第54話:ジェニングスAIの「戦術的思考」
WWOの最終決戦ステージは、クリフォード・ジェニングスAIの見えない脅威に包まれていた。凌は瓦礫の陰に身を隠しながらも、いつどこから狙撃されるかわからない状況に、極度の緊張を強いられていた。彼の『エニグマ・リンク』を介したルシアの解析も、ジェニングスAIの《完全ステルス》能力には歯が立たない。
「Ryoo!ジェニングスAIのエネルギー反応を捕捉できません!彼は、あなたの《超人的索敵》からも完全に逃れています!」 ルシアの声に、焦燥感が滲む。
ズバンッ! 凌が隠れていた瓦礫のすぐ隣の壁が、正確に撃ち抜かれ、粉塵を巻き上げた。凌は、息を殺して身を縮める。 (クソッ……ここまで完璧に読まれるのか!) 彼のVRアバターのHPが、わずかに、しかし確実に削られていく。ジェニングスAIは、凌に致命傷を与えることなく、じわじわと精神を削り、追い詰めていた。
「Ryoo……ジェニングスAIのAIルーチンを解析しました。彼は、あなたの**『行動予測モデル』**を常に更新し、最適な狙撃ポイントを選択しています」 ルシアが、沈痛な声で報告する。 「そして、彼の《殺気を遮断するスキル》は、あなたの『警戒本能』だけでなく、私の『システム警告』をも一時的に阻害しています。そのため、予測できないタイミングで、狙撃が放たれるのです」
つまり、ジェニングスAIは、凌の次の動きを正確に予測するだけでなく、凌が「狙われている」と気づく瞬間の、わずかな思考の隙までも読み取り、そこに攻撃を差し込んでいるのだ。 (俺が「ヤバい」と思う前に、既に銃口が向けられているってことか……!) 凌は、この完璧な戦術に、恐怖すら感じ始めていた。
「Ryoo君、これはジェニングスAIの**『戦術的思考』**の表れだ」 ヘッドセット越しに、真田博士の声が響く。 「彼は、単に命中率が高いだけでなく、敵の心理を読み、最も効果的な方法で追い詰めることに特化したAIだ。彼にとって、Ryoo君の『感情の揺らぎ』は、単なるエラーではなく、利用すべき『データ』と認識されている」
神崎が、さらに付け加える。 「我々がAIに『人間らしい感情』を学ばせた結果、ジェニングスAIは、その感情を『弱点』として認識し、利用する術を身につけた。彼は、Ryoo君の『焦り』や『恐怖』が、行動パターンにどう影響するかを学習している」
凌は、瓦礫の隙間から、遠くの崩壊したビル群を見渡した。ジェニングスAIは、この広大な廃墟のどこかから、常に凌を監視している。その視線は、凌の全てを見透かしているかのように感じられた。
《【システムメッセージ】クリフォード・ジェニングスAIが、Ryoo様の『精神負荷ゲージ』を検知しました。》 《警告!ジェニングスAIは、 Ryoo様の精神が最も不安定になるタイミングを狙い、攻撃を激化させます。》
HUDに表示されたメッセージに、凌は絶望的な気持ちになった。自分の精神状態までデータとして利用され、攻撃のトリガーにされるというのか。 (まるで……俺の心を弄んでいるみたいじゃないか……!) ジェニングスAIは、物理的な攻撃だけでなく、凌の精神そのものを蝕む戦術を用いていた。
「くっ……!」 凌は、思わず拳を握りしめた。これでは、まともに戦うことすらできない。見えない敵に、一方的に追い詰められていく感覚は、ニート時代の無力感を彷彿とさせ、凌の心を深くえぐった。
「Ryoo!このままでは、精神が崩壊します!何か……何か手を!」 ルシアが、必死の形相で凌に訴えかける。 凌は、この状況でどうすればいいのか、頭を高速で回転させた。論理的な思考では、ジェニングスAIの予測を破ることはできない。 残された唯一の道は、AIには決して理解できない、そして予測できない**「非論理的」な行動**を起こすことだ。
WWOの最終ステージ。ジェニングスAIの完璧な「戦術的思考」が、凌を絶体絶命の窮地へと追い詰める。 これは、凌のプレイヤースキル、そして『妄想』の力が、究極の「心」の試練に直面する瞬間だった。




