24 ヴァイスの地へ
白い鳥が告げた言葉を受け、ヴァイス家の旧領へ向かうことが正式に決まったのは、その日の夕方だった。
もちろん、私が一人で行けるはずもない。
いやもう、そんなことを言うつもりもないけれど…
同行するのは、私、レオンハルト、レイブン様、ローグ様。それに魔法師団の数名と護衛の騎士たちだ。
グレンジャー様は最後まで同行すると言い張っていたけれど、王城を長く空けるわけにはいかないらしく、ものすごく不満そうな顔で残ることになった。
その代わり…
「少しでも体調に変化があれば、必ずエドワードへ伝えること」
「はい」
「眩暈、胸の痛み、声が聞こえる、記憶が見える、どれもです」
「はい」
「無理に力を使わない」
「はい」
「食事を抜かない」
「はい」
「睡眠を――」
「グレンジャー様」
「何です?」
「何日分言うんですか?」
私が笑うと、グレンジャー様はまったく笑わなかった。
「ミキさんは、これくらい言わなければ忘れますから」
「忘れませんよ!」
「本当に?」
「……多分」
「ほら」
その横で、レオンハルトまで頷いている。
「レオンハルトまで!」
「ベルン殿の意見には同意する」
「何でよ!」
思わず睨むと、レオンハルトが少し笑った。
「怒れるくらい元気なら安心した」
「……そういう言い方、ずるい」
最近、この人は私の扱いが上手くなってきた気がする。ちょっと悔しい……けど嬉しい…そんな自分もいる。
*
翌朝、王城を出発したのは、まだ朝霧が残る頃だった。ヴァイス家の旧領までは、馬車で半日ほどかかるという。かつて領主家として使われていた屋敷や礼拝堂が残っているものの、現在のヴァイス家の本邸は別の場所に移っているらしい。
私は馬車の窓から流れていく景色を眺めながら、向かいに座るレイブン様を見た。
「レイブン様」
「はい?」
「子どもの頃、旧領に住んでいたんですか?」
「ええ。私が十六になる頃までは、ほとんどあちらで過ごしました」
「じゃあ、レオンハルトも?」
「もちろん」
横を見ると、隣に座っていたレオンハルトが、嫌な予感でもしたような顔をしている。
「兄上」
「何だ?」
「余計なことは話さないでください」
「まだ何も話していないが?」
「これから話すでしょう」
「当然」
やっぱり……この二人、本当に兄弟だ。
「聞きたい!」
私が身を乗り出すと、レオンハルトの眉間に皺が寄った。
「ミキ」
「何?」
「何をそんなに知りたいんだ」
「子どもの頃のレオンハルト」
即答すると、彼は黙り込んだ。
「何?」
「いや」
耳が少し赤い。
「だって気になるじゃない」
今のレオンハルトは、強くて真面目な近衛騎士団の副団長。でも、子どもの頃はどんな子だったんだろう。
「昔から、こんなに真面目だった?」
「それはもう」
レイブン様が即答する。
「兄上」
「五歳の頃から、決められた時間に起き、剣の稽古へ――」
「兄上!」
「五歳!?」
思わず笑ってしまう。
「そんな小さい頃から?」
「父上の真似をしたかったのでしょう」
「違います」
「では何だ?」
「……」
レオンハルトは答えない。
「かわいい」
ぽつりと呟くと、彼はまた固まった。
「ミキ様」
レイブン様が、楽しそうに私を見る。
「幼い頃のレオンハルトをご覧になったら、もっと可愛いと思われるでしょうね」
「写真はないんですか?」
「写真?」
「あ、こっちにはないか」
そうだった。写真なんてなかったよ…
「肖像画なら」
「兄上!」
今までで一番大きな声だった。馬車の外を走っていた騎士まで振り返る。私は笑いを堪えた。
「肖像画があるの?」
「ありますよ」
「見たい!」
「駄目です」
「何で!?」
「駄目なものは駄目です」
「レイブン様」
「もちろんお見せしましょう」
「兄上!」
もう、朝から楽しい。
*
しばらくして、レイブン様は窓の外へ目を向けた。
「ただ」
声が少しだけ変わる。
「こうして三人で旧領へ向かうことになるとは思いませんでした」
「……三人?」
私も入っているのだろうか。
「ミキ様も」
「私まで?」
「ええ」
レイブン様は穏やかに笑った。
「ヴァイス家の過去を知るために向かうのですから」
その言葉に、少しだけ緊張が戻る。
七百年前……
アルノルト
クラウス
エレノア
そして、裏切り……
「……怖くないですか?」
「何がでしょう」
「自分の家の昔のことを調べるのが」
レイブン様は少し考えてから答えた。
「怖いですよ」
意外だった。
「怖いんですか?」
「もちろん」
笑っている。でも、目は真剣だった。
「もし祖先が本当に守るべき人を裏切ったのなら、それはヴァイス家にとって誇れる過去ではありません」
「……」
「ですが」
隣で、レオンハルトが続けた。
「知らないふりをする方が怖い」
深い蒼色の瞳が、まっすぐこちらを見る。
「真実を知らず、同じことを繰り返す方が」
昨日、彼が言っていた。
同じことをしない、そのために知る。
「うん、一緒に見よう」
そう言うと、レオンハルトが少しだけ笑った。
「ああ」
その返事が好きだった。
何かを決める時、もう私を外側へ置かない。
一緒にそう言ってくれる。
それが、すごく嬉しかった……
*
昼前、馬車は緩やかな丘陵地へ入った。
窓の外には広い草原と、ところどころに森が見える。その奥に、山を背にした大きな屋敷が姿を現した。
「……あれ?」
思っていたより大きい。
「ヴァイス家の旧邸です」
レイブン様が教えてくれる。
灰色の石造り。けれど、王城のような威圧感はない。
大きな窓、蔦、そして、庭。
「素敵……」
思わず声が出た。
「ずっと誰も住んでいないんですか?」
「管理人はおります。父上も年に何度か訪れますよ」
「へぇ」
馬車が門を通り、庭へ入る。さらに目を奪われた。
「花……」
たくさんの花が咲いている。
薬草らしい植物も混ざっていた。
「すごい!」
思わず窓へ寄る。
「庭も昔から?」
「ええ」
レイブン様が嬉しそうに答えた。
「母が好きだった庭です」
「お母様?」
「はい」
一瞬、声が柔らかくなる。
「特に白い花を好んでいました」
レオンハルトも窓の外を見ていた。
「あの奥」
彼が指差す。
「小さな池がある」
「池?」
「ああ。子どもの頃、よく兄上に落とされた」
「……え?」
レイブン様を見る。
「誤解です」
「どこが」
「押していない。お前が勝手に追いかけてきて落ちた」
「兄上が私の木剣を取って逃げたからでしょう」
「取ったのではない。借りた」
「返さなかった」
「すぐ返した」
「池に落ちてから」
「……」
私は吹き出した。
「ふふっ、あはは!」
もう駄目だ。
今のレオンハルトからは想像できない。
小さな銀髪の男の子が、お兄ちゃんを追いかけて池に落ちる。
「笑いすぎだ、ミキ」
「だって!」
「兄上が悪い」
「弟とは、兄を追いかけるものだ」
「初めて聞きましたよ、そんな理屈!」
笑っているうちに、少しだけ緊張が消えた。
過去を調べるために来たけど、それだけではないよね。ここは、レオンハルトが育った場所だ。
そう思うと、この屋敷が急に特別なものに見えてきた。
*
馬車を降りると、管理人らしい年配の男女が迎えてくれた。
「レイブン様、レオンハルト様。お帰りなさいませ」
「久しいな、ヨハン」
レイブン様が自然に答える。
「変わりないか?」
「はい。旦那様よりお話は伺っております」
二人の視線が私へ移る。
「こちらは?」
「あ」
どう紹介するのだろう。
守り人?
異界人?
けれど、レイブン様より早くレオンハルトが口を開いた。
「ミキです。私が護衛を務めている方で、今回の調査に同行している」
普通の紹介なのに、なぜか胸が跳ねた。
「ミキ」
名前を呼ぶ時、また様をつけなかった。
管理人さんたちの前で……
「初めまして…坂元水姫です」
頭を下げる。すると、年配の女性が私とレオンハルトを交互に見た。そして、なぜかとても優しい顔になった。
「ようこそお越しくださいました、ミキ様」
「よろしくお願いします」
「……」
何だろう。
レオンハルトが少し気まずそうにしている。
「レオンハルト?」
「何?」
「この人たち、レオンハルトのことを子どもの頃から知っているの?」
「……」
答えない。
年配の女性――マーサさんというらしい――が、にっこり笑った。
「それはもう」
「マーサ」
「はい?」
「余計な話はしなくていい」
「まあ」
絶対、何かあるよね!
「後で教えてくださいね」
「もちろんでございます」
「マーサ」
「ふふっ」
レイブン様まで楽しそうだ。
私は、この場所が好きかもしれない。
*
荷物を置く前に、まず礼拝堂を確認することになった。屋敷の西側の庭を抜けた先、森へ続く小道の途中に、小さな石造りの建物がある。
「ここが……」
見た瞬間、胸が少しざわついた。
白い鳥は来ていない。でも、何かを知っているような感覚がある。
「ミキ?」
レオンハルトがすぐに気づいた。
「何か感じる?」
「うん」
胸へ手を当てる。
「怖い感じじゃない。でも……知っているような」
「無理はするな」
「分かってる」
礼拝堂の扉を開くと、中は思っていたより明るかった。高い窓から光が入り、中央には白い鳥の像がある。王家のものとは少し違う。
翼を広げ、その足元に剣が置かれていた。
「ヴァイス家の守護聖堂だ」
レイブン様が説明する。
「代々、騎士として出征する者がここで祈りを捧げていた」
「帰って来られるように?」
「ええ」
胸がきゅっとなる。
……お守り
……帰る場所
「レオンハルトも?」
「騎士団へ入る前に」
「ここで?」
「ああ」
「何をお願いしたの?」
レオンハルトは一瞬考えた。
「生きて戻ること」
胸が少し痛くなる。今、私も同じことを願っている。
「ちゃんと叶ってるね」
そう言うと、レオンハルトが私を見た。
「ああ」
そして、ほんの少し口元を柔らかくする。
「今は、もっと強く帰りたいと思っている」
「……」
何、それ……
誰のところへ?
聞かなくても分かる気がする。
でも、聞きたい。いや、今はやめておこう。
キュンで調査が進まなくなるもんね…
*
礼拝堂の奥、祭壇の裏側に、問題の扉があった。
昨日、ヴァイス家当主が偶然見つけた、石壁に隠された扉だ。
「これ……」
とても古い。表面には二振りの剣が刻まれている。
一本は白で、もう一本は黒。
その下に、二つの名前があった。古代語ではないから
普通に読める。
『ARNOLD WEISS』
『KLAUS WEISS』
アルノルト
クラウス
兄弟
「アルノルトが弟?」
レオンハルトが尋ねる。
「記録では、クラウスが二歳上だ」
レイブン様が答えた。
兄
弟
私は二人を見る。
レイブン様とレオンハルト
同じ兄弟……
嫌だ。重ねたくない。
でも、どうしても重なってしまう。
その時、白い鳥が礼拝堂の高い窓から飛んできた。
静かに舞い降り、扉の前へ降り立つ。
そして、二つの名前を見た。
『ここだ』
「何があるの?」
『アルノルトが残した真実』
「どうやって開ける?」
白い鳥は、扉の中央にある二本の剣が交差する場所を見た。そこには小さな窪みがある。
「鍵?」
『血』
「……え?」
『ヴァイスの血』
部屋が静まり返る。
レイブン様とレオンハルトが顔を見合わせた。
「どちらでも?」
私が聞くと、白い鳥は少し迷った。
『二人』
「え?」
『兄と弟』
胸がざわつく。
「二人とも必要なの?」
『ああ』
嫌な感じはしない。でも、怖い。七百年前も兄弟……今も兄弟。レオンハルトが扉へ近づこうとする。
反射的に、その袖を掴んだ。
「待って」
「ミキ?」
「……怖い」
ちゃんと伝える。
「何が?」
「分からない。でも、アルノルトとクラウスも兄弟だったでしょう?」
二人が私を見る。
「レオンハルトとレイブン様が同じようにここに立つのが……嫌な感じがする」
レイブン様の表情が少し柔らかくなった。
「ミキ様」
「はい?」
「私たちは、彼らではありませんよ」
昨日、レオンハルトが言った言葉と同じだった。
「……うん」
「それに」
レイブン様が弟を見る。
「もし何か起きても、私はこいつを裏切りません」
「兄上」
「お前もだろう?」
レオンハルトは少しだけ笑った。
「当然です」
そして、私を見る。
「ミキ」
「うん」
「信じて」
その言葉に、今度はしっかり頷いた。
「信じる」
私が袖を離すと、今度はレオンハルトの手が私の手を掴んだ。
「ここにいて」
「うん」
「離れないで」
「うん」
私も握り返す。そのあと、ゆっくり手を離した。
「行って」
二人の兄弟が扉の前へ立つ。
*
扉の左右にある小さな窪みへ、レオンハルトとレイブン様がそれぞれ指先を剣先で傷つけ、血を一滴ずつ落とす。
右
左
二つの窪みへ血が落ちた。その瞬間、
――ゴォン……
低い音が響き、礼拝堂全体が揺れた。
「……!」
反射的に、レオンハルトがこちらを見る。
「ミキ!」
「大丈夫!」
揺れただけだ。身体に問題はない。
扉の表面で、二本の剣が光る。
白
そして、黒
「黒……」
胸がざわつく。でも、白い鳥は逃げない。
だから、まだ大丈夫……
石の扉がゆっくり開いた。冷たい空気が流れ出す。
長い間、閉ざされていた空間だ。
「……部屋?」
ローグ様が魔法灯を浮かべる。
光が広がり、全員が息を呑んだ。
壁一面に、文字や絵、記録が残されている。
七百年前のものが、そのまま残っていた。
「これは……」
レイブン様がゆっくり中へ入る。
中央には石の台があり、その上に一冊の古い日誌が置かれていた。
「アルノルト……?」
表紙に名前がある。胸が大きく鳴った。
「触っても?」
ローグ様が少し調べる。
「魔力反応はあるが、攻撃性はない」
「白い鳥?」
見ると、鳥が小さく頷いた。
『読め』
私は日誌へ近づいた。けれど、レオンハルトが隣へ来る。
「一人で触らない」
「分かってる」
二人で並び、指先を日誌へ触れた。何も起きない。
「……良かった」
息を吐き、表紙を開く。
古い文字だったが、読むことができた。
『私は、アルノルト・ヴァイス』
そして、次の一文。
『もしこの記録を読む者が、再び現れた守り人であるなら』
胸が跳ねる。さらに読む。
『まず伝えたい』
『クラウスは、私を裏切っていない』
「……え?」
全員が静かになった。
「でも」
白い鳥は昨日、ヴァイス家の者がアルノルトを裏切ったと言っていた。………続きを読む。
『兄は、私を救おうとした』
『私の命を奪った剣を握っていたのは事実だ』
『だが、兄に、その意思はなかった』
「どういう……」
次の文字は、少し掠れていた。
『ノクスは』
『人の身体だけではなく』
『心すら操る』
………胸が冷たくなる。
第一調査隊…赤い瞳…同じ力だ。
「……クラウスも」
誰かが呟く。………操られた。
兄が弟を斬った……自分の意思ではなく…
「……そんな」
レイブン様の顔から笑みが消える。
レオンハルトも黙っている。
日誌には、さらに続きがあった。
『兄は、最後まで抗った』
『泣きながら』
『自らの腕を止めようとしていた』
頭の中に、一瞬だけ映像が浮かぶ。
銀色の髪
倒れるアルノルト
剣を握る兄
泣いている顔
『許せ、アルノルト』
胸が痛い……でも、まだ終わりではない。
『だから』
その文字だけが、強く刻まれている。
『クラウスを責めないでほしい』
『本当に私たちを裏切った者は』
次のページを開こうとした。手が震える。
けれど、そこは黒く塗りつぶされていた。
「……また?」
ローグ様が近づく。
「消されている」
「誰が?」
その時、白い鳥が低く鳴いた。
左の翼にある黒い筋が濃くなる。
『ここから先は』
鳥の声が震える。
『奴に見つかった』
「奴?」
『アルノルトが真実を残した後』
金色の瞳が部屋の奥を見る。
『ノクスの者がここへ来た』
「じゃあ、消したのはノクス?」
『違う』
また、違う。では、誰が……
白い鳥が答える前に、部屋の一番奥の暗闇から音がした。
――カツン
誰かがいる。
レオンハルトとレイブン様が同時に剣を抜く。
「誰だ!」
返事はない。けれど、確かに足音が近づいてくる。
「ローグ様」
「ミキ、下がれ」
今度は素直に一歩下がった。
レオンハルトが前に立ち、レイブン様が横につく。
ローグ様は魔法を構え、白い鳥は翼を広げた。
暗闇から、一人の男が歩いてくる。
「……まさか」
レイブン様が息を呑んだ。
年齢は六十代ほど、銀灰色の髪と紫がかった蒼い瞳。
顔立ちは、二人によく似ている。
「父上……?」
レオンハルトの声に、私は息を呑んだ。
ヴァイス家のお父様?
男はゆっくりこちらを見て、何事もなかったように笑った。
「久しぶりだな、レオンハルト」
「なぜ、ここに?」
「私の家だ」
穏やかな声だった。
「いて何か問題があるか?」
けれど、私は動けなかった。
胸の奥にある守護紋が熱を持つ。
白い鳥は羽を逆立てていた。
『違う』
また、この言葉……
「……え?」
レオンハルトがこちらを見る。
「ミキ?」
白い鳥は金色の瞳で男を睨んだ。
『その男から離れろ』
「どうして?」
『そいつは――』
その時、男の瞳がほんの一瞬、赤紫色に変わった。
息が止まる。
「レオンハルト!」
叫ぶと同時に、男が笑った。その手から黒い霧が溢れる。
「遅い」
黒い霧が一気に部屋へ広がった。
レオンハルトが私へ走る。
「ミキ!」
彼が手を伸ばす。
私も手を伸ばした。
けれど、その間に黒い霧が割り込む。
「レオンハルト!」
………あと少し、指が触れそうになった瞬間、床の黒い紋様が光った。
「……!」
身体が引かれる。後ろへ……違う。下へ……
「ミキ!!」
レオンハルトの声が響く。手は届かない。
「レオンハルト!」
最後に見えたのは、今まで見たことがないほど焦った彼の顔だった。
その胸元で、私のお守りが白く強く光った。
*
………落ちる……そう思った。
けれど、身体は床へ叩きつけられなかった。
白い光が私を包んでいる。
「……っ」
目を開ける。……暗い。ここはどこ?
礼拝堂ではない。……石の壁。地下だろうか?
胸元へ手を当てると、守護紋が光っていた。
「レオンハルト……」
呼んでも返事はない。
けれど、手のひらから細い蒼い光が伸びている。
……上へ……遠くへ
それでも、つながっている。
「……いる、大丈夫」
ちゃんと分かる……自分に言い聞かせる。
一人だけれど、一人ではない。
「レオンハルト」
もう一度名前を呼ぶ。
その瞬間、遠くから声が聞こえた。
『ミキ!』
「……!」
聞こえた!レオンハルトの声だ。
「聞こえる!」
届くかは分からない。それでも叫ぶ。
「私、大丈夫!」
胸の奥の光が強くなる。
そして、もう一つの声がした。私のすぐ後ろから……
「……ようやく」
全身が凍った。振り返ると暗闇の中に、一人の男が立っていた。
黒に近い髪
赤紫色の瞳
首元には、黒い鳥の徽章
見覚えがある。王都の外から、私を見ていたノクスの男だ。男はゆっくり笑った。
「ようやく会えたな」
そして、私を見つめる。
「守り人」
胸の奥で、白い光が強く脈打つ。けれど、今度は逃げなかった。私は男をまっすぐ睨んだ。
「……あなた」
一度、息を吸う。
「誰?」
男の笑みが深くなる。
「私の名は」
赤紫色の瞳が光った。
「セドリック・ノクス」
そして、静かに続ける。
「七百年」
「君を待っていた」




