22 白銀の兄弟
『それは――レイブンではない』
白い鳥の声を聞いた瞬間、背筋が冷たくなった。
扉の向こうから聞こえてきた声は穏やかで、私が初めて聞くものだった。それなのに、隣に立つレオンハルトの反応を見れば分かる。少なくとも、声そのものは彼のお兄さんとよく似ているのだろう。
レオンハルトは私の前へ立ったまま、剣の柄に手を掛けている。さっきまで私を抱きしめていた人と同じとは思えないほど、全身から張り詰めた空気が伝わってきた。
「兄上、どうして王城に?」
扉へ向けた声は低い。
一瞬の沈黙のあと、扉の向こうから小さな笑い声が返ってきた。
「随分な挨拶だな。久しぶりに会う兄に、まずそれか?」
親しげな言い方だった。けれどレオンハルトは動かない。
「質問に答えてください」
「堅いところは昔から変わらないな。近くまで来る用事があってね。お前が王城に戻っていると聞いたから、顔でも見ようと思っただけだ」
「誰から聞きました?」
「何?」
「私が戻っていることを、誰から聞いたのです」
扉の向こうが、ほんの僅かに静かになる。
「……どうした、レオンハルト」
今度は声が少し低くなった。
「兄を疑っているのか?」
レオンハルトは答えなかった。代わりに剣をゆっくり抜く。銀色の刃が、静かな部屋の中で小さく光った。
「レオンハルト……?」
私は思わず呼んだ。
「ミキ、下がって」
声だけは優しい。
「エミリア殿。ミキから離れないでください」
「承知しました」
エミリアさんがすぐ隣へ来る。
私は言われた通り一歩下がったものの、胸の奥が落ち着かなかった。手のひらが焼けるように熱く、姿を現していない守護紋が何かを警告している。
白い鳥も、いつもの穏やかな姿ではなかった。翼を大きく広げ、扉へ向けて威嚇するように身体を低くしている。
『開けるな』
もう一度、声が聞こえた。
「分かってる」
小さく答える。すると扉の向こうから、妙に楽しそうな声がした。
「誰と話している?」
……私は息を呑んだ。
白い鳥の声は、今まで私にしか聞こえなかったことが多い。でも、今の声……まるで私が誰かと話していることを知っているような…レオンハルトも同じことに気づいたらしい。
蒼い瞳が鋭く細められた。
「兄上」
「何だ?」
「母上が、私たちが子供の頃によく作ってくださった菓子を覚えていますか?」
「……」
……突然の質問。私はレオンハルトを見る。
本人確認?……一瞬遅れて、扉の向こうから声が返ってきた。
「もちろん覚えているさ。蜂蜜をたっぷり使った焼き菓子だろう?」
レオンハルトの顔から、完全に表情が消えた。
「違う」
低い声だった。
「……何?」
「母上は菓子など作られなかった」
………ぞくりとした。
「料理そのものが壊滅的でしたからね」
こんな緊迫した場面なのに、そこなの?と思ってしまった。でも笑える空気ではない。
「兄上なら」
レオンハルトが剣を構える。
「絶対に間違えない」
扉の向こうから、返事がなくなった。
……しばらく何も聞こえない。そして、
「……なるほど」
声が変わった。先ほどまでの柔らかな響きが消え、聞き覚えのある低い声が混ざる。
「血というものは、面倒だな」
「誰だ」
「名乗っても、お前に意味はない」
「なら、今すぐここから消えろ」
「それはできない」
………ゆっくりと扉の下
……僅かな隙間から黒い霧が入り込んできた。
「……っ!」
「ミキ!」
レオンハルトが振り返る。
私はもう、自分の胸元へ両手を当てていた。
怖い。でも……前と同じ…一人じゃない。
「大丈夫。まだ何ともない」
今度は本当にちゃんと確認して言う。黒い霧が床を這い、まるで私を探すように伸びてくる。
白い鳥が羽ばたいた。
白い光が霧へぶつかり、ぱっと弾ける。
『触れるな!』
「うん!」
すると扉の向こうから、男が笑った。
「随分と懐かれたものだな、守り人」
「……あなた」
私は扉を睨んだ。
「ノクス家?」
笑い声が止まる。……ほんの少しだけ
でも、確かに反応した。
「……その名をどこで知った?」
……低い声。
「エレノアが教えてくれた」
「……」
「あなたたちが何をしたのかも」
黒い霧の動きが止まった。
「エレノア」
その名前が口にされた瞬間、声に初めて怒りのようなものが混じった。
「死してなお、邪魔をするか」
胸の奥が熱くなる。
「邪魔されて困るようなことしてるからでしょう!」
思わず言い返す。
後ろでエミリアさんが、小さく息を呑んだ。
レオンハルトが一瞬だけこちらを見る。
「ミキ」
「何?」
「煽らないで」
「……はい」
今度は素直に答えた。確かに、相手を怒らせてどうする。でも腹が立ったのだ。
エレノアを騙して
大切な人を殺して
七百年も魂を閉じ込めて
そのうえ……
今度は私まで同じ目に遭わせようとしている。
「守り人」
声が続く。
「お前は何も知らない」
「知りたくもないです」
「ミキ」
「……ごめん」
また言ってしまった。
レオンハルトの肩が、ほんの少し揺れた。
……笑った?こんな時なのに?
でも、その瞬間…黒い霧が一気に濃くなった。
「下がれ!」
レオンハルトが私の前へ出る。
霧が扉を覆い。木が軋む。
――ミシッ
「結界は!?」
エミリアさんが叫ぶ。
「生きています!」
護衛の騎士が答える。
「ですが、何かが外から干渉しています!」
――ミシッ
扉に細い亀裂……そして、隙間から赤紫色の瞳。
「……!」
ほんの一瞬!目が合った。
頭の中に何かが流れ込んでくる。
……黒
……赤
……箱
……鎖
「……っ!」
「ミキ!」
レオンハルトの腕が、私の身体を支えた。
「見ないで!」
「でも――」
「俺を見て」
強い声……反射的にレオンハルトを見る。
………深い蒼色
「こっち」
「……うん」
「他を見るな」
「うん」
頭の中へ入り込もうとしていた黒い何かが、少しずつ離れていく。
「……大丈夫」
今度はちゃんと……
「戻った」
レオンハルトが息を吐く。でも、その直後だった。
廊下の奥から大きな音が響いた。
――ガンッ!
「何だ?」
扉の外で誰かが、戦っている?
……金属音
そして、男の声……
「人の顔でうろつくとは、随分と趣味が悪いな」
「……!」
レオンハルトが目を見開いた。
さっきまで、扉の向こうから聞こえていた声。
それと同じ声…でも違う。
響きが全然違う。
「兄上……?」
今度のレオンハルトの声には、迷いがなかった。
*
……廊下
扉の前に立っていた黒い霧の人影を、一人の男が剣で壁際へ追い詰めていた。
銀灰色の髪
レオンハルトより少し濃い
長身
整った顔立ちは、確かにどこか似ている。
けれど瞳は、蒼ではない。紫がかった深い青。
「まったく」
男は剣を片手に、呆れたように人影を見る。
「人の弟の声を勝手に使うならともかく、私の声まで使うな。不愉快だ」
『……レイブン・ヴァイス』
黒い影から低い声。
「知っているなら話が早い」
レイブンは少し笑った。
「さっさと消えてくれないか。久しぶりに弟へ会いに来たのに、随分と面倒な歓迎を受けている」
『お前には関係のないことだ』
「そうか?」
剣を構える。紫がかった蒼い瞳から笑みが消える。
「弟が剣を抜いている時点で、私には十分関係がある」
…一歩、踏み込む。速い。黒い影が避ける。
だが、レイブンの剣先から青白い光が走った。
「風?」
部屋の中から私は思わず呟いた。
レオンハルトが答える。
「兄上は風と水の複合です」
「二つ?」
「はい」
ローグ様と同じ複数属性。すごい人なのかも……
そんなことを考えている場合ではない。
でも、目が離せない。
黒い影が大きく形を崩す。
『……邪魔を』
「帰れ」
レイブンの声が低くなる。
「ここは、お前のいる場所ではない」
剣を振り抜く。青白い光が、黒い霧を真っ二つに裂いた。
――ギャアァァッ!
耳を塞ぎたくなるほど嫌な声。
黒い影が一気に崩れた。そして、最後に赤紫色の瞳だけが残る。その瞳が私を見た。
『見つけた』
胸が冷える。
『扉は、すでに開き始めている』
「……何?」
『また会おう、守り人』
「嫌です!」
反射的に答えた。
レオンハルトが、横で深いため息をついた。
「ミキ……」
「だって!」
黒い霧が消える。
残ったのは……静かな廊下。
そして、一人の男性……
*
「兄上」
レオンハルトが扉を開く。
「久しぶりだな、レオンハルト」
……本物、今度は分かるらしい。
レオンハルトの肩からほんの少しだけ、力が抜けた。
「どうしてこちらへ?」
「再会して最初の言葉がそれなのか?」
「さっき偽物にも聞きました」
「そうらしいな」
レイブン様――でいいのかな?は、苦笑した。
「相変わらず愛想がない」
「兄上にだけは言われたくありません」
「私はお前より愛想がいいぞ」
「自称でしょう」
「事実だ」
……兄弟だ。すごく分かる。顔立ちは似ている。
でも、雰囲気は全然違う。
レオンハルトは、どちらかと言えば真面目で、不器用で口数も多くない。対してレイブン様は、柔らかく笑う。話し方にも余裕がある。
「それで」
レイブン様の視線が私へ向いた。
「そちらが?」
「あ」
私は、慌てて姿勢を正した。
レオンハルトが少しだけ私の前へ出る。
何で?
「兄上」
「何だ」
「近づきすぎないでください」
「まだ一歩も近づいていないが?」
「念のためです」
「……お前」
……レイブン様が弟を見る。
それから…私。そして、また弟。
口元がゆっくり上がった。
「なるほど」
「何です?」
「いや?」
絶対!何か分かってる。この人……
「初めまして」
レイブン様が私へ向き直る。
「レイブン・ヴァイスと申します。そこにいる無愛想な騎士の兄です」
「無愛想は余計です」
「事実だろう」
「自分で言いましたね?」
「……」
さっきの会話そっくり……思わず笑ってしまった。
「ふふっ」
二人が同時にこちらを見る。
「すみません」
でも、笑いが止まらない。
「本当に兄弟なんですね」
レイブン様が目を細めた。
「そう見えますか?」
「はい。お顔も似てますけど、話し方というか……」
「話し方?」
「お互い、絶対譲らなさそうなところ」
レイブン様が声を上げて笑った。
「これは面白い」
「兄上」
レオンハルトがものすごく嫌そう。
「ミキ様」
「あ、はい」
レイブン様が少しだけ頭を下げる。
「お噂は伺っております」
「私の?」
「ええ。異界よりいらした、不思議な女性だと」
「不思議……」
誰?そんな紹介したの……
「それから」
レイブン様がちらっとレオンハルトを見る。
「弟が、珍しく大切にしている方だとも」
「兄上!」
声大きい。私の顔も一気に熱くなった。
「えっ?」
「違うのですか?」
レイブン様は、わざとらしく首を傾げる。
「胸元に女性から贈られた守護紋を入れたまま歩いている男が?」
「……」
「しかも、その相手の前から一歩も動かない」
「……」
「随分と分かりやすくなったな、レオンハルト」
レオンハルトの耳が真っ赤……
「レイブン様」
思わず、名前を呼んだ。
「はい?」
「その辺にしてあげてください」
……だって、レオンハルトがかわいそう。
でもちょっと面白い。
レイブン様が私を見る。
「お優しいですね、ミキ様」
「いや、そういうわけじゃ」
「兄を名前で呼びましたね」
……横から低い声。
「……え?」
レオンハルト?見ると何か顔が怖くないけど、ちょっと面白くなさそう?
「だって……レイブン様って」
「はい」
「お名前を教えていただいたから」
「……そうですね」
何?その返事?
レイブン様は完全に気づいている。
口元を手で隠してるし……
「兄上」
「何だ?」
「笑うな」
「笑っていない」
「笑っている」
「気のせいでは?」
その言葉……
「……」
私とレオンハルトが同時にレイブン様を見た。
そしてなぜか、また笑ってしまった。
*
騒ぎを聞きつけエドワードとベルン、さらに近衛の騎士たちがやって来た頃には、黒い霧は跡形もなく消えていた。
「それで」
エドワードがレイブンを見る。
「なぜ貴方がここに?」
「弟にも同じことを聞かれました」
「答えていないのですか?」
「答える前に偽物退治になりまして」
レイブンは懐から一枚の紙を取り出した。
「これが理由です」
エドワードが受け取る。古い紙。
「……これは?」
「私が管理しているヴァイス家の旧領にある資料庫で見つけました」
「兄上」
レオンハルトが眉を寄せる。
「旧領へ行っていたのですか?」
「ああ」
「なぜ?」
「父上に頼まれてね。古い薬草園の整理と、資料の確認をしていた」
そうか。植物に詳しいって前に聞いた。
「そこで妙な記録を見つけた」
レイブン様の表情から笑みが消える。
「七百年前のヴァイス家当主の日誌だ」
エドワードが紙を開く。
「何と?」
「守り人について」
部屋が静かになる。
「ヴァイス家に?」
レオンハルトが聞く。
「正確には」
レイブン様が私を見る。
「守り人を守護していた騎士についての記録です」
胸が鳴った。
「……騎士?」
「名は」
一度……紙を見る。
「アルノルト・ヴァイス」
レオンハルトの表情が変わった。
「ヴァイス……」
「私たちの祖先だ」
「その人が」
「エレノアを守っていた?」
レイブン様が、頷いた。
「おそらく」
胸がざわつく。そして……思い出した。あの記憶…
エレノア。
『あの人も?』
愛した人
殺された人
まさか。
「……アルノルトって」
声が少し震える。
「エレノアの……」
レイブン様は、静かに一枚の紙を私へ差し出した。
「日誌の最後のページです」
文字……古い。でも、読める。
『エレノアを守ること、それこそが我が命』
心臓が大きく鳴った。さらに
『たとえ王命に背くこととなろうとも、彼女をノクスへ渡すことはできぬ』
「……」
……ノクス
……やっぱり
「続きは?」
エドワードが聞く。レイブン様が、首を横に振った。
「そこから先のページは抜き取られています」
「また……」
記録が消されている。
「ただ」
レイブン様が、別の小さな紙片を出す。
「本の背表紙の内側に、隠されていました」
そこには、たった一行……
『白き翼を信じよ。守り人が再び戻りし時、ヴァイスの剣はその傍らにあれ』
「……」
私は…ゆっくり…レオンハルトを見る。
銀色の髪
深い蒼色の瞳
ずっと……私を守ってくれている人
レオンハルトも私を見ていた。
何か言葉にできないものが、胸の中でつながった気がした。
「……何だろう」
ぽつりと口から出る。
「何百年も前から、決まってたみたい」
すると、レオンハルトがほんの少し眉を寄せた。
「それは違う」
「え?」
真っ直ぐ私を見る。
「祖先が何をしていたかは関係ない」
「……」
「私がミキを守るのは」
深い蒼色の瞳。
「そう決めたからだ」
胸が……きゅっとなる。
「昔から決められていたからでも、ヴァイス家だからでもない」
一歩、近づく。
「俺が」
声が少し低くなる。
「そうしたいから、あなたの傍にいる」
「……」
もう……本当にこの人、何でこういう時にこういうことを言うの。
「レオンハルト」
「何?」
「……それ」
「何だ?」
「また、ほとんど告白なんだけど」
「……」
固まった。
レイブン様が横で、とうとう吹き出した。
「兄上!」
「すまない」
絶対思ってない。
「いや……これは……」
レイブン様が目元を押さえる。
「昔から真面目すぎると思っていたが、まさかここまでとは」
「帰ってください」
「来たばかりだ」
「なら黙っていてください」
「難しい相談だな」
兄弟、本当に面白い。私は、ついまた笑ってしまった。
*
その後、レイブン様を交えて簡単な情報整理をすることになった。
アルノルト・ヴァイス。
七百年前の守り人、エレノアの護衛騎士。
そして、ノクス家へ渡すことを拒んだ人物。
「もし」
私は、少し考えてから言った。
「エレノアが愛していた人が、アルノルトさんだったら……」
部屋が静かになる。
「ノクス家は、その人を殺してエレノアを箱の前へ呼んだ」
エドワードが低く答える。
「可能性はある」
胸が痛い。
エレノアとアルノルト
そして……
私とレオンハルト
似ている。あまりにも……
「ミキ」
隣からレオンハルトの声
「同じにはならない」
「……」
私、顔に出てた?
「俺たちは、あの二人ではない」
さっき、私がエレノアの生まれ変わりかもしれないと怖がった時言ってくれたのと同じ……
「うん」
「だから」
レオンハルトがほんの少し、私の手へ触れた。
人がいるから握らない。でも指先だけそっと…
「同じ結末にもならない」
「……うん」
頷いた。今度は、ちゃんと信じられた。
*
夕方、話がひと段落しレイブン様は、国王陛下へ正式に報告をするため一度、部屋を出ることになった。
「では、ミキ様」
「はい」
「また後ほど」
「はい、レイブン様」
笑って答える。すると、横……何か空気が
「……」
何?レオンハルトを見る。
普通?いや普通じゃない…ちょっと口数が少ない。
「レオンハルト?」
「何?」
「どうしたの?」
「別に」
……………出た。
「何でもない?」
「……」
「またそれ?」
レイブン様が、扉の前で足を止める。
そして、ものすごく楽しそうにこちらを見る。
「ミキ様」
「はい?」
「一つお願いが」
「何です?」
「次にお会いした時も、ぜひ『レイブン様』とお呼びください」
「兄上」
………低い。
「何だ?」
「今すぐ出て行ってください」
「はいはい」
レイブン様が笑いながら部屋を出る。
……扉が閉じた。……静か
私は、ゆっくりレオンハルトを見る。
「……もしかして」
「何?」
「ヤキモチ?」
前にも一度聞いた。その時、レオンハルトは逃げた。
でも、今回は逃げる場所がない。深い蒼色の瞳が私を見る。そして、
「……悪い?」
「え?」
今??認めた?
「兄上だけ」
少し眉が寄る。
「初対面から名前で呼ぶから」
「様ついてるよ?」
「それでも」
「……」
何これ……かわいい。
「ふふっ」
「笑うな」
「だって」
「ミキ」
……低い声。でも、怒ってない。
「じゃあ」
私は、少しだけ彼へ近づいた。
「レオンハルト」
「……」
「これでいい?」
深い蒼色の瞳が、一瞬!大きくなる。
「レイブン様はレイブン様」
もう一度、少しだけ近づく。
「あなたは、レオンハルト」
「……」
「二人の時だけ」
小さく付け足す。
「特別でしょう?」
……言った瞬間、自分で恥ずかしくなった。
でも今度は、逃げない。レオンハルトは、しばらく何も言わなかった。やがて片手で顔を覆った。
「……ミキ」
「何?」
「本当に」
声が少し掠れる。
「俺を煽るのが上手くなったな」
「そんなつもりないって!」
「それが一番困る」
顔を上げる。……耳、真っ赤。
「ふふっ」
「また笑った」
「だって、かわいい」
「……」
「え?」
「……」
「……」
「今のなし!」
「無理」
即答。
「忘れて!」
「無理だ」
「レオンハルト!」
今度は、彼が笑った。仕返しされたよ…
でも、嬉しそうだから。まあ、いいか…
*
その夜、私はベッドの中で今日見つかった記録を、何度も思い出していた。
アルノルト・ヴァイス
エレノアを守ろうとした騎士
もし、本当に二人が愛し合っていたのなら、結末はあまりにも悲しい。
でも、私はエレノアではない。レオンハルトもアルノルトではない。
『同じ結末にはならない』
その言葉を信じる。そして、もう一つ思い出す。
『兄上だけ、初対面から名前で呼ぶから』
「……ふふっ」
また笑ってしまう。あのレオンハルトがちゃんとヤキモチだと認めた。
「かわいかったなぁ」
…ぽつり…言って布団へ潜る。
その時、窓辺に白い鳥が静かにこちらを見ていた。
「どうしたの?」
起き上がる。白い鳥は、今日は鳴かない。
ただ、私を見る。
「エレノアとアルノルトのこと?」
金色の瞳が少し揺れた。
「やっぱり」
……胸が少し痛む。
「愛し合ってたの?」
……長い沈黙。そして、
『愛していた』
声がとても悲しい。
「……そう」
『アルノルトは』
白い鳥が続ける。
『エレノアを守るために死んだ』
目を閉じる。やっぱり……
『だが』
「……?」
金色の瞳が私を見る。
『殺したのは、ノクスではない』
「……え?」
胸が冷たくなる。
「じゃあ……誰が?」
白い鳥の翼が小さく震えた。
『王家でもない』
「なら……」
誰??その時、部屋の灯りが一瞬、揺れた。
白い鳥が窓の外を見る。そして、低く告げた。
『裏切ったのは』
一度、言葉が途切れる。
『ヴァイス家の者だ』
「……え?」
………息が止まった。
レオンハルト
レイブン
そして、七百年前のアルノルト・ヴァイス。
「どういう……こと?」
でも、白い鳥はそれ以上答えなかった。
ただ…金色の瞳に、深い悲しみだけを残して……
夜の闇へ飛び立っていった。
私は、しばらく動けなかった。今日、ようやく見つけたと思った。
エレノアを守った騎士、アルノルト・ヴァイス。
それなのに……そのヴァイス家の誰かが彼を裏切った?そして、ふと思い出す。
レイブン様が持ってきた七百年前の日誌
抜き取られていた最後のページ
「……まだ」
終わってない。真実は、まだ何かを隠している。




