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15 今度は、私が守りたい

『守れ』


白い鳥の声が、いつまでも頭から離れなかった。


その直後に見せられた光景も、鮮明に残っている。


銀色の髪…

血に濡れた騎士服…

地面に倒れたレオンハルト様…

そして、閉じかけた深い蒼色の瞳


「あれは未来なの? それとも、ただの警告……?」


分からない。けれど、もし本当にこれから起こることなのだとしたら??


「絶対に嫌」


ようやく好きだと気づいた。誰かに会えることを、楽しみに思えるようになった。そんな今、また大切な人を失うなんて、耐えられるはずがない。


「……絶対に、嫌だから」


胸の奥で白い光が強く脈打った。その時、扉が控えめに叩かれる。


「ミキ様? どうかなさいましたか?」


エミリアさんの声だった。


「何でも……」


そう答えかけて、私は口を閉じた。

何でもない…大丈夫…そう言って、また一人で抱え込むのは違う。私はゆっくり息を吐いた。


「エミリアさん。ローグ様とグレンジャー様を呼んでもらえる?」

「かしこまりました」

「それと……レオンハルト様も」


少しだけ間があった。


「承知いたしました」


扉の向こうから返ってきた声は、いつもより優しかった。


*


ほどなくして、ローグ様とグレンジャー様が部屋へやって来た。レオンハルト様も当然のように同行している。扉が開き、その姿を見た瞬間、胸が痛んだ。


いつも通りの銀色の髪、いつも通りの騎士服、深い蒼色の瞳も、何一つ変わっていない。生きている。

当たり前のことなのに、それだけで泣きそうになった。


「ミキ?」


ローグ様が、すぐに私の異変に気づく。


「どうした」


答えようとしたところで、レオンハルト様と目が合った。血に濡れた姿が脳裏に重なり、息が詰まる。


「ミキ様?」


彼が一歩近づいた。

気づけば、私はその腕を掴んでいた。


「……良かった」

「何がです?」

「ここにいてくれて」


自分でも、ひどく曖昧な言葉だと思う。それでも、今はそれしか言えなかった。


「ちゃんと……いる」


声が震える。

レオンハルト様は驚いたように目を見開いたあと、私の手を大きな手で包み込んだ。


「何があったのです?」


その声は低く、どこまでも穏やかだった。


「白い鳥が来ました。『守れ』って言われて……そのあと、レオンハルト様の姿が見えたんです」


ローグ様たちの表情が一変する。


「どんな姿だ?」

「血だらけで、倒れていました。騎士服も赤く染まっていて……目も、閉じかけていて……」


思い出すだけで、喉が苦しくなる。


「だから、怖くて……」


涙が一粒、頬を伝った…

レオンハルト様の指が、そっとそれを拭う。


「泣かないでください」

「無理ですよ」


思わず顔を上げる。


「好きな人が死ぬかもしれない姿を見せられて、平気でいられるわけないでしょう!」


………言ってしまった…

部屋の空気が、ぴたりと止まる。


「あ……」


自分の言葉を理解した瞬間、顔が熱くなった。


「今のは、その……大切な人という意味で!」


苦しい言い訳だと、自分でも分かっている。


「忘れてください!」

「忘れられません」


レオンハルト様の返事は、驚くほど静かだった。


「今の言葉だけは、どうしても」


彼の瞳に浮かんでいたのは、戸惑いではなく、隠しきれない喜びだった。


「……拾わないでください」

「申し訳ありません。ですが、嬉しかったので」

「そんなふうに言われたら、余計に忘れられなくなるじゃないですか」

「忘れていただくつもりはありません」


真っ直ぐ見つめられ、胸が大きく跳ねる。

その時、ローグ様がわざとらしく咳払いをした。


「話を続けてもいいか?」

「あ……はい」


振り返ると、ローグ様は眉間を押さえ、グレンジャー様は口元を隠していた。


「笑ってます?」

「いえ」

「絶対笑ってますよね?」

「……少しだけ」

「もう!」


恥ずかしさに顔を覆いたくなったけれど、レオンハルト様に握られた手は、最後まで離れなかった。

そして私も、離さなかった。


*


白い鳥に見せられた光景を詳しく説明すると、ローグ様は険しい顔で考え込んだ。


場所は分からない。周囲は暗く、地面は土か石のように見えた。レオンハルト様の騎士服には、胸元から脇腹にかけて大きく血が広がっていた。そして、映像が消える直前に聞こえた言葉は――。


『時は近い』


「北の森の封印と関係している可能性は高いでしょうね」


グレンジャー様が言った。


「ただし、今見たものが必ず起こる未来だとは限りません。白い鳥はこれまでにも、災厄の接近を知らせてきました。今回も予言ではなく、警告である可能性があります」

「じゃあ、変えられるんですか?」

「それを断言できる者はいない」


ローグ様はそう言ってから、私を見た。


「だが、変えられないと決まったわけでもない」


その言葉に、私は頷いた。

そうだ!まだ何も起こっていない、レオンハルト様は今、ここにいる。


「だったら、絶対に変えます」

「ミキ様」

「私も、何かできるようになりたいんです」


レオンハルト様の眉が寄る。


「危険なことをするつもりではありません」


先回りして告げると、彼は何も言わずに私を見つめた。


「今までずっと守ってもらいました。レオンハルト様だけじゃありません。ローグ様にも、グレンジャー様にも、マルガレーテさんたちにも。だから今度は、私も守りたい」


その言葉を口にした瞬間、胸の奥がふわりと温かくなった。白い光が、私の身体を一瞬だけ包む。


「……今のは」


ローグ様が立ち上がった。


「ミキ。光る直前、何を考えていた?」

「みんなを守りたい、と」


グレンジャー様が小さく呟く。


「守護……」

「昨日、お守りに宿った魔力も守護の性質を持っていました。もしかすると、ミキ様の力は治癒や浄化だけではないのかもしれません」


ローグ様が続ける。


「守りたいという意思そのものが、力の発動に影響している可能性がある」

「意思が……力になる?」

「森で魔物を消した時は、死にたくないと願った。花を癒やした時は、生きてほしいと願った。そして昨日のお守りには、レオンハルトの無事を願った力が宿った」


ローグ様の視線が、私たちのつないだ手へ落ちる。


「今は、守りたいと願った」


自分の気持ちが、そのまま力になる。

そう考えると、胸の奥が少しだけ強くなった。


「正確には、これが魔法なのかどうかも分からんがな」

「またですか?」

「仕方ないだろう。規格外なんだから」

「私のせいじゃありません!」

「女神に言え」

「会えたら、絶対に言います!」


グレンジャー様が小さく笑い、張り詰めていた空気がわずかに和らいだ。


*


「一つ、試してみたい」


ローグ様が小さな魔法石を取り出した。


「これに簡単な攻撃魔法を当てる」

「攻撃魔法ですか?」

「石にだ」

「びっくりしました……」

「この石を守りたいと思ってみろ」


透明な石を見つめる。

守りたいと言われても、ただの石に愛着はない。


「これが、レオンハルト様からもらったものだったら……」


そう考えた瞬間、石の周囲に白い膜のような光が広がった。


「何を考えた?」


ローグ様の問いに、私は観念して答える。


「大切な人からもらったものだと思いました」

「誰から?」

「そこまで言う必要がありますか?」


ローグ様が意味ありげに笑う。


「なるほど」

「何がですか!」


レオンハルト様の視線が、こちらへ向いている。私は慌てて石へ目を戻した。

ローグ様が手を上げる。


「いくぞ、ミキ」


小さな風の刃が石へ向かって飛んだ。


「守って!」


反射的に叫ぶと、白い光が強くなった。

風の刃が光へ触れた瞬間、澄んだ音を立てて消える。

石には傷一つなかった…


「防いだ……」


レオンハルト様が呟く。

ローグ様は光へ手を近づけながら、首を横に振った。


「通常の結界とは違う。術式の構造がない。意思そのものが形になったようだ」


その時、視界がわずかに揺れた。


「あ……」


すぐにレオンハルト様が私の腕を支える。


「ミキ様」

「大丈夫です。ただ、少しふらついただけで……」


グレンジャー様が頷いた。


「それをすぐに伝えられたのは、よろしいことです」

「褒められました?」

「褒めています」

「子供みたいですね」


そう言いながら椅子へ腰を下ろす。


「今日はここまでです」

「もう少し――」

「ミキ様」


グレンジャー様に制され、私は素直に頷いた。

何でも一度にできる必要はない。少しずつ、できることを増やしていけばいい。


*


検証が終わると、ローグ様とグレンジャー様は調査へ戻っていった。部屋に残ったのは、私とレオンハルト様、そして少し離れた場所にいるエミリアさんだけだった。


静かになると、先ほどの会話が蘇ってくる。


『好きな人が死ぬかもしれないって見せられて――』


思い出すだけで、顔が熱くなった。


「……あの」

「はい」

「さっきのこと、本当はもっとちゃんとした時に言いたかったんです。言うつもりだったのかは、自分でも分かりませんけど……あんな勢いで口にするつもりはありませんでした」

「私は、嬉しかったです」


レオンハルト様は、私の前へ歩み寄った。


「とても………」


その一言に、胸が温かくなる。


「だから、後悔しないでください」

「後悔はしていません。ただ、恥ずかしいだけです」

「それなら安心しました」


彼は微笑んだ。


けれど、白い鳥に見せられた光景を思い出すと、胸の奥がまた冷たくなる。


「……やっぱり、怖いです」

「はい」

「もし本当に起こったらと思うと…」

「未来がどうなるかは、私にも分かりません」


彼の声が、少し低くなる。


「ですが、簡単に死ぬつもりはありません。約束したでしょう。無茶はしないと……」

「絶対ですか?」

「絶対です」


それから彼は、胸元へ手を当てた。

騎士服の内側には、私が編んだお守りがある。


「それに、戻らなければならない理由ができました」

「……お守りですか?」

「はい。この守護紋は、帰る場所を意味するのでしょう?」


私は頷いた。


「だから、どこへ行っても必ず戻ります」


胸が大きく跳ねる。


「……どこへ?」


聞かなくても分かっていた。それでも、彼の口から聞きたかった……。レオンハルト様は一瞬だけ息を止め、それから私を真っ直ぐ見つめた。


「あなたのところへ」


………言葉が出なかった


顔が熱くなり、心臓が痛いほど鳴っている。


「レオンハルト様、それ……」

「………ほとんど告白みたいです」


今度は彼が固まった。

耳まで赤くなっていくのが分かる。


「……そう聞こえましたか」

「聞こえますよ」

「では、いつか正式にお伝えします」

「いつか?」

「はい。今はまだ、あなたを危険にさらすものを取り除けていませんから」


その言葉に、胸が締めつけられた。


「そんなことを気にしなくても……」

「気にします」


レオンハルト様は、つないだ手にそっと力を込めた。


「あなたに、何の不安もない状態で伝えたいのです」


真剣な瞳に見つめられ、私はもう笑えなかった。


「……分かりました。待っています」

「はい。必ず」


その約束は、告白よりも静かで、それなのに心へ深く残った。


*


その夜、レオンハルトは近衛騎士団長の執務室へ呼ばれていた。


「北の森への第二調査隊が決まった」


団長が机の上へ資料を置く。


「明朝出発だ」

「編成は?」

「魔法師団五名、近衛から六名、王国騎士団から十二名。指揮官はお前だ」


レオンハルトは資料へ目を落とした。

脳裏に浮かぶのは、泣きながら自分の腕を掴んだミキの姿だった。


『好きな人が死ぬかもしれないって見せられて、泣くなって方が無理でしょう!』


そして、白い鳥が彼女へ見せたという未来。

血に濡れた自分……レオンハルトは無意識に胸元へ手を伸ばした。

小さなお守りが、そこにある。


『どこにいてもあなたを想う』


『どこへ行っても、必ず戻ります』


『どこに?』


『あなたのところへ』


「……必ず」


誰に聞かせるでもなく、彼は呟いた。

必ず戻る……あの人のもとへ…


*


同じ頃、私はなかなか眠れずにいた。


白い鳥が見せた光景のせいなのか、それとも、今日レオンハルト様と交わした言葉を思い出しているからなのか、自分でも分からない。


『あなたのところへ』


思い出すたび、顔が熱くなる。


「……ほとんど告白じゃない」


枕へ顔を埋めた。

怖いことは、まだたくさんある。それでも、幸せだと思える自分がいた。


「明日も会えるかな」


そう呟いた時、窓辺で小さな音がした。


――ぱさっ


白い鳥が、金色の瞳でこちらを見つめている。


「また来たの?」


今度は、もう怖くなかった。

白い鳥は答えず、一枚の白い羽を窓の外から部屋へ舞い込ませる。手を差し出すと、羽が掌へ落ちた。


『北へ』


「北?」


嫌な予感がした。


『彼は向かう』


「誰が?」


聞くまでもない。


「……レオンハルト様?」


白い鳥が目を閉じる。


「いつ?」


『暁』


「明日……?」


レオンハルト様からは、何も聞いていない。


「待って! 私はどうしたらいいの?」


白い鳥は翼を広げた。


『信じよ』


「何を? レオンハルト様を? 自分の力を? それとも、未来を変えられることを?」


答えは返らなかった。

白い光が窓の向こうへ消え、あとには白い羽だけが残される。私はそれを握りしめた。


『必ず戻ります』


『あなたのところへ』


「……そうだよね」


約束したのだ。


だったら、信じる。

でも、何もせずに待っているだけではいられない。


「私も、できることをする」


その瞬間、白い羽が光った。

手のひらに、小さな紋様が浮かび上がる。


円…葉…星…私が編んだ守護紋


その中心から、細い深い蒼色の光が伸びていく。まるで、遠く離れたどこかへつながっているようだった。


同じ頃、騎士団の詰所では、レオンハルトの胸元にあるお守りが淡い白色に光っていた。


「……?」


彼が取り出すと、守護紋の中心に、今までなかった小さな光が宿っている。


深い蒼色……


そして一瞬だけ、声が聞こえた気がした。


『無事でいて』


「……ミキ」


レオンハルトは、お守りを強く握りしめた。


二人はまだ知らなかった…

ミキが編んだ守護紋が、ただ身を守るためのものではなく、遠く離れていても互いの命を結ぶ、失われた守り人の力の一つであることを……



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