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39 奪わせないもの



黒い影が振り上げた腕を見た瞬間、レオンハルトとレイブンが同時に動いた。


「右へ!」


レイブンの声にレオンハルトが迷いなく反応する。二人が左右へ分かれた直後、巨大な腕が地面へ叩きつけられ、黒く染まった花と土が激しく舞い上がった。


その隙を逃さず、レオンハルトが影の懐へ飛び込む。


お守りの光をまとった剣が、黒い身体を斜めに切り裂いた。


けれど今度は、先ほどのように簡単にはいかなかった。傷口から溢れた闇が剣へ絡みつき、そのままレオンハルトの腕を伝って這い上がろうとする。


「レオンハルト!」


私が叫ぶより早く、横からレイブンの剣が振り下ろされた。黒いものが弾け飛ぶ。


「一人で突っ込むな!」

「兄上にだけは言われたくありません!」

「口答えできるなら元気だな!」


兄弟は言い合いながらも、互いの動きを完全に理解しているようだった。レイブンが影の攻撃を受け流せば、その死角へレオンハルトが入り込む。レオンハルトが一歩下がれば、そこへレイブンが出る。

長く一緒に剣を振るってきたのだろう。

言葉にしなくても分かる、そんな二人の動きに一瞬見入ってしまった私の横で、ローグ様が低く唸った。


「妙だな」

「何がですか?」

「レオンハルトの剣だけだ」


ローグ様の周囲には、すでにいくつもの魔法陣が浮かんでいる。そこから放たれた光が黒い影を撃ち抜くたび、確かに身体の一部は崩れるのだけれど、すぐに闇が集まって元へ戻ってしまう。騎士たちの剣も同じだった。斬ることはできる。けれど、傷として残らない。


「レオンハルトが斬った場所だけ、再生が遅い」


言われて見ると、本当だった。さっきレオンハルトが切り裂いた胸元には、今も細い蒼白い光が残っている。


「お守り……?」


私が呟くと、ローグ様が頷いた。


「おそらくな。あれにはミキ様の魔力とレオンハルト自身の魔力が混ざっている。さらに今は、守り人の力まで流れ込んでいる」


「じゃあ、私の力なら効くってこと?」

「単純にそうとは限らん。守り人の力だけで倒せるのなら、アリア様が千年以上前に倒していたはずだ」


その言葉に、私はアリアを見る。

アリアも同じことに気づいたらしい。


「繋がった力……」

「え?」

「ミア、あなた一人の力ではないからよ」


アリアは、レオンハルトの剣に残る光を見つめていた。


「あなたが彼に渡したものに彼の魔力が宿り、あなたの力と繋がっている。どちらか一方の力ではない。だから、あれを傷つけられるのかもしれない」


守り人一人の力では倒せない。でも、誰かと繋がった力なら…胸の奥で何かが動いた。


「だったら――」


その瞬間、凄まじい衝撃音が響いた。

顔を上げると、レイブンの身体が宙へ投げ出されている。


「レイブン!」


影の腕をまともに受けたのだ。地面へ叩きつけられる寸前、騎士の一人が滑り込むように身体を支えた。


「兄上!」


レオンハルトが振り返る。


「前を見ろ!」


倒れたままレイブンが怒鳴った。その声にレオンハルトが反射的に剣を上げる。直後、黒い爪のようなものが剣へぶつかり、激しい音が響いた。


「っ……!」


押される。レオンハルトの足が地面を滑った。

助けなきゃ…そう思った瞬間、身体が勝手に前へ動こうとした。けれど、肩を掴まれる。


「行ってはいけません」


グレンジャー様だった。


「でも!」

「あなたが行って何をするんです」

「それは……」


言葉に詰まる。


「ミキさんがあそこへ飛び込めば、レオンハルトはあなたを守るために余計な動きをします。自分にできることをしてください」


静かな声だった。怒られているわけではない。

それでも、その言葉は胸に響いた。何でも自分でやらなくていい。剣で戦うのはレオンハルト達…魔法を使うのはローグ様達…怪我をした人を助けるのはグレンジャー様。なら、私にできることは何だろう。

胸元へ手を当てる。


白い光


守り人の力


でも、それだけじゃない。


「繋ぐ……」


私は呟いた。


「ミキ?」


アリアがこちらを見る。


「守り人って、境界を見守って、魂を導く存在なんだよね?」

「ええ」

「だったら、戦うんじゃなくて……繋ぐことならできる?」


アリアの目が大きくなった。私の考えていることが伝わったらしい。


「ミア、それは……」

「みんなの力を私に集めるんじゃないよ。それじゃ、また同じになっちゃうから」


守り人一人にすべてを集めて、その人が背負うのでは意味がない。


「私を通して、みんなを繋ぐの」


アリアが息を呑んだ。ローグ様もこちらを見る。


「できるのか?」

「分かりません」

「またそれか」

「だって、初めてなんだから仕方ないでしょう!」


ローグ様が一瞬だけ呆れた顔をした後、口元を上げた。


「やってみろ。失敗しそうなら俺が止める」

「止められるんですか?」

「……努力する」

「ローグ様も分からないんじゃない!」

「うるさい!」


こんな時なのに、少しだけ笑った。その笑いで肩から余計な力が抜ける。私は目を閉じた。レオンハルトのお守りを探した時と同じように、魔力そのものを見るのではなく、そこにいる人を思い浮かべる。


最初に感じたのはレオンハルトだった。


蒼い光


強くて真っ直ぐで、でも思っていたよりずっと温かい。


その隣には、よく似ているけれど少し違う光がある。レイブンの光はもっと荒々しく、大きい。


少し離れた場所にはローグ様の複雑に絡み合った強い魔力があり、そのそばにはグレンジャー様の穏やかで柔らかな光がある。


騎士たち


魔法師たち


アリア


白い鳥


一つ一つ違う。誰一人、同じではない。

私はそれらを自分の中へ取り込もうとはしなかった。

ただ、隣同士を繋いでいく。まるで一本ずつ糸を渡し、大きな編み地を作っていくように。そう思った瞬間、少しだけ笑いそうになった。こんなところまで編み物なのか。でも、私らしい気もした。一目だけでは形にならない。一本の糸だけでは弱い。それでも、何度も隣と繋がっていけば、やがて一枚のものになる。


胸の奥にあった白い光が、ゆっくりと広がっていった。


*


最初に変化へ気づいたのは、レオンハルトだった。


黒い影の攻撃を受け止めた瞬間、彼の剣が蒼白く輝く。その光は一度も消えることなく隣にいるレイブンの剣へ移り、さらに騎士たちの武器へと広がっていった。ローグ様の魔法陣にも白い光が混ざる。


「……成功した?」


恐る恐る目を開ける。身体から何かが失われている感覚はない。むしろ逆だった。たくさんの光が互いに繋がり、支え合っているのが分かる。私はその中心に立っているわけではない。ただ、その中の一人として繋がっている。


「ミア……」


アリアが泣きそうな顔で私を見ていた。


「これが、本当の守り人の力なのかもしれない」

「お姉ちゃん?」

「力を集めるのではなく、繋ぐ。誰かを犠牲にするのではなく、足りないものを互いに補う……」


白い鳥が翼を広げた。


「思い出したか、アリア」

「ええ……私たちは、忘れていたのね」


その時、黒い影が初めて大きく後退した。


『やめろ』


声が変わっていた。さっきまでの怒りではない。焦っている。


『それ以上、繋ぐな』


その声を聞いた瞬間、私は確信した。


「嫌なんだ」


黒い影が私を見る。


「みんなが繋がるのが怖いんだね」

『黙れ』

「あなたはずっと、一人になった人を狙ってきたんでしょう?」


ノクス家も


エレノアも


セドリックも


そして、昔の私も


「一人で悩んで、一人で苦しんで、誰にも言えなくなった人のところへ来て、その人が欲しい言葉を囁いた。そうやって利用してきた」

『黙れ!』


黒い影が吠えた。でも、今度は怖くなかった。


「だから、一人じゃなくなったら困るんでしょう?」


黒い腕が私へ向かって伸びてくる。


「ミキ!」


レオンハルトが動いた。けれど、その前にレイブンの剣が黒い腕を弾く。さらに騎士たちが一斉に斬り込んだ。今度は違った。全員の剣に白い光が宿り、切り裂かれた黒い腕は先ほどのようにすぐには再生しない。


「効いてる!」


私が叫ぶと、ローグ様がすぐに反応した。


「なら、このまま押し切るぞ!」


周囲に展開されていた複数の魔法陣が一斉に輝き、そこから放たれた光が黒い影の身体を貫いた。


次々と亀裂が走る。影が大きく後退した。


『やめろ……!』


初めて、こちらが押している。


「いける……」


そう思った、その時だった。黒い影が笑った。


『愚かな』


背筋に冷たいものが走った。


『私が千年、お前だけを待っていた理由を忘れたか』

「……何?」


赤い目が私だけを捉える。次の瞬間、影の胸元が縦に裂け、その奥に底の見えない黒い穴が現れた。

見た瞬間、分かった。あれは、ただの闇ではない。


境界だ。


『お前は繋ぐ者ではない。お前は鍵だ』


アリアの顔色が変わった。


「ミア、離れて!」


その声と同時に、黒い穴から凄まじい力が伸びてきた。風に吸い込まれるのとは違う。身体ではなく、魂そのものを引っ張られている。


「っ……!」


足が地面から離れそうになった瞬間、レオンハルトが私の腕を掴んだ。


「ミキ!」

「離さないで!」

「離しません!」


両手で私を掴み、レオンハルトが必死に引き戻そうとする。アリアの白い光が私を包み、ローグ様もすぐに魔法を重ねたけれど、それでも黒い穴から伸びる力は弱まらなかった。


『来い、ミア』


声が直接、頭の中へ流れ込んでくる。


『お前が戻れば、すべて終わる。男も、姉も、仲間も、誰も死なずに済む』


息が止まった。


『お前一人でよい』


その言葉は、どんな攻撃よりも深く胸に刺さった。

私一人で、みんなが助かる。


レオンハルトも


お姉ちゃんも


ローグ様も、グレンジャー様も、レイブン様も…


みんな助かるのなら――


「……それなら」


口から言葉がこぼれそうになった。

その瞬間、アリアの声が蘇った。


――一人で決めないで


続いて、レオンハルトと交わした約束を思い出す。


――二人で帰る


そして、もっと昔、日本で生きていた頃、私は何度も同じようなことを言っていた。


大丈夫…


私がやるから…


心配しなくていいから…


夫が病気になってからは特にそうだった。自分が頑張ればいいと思っていた。辛くても、苦しくても、私さえ我慢すればいいと、それが家族のためだと思っていた。でも今なら、少しだけ分かる。


あの人だって、本当は私に頼ってほしかった時があったのかもしれない。


子どもだって、私が何でも一人で抱え込む姿を見て、心配していたのかもしれない。


そして今…私はまた、同じことをしようとしている。


「……危なかった」


思わず呟いた。


「ミキ?」


レオンハルトが必死に私の腕を掴んだまま、こちらを見る。


「私、また一人で決めるところだった」


彼の目が大きくなった。


「ごめん」

「謝るのは後です」

「……怒ってる?」

「かなり」

「だよね」

「ですが、気づいたのならそれでいい。だから今は、私の手を離さないでください」


泣きそうになった。


「うん」


私はレオンハルトの腕を掴み返し、黒い影を見た。


「やっぱり嫌」

『何?』

「私一人で済むとしても、嫌」

『なぜだ』

「私の命だから」


自分で口にした瞬間、胸が震えた。


「私が生きたいって思ってもいいでしょう? みんなを助けたい。でも、その“みんな”の中に、私も入れていいでしょう?」


黒い影は答えなかった。アリアが泣いている。

私は彼女へ手を伸ばした。


「私は、私も助ける。だから、お姉ちゃんも一緒に帰ろう」

「ミア……」

「できるかどうかは分からない。でも、最初から諦めるのは嫌なの」


アリアはしばらく私を見つめていた。やがて涙を流したまま笑い、私の手を強く握った。


「……ええ。一緒に帰りましょう」


その瞬間、私とレオンハルト、そしてアリアを繋ぐ光が一気に強くなった。そこへレイブン様やローグ様たちの光も重なっていく。


誰か一人の力ではない。

誰か一人の命を燃やして作った光でもない。

たくさんの人が、それぞれ自分のままで繋がっている。


その光に触れた黒い穴が、大きく揺れた。


*


『やめろ! それ以上、魂を繋ぐな!』


黒い影の叫びに、ローグ様が顔を上げた。


「魂を……?」


その言葉に反応したのは、白い鳥だった。何かに気づいたように大きく目を見開き、黒い影をじっと見つめる。


「そういうことか」

「何が!?」


私が叫ぶと、白い鳥は視線を逸らさないまま答えた。


「ミアの魂が鍵なのではない。奴は、そう思い込ませていたのだ」


黒い影が激しく揺れる。


『黙れ!』


けれど白い鳥は構わず続けた。


「ミアの魂が持っているのは、境界を開く力ではない」

「じゃあ、閉じる力?」


アリアが尋ねる。


白い鳥は首を横へ振った。


「違う。選ぶ力だ」

「選ぶ……?」

「どの世界へ行くのか、どこへ帰るのか、魂自身が選ぶための力。それが、一度境界を越えたミアの魂に宿った」


まだ意味が分からない。

けれど、アリアは何かに気づいたらしい。


「まさか……あれは、自分ではこの世界を選べないの?」

「そうだ」


白い鳥の声が低くなる。


「奴はこの世界に生まれた魂ではない。だから、自分の意思だけでは完全にこちら側へ根を下ろすことができない」


ようやく意味が繋がった。


「だから、私を器にしようとした……?」

「お前の魂を奪うこと自体が目的なのではない。お前を取り込み、お前の魂にこの世界を選ばせることで、奴自身もこちらへ渡ろうとしている」

『黙れぇ!』


黒い影が吠えた。けれど、もう遅い。私はようやく分かった。千年以上、黒い影が私を追い続けてきた理由…私の魂が特別な力を持っているから、ただ欲しかったわけではない。


私を扉として使いたかったのだ。


「だったら、私が選ばなければいいんだ」


そう言うと、白い鳥は一瞬だけ私を見た。


「それだけではない。お前は一度、境界を越えている。だからこそ、選び直すこともできる」

「何を?」


白い鳥が答えようとした。その瞬間だった。黒い影が形を崩し、巨大な闇の塊となって私へ向かって飛び込んできた。


「ミキ!」


レオンハルトが私を抱きしめる。


直後、何もかもが黒い闇に呑み込まれた。


*


気がつくと、何も見えなかった。上下も左右も分からない。地面に立っているのか、それともどこかに浮かんでいるのかさえ分からず、身体の感覚もほとんどない。それでも、一つだけ分かるものがあった。


手が温かい。

誰かが、私の手を握っている。


「……レオンハルト?」


返事はなかった。


けれど、恐る恐る指へ力を込めると、少し遅れて握り返された。それだけで胸の奥が熱くなる。


「いるんだね」


もう一度握ると、今度はさっきより強く返ってきた。


姿は見えない


声も聞こえない


それでも彼がここにいる


そのことが、どうしようもなく心強かった。やがて暗闇の遠くに、小さな光が現れた。


白い光…そして、そのすぐ隣には深い蒼の光がある。

二つの光は離れることなく、並んでいた。


『選べ』


どこからともなく、黒い影の声が響いた。


『お前は、どこへ帰る』


その言葉と同時に、目の前の暗闇がゆっくりとほどけていく。現れた景色を見た瞬間、息が止まった。


日本だった


見慣れた家


懐かしい部屋


何度も立った台所


窓から差し込む光まで覚えている。


そして、そこにあの人がいた。


「……あなた」


夫だった。病気になる前の、元気だった頃の姿…

少し疲れて帰ってきた時のような顔で、それでも私を見ると優しく笑っている。そのそばには、まだ今よりずっと幼い子どもの姿もあった。胸が痛いほど締めつけられた。


会いたかった


ずっと会いたかった


もう一度声を聞きたかった


もう一度、名前を呼んでほしかった


病気になる前に戻れたら、もっと何かできたのではないか。もっと一緒にいられたのではないか。そんなことを、何度考えただろう。


『帰りたいだろう』


黒い影の声が優しく囁く。


『ここがお前の帰る場所だ』


夫がこちらを見ている。笑っている。一歩踏み出せば、その人のところへ行けるような気がした。


足が動きそうになった、その時…握っていた手に力がこもった。はっとする。振り返っても、レオンハルトの姿は見えない。けれど、手は確かにそこにある。


私はもう一度、日本の景色を見た。


夫がいる


子どもがいる


私が確かに生きていた場所がある


あの人生は夢ではない。間違いでもない。消してしまいたい過去でもない。私は、あの人を愛していた。今でも大切に思っている。


その気持ちは、レオンハルトを愛するようになったからといって、なくなるものではない。


胸の奥から込み上げてきた涙が、頬を伝った。


「……会いたかったよ」


夫に向かって、そう言った。声が震える。


「ずっと、会いたかった。もう一回会えたらって、何度も思ったよ」


夫は何も言わない。ただ、あの頃と同じ顔で笑っている。私は泣きながら、その笑顔を見つめた。


「大好きだった。今でも大切だよ。あなたと一緒にいられて、私、幸せだった」


言葉にすると、胸の奥にずっと残っていたものが少しずつほどけていく気がした。


ごめんね、と言いそうになって…やめた。

新しい誰かを好きになったことを、謝りたくなかった。あの人との人生を捨てるわけではない。忘れるわけでもない。あの人を愛した私のまま、これからも生きていくのだから…


「だから……ごめんねじゃなくて、ありがとうだね」


涙を拭って、笑った。


「ありがとう。私、幸せだったよ」


その言葉を口にした瞬間、夫の笑顔が少しだけ柔らかくなったような気がした。本当にそうだったのか。

ただ私が、そう見たかっただけなのか。

それは分からない。でも、それでよかった。

私はゆっくりと視線を移した。


隣には、まだ深い蒼の光がある。そして私の手を握る温もりも消えていない。


「私ね」


もう一度、夫へ向き直る。


「まだ生きたい」


今度は、はっきり言えた。


「今の私にも、大切な人ができたの。その人と一緒に帰りたい場所がある。やりたいこともあるし、まだ編みかけのものだって置いてきてる。約束したことも、いっぱいあるの」


涙はまだ止まらない。それでも、私は笑っていた。


「だから、私……今度の人生も、ちゃんと幸せになりたい」


日本の景色が、ゆっくりと光に包まれていく。


夫の姿も


子どもの姿も


懐かしい家も


少しずつ遠くなる


でも、不思議ともう怖くなかった。消えていくのではない。私の中にある。あの人生もあの人を愛したことも家族と過ごした時間も全部、私のものだ。

そして今の人生も同じように、私のものなのだ。


「ありがとう」


最後にもう一度そう言った。


そして私は、深い蒼の光の方へ身体を向けた。

握っている手へ、自分からしっかりと指を絡める。


「帰ろう、レオンハルト」


返事は聞こえなかった。でも、その手が強く握り返される。それで十分だった。私はその温もりを頼りに、蒼い光へ向かって歩き出した。すると、白と蒼の光がゆっくりと重なり、暗闇の中に一本の道を作り始める。その道の向こうから、今度ははっきりと声が聞こえた。


「――ミキ」


ずっと聞きたかった声。


私は涙を拭い、笑った。


「うん。ここにいるよ」


光の向こうで、レオンハルトの姿が少しずつ見えてくる。


そして私は、今度こそ迷わず、その手を取った。





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