↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/46

4 目覚めたら知らない場所でした

「……ん……」


ふわりと柔らかなものに包まれている。温かくて、いい匂いがした。


(……布団?)


ぼんやりした頭で目を開けると、見知らぬ天井が目に入った。


「……どこ?」


身体を起こす。大きな窓から朝の光が差し込み、その下には小さなテーブルと椅子が置かれていた。私が寝ているのは、かなり立派なベッドだ。


「ホテル……?」


いや、違う。石造りの壁には繊細な彫刻が施され、家具も映画に出てきそうなアンティーク調。壁際には暖炉まである。こんな部屋、日本のホテルでは見たことがない。


そこでようやく、昨日の記憶が戻ってきた。


女神様、異世界、森、魔物、白い光、そして――騎士


「そうだった……」


私、異世界に来たんだった。夢ではないことを確かめるように両手を見つめ、頬を軽くつねる。


「痛っ」


若い手。痛みのある頬。


「……夢じゃないね」


死んで異世界へ来ている時点で、何をもって現実と呼べばいいのか分からないけれど。


ふと、自分の身体に目を落とす。昨日着ていた服ではなく、柔らかな白い寝間着のようなものを着せられていた。


「……誰が着替えさせたの?」


その瞬間、扉が叩かれた。


――コンコン


「はい!」


反射的に返事をすると、扉が開き、一人の女性が入ってきた。


「まあ!」


私と目が合った途端、女性はぱっと表情を明るくした。四十代くらいだろうか。落ち着いた栗色の髪をきっちりまとめ、濃紺の上品な服を身につけている。


「お目覚めになられたのですね。お加減はいかがですか?」


「えっと……大丈夫だと思います」


頭痛もないし身体も重くない。むしろ元気だった。


「昨日は森で倒れられたと伺っておりますので、念のため先生をお呼びいたしますね」

「先生?」

「医師でございます」

「あ、はい。お願いします」


女性が部屋を出ようとしたので、慌てて呼び止める。


「あの!」

「はい?」

「ここ……どこですか?」


女性は少し驚いたような顔をしたが、すぐに納得したように頷いた。


「ああ……そうでしたね。まだ何もご存じではありませんものね。ここは、アルヴェリア王国の王城でございます」


「…………」


王城……


「おう……じょう?」

「はい」

「お城?」

「さようでございます」


森で倒れて、騎士に拾われて、目覚めたら王城。展開が早すぎない?


「どうして私がお城に……?」

「昨日、王都近郊の森で巡回中だった騎士団の方々が、あなた様を保護されたそうです」

「そうなんですね……」


やっぱり、あの人たちは騎士だったんだ。


「それで、念のためこちらへ?」

「……はい」


女性の返事に、ほんの一瞬だけ間があった。気にはなったものの、今はそれどころではない。


「助けていただいた方にも、お礼を言わないと」

「その機会もございますでしょう。まずは、お身体を診ていただきましょう」

「はい」


女性が部屋を出ていく。その背中を見送りながら、私は大きく息を吐いた。


「王城かぁ……」


異世界、魔法、魔物、騎士、王城……


「……本当にファンタジーじゃない」


これからどうなるのだろう。住むところも、お金も、仕事もない。家族も知り合いもいない。昨日は生き残ることで精一杯だったけれど、落ち着いて考えれば、私は完全に無一文だ。


「女神様……そこまで面倒見てくれないの?」


天井を見上げても、返事はなかった。


*


しばらくすると、再び扉が開いた。


「失礼します」


今度は男性の声だった。


入ってきたのは、白い上着を身につけた男性。三十代くらいで、柔らかな茶色の髪に、少し垂れた優しそうな目をしている。細身だが背は高く、いかにも穏やかな雰囲気だった。


(……イケメンだ)


異世界に来て最初にまともに話す男性がイケメンって、どういうこと?


「初めまして。私はベルン・グレンジャー。王城で医師をしております」

「……あ、はい!」


慌てて頭を下げる。


「坂元水姫です。よろしくお願いします」

「サカモト……ミキ?」

「あ」


こちらにも名字と名前があるのか分からない。私は少し考えてから答えた。


「ミキが名前です」

「では、ミキさんとお呼びしても?」

「もちろんです」

「ありがとうございます。ではミキさん、少し診察させてください」

「はい」


グレンジャー様は私の向かいに椅子を置いて座った。


「頭痛は?」

「ありません」

「吐き気は?」

「ないです」

「身体に痛むところは?」

「特には……」

「昨日倒れた時のことは覚えていますか?」

「はい。森で騎士の方たちに会って……そのあと急に力が抜けて」

「その前は?」

「……その前?」


グレンジャー様の目が、わずかに真剣になる。


「森で何をされていました?」


魔物のこと…白い光のこと…話していいのだろうか。


「えっと……」


迷っていると、グレンジャー様は私の表情を見て、穏やかに微笑んだ。


「無理に話さなくても大丈夫ですよ。今は身体を休めることの方が大切です。話せる時に話してください」

「ありがとうございます」


張りつめていたものが、少し緩んだ。


「ただし、何か身体に異変があれば、どんな小さなことでも必ず言ってください。我慢もしないこと。無理もしない。分かりましたか?」

「……はい」


初対面なのに、ずいぶん念を押されている。


(お医者さんって、どこの世界でも同じなのかな)


そんなことを考えていると、グレンジャー様が私の手首に指を当てた。脈を診ているらしい。そのまま目を閉じると、指先から淡い緑色の光が広がった。


「えっ!」


思わず手を引きそうになる。


「ああ、すみません。驚かせましたね」

「今、光りましたよね!?」

「はい」

「手が!」

「診察魔法です」

「……魔法!」


思わず身を乗り出す。


「本当に魔法なんですね!?」

「……本当に?」


グレンジャー様が不思議そうな顔をした。

……しまった。この世界では当たり前なのだ。


「いえ、その……私のいたところでは、こういうのはなかったので」

「あなたのいたところ?」

「あ……」


余計なことを言った。けれど、ここまで来て嘘をついても仕方がない。


「あの……信じてもらえないと思うんですけど、私、この国の人間じゃないです」

「それは分かります」

「分かるんですか?」

「髪も瞳も、この辺りでは見たことがありませんから。それに、あなたから感じる魔力も、私が知るものとは少し違います」

「……魔力?」

「はい」

「私に?」

「ありますよ」

「……聞いてない」

「はい?」

「いえ、なんでもありません」


女神様………やっぱり説明不足です。


*


診察が終わりかけた頃、扉が叩かれた。


――コンコン


「入れ」


なぜかグレンジャー様が返事をする。

扉が開き、低く落ち着いた声が響いた。


「失礼する」


入ってきた男性を見て、私は再び固まった。


背が高く、肩幅もある。黒に近い濃紺の髪を後ろへ流し、鋭さのある金色の瞳をしていた。グレンジャー様とはまったく違うタイプだが、こちらも間違いなくイケメンだった。


(こっちもイケメンなんですけどーー!)


何なの、この国。イケメン率が高すぎない? 私、五十五年間生きてきて、こんな人たちに囲まれたことないんですけどーー。


「ミキさん、大丈夫ですか?」

「はい!大丈夫です…」


グレンジャー様に呼ばれ、慌てて姿勢を正す。入ってきた男性が、ほんの少し眉を上げた。


絶対、変な人だと思われた。


「彼はエドワード・ローグ。この国の王国魔法師団を預かっている者です」

「魔法師団……」


すごい肩書きが出てきた。


男性――ローグ様が私を見る。


「エドワード・ローグだ」

「あ、坂元水姫です。ミキが名前です」

「ミキ」

「はい」


ローグ様は私の名前を確かめるように繰り返したあと、少し黙った。


「体調は?」

「大丈夫です」


すると、グレンジャー様がすぐ横から口を挟んだ。


「今のところは、だ」

「ベルン」

「魔力の乱れがある」

「……どの程度だ?」

「判断できない」


二人の雰囲気が変わった。私は交互に顔を見る。


「あの……」

「心配しなくていい」


ローグ様が言う。


「いや、そう言われると余計心配なんですけど」


一瞬、ローグ様が黙り、隣でグレンジャー様が吹き出した。


「……ベルン」

「すまない」


全然すまなそうではない。


「ミキ」


ローグ様が改めて私を見る。


「少し聞きたいことがある」

「はい」

「昨日、君が発見される直前、森で強い魔力反応が確認された。それとほぼ同時に、周辺にいた魔物の気配が消えている。何か知っているか?」


心臓が跳ねた。やっぱり、あの光のことだ。

助けてもらった人たちに隠し続けるのも違う気がして、私は小さく頷いた。


「……見ました」

「何を?」

「魔物を」


ローグ様の表情が変わる。


「襲われたのか?」

「はい」

「怪我は?」

「してません」

「どうやって逃げた?」

「それが……」


私は自分の両手を見た。


「逃げてないんです」

「どういう意味だ?」

「私にも分からないんですけど……怖くて、死にたくないって思って、来ないでと手を出したら、光が出ました」

「光?」

「白い光です」


ローグ様とグレンジャー様が顔を見合わせる。


「それで?」

「魔物が……消えました」

「倒したのではなく?」

「消えたんです」

「死骸は?」

「残ってません」


部屋が静まり返った。ローグ様の顔から、さっきまでのわずかな余裕が消えている。


「ミキ。その力について、何か知っているか?」

「全然」


私は即答した。


「昨日まで魔法のない世界にいたんですよ?」

「……魔法のない世界?」


しまった。また言ってしまった。

私は小さく息を吐く。


「多分……最初から説明した方がいいですよね」


ローグ様とグレンジャー様が黙って私を見る。


「ものすごく信じられない話になると思いますけど」

「構わない」


ローグ様が答えた。


「聞こう」

「……分かりました」


私は膝の上で手を握った。


どこまで話す? 日本のこと?事故のこと?女神様のこと?そして――本来この世界に生まれるはずだった魂のこと……


そこまで話していいのだろうか。

考えていると、窓の外で小さな羽音がした。


――ぱさっ。


振り向くと、窓辺に一羽の白い鳥が止まっていた。


「あ……」


昨日の鳥……

白い鳥と目が合った瞬間、胸の奥がほんのり温かくなる。


『大丈夫』


「……え?」


確かに、声が聞こえた。


「ミキ?」


ローグ様が私を見る。


「どうした?」

「いえ……」


もう一度窓を見る。しかし、そこにはもう何もいなかった。私は胸元にそっと手を置いた。さっきまで怖かったのに、なぜか少しだけ勇気が湧いてくる。


「……話します」


二人を見る。


「私が、ここへ来るまでのことを」


この時の私はまだ知らなかった。


この二人との出会いと、森で放ったあの白い光が、私の二度目の人生を大きく動かしていくことになるなんて……





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。