28 恋人になった朝
翌朝、目が覚めて最初に見えたのは、見慣れた天井だった。柔らかな朝の光が、カーテンの隙間から差し込んでいる。いつもの部屋、いつものベッド。何も変わっていない。なのに、昨夜のことを思い出した瞬間、私は布団を頭まで引き上げた。
(待って、待って、待って)
心臓が一気に速くなる。
昨日、レオンハルトと私は、その……恋人になった。
「……恋人」
小さく声に出しただけで、顔が熱くなる。
前の人生で恋を知らなかったわけではない。結婚もしたし、子どもも育てた。もう、ときめくだの何だのという年齢は、とっくに過ぎたと思っていた。
なのに、昨夜レオンハルトが私を見つめていた時の蒼い瞳が、何度も脳裏に浮かぶ。
あの瞳に映っていたのは、守るべき相手としての私ではなかった。
恋人としての私だった。
「……無理」
布団の中で顔を押さえる。
触れた手の温度。指先が重なった感触。ためらうように近づいてきた顔。そして――。
「~~っ!」
思い出した。
唇
私は布団の中で丸くなった。
(どうしよう。今日、普通に顔を見られる?)
いや、見なきゃ駄目でしょう。同じ王城にいるのだから……しかも、レオンハルトは私の護衛だ。
今日も普通に会う。毎日会う。
……恋人に
「恋人……」
また口にしてしまった。
そのたびに胸の奥がむずむずして、どうしようもなく嬉しくなる。昨日までなら、隣にいる彼を見ても「頼れる護衛」と思おうとすれば、まだそう思えた。
けれど、今日からは違う。
同じ顔、同じ声、同じ蒼い瞳
それなのに、そこへ新しい意味が加わってしまった。
彼が私を見るだけで、昨夜の言葉が蘇る。彼の指が少し動くだけで、触れられた感触を思い出す。
私はしばらく、布団の中で一人悶えていた。
*
「ミキ様、お目覚めですか?」
扉の向こうから、エミリアさんの声がした。
「は、はい!」
思った以上に大きな声が出た。
「お入りしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ!」
慌てて起き上がり、髪を手で整える。
扉が開き、エミリアさんとニーナちゃんが入ってきた。
「おはようございます、ミキ様」
「お、おはようございます」
二人は、なぜか私の顔をじっと見ていた。
「何?」
「いえ?」
エミリアさんが、にっこり笑う。ニーナちゃんも、にこにこしている。
「何よ」
「何もございません」
「嘘」
「本当です」
「じゃあ、ニーナちゃんは?」
「な、何もございません!」
絶対に何かある。私は二人をじっと見つめたが、二人とも何も言わなかった。
「……変なの」
首を傾げながらベッドを降りる。すると、エミリアさんが私の顔を見て、ふっと笑った。
「よくお休みになれましたか?」
「え?」
なぜか、その質問だけで昨夜のことを思い出してしまう。
「……はい」
顔が熱くなる。エミリアさんの目が、わずかに細くなった。ニーナちゃんは口元を押さえている。
(何!?)
「何なの、二人とも!」
「何でもありません!」
「絶対、何かあるでしょう!」
「朝食のお支度をいたしましょう!」
「誤魔化した!」
エミリアさんは笑いながら衣装棚へ向かい、ニーナちゃんもその後を追った。私はまだ納得できずに二人を見ていたが、鏡に映った自分の顔を見て、言葉を失った。
頬が赤い。目元が緩んでいる。
何より、隠そうとしても隠しきれないほど嬉しそうだった。
(……これじゃ、分かるよね)
そう思った瞬間、また胸が高鳴った。
*
身支度を終えて部屋を出ると、そこにレオンハルトがいた。
「おはようございます、ミキ」
「……」
足が止まる。
昨日まで何度も見てきた姿。銀色の髪、深い蒼色の瞳、騎士服、いつものレオンハルト。
なのに、全然いつもと違って見える。彼も私に気づくと、いつものように姿勢を正した。けれど、その蒼い瞳が私を捉えた瞬間、ほんの僅かに揺れた。
それは一瞬のことだった。
けれど、昨夜までの私なら見逃していたかもしれないその変化が、今ははっきり分かる。
彼も、私を意識している。恋人になった私を……
(恋人……)
頭に浮かんだ瞬間、声が裏返った。
「お、おはようございます!」
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫です!」
「顔が赤いですが」
「大丈夫!」
「しかし」
「朝だから!」
「朝?」
「朝は赤くなるの!」
何を言っているんだ、私は……
レオンハルトが困ったように私を見る。その表情はいつも通りなのに、視線だけが少し長く私の顔に留まっている。それに気づいてしまうと、ますます顔が熱くなった。
「……ミキ」
「はい?」
「その……」
彼が何か言いかけた時、私の後ろからエミリアさんが小さく咳払いをした。レオンハルトの視線が、すっと逸れる。その後ろで、エミリアさんが俯いた。肩が震えている。
(絶対、笑ってる!)
「エミリアさん?」
「はい」
「今、笑った?」
「いいえ」
顔を上げたエミリアさんは、完璧な笑顔を浮かべていた。その横で、ニーナちゃんは私とレオンハルトを交互に見ている。そして、ものすごく嬉しそうだった。
(……まさか)
嫌な予感がする。
でも、それを考える前に、レオンハルトが私を呼んだ。
「ミキ」
「はい?」
「行きましょうか」
「あ、はい」
彼が歩き出し、私も隣へ並ぶ。
いつも通りのそのはずだった。けれど、昨日までも隣を歩いていたはずなのに、今日は彼の腕が動くたび、衣服が擦れる音まで気になった。
彼の手が近い。指先が、あと少しで触れそうな位置にある。たったそれだけのことが、どうしようもなく意識される。
(何これ)
恋人になっただけで、こんなに変わるもの?
ちら、と隣を見る。同じ瞬間、レオンハルトもこちらを見た。
……目が合う。
深い蒼色の瞳が、まっすぐ私を映していた。昨日までなら、その視線に安心していた。守られていると感じていた。けれど今は、それだけではない。
彼が私を見ている。私だから…恋人だから…
そう思うと、胸の奥がきゅっと締まった。どちらからともなく、視線を逸らす。けれど、完全に前を向くことはできなかった。視界の端に、彼の横顔がある。
彼もまた、何度もこちらを見ようとしては、思い直すように前を向いている。そのたびに、胸がくすぐったくなった。
(無理、無理、無理!)
顔が熱い。でも、少し嬉しい。
その様子を、後ろからエミリアさんとニーナちゃんがすべて見ていた。
二人は顔を見合わせる。
言葉はいらなかった。
(やっぱり)
*
朝食の部屋へ入ると、すでにマルガレーテさんとリゼットさんが待っていた。
「おはようございます、ミキ様」
「おはようございます」
いつも通り。……のはずだった。
私は席につき、レオンハルトもいつもの位置へ座る。
けれど、椅子を引く彼の手が、いつもより少しだけ私の近くにあった。
「どうぞ」
「ありがとう」
椅子に座ると、彼の指先が椅子の背に触れているのが見えた。私の肩のすぐ横。ほんの少し手を伸ばせば、触れられる距離だ。
それだけで、昨夜の温度が蘇る。
朝食が運ばれてくる。
何も変じゃない。
よし。大丈夫。
「ミキ」
「はい?」
レオンハルトが私の手元を見る。
「それでは熱いですよ」
「あ」
紅茶からは、まだ湯気が立っていた。
彼の手が伸びてくる。カップを取るのではなく、私の手元へそっと添えられた。
「少し冷ましてから」
「はい」
「昨日も疲れていたでしょう。急がなくていい」
「……ありがとう」
彼の指先がカップの縁から離れる…
その動きはあまりにも自然で、けれど私にとっては自然ではなかった。指が離れていく。たったそれだけなのに、名残惜しいと思ってしまう。
私は慌ててカップへ視線を落とした。
レオンハルトが小さく笑う。私も笑った。
その時、妙に静かなことに気づいた。
顔を上げると、侍女さんたち全員がこちらを見ている。
「……何?」
「何がでしょう?」
マルガレーテさんが、いつもの完璧な笑顔で答える。
「いや、今日、みんな変じゃない?」
「そうでしょうか」
リゼットさんは平然としている。
「変だよ」
「どの辺りが?」
「なんか……」
何だろう。
みんな嬉しそうだ。特にエミリアさんは、もう隠す気がないように見える。
「エミリアさん」
「はい?」
「何か言いたいことある?」
「ございません」
「本当に?」
「はい」
「じゃあ、何でそんなに笑ってるの?」
「朝からミキ様がお元気なので」
「昨日も元気だったよ?」
「そうですね」
エミリアさんは、にっこり笑った。
(絶対、何か知ってる)
ちら、とレオンハルトを見ると、彼も少し居心地が悪そうだった。私の視線に気づくと、こちらを見る。
目が合う。今度は、どちらもすぐには逸らさなかった。ほんの数秒。けれど、その数秒が長い。
彼の瞳の中に、自分の姿が映っているのが分かる。
それだけで、昨夜の言葉が胸の奥に蘇った。
――あなたを、愛しています。
「レオンハルト?」
「はい」
「何か知ってる?」
「いえ」
「本当に?」
「……はい」
一瞬、間があった。
「今の間、何?」
「何も」
怪しい。
けれど、彼の耳が赤くなっていることに気づいてしまい、私はそれ以上追及できなくなった。
*
その時、扉が開いた。
「おはようございます」
聞き覚えのある声に振り向くと、レイブン様が部屋へ入ってきた。
「あ、レイブン様。おはようございます」
レイブン様は私を見る。次にレオンハルトを見る。そして、もう一度私とレオンハルトを見比べた。
「……」
何、その確認?
やがて、レイブン様の口元がゆっくり上がった。
「なるほど」
「何がです?」
「いえ」
にっこり笑う。
「良い朝ですね」
「……?」
レオンハルトの眉が寄った。
「兄上」
「何だ?」
「何も言わないでください」
「私はまだ何も言っていないが?」
「今から言うでしょう」
「さて」
レイブン様が私を見る。ものすごく楽しそうだ。
「ミキ様」
「はい?」
「昨夜はよくお休みになれましたか?」
「……!」
また、それ。
「はい!」
思わず大声で答えてしまった。
「それは何より」
「兄上」
レオンハルトの声は低かったが、耳が赤くなっている。
「あ」
私も気づいた。
そして、レイブン様も気づいた。エミリアさんも、ニーナちゃんもたぶん、全員が気づいた。
沈黙が落ちる。
やがて、レイブン様がとうとう笑った。
「いや、本当に」
「兄上」
「良かったな、レオンハルト」
その一言で、私の心臓が止まりそうになった。
レオンハルトも固まる。
「え」
私はレオンハルトを見る。レオンハルトはレイブン様を見る。そして、小さく息を吐いた。
「……なぜ分かったんです」
「え?」
思わず声が出た。
レイブン様は目を丸くし、それから笑った。
「分からない方が難しいと思うが」
「そんなに!?」
「はい」
即答だった。
後ろから、誰かが小さく吹き出す。
「エミリアさん!」
「申し訳ございません!」
もう、全然申し訳なさそうではない。
「ちょっと待って!」
私は全員を見る。
「いつから分かってたの!?」
誰も答えない。その顔は何だろう。
「え?」
まさか。
「昨日から?」
沈黙。
「もっと前?」
エミリアさんが目を逸らし、ニーナちゃんが口を押さえる。リゼットさんは平然としていて、マルガレーテさんは微笑んでいた。
「嘘でしょう!?」
「ミキ様」
マルガレーテさんが優しく呼ぶ。
「はい……」
「おめでとうございます」
胸がきゅっとなる。からかわれると思っていた。
でも、違った。
マルガレーテさんは、本当に嬉しそうだった。
「ありがとうございます……」
声が少し小さくなる。
「おめでとうございます!」
ニーナちゃんが、今度は我慢しなかった。
「ミキ様、本当に良かったです!」
「ニーナちゃん……」
「私も!」
エミリアさんまで声を上げる。
「もう、本当に! 本当に!」
「何で二回言うの」
「だって長かったんです!」
「長かった!?」
「エミリア」
リゼットさんが止める。けれど、もう遅い。
「長かったって何!?」
「……」
「エミリアさん?」
「……お二人とも、とても慎重でいらしたので」
エミリアさんは、そう言い直した。
「今、絶対違う言葉を選んだよね?」
「気のせいです」
また、それだ。でも、笑ってしまった。
何だか恥ずかしいけど…でも、嬉しい。
みんな、ずっと見ていてくれたのだ。
私たちが、まだ自分たちの気持ちさえよく分かっていなかった頃から…
そして今、私とレオンハルトの間に生まれた、ほんの僅かな視線の揺れや、触れそうで触れない指先まで見守ってくれている。そう思うと、恥ずかしさの中に温かなものが広がった。
*
朝食を終えて廊下へ出ると、レオンハルトが隣を歩き、少し後ろを侍女さんたちがついてきた。
「……恥ずかしかった」
私が小さく言うと、レオンハルトが答える。
「申し訳ありません」
「何でレオンハルトが謝るの?」
「私が分かりやすかったようなので」
「私もでしょう」
「……そうですね」
「そこは否定してよ」
「嘘はつけません」
「もう」
思わず笑うと彼も笑った。その笑顔を見ていると、また胸が高鳴る。昨日までなら、彼が笑うと安心した。
今日は、それに加えて嬉しい。私に向けられた笑顔だと、はっきり分かるからだ。廊下には朝の光が差し込み、窓の外から鳥の声が聞こえている。
いつも歩いている場所、いつも並んでいる距離。
なのに、今日はそのすべてが新しく感じられた。
レオンハルトの手が、歩くたびに揺れる。私の手も同じように揺れる。近づいて、離れて、また近づく。
触れそうで触れない距離が、妙に焦れったい。
しばらくして、レオンハルトが声を落とした。
「嫌でしたか?」
「え?」
「皆に知られたことです」
私は少し考えた。
「恥ずかしい」
「……」
「ものすごく恥ずかしい」
レオンハルトの顔が少し曇る。その表情を見て、私は慌てて続けた。
「でも、嫌じゃないよ」
「……」
「むしろ」
何だか照れる。
「嬉しかった」
「嬉しい?」
「うん」
私は前を向いた。
「祝ってもらえるって、嬉しいね」
レオンハルトは黙った。しばらくして、彼の手がわずかに動く。指先が私の手の甲へ近づいてきた。
触れるかと思った。
けれど、彼は寸前で止めた。そのためらいが彼らしくて、同時に少しだけ寂しかった。
私はそっと手を動かし、彼の小指に自分の小指を触れさせる。ほんの一瞬。触れたかどうかも分からないほどの接触だった。けれど、レオンハルトの足が僅かに止まった。
彼がこちらを見る。
蒼い瞳が、驚いたように揺れていた。
「……ミキ」
「嫌だった?」
「いえ」
彼の声が、いつもより低い。
「ただ」
「ただ?」
「嬉しくて、どうすればいいのか分かりません」
思いがけない言葉に、胸がいっぱいになる。
「私も」
そう答えると、彼の指は今度は逃げなかった。
小指同士が触れたまま、二人で歩く。
手をつないでいるわけではない。
けれど、昨日までなら決してしなかった触れ合いだった。それだけで、二人の間にある距離が変わったのだと分かる。
レオンハルトが小さく笑う。私も笑った。
その瞬間、後ろからものすごい視線を感じた。
振り返ると、エミリアさん、ニーナちゃん、リゼットさんが、全員すぐに前を向いた。
「見てたでしょう!」
「見ておりません!」
「絶対見てた!」
「ミキ様、前を向かないと危ないですよ」
「リゼットさんまで!」
レオンハルトが隣で小さく笑う。
「レオンハルトも笑わない!」
「すみません」
「もう!」
でも、私も笑っていた。
侍女たちの視線に気づいた途端、触れた小指は離れてしまった。それなのに、離れた後も、そこに温度が残っているような気がした。
*
少し歩いたところで、マルガレーテさんが追いついてきた。
「ミキ様」
「はい?」
「ローグ様からご連絡がございます」
その名前を聞いた瞬間、自然と表情が変わる。
「何でしょう」
「昨日の件について、皆様でお話をしたいとのことです」
「……セドリック?」
「それも含めて、と伺っております」
さっきまでの甘い空気が、少しだけ遠のいた。
そうだ。終わっていない。
セドリック、黒い影、エレノア、守り人
まだ、分からないことばかりだ。
「分かりました」
私は頷いた。すると、隣にいるレオンハルトの気配が僅かに変わった。
騎士の顔
けれど、今までとは少し違っていた。ただ私を守るために前へ出るのではない。私と共に向き合うために、隣に立つ顔だった。
「私も同席します」
「もちろんでございます」
マルガレーテさんが答える。
私はレオンハルトを見る。
「……行こう」
「はい」
一歩、踏み出す。
その時、離れていたはずの彼の手が、再び私の手の近くへ来た。今度は小指ではない。彼の指先が、私の手の甲へそっと触れる。
ほんの一瞬、誰にも見えないくらい、小さな触れ合い。けれど、今度は偶然ではなかった。
レオンハルトの意思で触れたのだと分かる。
「……」
見ると、レオンハルトは前を向いていた。
でも、指先だけは私の手の甲に触れたままだった。
そのまま、彼の指がわずかに動く。離れる前に、確かめるように私もそっと手を返した。指先が重なる。
握ることはできない。誰かに見られているかもしれない。それでも、触れている。それだけで、胸の奥が満たされた。
「……レオンハルト」
「はい」
「今の」
「何でしょう」
「わざとでしょう?」
彼は前を向いたまま、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「何のことでしょう」
「もう」
「私は何もしていません」
「嘘」
「嘘はつけません」
「さっきと同じこと言ってる」
「では、正直に申し上げます」
彼がようやくこちらを見る。蒼い瞳が、まっすぐ私を捉えた。
「触れたかったので」
息が止まる。
「……」
「嫌でしたか?」
「……嫌じゃない」
声が小さくなる。
「全然、嫌じゃない」
彼の瞳が柔らかく細められた。その視線を受け止めるだけで、胸が熱くなる。
昨日までとは違う、守ってもらうだけじゃない。守るだけでもない。これからは、触れたいと思う気持ちも、離れたくないと思う気持ちも、怖いと思う気持ちも、全部隠さずに伝えていく。恋人になったからといって、何かが急に強くなったわけではない。怖いものは怖いし、分からないものも、まだたくさんある。
それでも、隣にいる。触れた指先から伝わる温度を、互いに確かめられる。それだけで、前へ進める気がした。
「ミキ」
「ん?」
「行きましょう」
「うん」
今度は自然に答えられた。指先が離れる。けれど、完全には離れた気がしなかった。触れた感触が、手の甲に残っている。彼の視線が、胸の奥に残っている。
そして二人で、ローグ様たちが待つ部屋へ向かった。
幸せな朝の向こうで、まだ終わっていない物語が、私たちを待っていた。




