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リターン

「――初日から何をしておるんじゃ!」


部屋に怒号が響いた。


静まり返った学園長室に、その怒号だけが重く響いた。


俺は正座のまま、背筋を伸ばして答えた。


「はい、すみません……」


「皆に仲良くせよと言ったであろう? お主が問題を起こしてどうする!」


間髪入れずに叩きつけられる言葉。


もはや俺に逃げ場など、ありはしなかった。


「入学初日に決闘申請をされる生徒など、前代未聞じゃぞ……まったく」


深いため息。


呆れ半分、本気の叱責半分といったところだった。


それでも俺はあんな光景を、見て見ぬふりができるほど人間ができてはいなかった。


だから――


「で、でもさ――」


「でも、ではない!」


ぴしゃりと遮られ、反射的に口を閉じた。


俺の反撃は始まる前に終わった。


「……萌花は何も言わなかったのか?」


少しだけトーンが落ちる。


俺は視線を逸らしながら、小さく答えた。


「普通に怒られました……」


その瞬間――

さっきの光景が、脳裏に蘇る。


◇


「もう、バカバカバカ!!」


空き教室に、甲高い声が響いた。


目の前で頬を膨らませているのは樋川だ。


「どうして君はそんなに無鉄砲なの!?」

「どうして勝手に決闘の約束なんてしちゃうのよ!!」


「で、でもほら、アイツムカつくし――」


「でもじゃないわよ!!」


ぴしゃりと切り捨てられ、俺はここでも口を閉じた。


その勢いのまま、彼女は続けた。


「それにどうして君が賭けの対象になるのよ……」


少し俯きながらそう言った樋川だったが、俺は軽く笑う様に答える。


「俺は樋川の補佐係だからな。それに――」


軽く親指で自分を指しながら言う。


「樋川なら勝てるって!」


それを堂々と口にした瞬間。


樋川は、がくりと膝から崩れ落ちた。


「勝てるわけないじゃない……」


消え入りそうな声で続けた。


「アルヴェインさんだけじゃないのよ? 私、一度だって決闘で勝ったことないんだから……」


ぽつり、ぽつりと、言葉が落ちていく。


「学年順位だって下から数えた方が早いし……」

「逆に、アルヴェインさんは……トップ常連……」


「まじ?」


「マジ!!」


食い気味の即答だった。


そのまま彼女は顔を伏せる。


「……今からでも遅くないよ。決闘の申請……撤回してもらおうよ?」

「私が謝るから……」


その言葉に、俺は思わず眉をひそめた。


「なんで、樋川が謝るんだよ」


「だって――」


言いたい事は分かる。


それでも――


「悔しいんだろ?」


言葉を重ねた。


「馬鹿にされて」


「努力しても報われなくて」


「っ……」


肩がわずかに揺れる。


その感情は本音を隠しきれてはいなかった。


「ヨモのおっちゃんも言ってたろ」


「”諦めなければチャンスは巡ってくる”、って」


「でも……」


未だに不安な表情を拭いきれない樋川に、根拠はないが。

言いたい事があった。


「安心しろ」


一歩、距離を詰める。


「樋川、ポテンシャルだけは最強なんだろ?」


「だけって……」


か細いツッコミ。


少しだけ、いつもの調子が戻る。


「なら後は、そのポテンシャルを発揮できるようにすればいい」


軽く笑ってみせる。


が、樋川は勢いよく声を上げた。


「それが出来ないから!苦労してるのよ……」


その声は次第に弱くなる。


だが――


「――俺がやる」


「え?」


俺の言葉に顔を上げた樋川に続けた。


「前の戦いでなんとなくコツは掴んだ。後はそうだな……」


顎に手を当て、答えをだす。


「実践とイメージだけだな」


「根拠ないなぁ……」


呆れた目で、いつもの様に見つめて来る樋川に。


「まぁ要するに」と前に置き。


「二人なら、最強だぜ!」


ニッと微笑み、親指を立てる。


俺のその場のノリの様な言葉でも、少しは落ち着いたのか。


「……赤城君」


その声は、さっきまでより少しだけ強かった。


◇


「――なるほどの」


現実に引き戻される。


ババ様は腕を組み、しばし黙り込んでいた。


怒鳴るでもなく、ただ考えている。


やがて、小さく息を吐いた。


「……お主に、あぁは言ったが、あの子の学校での扱いを知っておいて、偉そうに説教できる立場では無かったな……すまなかった」


「……」


何も言わずに、ただババ様を見つめた。


「……教師が介入すれば、ああいったものはすぐに収まる」


ぽつりと、ババ様は言った。


「じゃがな、それでは根本は何も変わらん」


視線がこちらに向く。


「上から押さえつけただけでは、形を変えて繰り返すだけじゃ」


「単なる言い訳かもしれんがの……」


「だから、教師達は見て見ぬ振りしてたってことか?」


少し棘のある言い方になった。


だが、ババ様は否定しなかった。


「……そうかもしれんな」


静かな肯定。


「“教育”のつもりで距離を取っておったが――」

「ただ逃げておっただけかもしれん」


初めて見た。


この人が、少しだけ弱さを見せた気がした。


「じゃから――」


ゆっくりと、俺を見る。


「本来、こういう事を片側の生徒にのみ、言うべきではないのかもしれんが」


間を置いて。


はっきりと言い切った。


「勝て」


空気が、張り詰めた。


「お主が勝てば、全員とは言えずとも、見る目は変わるじゃろう」


しばしの沈黙。


俺は、ゆっくりと立ち上がった。


正座の痺れがまだ残っている。


それでも、足はしっかりと床を踏んでいた。


「違うよ、ばぁちゃん」


小さく息を吐く。


視線をまっすぐ向ける。


「二人で勝つんだ」


ほんの少しだけ口元を上げた。

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