騎士見習いの執着
ヨハン王子視点です。
トリスの離宮に軟禁されて、何年経っただろう。
私は一生、ここで一人朽ち果てていくのだと思っていた。
だけど、アリア嬢に出会って、また生きる気力が湧いてきた。
アリア嬢とは、初めてあったあの日から、幾度も手紙を交換している。
その日も、アリア嬢から届いた手紙に癒やされていたら、突然、従兄弟のバースが訪ねてきた。
ここに客人が来ることは滅多にない。
仮にも軟禁されているのだ。
トリス国王の許可がなければ、面会もできない。
それなのに、面倒な手順を踏んでまで訪ねてくるとは、バースに何かあったのだろうか。
メイドがティーセットを置いて部屋を出ていくと、私はバースに問いかけた。
「君がここへ来るなんて、何か困り事か?
だとしたら、私に手伝ってやれることはほとんど無いが」
「実は……ノエル王女に恋をしたのです」
「しかし、ノエル王女は、確か既に婚約済みだろう?」
「はい。はっきりと断られました。ですが、私はどうしてもノエル嬢を諦めきれないのです!護衛騎士としてそばにいることも許されない。ですがどうしても、結婚するならノエル嬢がいいのです。
どうか、ヨハン様から父上と国王に、ノエル嬢への婚約申込み書を、送ってもらうようお願いできませんか?」
「バース。君の気持ちは分かるが、すでに婚約者のいる相手に婚約申込書を送っても意味はないだろう」
「ですが。国王から直々の手紙となれば無視できないはず。
それに、カルーアとトリスの関係を良くする意味でも、この結婚には意味があるはずです!」
バースの短絡的な思考に頭を抱えたくなった。
「たとえ国王からの話だとしても、何の問題もない婚約を破棄することはない。
それに、カルーアはトリスの従属国だ。今更国同士の関係を良くするなど、意味がないんだよ。カルーアはトリスの一部なのだから」
「そう、ですか………分かりました。自分の力でもう一度、気持ちを伝えます」
僅かに狂気が混じったバースの瞳に、私は嫌な予感を覚えた。
「私がノエル嬢と結婚すれば、ヨハン様の代わりに人質になることができると思ったのですが」
揺さぶりをかけているつもりなのだろう。
どこの世界に、従属国の人質に娘を嫁にやる国王がいるんだ。
「冷静になれ。ノエル王女から頼まれたならともかく、そうでないならそれは略奪だ。もし今後、トリスとの間で何かが起こったら、次こそカルーアは滅びることになるかもしれん」
「カルーアなど………いえ、失礼しました。
ノエル嬢も、照れているだけできっと心の中では私を思っているのです。近いうちにそれを証明してみせますよ」
「馬鹿な考えはよせ!バース」
バースは何も答えずに帰っていった。
私は慌てて、ノア国王にバースの様子がおかしいこと、ノエル王女に危険が迫っていることを手紙にしたためると、紙鷹で飛ばした。
ここから王城までなら、バースが馬に乗って帰ったとしても、紙鷹のほうが早く着く。
思い返せば、バースの父である兄上も、一人の女に執着し、強引に結婚まで持ち込んだ。
バースの母は、未だに夫に心を許していないと聞いたことがある。
(血筋なのか………)
私には、ノエル王女の無事を祈ることしかできなかった。
それから3日後。
私は登城するように連絡を受けた。
この離宮から出ることを許されるなんて、何かあったに違いない。
嫌な予感を覚えながらも、私は正装に着替えて登城した。
門兵に名前を告げるとすぐに謁見室に通された。
嫌でも、メリッサの時のことが思い出される。
それからすぐに、父上とバースの父であるミカエリス公爵も到着した。
もう、嫌な予感しかしない。
「ヨハン。お前、今回のことについて何か聞いているか」
「今回のこと、というのは」
まずそこだ。
一体何が起きて招集されたのか、まったくわからない。
「知らなかったのか!確かにお前は冬の離宮に軟禁されているからな。王城での出来事について知らなくても仕方ない」
「それで、一体何が?」
「バースが……王城に侵入し、ノエル王女を攫おうとした」
「え!?」
「幸い、というか、執事見習いがバースの侵入に気がついて、バースはすぐに取り押さえられたのだが、バースは気が触れているようで、ノエル王女も自分を愛している、意にそまぬ結婚から救い出して自分と一緒になるのだ、と喚いているらしい」
私は冬の離宮を訪ねてきた時のバースの様子を思い出した。
やはり、事件を起こしてしまったか……
その時、扉が開いてトリス国王と王妃、それにエドワード王子が入ってきた。
一斉に立ち上がって礼をする。
「そのまま、楽に。既にカルーア国王とミカエリス公爵には話してあるが、この度、ミカエリス公爵の嫡男、バース・ミカエリスが王城に侵入し、ノエルを連れ去ろうとした。
幸いにもノエルについていた執事見習いがバースからノエルを守ったが、執事見習いは怪我をし、ノエルも大きなショックを受けている。
王城の警備が甘かったことはこちら側でも反省し、見直しを行うが、バースのしたことは許されることではない」
「しかしっ、それだけバースはノエル王女を愛しているということです。どうか、認めてやってはもらえないでしょうか」
ミカエリス公爵が口を出すが、それは逆効果だ。
「ノエルには互いに想い合っている婚約者がいる。バースがいくらノエルを愛していようと、そこは諦めてもらうしかない」
「バース様から告白を受けたとき、ノエルはきちんと断ったのです。にもかかわらず、ノエルも自分を愛しているはず、など」
エドワード王子が険しい顔で言う。
「王族を誘拐しようとしたのだ。その罪は重い。
罪の意識があったかなかったかは、ここでは問題ではない。
しかも、バースはカルーア王弟のご子息。
カルーア王族では、このようなことが罷り通るのか」
「いえ!決してそのようなことは……」
カルーア国王は真っ青だ。
当然だろう。
国が潰れるかどうかの瀬戸際なのだ。
「バースは即刻退学の上、魔封じの指輪をつけさせ、カルーア国内で幽閉とする。
本来であれば、死刑か、カルーア国自体を滅ぼすところだが、被害者であるノエルがそれを望んでいないこと、また、予め注意喚起する手紙がヨハン王子から送られてきていたことから、カルーアには無関係と判断し、本人への処罰のみとなった。
しかし、同じことは二度はない。
もしも今後バースが我が国に入国しようとするならば、その場で処刑。何らかの手段で入国していることが分かれば、即刻捕らえて処刑することとする」
「寛大な処置、ありがとうございます」
「礼を言うならばノエルとヨハン王子に」
「ヨハン。助かった、ありがとう。お前には迷惑ばかりかけてすまない。ノエル王女にも、感謝していたとお伝えください」
「伝えよう」
ふぅっ、と安堵の空気が部屋に満ちる中、ミカエリス公爵だけが納得していない様子だった。
しかし、父上が余計な口を挟ませないようにミカエリス公爵を睨んでいる。
それを見ていたトリス国王は、納得したように頷いた。
「バースはカルーア王城の地下牢に幽閉。父親に合わせることは許さない」
「そんなっ、せめて時折息子の顔だけでも……」
「あなたはこの処置に納得していない。あなたと自由に会えるとなれば、脱牢もあり得る」
図星だったのだろう。
ミカエリス公爵は唇を噛んだ。
「会談は以上だ。地下牢に閉じ込めているバースを引き渡すので、そのまま連れ帰って地下牢に幽閉するように」
トリス国王は威厳のある後ろ姿を見せて、部屋を出ていった。
ミモザの学園で一緒だった王妃は、私にほんの少しだけ微笑んで夫のあとに続いた。
エドワード王子も二人のあとに続いて出ていったが、その姿は既に未来の王として相応しい威厳を身につけていた。
「兄上!どうか、バースに少しでいいので処置の緩和を」
「ならん。わが国はトリスの従属国。トリスの法に従わねばならぬ。そもそも、命が助かっただけでもありがたいと思わなければ」
「バース………」
「追い打ちをかけるようだが、お前の妻のミカエリス公爵夫人より、離別の訴えが届いている。
これまでにも何度も届いていたのを宥めていたが、今回だけは宥めようがない。国に戻り次第、離別の手続きを」
「そんな!」
我が子を地下牢に幽閉され、妻からも見放されたミカエリス公爵は、見ていて哀れだった。
しかしそれも、身から出た錆だ。
ミカエリス公爵は、自分が愛した相手は、自分のことを必ず愛してくれているはずだと、なんの根拠も無く信じ込むのだ。
その犠牲者がミカエリス公爵夫人であり、公爵の血を色濃く受け継いだのが、バース。
何はともあれ、大事にならずに済んでよかった。
「それでは私達も帰ろう。ヨハン、久しぶりにあえて良かった。
元気で」
「はい。父上も」
父上と公爵はカルーアへ。
俺は冬の離宮へとそれぞれ帰っていく。
カルーアの王族が、ひどく遠いものに思えた。




