃様とマリアンヌ様がいなければ、俺は死んでいただろう。
また、王族の方に命を救われた。
俺はこの先、何があっても王族の方をしっかりサポートして、お守りしようと心に誓った。
傷が治った報告に、ポアロ様と、国王陛下にお目通りしに行くと、陛下は心配そうに俺を見た。
「もう大丈夫なのか?治ったとはいっても、あまり無理をしないように。
それから、今度のことで褒美を取らせよう。
何か望むものはあるか?」
「ありがたきお言葉にございます。ですが、私は既に王女様と王妃様に命を救われた身。
これ以上望んではバチが当たってしまいます」
「無欲な……ポアロ、アインの指導はどこまで進んでいる?」
「新米執事として表に出せる程度には」
「ふむ……」
陛下は少し考えた後、まっすぐに俺を見た。
「では、アインにはノエルの専属執事の職を与えよう。まだまだ学ぶべきことは多いだろうから、しばらくはマルコと共にノエルに付くように」
「ありがたき幸せに存じます」
王女様の専属執事。
それは俺の夢であり、目標でもあった仕事だ。
まだまだ半人前だけど、王女様に恥をかかせないように、ますます勉強を頑張らなくては。
マルコ様は最初こそ俺を胡散臭い目で見ていたけど、今では率先して俺に仕事を教えてくれる。
ポアロ様の奥様のマリア様も、マルコ様の奥様のティレーズ様も優しくしてくださる。
メリーだけは、俺を嫌っているけれど。
でも、王女様の専属執事になるからには、メリーとも上手くやっていかないといけないだろう。
俺はため息を呑み込んだ。
陛下に謁見した帰り道、ポアロ様が申し訳なさそうに俺に言った。
「メリーは、君にきつく当たるだろう?
いつも申し訳ない。
あの子は王女様と一緒に育ってきたから、独占欲があるみたいでね。
王女様が君を使用人に取り立てたことが気にいらないんだ。
メリーにはまだプロ意識がなくて……
よく言って聞かせるから、君も頑張ってくれ」
「ありがとうございます。メリーの気持ちも分かりますから。
突然身元不明の人間が一緒に働くようになれば、誰しも不信感を抱くでしょう。
私もメリーと仲良くなれるように努力致します」
「そう言えば、執事服を与えないとな。
もう見習いではないのだから。初めてあったときよりも成長しているみたいだし、後で新品を渡すから、明日からはそれを身につけるように」
「かしこまりました」
その後、ポアロ様からマルコ様へ、俺が王女様の専属執事になったことが伝えられ、マルコ様から他の執事の方に伝えられた。
嫉妬されるかな、と心配していたけれど、先輩方はみんな心から祝ってくれた。
中には同情的な目で見てくる先輩もいた。
その時は、メリーと上手くやるのが大変だと同情してくれているのかと思っていたけど、実際は違った。
俺がそのことを知るのは、まだもう少し先のこと。
翌日、真新しい執事服に袖を通して、鏡でしっかりチェックする。
髪の乱れはないか、服にシワやヨレはないか、タイはまっすぐになっているか、ホコリはついていないか。
執事としての一日の一番はじめの仕事だ。
それから申し渡しがあって、それぞれの一日のスケジュールを確認する。
マルコ様と一緒に王女様の部屋に向かうと、ドアの前に立つメリーと目があった。
いつものように、ツンとそらされるのだろうと思っていたら、メリーはほんの僅かだけど俺にほほえみかけた。
「これからよろしくね」
「こちらこそ、宜しくお願いします」
胸ポケットから出した懐中時計で時間を確認して、メリーに合図を送ると、メリーは扉をノックした。
「王女様。お目覚めでございますか?」
「ええ、起きてるわ。入っていいわよ」
返事を確認してから、メリーが入っていく。
俺とマルコ様がスケジュールを伝えに部屋に入るのは、王女様の身支度が全て終わってからだ。
少しして、メリーが扉を開ける。
「おはようございます、王女様」
「おはよう、マルコ。
まぁ、アイン。あなた正式に執事になれたのね?」
「アインは今日から私とともに王女様の専属執事となります」
「宜しくお願い致します」
「そう。こちらこそ宜しくね」
俺の天使は、今日も美しい。
優しい微笑みに癒やされながら、俺は今日のスケジュールを読み上げた。




