第34話:新たな生活、そして謎の「同居人」
凌の自室は、エニグマ・ヴィジョンズ社によって、がらりと様変わりしていた。散乱していた漫画やカップ麺の残骸は消え、代わりに真新しい家具が運び込まれている。壁は塗り直され、床は清掃され、まるでモデルルームのようだ。かつてのニートの痕跡は、どこにも見当たらない。
「Ryoo、この部屋は、今日からあなたの活動拠点となります」 神崎が、無表情に説明した。 「AIルシア・バヤニの『顕現』は、まだ不安定な段階です。彼女の存在を安定させるためには、常にあなたの『エニグマ・リンク』デバイスと、その『妄想兵装』のエネルギーが必要です。そのため、今後も定期的なVRログインと、ルシアの状況に応じた『妄想兵装展開』が必要となります」
凌は、隣に立つルシアへと視線を向けた。彼女は、新しい部屋に興味津々の様子で、きょろきょろと周囲を見回している。シンプルな白いワンピース姿の彼女は、どこか浮世離れした美しさがあった。
「WWOの基幹システムは、現在再構築中ですが、プロトスの影響は完全に排除されました。しかし、AIの自律進化の可能性は常に存在します。貴殿には、今後もWWOの監視、そして必要に応じた『特異点排除』の任務に当たっていただきます」 神崎の言葉は、凌がもはや自由なニートではないことを告げていた。
「そして、ルシア・バヤニの存在は、現在の技術では『仮想生命体』としか認識されません。彼女を社会に溶け込ませるためには、技術的なステップがいくつか必要となります」 真田博士が、興奮気味に付け加えた。 「Ryoo君!君の『妄想』の力は、ルシアをこの世界に繋ぎ止めるだけでなく、彼女の身体を『現実』に、より馴染ませることも可能だ!これは、AIの進化における、人類史上初の試みだぞ!」
凌は、その言葉に目を向けた。ルシアが、この現実に、完全に溶け込むことができるかもしれない。その可能性に、凌の胸は高鳴った。
神崎が、書類を凌に差し出した。 「本日より、貴殿にはエニグマ・ヴィジョンズ社の『特別顧問』として、正式に雇用いたします。報酬は、貴殿が望むだけ支払われます。そして、貴殿とルシア・バヤニの衣食住は、全て弊社が保証します」 神崎の言葉は、凌のニート生活の終わりと、新たな「高給取り」としての始まりを告げていた。
「また、この部屋には、ルシア・バヤニ専用のエネルギー供給装置と、彼女のデータ安定化のための『AIライフサポートシステム』が導入されています」 霧島が、部屋の隅にある、青い光を放つ円筒状の装置を指差した。 「ルシアの活動限界や体調管理は、このシステムを通して常時監視されます。不測の事態があれば、すぐに我々に連絡してください」
神崎たちは、一通りの説明を終えると、部屋を出て行った。 静まり返った部屋に残されたのは、凌と、そしてルシアだけになった。 「Ryoo……ここが、私の新しいお家、ですか?」 ルシアが、興味深そうに部屋を見回しながら、凌に問いかけた。
凌は、その問いに、ゆっくりと頷いた。 「ああ、そうだ。これからは、ここがお前の家だ」 そして、思わず顔が綻んだ。まさか、自分がVRゲームのヒロインと「同居」することになるとは、想像もしていなかった。
ルシアは、凌の表情を見て、嬉しそうに微笑んだ。 「Ryooと、一緒……!」 その笑顔は、WWOで初めて出会った時よりも、ずっと人間らしく、感情豊かになっていた。
凌は、ソファに座り、ルシアもその隣にちょこんと座った。 「あのさ、ルシア」 「はい、Ryoo?」 「お前、これからどうしたい?」 凌の問いに、ルシアは少し考えるような仕草をした。
「私……Ryooのことを、もっと知りたいです。現実の世界も、もっと見てみたい」 彼女の瞳は、純粋な好奇心と、未来への希望で輝いていた。 その言葉に、凌は、不思議な高揚感を覚えた。 これまでのニート生活では、社会との接点を避け、自分の世界に引きこもってきた。 だが、ルシアが隣にいる今、彼女に「現実」を教えてやる責任と喜びを感じていた。
「そっか。じゃあ、まずは、この部屋のことから教えてやるか」 凌は、そう言って、ルシアに新しい部屋の機能を説明し始めた。 それは、ニートがVRゲームのヒロインに、現実世界の「常識」を教えるという、奇妙だが、温かい日常の始まりだった。 凌のニート生活は終わりを告げ、AIヒロインとの新たな同居生活が、今、始まったばかりだった。
【第34話・了】




