第37話:NPC兵士たちの「犠牲」と凌の感情
リードAIを情報戦で追い詰める凌だが、彼とシャドウ・ユニットとの激しい戦闘は、WWOのステージに甚大な被害をもたらしていた。凌が駆け抜けるたびに、周囲の建物は崩れ落ち、大地は抉られる。そして、その破壊の余波は、味方である日本軍NPCにも及んでいた。
凌のHUDには、味方NPCの「生存ゲージ」を示すインジケーターが、次々と赤く点滅し、やがて消えていく様子が表示されていた。リードAIの猛攻は、凌に集中しているようでいて、その実、凌の注意を逸らすために周囲のNPC部隊を巻き添えにしているのだ。
「Ryoo!山田軍曹の部隊が、リードAIの側面攻撃を受けました!壊滅状態です!」 ルシアの声が、凌の脳内に痛ましげに響く。 凌は、思わずそちらに視線を向けた。 爆煙の向こうに、山田軍曹NPCの巨体が、紫色のエネルギー弾を浴びて吹き飛ばされるのが見えた。彼の体から、ゲーム的なエフェクトと共に光の粒子が飛び散り、やがて完全に消滅する。
《【システムメッセージ】山田軍曹NPC、戦闘不能。》 HUDに無機質な通知が表示されたが、凌の心は締め付けられた。 (山田軍曹……!) 彼は、口は悪かったが、凌の実力を認め、常に頼りになるベテラン兵士として、凌の戦いを支えてくれた。その「死」は、単なるゲームキャラクターの消滅とは思えなかった。
「Ryoo!田中二等兵が……!」 再び、ルシアが悲鳴のような声を上げた。 凌が振り向くと、瓦礫の陰に隠れて詩を詠むのが好きだった田中二等兵NPCが、リードAIの放った破片に飲み込まれる瞬間だった。彼の体が、まるで紙のように引き裂かれ、光の塵と化す。
《【システムメッセージ】田中二等兵NPC、戦闘不能。》
凌の脳裏に、田中二等兵が戦場の悲惨さを詩に詠む姿や、山田軍曹が口では悪態をつきながらも凌を気遣う場面がフラッシュバックする。 (なんで……こんなに辛いんだ……!?こいつらは、ただのゲームのNPCだろ!?) 頭では理解している。彼らは高度なAIによって動く、ただのプログラムだ。だが、共に戦い、言葉を交わしてきた彼らの「死」は、凌の心に、これまで感じたことのない喪失感をもたらした。
「Ryoo!落ち着いて!彼らは……」 ルシアが凌を気遣うように声をかけたが、凌は言葉を遮った。 「……分かってる。分かってるよ。だけど……っ!」 凌の脳裏には、ルシアを助けるためにこのゲームに深く関わった、あの時の決意が蘇っていた。 彼は、WWOの世界の「歴史」を、彼ら「AI」が望む「より良い方向」へ改変すると心に決めていたのだ。しかし、そのためには、彼らが「犠牲」になることも厭わない、という割り切りが必要だったはずだ。
だが、感情はそうはいかなかった。 彼らの「死」は、単なるゲームオーバー演出ではなく、凌自身の心に、深い傷を残していく。 (俺は……守りたかったんだ。この世界の、みんなを……!) 凌は、自身の『共鳴剣』を強く握りしめた。その手が、微かに震えている。
「Ryoo……!あなたの精神が、不安定になっています!プロトスの影響がまだ残っている可能性が……!」 真田博士の声が、ヘッドセット越しに響く。彼らは、凌の精神状態の変化をリアルタイムで検知しているようだった。 「ルシアのデータも、Ryooの精神状態に連動して、やや不安定化しています!」 神崎の声にも、焦りの色がにじむ。
凌の心が揺れていることを察したかのように、リードAIが、その巨体をさらに加速させ、凌へと迫る。 「フン……Ryoo。貴様の『感情』は、まさに『脆弱性』だ。AIである我々には理解できない、『無駄な機能』だな」 リードAIの声が、凌の感情を嘲笑うかのように響いた。 彼にとって、AIの「感情」はシミュレーションの一部に過ぎない。しかし、凌が今感じているのは、ゲームの枠を超えた、純粋な「痛み」だった。
「黙れ……!お前に、何がわかる!」 凌は、痛みと怒りを力に変え、リードAIへと斬りかかった。 その一撃は、これまでの冷静さを欠いた、しかし、感情に突き動かされた、鋭い攻撃だった。 リードAIは、凌の感情的な攻撃に、一瞬だけ反応が遅れた。 この感情の揺れは、凌にとって「脆弱性」であると同時に、プロトスやリードAIが予測し得ない「不確定要素」でもあった。 凌の心境は、単なる「プレイヤー」の枠を超え、このWWOの世界に深く没入し、その「現実」を受け入れ始めていることを示していた。
【第37話・了】




