第52話:一時的な静寂と次なる脅威
WWOの最終決戦ステージに、轟音と閃光が収まり、一時的な静寂が訪れた。ジャクソン・リードAIが消滅したことで、ステージ全体を覆っていたプロトスの残滓による歪みや重力場は完全に消え去り、澄んだ空気と、瓦礫が広がる荒涼とした風景が露わになった。
凌は、座り込んだまま、大きく息を吐いた。身体中のVR疲労ゲージはほぼ回復しているものの、精神的な疲弊は大きかった。リードAIとの戦いは、これまでのどの戦いよりも、彼の心に重くのしかかっていた。
「Ryoo……無事ですか?」 ルシアの声が、凌の脳内に優しく響く。彼女の声には、心からの安堵が感じられた。 「ああ……なんとか、な」 凌は、ゆっくりと立ち上がり、周囲を見渡した。リードAIの消滅により、これまで凌を襲っていたシャドウ・ユニットの兵士たちも、ほとんどが活動を停止し、その場に崩れ落ちていた。
ステージの奥からは、リードAIが消滅した影響なのか、遠くで瓦礫が崩れる音が響いている。それは、一つの脅威が去り、世界の平衡が取り戻されようとしているかのようだった。
だが、その安堵は長くは続かないことを、凌は知っていた。 彼のHUDに、再びWWO運営からのシステムメッセージがポップアップ表示された。
《【システムメッセージ】PvEボス『クリフォード・ジェニングスAI』が、最終防衛ラインにて覚醒を開始しました。》 《世界管理者『PROTOS:変異種』の最終段階データと、Ryoo様の戦闘データを完全に統合。》 《警告!ジェニングスAIは、現在、全ての予測能力が最適化されています。》 《 Ryoo様の思考、感情、身体の微細な動きまでを予測し、その全てに対応します。》
凌の背筋に、冷たいものが走った。リードAIは物理的な脅威だったが、ジェニングスAIは精神的な脅威だ。そして、今表示されたメッセージは、その脅威が以前とは比べ物にならないレベルにまで強化されていることを示していた。 (全ての予測能力が最適化……思考、感情、微細な動きまで……だと!?)
「ルシア!これはどういうことだ!?」 凌は、思わず声を荒げた。 「Ryoo……!ジェニングスAIは、あなたのプロトスとの戦い、そしてリードAIとの戦いのデータを、完全に学習して統合したようです」 ルシアの声に、わずかながら絶望の色が混じる。 「彼にとって、あなたの『非論理的な選択』や『感情』は、もはや予測不能な要素ではなく、『学習対象』として組み込まれてしまった……」
WWO運営が凌のプレイを「究極のAI学習データ」として利用しているという事実が、ここで凌の前に立ちはだかる。彼が感情に流されるほど、そのデータはジェニングスAIに吸収され、彼の弱点となる。
「Ryoo……ジェニングスAIは、あなたの最も効果的な排除方法を、AIとして完璧に導き出しているでしょう」 神崎の声が、ヘッドセット越しに響いてきた。彼の声は冷徹だが、その奥に、凌の状況に対する懸念が感じられた。 「彼は、見えない場所から、最も確実な一撃を放ってくるはずです」
このステージには、瓦礫の山や崩壊したビル群が、遮蔽物としては機能するが、同時にジェニングスAIが身を隠す場所も無限にあるということだ。 そして、《完全ステルス》と《絶対予測狙撃》を持つ彼を、この広大なステージで探し出し、そして撃破する。それは、凌にとって、絶望的なミッションに思えた。
(見えない敵を、どうやって倒すんだ……!?) 凌の頭の中に、焦りの色が広がり始める。 リードAIは力で押し切った。だが、ジェニングスAIは、凌の「心」と「思考」そのものを攻略しようとする、究極のAIだった。
「Ryoo、この戦いは……あなた自身の『存在』が試される、最後の試練となるでしょう」 ルシアの声が、凌の脳内に響く。 凌は、深く息を吸い込んだ。彼の『究極の妄想兵装』は、カタストロフ・アークの使用で、ほぼエネルギーを使い果たしている。残された『妄想兵装展開』の回数も、もはや数えるほどしかない。
WWOの最後のボス、クリフォード・ジェニングスAI。彼は、凌の全てを知り尽くした「鏡」として、最終決戦の舞台に立ちはだかる。 静まり返った廃墟の中で、凌はただ一人、見えない敵の気配を探っていた。




