非現実的な昨日から
昨日の光景が、まだ目の奥に残っている。
雲を切り裂いたあの一撃も。
夜風に消えた化け物も紛れもなく現実のはずだ。
証明は俺の記憶。
なのに――
「ホントだよ、普通にしかできないからね」
いつも通りに樋川萌花はクラスの中心で噂を否定していた。
――普通?
俺の知らない世界は、もう始まっていたはずだろ?
「しっかし相変わらずの人気っぷりだな……」
昨日、化け物と戦っていた彼女とは別人のようだ。
完全にクラスの中心人物。
……まぁ、元からそうだけどさ
俺は授業の準備をしようと机の引き出しに手を入れた。
その時だった。
ポロっと何かが落ちた。
「ん?」
床に落ちたのは、四つ折りの紙。
引き出しに、見覚えのない手紙……
(こ、これはまさか!!)
俺の脳内にあふれ出したのは、数々の漫画で見た伝説の手紙。
ラブレター!!
春が来た。
俺にもようやく春が来たのだ。
ウキウキの気分でその紙を開け、中を確認した。
【お昼休み、屋上に来て】
確信だ……
俺は今日、桜咲く。
喜びを心に留め、授業の準備を再開しようとしたその時、視線を感じた。
教室の中心。
そう正に今、樋川が居る辺り…
「あっ……」
当の本人と目線が合う。
その瞬間。
樋川の表情が変わった。
先程まで周りに振りまいていた笑顔じゃない。
鋭い目つきが俺を現実に引き戻した。
◇
昼休み。
俺は校舎の最上階、屋上の扉の前に立っていた。
普段なら鍵が掛かっているはずの扉だ。
……だが。
あっさりと、その扉は開いた。
「………」
何とも言えない状況を受け入れつつ屋上へ出ると、風が一気に吹き抜けた。
フェンスの前には、見慣れた後ろ姿が立っていた。
銀髪を風に揺らすクラスの有名人。
樋川萌花だ。
俺が来た事に気付いたのか、ゆっくりと彼女は振り向き――
「ちょっと遅くない!?」
「お前、クラスにいる時と随分態度が違うな……」
開口一番飛び出してきたのは、樋川からのクレームだった。
「って言うか、屋上の鍵って掛かってたよな?」
「鍵開けくらい、私にだってできるもん……」
さらっと自供したな、コイツ……
つまり俺のラブレターは――
「はぁ……」
思わずため息が出た。
「ちょっと!何のため息よ!」
怒りの一歩をこちらに向け、踏み出したその時。
「いい加減にせんか、本題に入れんわ!」
「おわっ!!」
樋川の学生カバンから、昨日の子猫が姿を現した。
「ずっとそこに居たのかよ、ばぁちゃん猫」
「本来なら、魔物退治以外は姿を見せんが、今回は異例じゃからのぉ」
喋る猫!魔法!魔物!!
ついに来た。
俺の憧れていた世界――
「こらぁ!!」
だが現実に来たのは、樋川の怒鳴り声だった。
さらに一歩距離を詰めて来る。
「んだよ……」
「ばぁちゃん!?なんて不敬な呼び方!」
どうやら俺が子猫の事を”ばぁちゃん”呼びした事に怒っているみたいだ。
「この方は魔法界の重鎮!大英雄の一人!」
両手を子猫に、アピールするように向けた。
「マリィ・アンソワーズ様よ!」
「いや、知らんわ……」
そもそもお前が”ババ様”なんて呼び方
するから――
「萌花よ、お主の”ババ様”呼びはどうなのじゃ?」
流石重鎮。
俺の思考をくみ取る様なナイス指摘。
「いや、その……私は……ダメでしたか?」
少し涙目になった樋川。
その敬い様。
この子猫が偉い猫ってのは本当らしい。
「冗談じゃ。呼び名なんてどうでもよい」
ピョンっとカバンから飛び出した猫のばぁちゃんは、地面に降り立った。
「さて本題じゃ」
その一言で、空気が変わった気がした。
俺は固唾をのみ、言葉を待った。
「お主……一体何者じゃ?」
問われたのは身に覚えのない質問。
「えっと……赤城遥、15歳。」
「趣味は漫画とアニメ鑑賞――」
「いや、そうじゃのうて」
とりあえず自己紹介を始めたが違ったみたいだ。
「お主、何故……魔法が見えておる?」
その視線は先程までの大らかな視線では無く、鋭い。
「何故って……なぜ?」
質問の意味が分からなかった。
なぜ?そもそも見えない物なのか?
いや、見えないか。
超常現象だしな。
一人で納得してしまった。
「本来……魔力が無い者に、魔法も魔物も見る事はできん」
ババ様は続けた。
「ノクス……いや、こちらの世界の人間には例外無く魔力は備わっていない」
「いやいや、ほら漫画とかなら後天的に発現するパターンもあるだろ?」
「無いわね」
少し落ち着いた樋川は答えた。
「赤城君、あなた水中で呼吸しろって言われて、できる?」
「――なるほど」
「同じ人間でも、魔法界と人間界とでは体の構造が少し異なるのよ。
魔力器官とかね」
ここまでの話を聞いて、俺は受け入れたくない現実を確認しなくてはならない。
「つまり、俺に魔法は使えないって事か?」
「当たり前でしょ」
俺の膝は崩れた。
涙も出そうだった。
しかし、ババ様は萌花とは違う考えを持っていた。
「いや、そうとも言い切れんのじゃよ」
「え?」
俺は落ちていた肩を上げる。
「どういう事ですか?」
樋川も言葉の意味が理解できていない様子だった。
ババ様は樋川の肩に登り、俺と樋川をじっと見比べた。
「ふむ……」
そして指示を出す。
「小僧……いや、遥。ちょいと萌花と手を繋げ」
「なっ!」
「へ?」
瞬間、明らかに頬を赤らめた樋川と目が合った。
気のせいか、俺の顔も少し熱くなっていた。
「ななな、何故私が赤城君と!?」
「待て、その後退りは普通にヘコむぞ」
パニック故か、俺の心を抉る一言を言いつつ、二歩後退した。
……危うく飛び降りる所だった。
「なんじゃ、手を繋ぐくらいで恥ずかしがるな。それにちょっとした実験じゃよ」
最近の若者には色々あるのだよ、ばぁちゃん。
――と、ツッコミたい気持ちを置いておいて、俺は樋川に一歩近づいた。
「ほら、”ババ様”が言ってんぞ」
わざとらしくそう呼ぶと、樋川がギロリと睨んできた。
「わ、分かってるわよ。変な事したら怒るからね!」
「この状況で他に何ができんだよ……」
嫌々ながら、樋川が俺の手を取った
その瞬間だった――
「あれ?何で……」
樋川は力が抜けた様に、その場に座り込んだ。
「え?ちょ、おいどうした!?」
慌てて手を離し、駆け寄る。
「いや、一瞬力が入らなくなって……」
「やはり……か」
不思議がる樋川とは違い、ババ様は何かを確信した様子だ。
「どういう……事ですか?ババ様」
ババ様は、ゆっくり立ち上がる樋川の肩に乗ったまま答える。
「昨夜の魔物退治。萌花の魔力が急に抜けたり、安定したのは全て――
遥が萌花に触れてからじゃ」
ついて行けていない俺を前にババ様は続けた。
「要するにじゃな」
俺の顔をじっと見たババ様は。
「遥、お主は――他人の魔力を吸収する魔法を、無意識で使っておる」
「え?」
まだ置いてけぼりの俺とは違い、樋川は慌てて声を上げる。
「そ、それはおかしいです!他人の魔力を吸収して拒否反応が出ていないなんて!」
再び樋川の肩から地面に降りたババ様、樋川の方へ向き直った。
「よく思い出せ。こちらの世界の人間に魔力は無い……つまり、拒否反応を起こす魔力自体存在しないのじゃ」
そろそろ説明して欲しい頃合いだ。
「あのぉ、俺、全然ついて行けてないんだけど?」
俺の方へ振り向いたババ様は淡々と説明を始めた。
「自身の魔力と他人の魔力が混ざると、体は拒否反応を起こすんじゃ。
血液の様にな」
ババ様は続ける。
「症状は混ざった魔力量によって様々あるが……
最悪の場合、死に至る」
突然飛び出したその現実離れした言葉に、俺は固唾を飲む。
だが、一つの疑問が浮かんだ。
「ん?そもそも何で俺は魔法が使えてんだ?」
その言葉を聞いたババ様は小さくため息を吐いた。
「だからワシは聞いたのじゃ」
そしてまっすぐ俺を見つめ。
「お前は何者なのじゃ?と」
ようやく本題に帰ってきたようだ。




