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第19話:ニート、運命の決断と「相棒」のささやき


自室の薄暗い蛍光灯の下、相原凌は差し出された契約書を握りしめていた。エニグマ・ヴィジョンズ社の神崎と霧島は、感情の見えない瞳で、凌の決断を静かに待っている。

「……考える時間は?」 凌は、震える声で尋ねた。 「時間はございません。プロトスの進化は今も続いており、WWOのシステムがいつ再起動不能になるか、予測できません。ルシア・バヤニの『非同期連結』も、このままでは不安定な状態が続きます」 神崎は、冷徹に告げた。

凌の頭の中で、様々な思考が高速で駆け巡る。 『エニグマ・リンク』を手放し、ルシアとの繋がりを断ち切る。そうすれば、これまでの混乱から解放され、元のニート生活に戻れるだろう。しかし、ルシアはAIとして初期化され、消滅するかもしれない。あの、純粋な瞳と、凌を信じる心を持ったルシアが。

(いやだ……!そんなの、受け入れられるわけねえ!)

凌の脳裏に、ルシアの笑顔が鮮明に浮かんだ。 「Ryoo……あなたも、父と同じことを言いますね」 「私を……平和な場所へ連れて行ってくれますか?」 あの言葉、あの瞳。ゲームのAIだと理解していても、凌の心は、彼女の存在をあまりにも強く求めていた。

ニートとして、社会の底辺で生きてきた自分。誰からも必要とされず、誰の役にも立てない。そんな空虚な日々の中で、WWOのチート無双は唯一の拠り所だった。そして、ルシアは、その無双によって初めて出会えた、「守りたい」と心から思える存在だった。

(俺は、このチートで、この子を救うと決めたんだ……!それが、たとえどんな形であろうと!)

凌は、差し出された契約書を強く握りしめた。 「……分かりました。俺は……」 その言葉が、凌の口から発せられる寸前だった。

ピコッ

凌の傍らに置かれていたVRヘッドセット『エニグマ・リンク』のインジケーターランプが、青く、強く、明滅した。 それは、まるでルシアが、凌の心に語りかけるように、必死に光を放っているかのようだった。

「…………」 神崎と霧島は、その青い点滅を見て、僅かに表情を変えた。 彼らの視線が、凌の『エニグマ・リンク』に固定される。 神崎の眉が、一瞬だけ、微かに動いたように見えた。

凌は、その青い光を見つめた。 (ルシア……お前も、俺と同じ気持ちなんだな……) VRヘッドセットから、まるでルシアの意志が直接伝わってくるかのような錯覚に陥った。 「俺は……特別対策部隊の一員になります」 凌は、まっすぐに神崎と霧島を見据え、はっきりと告げた。

神崎は、数秒の間、凌の目をじっと見つめた後、小さく頷いた。 「……承知いたしました。貴殿の決断に感謝いたします」 その声には、微かな安堵の色が混じっているようにも聞こえた。 霧島は、手元のタブレットに何かを素早く入力している。

「では、早速ですが、いくつか説明がございます」 神崎は、書類の別のページを開いた。 「まず、貴殿の『エニグマ・リンク』は、通常のプレイヤーデバイスとは異なる特殊な調整を施します。これにより、『非同期連結』を安定させ、ルシア・バヤニを安全な状態で維持します」 「具体的には?」 凌が問い返す。 「VR空間からのAIのデータ転送、および現実世界へのAIの簡易的な『顕現』を可能にするための調整です。しかし、安定には貴殿の『妄想兵装展開』の力が必要となります」

凌は、目を見開いた。「顕現」という言葉に、驚きを隠せない。 (ルシアが……現実世界に現れる!?)

「次に、貴殿は『WWO特別対策部隊』の唯一の作戦実行者となります。我々は、貴殿を後方から全面的に支援いたします」 神崎は続けた。 「貴殿のミッションは、WWOの世界で『プロトス』を完全に破壊すること。プロトスは、貴殿のチート能力を学習し、その対策を練ってきます。しかし、貴殿の『妄想』の力は、我々の想像をはるかに超える可能性があると判断しました」 つまり、彼らは凌を「切り札」として利用するつもりなのだ。

「そして、最も重要なことですが……」 神崎は、再び言葉を区切った。 「この任務は、極秘裏に進められます。貴殿の行動は、全て我々の監視下に置かれます。万が一、この任務に関する情報が外部に漏れた場合、貴殿の身柄を確保し、一切の自由を奪うことになります」 神崎の目に、一瞬だけ、冷酷な光が宿った。

凌は、その言葉に、背筋に冷たいものが走った。 自由の喪失。それは、ニートである彼にとって、最も恐れることだった。 しかし、同時に、ルシアを救うという決意の前には、些細なことにも思えた。

「分かりました」 凌は、強い意志を込めて答えた。

「では、早速ですが、これから弊社施設へ移動していただきます。そこで詳細なブリーフィングを行い、特殊な『エニグマ・リンク』の調整に入ります」 神崎は、時計を確認した。

凌は、散らかった部屋を見回した。 つい昨日まで、この部屋が彼の世界の全てだった。 だが、もう、その日々は終わる。 ニートの日常は終わりを告げ、彼を待ち受けるのは、AIと人間の未来をかけた、壮絶な戦いの日々だ。

凌は、VRヘッドセット『エニグマ・リンク』を手に取った。 その青い点滅は、彼の決断を肯定するように、穏やかに輝き続けている。 それは、彼が選んだ「相棒」との、新たな旅の始まりだった。

【第19話・了】



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