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6 護衛騎士は、ちょっと様子がおかしい

「王国近衛騎士団〈白銀の獅子〉副団長を務めています、レオンハルト・ヴァイスです。この度、ミキ様の護衛をさせていただくことになりました。よろしくお願いいたします」


低く落ち着いた声でそう告げたレオンハルト様を見上げながら、私は完全に固まっていた。


(出た!! まただよーー!)


背が高い。肩幅も広い。騎士服の上からでも分かるくらい、しっかり鍛えられている。


そして何より銀色の髪に、深い蒼色の瞳。


(イケメンだよーー!!)


なんなの、この国って…イケメンしかいないわけ?


ローグ様はちょっと鋭い感じの大人の色気があるし、グレンジャー様は優しそうな癒やし系。そして今度は、見るからに「騎士です!」という人が現れた。


私、五十五年間生きてきて、こんなイケメンに囲まれた経験なんて一度もないんですけど。


(女神様……これもおまけじゃないでしょうね?)


まさかね。

そんなことを考えている場合ではない。

相手はきちんと挨拶してくれているのだ。


「あ、こちらこそ」


慌てて椅子から立ち上がり、私はレオンハルト様へ向き直った。


「ご挨拶ありがとうございます。こちらのことは何も分からないので、きっとご迷惑をおかけすると思いますが……しばらくお世話になります。どうぞよろしくお願いします」


そう言って、いつもの癖でぺこりと頭を下げた。


すると…


「……」


返事がない。


(あれ?)


顔を上げる。

レオンハルト様は、なぜか口元に手を当てて横を向いていた。


「……?」


なんだろう。

私、何かやってしまった?


不安になってマルガレーテさんを見ると、彼女は首を横に振りながら、いつもの穏やかな笑顔を返してくれた。


(大丈夫……なのよね?)


ならいいか。

そう思ってローグ様を見る。


「……」


こっちも横を向いている。


「ローグ様?」

「……なんだ」

「どうしてそっち向いてるんですか?」

「いや」

「何か変なことしました?」

「していない」

「じゃあ、なんで?」

「……何でもない」


またそれ?

グレンジャー様までいたら絶対笑っていた気がする。


(この世界の人、何でもないって便利に使いすぎじゃない?)


もう一度レオンハルト様を見ると、ようやくこちらを向いてくれた。


「失礼しました」

「いえ……あの、本当に何か失礼なことをしていたら言ってくださいね?」

「何もありません」

「本当に?」

「……はい」


少し間があった気がする。しかも、気のせいだろうか。耳がほんの少し赤いような……


(暑いのかな?)


銀色の髪だから余計に目立つのかもしれない。

そんなことを考えていると、扉が叩かれ、従僕らしい男性がローグ様を呼びに来た。


「団長、お時間です」

「ああ、分かった」


ローグ様は少し面倒そうに息を吐いてから、私の方へ向き直った。


「すまない。仕事に戻らなければならない」

「いえいえ! お忙しいのに来てくださってありがとうございます」

「何か困ったことがあればマルガレーテに。体調がおかしければすぐベルンを呼ぶように」

「はい」

「それから、勝手に城内を歩き回らないこと」

「分かってますって」

「本当に?」

「ローグ様までグレンジャー様と同じこと言うんですね」

「お前が信用できないからだ」

「ひどい!」


ローグ様が小さく笑う。


「レオンハルト」

「はい」

「頼んだぞ」

「承知しました」

「ミキ」

「はい?」


ローグ様は部屋を出る直前、もう一度私を見た。


「くれぐれも無理をするな」

「……はい」


また少し強めに言われた。


(そんなに私、無理しそうに見えるのかなぁ)


日本にいた頃に比べたら、今なんてびっくりするくらい何もしていないのに……


食事は作ってもらえる

掃除も洗濯もしなくていい

仕事にも行かなくていい


むしろ、これ以上休んだら身体がなまるんじゃないかと思うくらいだ。それなのに、みんな揃って「休め」「無理するな」と言う。


(不思議な感じ……)


ローグ様が出ていくと、レオンハルト様も一礼した。


「私は部屋の外におります。何かございましたら、お声がけください」

「え? ずっと外にいるんですか?」

「護衛ですので」

「でも、私ここにいるだけですよ?」

「はい」

「何にも起きないと思いますけど」

「それでもです」


真面目…

ものすごく真面目だ。


「……疲れません?」


思わず聞くと、レオンハルト様が目を瞬かせた。


「俺が、ですか?」

「はい。ずっと立ってるんでしょう?」

「これくらいは問題ありません」

「そうですか?」

「はい」

「でも、無理しないでくださいね」


言った瞬間、レオンハルト様が黙った。


「……?」

「どうしました?」

「いえ」


ほんの少しだけ、蒼い瞳が柔らかくなる。


「ミキ様に言われるとは思いませんでした」

「どういう意味ですか?」

「何でもありません」

「またそれ!」


思わず声を上げると、レオンハルト様の口元がわずかに緩んだ。


笑った。ほんの少しだけだけど……


(……うわぁ)


この人、笑うと雰囲気が全然違う。

さっきまで近寄りがたいくらい凛々しかったのに、一気に柔らかくなる。


(それは反則じゃない?)


慌てて余計なことを考えないようにしているうちに、レオンハルト様は一礼して部屋を出ていった。


*


その後………私はというと


「……暇だ」


本当に、何にもすることがない。

こんなに暇なの、いつぶりだろう。


マルガレーテさんたちは部屋にいてくれるけれど、それぞれ仕事があるらしく、必要以上に話しかけてくることもない。


最初は窓から外を眺めていた。

次に部屋の中をぐるぐる見て回った。

それにも飽きて、とうとうテーブルに突っ伏す。


(何か趣味でもできればいいんだけどなぁ)


編み物……好きだったなぁ。忙しくなる前は、時間を見つけてよく編んでいた。何も考えずに手を動かしていると、不思議と心が落ち着く。


(こちらにも編み物ってあるのかな?)


そのうち聞いてみよう。

それと…


「本……」


私は顔を上げた。そうだ、本が読みたい。

でも言葉は分かるけど、じゃあ文字は?


「エミリアさん」

「はい、ミキ様」


すぐに返事が返ってきた。


「何か本ってあります?」

「本でございますか?」

「はい。私、こちらの文字が読めるか確認してみたくて」

「ああ、なるほど」


エミリアさんは少し考えたあと、棚から一冊の本を持ってきてくれた。


「こちらはいかがでしょう?」

「ありがとうございます」


受け取る。立派な本だった。

革張りの表紙に、見たことのない文字が金色で書かれている。……でも


「あ」


読める。


「『初めての魔法学』?」


思わず口にすると、エミリアさんの目が大きくなった。


「お読みになれるのですか?」

「うん、これ魔法の入門書ですよね?」

「さようでございます」

「良かったぁ!」


思わず胸を撫で下ろした。

本が読めない生活なんて、ちょっと辛い。


「じゃあ、こっちは?」


興味が湧いて、隣に置かれていた別の本を手に取る。


「えっと……『精霊との契約および共生について』?」


エミリアさんの表情が変わった。


「……はい」

「合ってる?」

「合っております」

「良かった」


さらにページをめくる。


文字を見た瞬間、意味が自然に頭へ入ってくる。

日本語を読んでいるのと変わらないくらい自然だ。


(女神様、ここは本当にありがたいなぁ)


すると、少し離れたところでこちらを見ていたリゼットさんが一冊の薄い本を持ってきた。


「ミキ様、もしよろしければ、こちらもお読みいただけますか?」

「いいですよ」


受け取る。今までの本とは、明らかに文字の形が違う。でも、


「……『古き精霊は森の記憶を守り、約定の時を待つ』……?」


部屋が静かになった。


「……あれ?」


私は顔を上げた。

エミリアさんもリゼットさんも、こちらを見ている。

ニーナちゃんまで仕事の手を止めていた。


「間違ってました?」

「いいえ」


リゼットさんが静かに答えた。


「正しく読まれております」

「なら良かった」

「ですが……」

「はい?」


リゼットさんは本へ視線を落とした。


「これは古代語で書かれております」

「古代語?」

「はい、現在では専門的に学んだ者でなければ、読むことのできない文字です」

「……」


私はもう一度本を見る。普通に読めるけど…


「……女神様」


思わず呟いた。


「これも、おまけ?」


何だか嫌な予感がする。言葉と文字が分かるようにするとは言っていたけれど、古代語まで含まれているなんて聞いていない。


(やっぱり、あの女神様の『少し』って信用しない方がいい気がする)


「ミキ様は、本がお好きなのですか?」


ニーナちゃんに聞かれ、私は本を閉じながら頷いた。


「好きよ。知らないことを知るのって楽しいじゃない? 冒険ものとか、恋愛ものも好きだったし」


「恋愛もの……」


ニーナちゃんが少し嬉しそうな顔をする。


「こちらにもある?」

「ございます!」

「本当?」

「はい!」


急にニーナちゃんの声が弾んだ。


「最近、城下で人気の恋愛物語がございまして――」

「ニーナ」


マルガレーテさんの静かな声。


「……はい」

「勤務中ですよ」

「申し訳ございません」


しゅんとする姿が可愛くて、思わず笑ってしまった。


「今度教えてね」


小さな声で言うと、ニーナちゃんもこっそり頷いた。


いくつか本を見せてもらっているうちに、無性に図書室へ行きたくなってきた。


「王城って、図書室ありますよね?」

「ございます」


リゼットさんが答える。


「かなり大きな王立図書室がございますよ」

「行ってみたい!」


思わず声が大きくなった。


「今から行ったら駄目ですか?」

「体調はいかがですか?」

「元気です!」

「ですが……」


リゼットさんがマルガレーテさんを見る。

マルガレーテさんは少し考えてから頷いた。


「王城内でございますし、短時間であればよろしいでしょう。ただし、護衛の方にも同行していただきます」

「護衛……」


そうだった。部屋の外にいるんだった。


「分かりました」


一人で行けるのになぁ。そう思ったけれど、ローグ様と約束したばかりだ。さすがに初日から破るわけにはいかない。


(はいはい。ちゃんと大人しく言うこと聞きますよぉ)


「では、お声がけしてまいります」


エミリアさんが扉へ向かう。少しすると、


「失礼します」


また、あの低い声が聞こえた。

レオンハルト様が部屋へ入ってくる。


「図書室へ行かれると伺いました」

「はい。少しだけ」

「体調は?」

「元気です」

「本当に?」

「レオンハルト様まで!?」


思わず声を上げると、わずかに蒼い瞳が笑った。


「ローグ殿から、念を押されていますので」

「もう……みんな心配しすぎです」

「それくらいで丁度いいのかもしれません」

「何でですか?」

「……何でもありません」

「また!」


今度は私も笑ってしまった。まだ会ったばかりの人なのに不思議だった。最初に見た時は、少し怖そうな人だと思ったのに、話してみると、思っていたよりずっと優しい。


*


図書室へ向かうため、私はエミリアさんとレオンハルト様と一緒に部屋を出た。

王城の廊下を歩くのは初めてだった。


「うわぁ……」


思わず声が漏れる。


高い天井


大きな窓


壁には美しい絵や装飾品が飾られ、窓の外には広い庭園が見えている。


「すごい……」


気づけば足を止めていた。


「どうされました?」


レオンハルト様が私に合わせるように立ち止まる。


「いえ、あまりにも綺麗で」


窓へ近づく。


庭園には色とりどりの花が咲き、その向こうには大きな噴水が見えた。


「こちらは王妃殿下がお好きな庭園でございます」


エミリアさんが教えてくれる。


「あとで歩いてもいい?」

「もちろんでございます」

「楽しみ!」


思わず笑う。その時、ふと視線を感じた。


「……?」


横を見る。レオンハルト様がこちらを見ていた。

目が合う……


「どうしました?」

「……いえ」


彼は少しだけ視線を逸らした。


「何でもありません」


(またそれ)


でも、今度はなぜか少しだけ耳が赤い。


(やっぱり暑いのかな、この騎士服)


そんな的外れなことを考えながら、私は再び歩き出した。その少し後ろで、エミリアさんが何かを堪えるように口元を押さえていたことには、もちろん気づいていなかった。


*


やがて辿り着いた図書室の扉を開けてもらった瞬間、

私は目を見開いた。


「……すごい」


思わず息を呑む。


高い天井まで続く本棚

壁一面に並ぶ、数え切れないほどの本


二階へ続く階段まであり、中央には大きな机がいくつも置かれている。


「ここ……全部、本?」

「はい」

「自由に読んでいいの?」

「一部の禁書を除けば、ローグ様から許可をいただいております」

「……天国」


思わず呟いた。


「はい?」

「いえ!」


私は嬉しくなって、近くの本棚へ駆け寄りかけた。


「ミキ様」


後ろからレオンハルト様の声が飛んでくる。


「あ」

「走らないでください」

「……はい」

「まだ倒れたばかりです」

「もう元気ですよ?」

「それでもです」

「……はいはい」

「返事は一度で」

「はい」


なんだか、子供扱いされている気がする。


「私、本当は五十五歳なんですけどねぇ……」


小さく呟く。


「何か?」

「何でもありません!」


今度は私が言う番だった。

レオンハルト様が一瞬目を丸くして、それから、小さく笑った。その笑顔を見てなぜだろう。


胸の奥がほんの少しだけきゅっとした。


(……ん?)


私は胸元へ手を当てる。

何だろう。

別に痛くはない。


「ミキ様?」

「大丈夫です!」

「まだ何も聞いていませんが」

「……そうでした」


レオンハルト様が、また笑う。


もう、なんなのよ。初対面ではあんなに怖そうに見えたのに笑うとなんだかすごく優しい。


私は少しだけ熱くなった頬を誤魔化すように、本棚へ視線を向けた。


この時の私は、まだ知らなかった。

初めて歩いた王城の廊下で自分の歩幅に合わせて、ほんの少しだけゆっくり歩いてくれていた人のことをいつの間にか何度も思い出すようになるなんて……





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