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41 千年越しのさよなら



アリアの身体から零れた白い光が、花びらのように空へ昇っていく。抱きしめている腕の中から、少しずつ彼女の重みが失われていくのが分かった。


離したくない…そう思う気持ちは消えない。けれど、さっきまでとは少しだけ違っていた。これは、アリアが消えてしまう時間ではない。千年以上ここに留まり続けた姉が、ようやく自分のためにここを離れる時間なのだ。


そう思おうとしても、涙は止まらなかったけれど…


「ミア」


耳元で、アリアが私を呼ぶ。


「なに?」

「顔を見せて」


私はゆっくりと腕を緩めた。目の前のアリアは、もう向こう側の白い花が透けて見えるほど薄くなっている。それでも笑顔は変わらない。幼い頃、転んで泣いていた私を抱き起こしてくれた時と同じ顔だった。アリアが手を伸ばし、私の頬に触れる。


「大きくなったわね」


思わず笑った。


「それ、今言う?」

「だって、私の記憶の中では、あなたはいつも私の後ろを走っていたもの」

「今も結構、人の後ろを走ってるかも」


ちらりとレオンハルトを見る。彼は少し離れたところに立っていた。私たち姉妹の時間を邪魔しないようにしてくれているのだろう。それでも目が合うと、小さく頷いてくれた。


ちゃんとここにいる。それだけで安心する。


「でもね、お姉ちゃん。私、日本ではお姉ちゃんじゃなかったよ」

「そうなの?」

「うん。母親になった」


アリアの目が大きくなる。


「あなたが?」

「何その反応」

「だって、あんなに泣き虫だったミアが」

「千年以上前の話でしょう!」


アリアが声を上げて笑った。本当に楽しそうに…私もつられて笑う。泣きながら笑うなんて変なのに、今はそれでいいと思った。


「子どもはね、もう大人になったの」

「そう」

「夫もいたよ」

「……そうなのね」


アリアの声が優しくなる。


「幸せだった?」


その問いに、私は迷わず頷いた。


「うん。いろいろあったけど、幸せだった」


夫が病気になったこと


介護をした時間


見送ったこと


一人になったこと


辛かったし、苦しかった。でも、それだけではない。

たくさん笑ったし喧嘩もした。子どもの成長を一緒に喜んだ。何でもない日にご飯を食べて、テレビを見て、くだらない話をした。そういう全部が、私の人生だった。


「私ね、日本に行けてよかった」


アリアの目が揺れた。


「……本当に?」

「うん。お姉ちゃんと離れたことは悲しいよ。でも、日本で生きたことをなかったことにはしたくない。あそこで出会った人たちも、あそこで過ごした時間も、全部大切だから」


アリアはしばらく何も言わなかった。やがて目を伏せる。


「ずっと、怖かったの」

「何が?」

「私があなたの人生を奪ってしまったんじゃないかって」

「お姉ちゃんが?」

「あなたを守れなかったから、あなたはこの世界から弾き出されて、知らない世界へ行ってしまった。だから私はずっとあの日のことを後悔していた」

「違うよ」


すぐに言った。


「それは違う」


私はアリアの手を取った。


「日本で生きた私は、可哀想じゃないよ。夫に会えた。子どもにも会えた。坂元水姫として私を知ってくれた人たちがいて、私がちゃんと生きた時間があった。だから、お姉ちゃんが謝ることじゃない」


アリアの目から涙が零れた。


「……そう」

「うん」

「よかった」


その一言が、とても小さかった。千年以上ずっと、そのことを心配していたのだろうか。胸が苦しくなって、もう一度抱きしめたくなった。でも、その前にアリアが私の肩越しへ視線を向けた。


「それで」

「ん?」

「今は、あの方なのね」

「……え?」


視線の先にはレオンハルトがいる。嫌な予感がした。


「お姉ちゃん」

「素敵な方ね」

「ちょっと待って」

「とてもあなたを大切にしている」

「お姉ちゃん?」


アリアが楽しそうに笑う。さっきまで泣いていた人と同じとは思えない。


「ずっと見ていたもの」

「えっ」

「全部ではないわよ。でも、あなたがこの島へ近づいてからはかなり」

「全部じゃなくても嫌!」


後ろから小さな咳払いが聞こえた。振り返ると、レオンハルトが珍しく視線を逸らしている。耳が少し赤い。


「……聞こえてる?」

「聞こえています」

「忘れて」

「努力します」

「絶対忘れないやつ!」


近くでレイブン様が笑っている。


「いいじゃないか。姉公認だ」

「レイブン様は黙ってて!」

「なぜ俺まで怒られる」


さっきまでの涙が嘘みたいだった。でも、それでいいのかもしれない。お別れだからって、ずっと泣いていなくてもいい。最後に笑ったっていい。アリアも楽しそうに笑っている。やがてその笑いが静かに収まると、彼女はもう一度私を見た。


「ミア」

「なに?」

「幸せになりなさい」


胸の奥が大きく揺れた。


「今度こそ、自分の幸せを後回しにしないで…誰かを守ることと、自分を犠牲にすることは違うのよ。辛い時は辛いと言って、怖い時は怖いと言って助けてほしい時は、ちゃんと助けてって言うの」

「それ、お姉ちゃんにも言いたかった」


アリアが一瞬黙った。それから困ったように笑う。


「そうね」

「お姉ちゃんもできてなかったでしょう?」

「姉というものは、妹に格好をつけたいものなのよ」

「知らないよ、そんなの」

「あなたも母親だったなら、少しは分かるでしょう?」


言い返そうとして、やめた。少しだけ分かってしまったから…


「……ちょっとだけね」


二人でまた笑った。


*


アリアの身体は、もう半分ほど光になっていた。

時間がないことは、誰にも言われなくても分かった。

聞きたいことは、まだたくさんある。千年以上前の私たちがどんなふうに暮らしていたのか。好きだった食べ物は何だったのか。どんなことで喧嘩して、どんなことで笑ったのか。でも、全部聞こうとするのはやめた。千年以上の空白を、ほんの数分で埋められるはずがない。だったら最後に、一番聞きたかったことを聞こうと思った。


「お姉ちゃん」

「なあに?」

「昔、私が境界へ行った時……お姉ちゃん、私を追いかけてきた?」


アリアの表情が変わった。ずっと胸の奥に引っかかっていた記憶…


白い花


伸ばされた手


誰かの声


――帰ろう


そして私は、その手を離した。

アリアが静かに頷いた。


「ええ」


胸の奥で、最後の欠片が嵌まった気がした。


「やっぱり」

「思い出したの?」

「少しだけ」


目を閉じる。すると今までぼやけていた景色が、ゆっくりと形を取り戻していった。


*


空が黒く裂けている。まだ若い私は――ミアは、境界の前に立っていた。怖かったし逃げたかった。それでも、この向こうへ行けばお姉ちゃんが助かる。そう信じていた。後ろから、悲鳴のような声がした。


『ミア!』


振り返る。


アリアが走ってくる。泣いていた。


『来ないで!』


私は叫んだ。


『ミア、戻ってきて!』

『お姉ちゃんは生きて!』

『あなたもよ!』


アリアが手を伸ばす。私も手を伸ばした。

一度は、その手を掴んだ。


『帰ろう、ミア』


泣きながらアリアが言った。


『一緒に帰ろう』


その手は温かかった。本当は、離したくなかった。

帰りたかった。お姉ちゃんと一緒に…それでも私は、笑った。泣きながら…


『大丈夫だよ』


その言葉を残して、私は自分から、アリアの手を離した。


*


目を開けると、頬を涙が伝っていた。


「私だったんだ」

「ええ」

「私が離したんだね」

「そうよ」


アリアは責めなかった。ただ静かに答えた。


「私、ずっと……誰かに置いていかれたような気がしてた」


記憶がないのに、どこかに寂しさだけが残っていた。

誰かに手を離されたような、帰りたい場所へ帰れなかったような…でも、逆だった。手を離したのは私だった。誰かを守るためなら、自分一人が消えてもいいと思って…


「だから、お姉ちゃん、あの時言ったの?」


――今度は、本当に違うのね


アリアが頷いた。


「あなたが、あの方の手を掴んだから」


視線を向ける。レオンハルトがいる。今度は、私は手を離さなかった。それどころか、何度も自分から握った。


「……そっか」


やっと分かった。千年以上前にできなかったことを、私は今やり直したのだ。


「今度は、帰れたよ」

「ええ」


アリアが笑った。


「おかえり、ミア」


胸がいっぱいになる。私は泣きながら笑った。


「ただいま、お姉ちゃん」


*


その時、白い鳥が私たちの間へ降りてきた。


「そろそろだ」


分かっていた。でも、聞きたくなかった。アリアは静かに頷く。


「ええ」

「待って」


思わず言った。


「もう少しだけ」


白い鳥が私を見る。


「ミキ」

「分かってる。でも……もう少しだけ」


自分でも子どもみたいだと思う。でも、今くらいわがままを言ってもいいでしょう。アリアが笑った。


「いいわよ。千年待ったもの。数分くらい、どうってことないわ」


白い鳥が呆れたように翼を揺らした。


「昔からそうだ。お前は時間に大雑把すぎる」

「あなたに言われたくないわ」

「私は正確だ」

「千年以上生きている鳥が?」

「年齢は関係ない」

「まだ気にしてるんだ」


私が言うと、白い鳥がこちらを睨んだ。


「ミキ」

「はいはい」


また笑った。本当に不思議な二人だ。一人は鳥だけど…ふと、気になった。


「ねえ。あなたはこれからどうするの?」


白い鳥はすぐには答えなかった。一度アリアを見て、それから私へ視線を戻す。


「私の役目も、もうすぐ終わる」

「……え?」


胸が冷たくなった。


「ちょっと待って!お姉ちゃんの次はあなたまで何言ってるの!」


思わず声が大きくなる。白い鳥が呆れたように息を吐いた。


「最後まで聞け」

「……はい」

「私は消えるわけではない」

「本当?」

「本当だ」


その一言に少しだけ力が抜けた。白い鳥は翼を畳み、静かに続けた。


「私はアリアと共に生まれたわけではない。境界を渡る魂を導くために生まれた」


アリアが白い鳥を見る。


「やっと話すのね」

「必要がなかった」

「あなたはいつもそう」


白い鳥は聞こえなかったふりをした。


「守り人は境界を見守る者。そして私は、境界を越える魂を導く者だ」

「じゃあ……女神様と関係があるの?」


尋ねると、白い鳥はしばらく黙った。やがて、小さく頷く。


「ある」

「やっぱり!」

「だが、今すべてを話す必要はない」

「なんで?」

「長い」

「そこ!?」


レイブン様の笑い声が聞こえた。ローグ様まで額を押さえている。白い鳥はまったく気にせず続けた。


「千年以上前、ミアの魂を境界の外へ運んだのは私だ。だが、行き先を決めたのは私ではない」


胸が動いた。


「じゃあ……誰が?」

「お前自身だ」

「私?」

「お前の魂が、生きられる場所を選んだ」


日本


夫


子ども


私の人生


偶然ではなかった。誰かに押しつけられたものでもない。


「私が……選んだの?」

「そうだ。そして女神は、その選択を守った」


白い鳥の声が少しだけ柔らかくなった。


「本来なら、この世界との繋がりはそこで切れるはずだった。だが、アリアが封印を維持し、黒い影がお前を求め続けたことで、細い糸だけが残った」

「それで私は戻ってきた?」

「それだけではない」


白い鳥が真っ直ぐ私を見る。


「お前が戻ることを選んだからだ」

「私、覚えてないよ?」

「魂の選択を、人がすべて覚えているとは限らぬ」


難しい。でも、不思議と嫌ではなかった。


「じゃあ女神様は、私を無理やり連れてきたんじゃないんだ」

「違う」

「そっか」


少しだけ安心した。日本の人生も、この人生も、誰かに勝手に決められたものではない。私はずっと、どこかで生きることを選び続けていたのかもしれない。


「あなたは?」


もう一度、白い鳥に尋ねる。


「役目が終わったら、どこへ行くの?」

「戻る」

「どこへ?」

「私を遣わした者のところへ」


女神様…そういうことなのだろう。


「また会える?」


白い鳥は少し考えた。


「知らぬ」

「そこは会えるって言ってよ」

「約束できぬことは言わぬ」


相変わらずだった。でも、それがこの鳥らしい。


「……そっか」


少し寂しい。それでもアリアとは違う。この鳥は消えるのではない。自分の場所へ戻るのだ。


「じゃあ、ちゃんと帰るんだね」

「ああ」


私は笑った。


「なら、よかった」


*


その時、足元がゆっくりと揺れた。最初は小さな振動だった。けれどすぐに白い花々がざわめき、遠くに見えていた建物の輪郭が揺らぎ始める。全員の表情が変わった。


「何だ?」


レイブン様が剣へ手を伸ばし、ローグ様はすぐに周囲の魔力を探る。


「黒い影の気配じゃない」

「当然だ」


白い鳥が空を見上げた。


「アステリアが、元の姿へ戻ろうとしている」

「元の姿?」

「ここは長い間、アリアの封印と守り人の記憶によって現実と重なっていた。封印が消えた以上、この場所を維持する理由も力もない」


ローグ様が嫌そうな顔をした。


「つまり?」


白い鳥は平然と答える。


「崩れる」

「先に言え!」


ローグ様の怒鳴り声が響いた。その直後、さっきより大きな揺れが足元を襲った。遠くに見えていた白い建物の一部が音もなく崩れ、瓦礫になるのではなく無数の光の粒へ変わって空へ舞い上がっていく。白い花も次々と風に巻き上げられ、空一面を埋め尽くした。


「全員、戻るぞ!」


レイブン様の声で騎士たちが一斉に動き出す。ローグ様もすぐに魔法陣を展開し、先ほど外の世界と繋いだ道をもう一度固定し始めた。


「ミキ!」


レオンハルトが駆け寄ってくる。


「行きます」


その声に頷きかけて、私はアリアを見た。彼女は動いていなかった。


「お姉ちゃん?」


アリアはただ、穏やかに笑っている。その笑顔を見た瞬間、分かってしまった。


「……行かないの?」

「ミア」

「一緒に行こう」


答えが分かっているのに、それでも手を伸ばした。


「一緒に来て、王都へ帰ろうよ」


アリアはゆっくりと首を横へ振った。


「私が帰る場所は、そちらではないわ」

「でも……」


言葉が続かなかった。彼女の身体はもう、胸元まで白い光に包まれている。時間がない。分かっている。それでも納得なんてできなかった。


「……嫌だよ」


今度は、格好をつけるのをやめた。


「もっと一緒にいたかった」


アリアの目に涙が浮かぶ。


「私もよ」

「いっぱい話したかった。日本でのことも、子どものことも、編み物のことも……お姉ちゃんに話したいこと、まだいっぱいあるのに」

「ええ」

「レオンハルトのことだって、もっと話したかった」


少し後ろに立っていたレオンハルトが、僅かに息を呑んだのが分かった。アリアはそんな彼を見て、涙を浮かべたまま笑った。


「それは少し聞きたかったわ」

「でしょう?」


私も泣きながら笑った。


「たぶん、いっぱいあるよ。お姉ちゃんに聞いてほしいこと」

「なら、いつか聞かせて」

「いつか?」

「どこかでまた会えたら」


その言葉に、胸が締めつけられた。会える保証なんてない。白い鳥だって、魂がどこへ行くのかすべて分かるわけではないと言っていた。それでも…


「うん」


私は頷いた。


「その時まで、いっぱい話を作っておく」

「楽しみにしているわ」


地面がもう一度大きく揺れた。ローグ様がこちらを振り返る。


「ミキ!」

「分かってる!」


返事をしてから、もう一度アリアを見る。これが最後だ。そう思うと、胸が苦しくてたまらなかった。私はアリアへ手を伸ばした。彼女も同じように手を伸ばしてくれる。指が触れ、そのままぎゅっと握り合った。

千年以上前も、こうして手を繋いだ。あの時は、私が自分から離した。お姉ちゃんを守るためなら、自分一人がいなくなればいいと思って…

でも今は違う。今、私たちが手を離すのは、どちらかが犠牲になるためではない。私は、私が生きる場所へ帰る。アリアも、千年以上背負い続けた役目を終えて、自分のために帰る。だから…


「お姉ちゃん」

「なあに?」


私は泣きながら、それでも笑った。


「またね」


さよならとは言いたくなかった。アリアの目が大きくなり、やがてその顔に、私とよく似た泣き笑いが浮かんだ。


「ええ。またね、ミア」


握っていた手が少しずつ光へ変わっていく。それでも最後の瞬間まで、私たちは互いの指を離さなかった。そして、触れている感覚がなくなる寸前…


アリアが言った。


「幸せになって」


私は大きく頷いた。


「うん。お姉ちゃんも」

「ええ」


その返事と一緒に、アリアの身体が白い光に包まれた。光は一度大きく広がり、無数の白い花びらへ姿を変えて空へ舞い上がっていく。その中心にいたアリアの姿が、ゆっくりと薄れていった。最後まで彼女は笑っていた。私も、泣きながら笑った。やがてアリアの姿が完全に見えなくなり、私の手の中に残っていた温もりも少しずつ消えていった。それでも、不思議と千年前のような寂しさはなかった。あの時は、私が一人で決めて手を離した。今度は違う。私たちはお互いに帰る場所を選んで、それぞれの意思で手を離した。

だからきっとこれは、置いていくことでも置いていかれることでもない。


「……またね、お姉ちゃん」


もう一度、小さく呟いた。返事はなかった。

代わりに一枚の白い花びらが風に乗って飛んできて、私の掌へふわりと落ちた。


私はそれをそっと握った。


*


「ミキ」


後ろから呼ばれ、振り返る。レオンハルトが手を差し出していた。その向こうでは、ローグ様が必死に魔法陣を維持している。


「感動的なところ悪いが、そろそろ本当にまずいぞ!」

「ごめんなさい!」

「謝る暇があったら走れ!」

「はい!」


思わず笑ってしまった。レオンハルトも僅かに口元を緩める。私は彼の手を取った。


「行けますか?」

「うん」


一歩踏み出してから、もう一度だけ振り返る。

アリアはいない。白い花畑も、古い街も、少しずつ光へ変わっている。でも、胸の中には確かに残っていた。


姉の声も


笑った顔も


抱きしめてくれた腕も


――おかえり、ミア


千年以上待っていてくれた言葉も


全部………


「帰ろう」


私が言うと、レオンハルトの指が私の指にしっかりと絡んだ。


「はい。一緒に」


私たちは走り出した。レイブン様たちが先で待っている。グレンジャー様がこちらへ向かって何か叫び、ローグ様は魔法陣を維持しながら早くしろと手を振っていた。そして白い鳥が、私たちの頭上を飛んでいる。

一人ではない。今度は、誰かを置いていくために帰るのでもない。みんなで、生きて帰る。光の道へ飛び込む直前、私は握っていたレオンハルトの手へもう一度力を込めた。彼も同じように握り返してくれる。

千年以上前の私は、大切な人を守るためにその手を離した。でも今の私は、大切な人と生きるために手を握る。その違いが、どうしようもなく嬉しかった。


白い光が私たちを包み込む。


崩れていくアステリアの景色が遠ざかり、最後に一面の白い花が風に舞うのが見えた。


その中に、一瞬だけ…

笑っているアリアの姿が見えたような気がした。


本当にそこにいたのか、私がそう見たかっただけなのか、もう確かめることはできない。それでも私は笑った。


「またね、お姉ちゃん」


そして今度こそ、振り返らなかった。

私には、帰る場所がある。待っている人たちがいる。

そして隣には、手を繋いで一緒に帰ってくれる人がいる。私はレオンハルトの手を握ったまま、光の向こうへ踏み出した。






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