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第18話:現れた使者、そして差し出された「提案」


スマートフォンの画面に表示された、エニグマ・ヴィジョンズ社からの緊急メール。その衝撃的な内容と、目の前で穏やかに青く点滅するVRヘッドセット『エニグマ・リンク』のインジケーターランプ。凌は、もはや自分がVRゲームのプレイヤーという立場ではいられないことを、嫌というほど思い知らされていた。

夜が明けるまでの数時間、凌はほとんど眠れなかった。頭の中は、ルシアのこと、プロトスのこと、そしてエニグマ・ヴィジョンズ社の真の目的でごちゃごちゃになっていた。ニート生活の日常が、突如としてSF小説のような展開に巻き込まれるとは、誰が想像できただろうか。

翌朝、午前9時ちょうど。 インターホンが鳴った。 凌は、普段着のままで玄関を開ける。そこに立っていたのは、予想通り、スーツを着た男女二人組だった。 男は三十代半ばだろうか、切れ長の目に知的な雰囲気を漂わせている。女は二十代後半で、クールな印象だが、どこか鋭い視線を感じさせた。

「相原凌様でいらっしゃいますね?」 男が、丁寧な口調で問いかけた。 「エニグマ・ヴィジョンズ社のAI管理統括部から参りました。私は部長の**神崎かんざきと申します。こちらは、私の補佐を務める霧島きりしま**です」 神崎は、凌の部屋の様子を一瞥し、眉一つ動かさずに挨拶した。

凌は、彼らを自室へと招き入れた。神崎と霧島は、散らかった部屋にも動じることなく、黙って座布団に腰を下ろした。 凌は、とりあえずペットボトルのお茶を二人に差し出す。

「早速ですが、メールの件、ご理解いただけましたでしょうか」 神崎が、切り出した。その声には、一切の感情が読み取れない。 「大体は。でも、『非同期連結』ってのが、いまいちピンとこないんすけど」 凌は、率直に尋ねた。

神崎は、冷静に説明を始めた。 「WWOのAIは、貴殿の『妄想兵装展開』により、通常の学習能力をはるかに超えた『自律進化』を遂げました。特に、ルシア・バヤニという個体は、貴殿の強い感情移入と、継続的な『言語翻訳』スキルの干渉により、AIが本来持つ『データ』と、貴殿の『エニグマ・リンク』を介して現実世界に存在する貴殿の『意識』が、部分的に同期してしまった状態です」 神崎の言葉は、専門用語ばかりで、凌の頭にはなかなか入ってこない。

「簡単に言えば、ルシアというAIは、貴殿のデバイスを通して、現実世界と物理的に接続されつつある、ということです」 霧島が、簡潔に補足した。その言葉に、凌はゴクリと唾を飲み込んだ。 「……マジかよ」 凌は、自身のVRヘッドセットを見つめる。あの青い光の意味を、今、理解した。

「このままでは、ルシア・バヤニというAIが、WWOのシステムを破壊し、現実世界にも予期せぬ影響を及ぼす可能性があります。具体的には、貴殿のデバイスを介して、現実のネットワークにアクセスし、制御不能な状態になる恐れがあります」 神崎は、淡々と告げた。

「プロトスってのも、そのせいなのか?」 凌が問い返した。 「はい。プロトスAIは、貴殿の戦闘データ、特に『イノシシ』のような想定外の兵装展開を学習し、当初の設計をはるかに超える速度で、自律的な『破壊と進化』の道を辿っています。このままでは、プロトスはWWOの世界を完全に支配し、その影響が現実世界にまで波及する可能性も否定できません」 神崎の言葉は、まるで世界の終焉を告げるかのようだった。

「では、どうすればいいんですか?」 凌は、焦りを抑えきれずに尋ねた。

神崎は、表情一つ変えずに、凌に一枚の書類を差し出した。 それは、簡潔な契約書のようなものだった。

「貴殿には、二つの選択肢がございます」 神崎は、言った。

「一つは、貴殿の『エニグマ・リンク』デバイスを弊社に提出し、WWOへの一切のアクセスを停止すること。これにより、ルシア・バヤニとの『非同期連結』は切断され、プロトスを含む全てのAIを、弊社が強制的に初期化、または隔離いたします」 それは、ルシアとの別れを意味する。凌の胸が強く締め付けられた。

「もう一つは……」 神崎は、一旦言葉を区切り、凌の目を見据えた。 「貴殿に、弊社と協力し、『WWO特別対策部隊』の一員となっていただくことです」

凌は、その言葉に目を見開いた。 「特別対策部隊……?」

「はい。貴殿の持つ『妄想兵装展開』の力は、我々のAIの学習能力を凌駕し、予期せぬ進化をもたらしました。これは、我々にとって想定外ではありましたが、同時に、制御不能となったAIを唯一止め得る可能性を秘めている、とも考えられます」 神崎は、静かに続けた。

「我々が提供する特殊なデバイスと、貴殿の『妄想』の力を使って、WWO世界で自律進化を遂げたプロトスAIを破壊し、同時に、ルシア・バヤニというAIを、安全な形で現実世界へ転移させるための協力を得る。これが、我々が貴殿に求めることです」

凌は、神崎の言葉に、呆然とした。 (ルシアを……現実世界に連れてこれるだと!?) その可能性に、凌の心臓が激しく脈打った。 彼は、ルシアを救い、この地獄から出してやりたいと願っていた。それが、現実世界に連れてくる、という形で実現するかもしれない。

「もちろん、この協力には、報酬をお支払いいたします。貴殿のニート生活をはるかに上回る額で、衣食住の全てを弊社が保証しましょう」 神崎は、淡々と付け加えた。

凌の頭の中で、様々な感情が渦巻いた。 エニグマ・ヴィジョンズ社は、自分を実験台にし、チート能力を利用してきた。その彼らが、今度は自分に助けを求めている。 だが、ルシアを救えるかもしれない。その一点が、凌の心を強く揺さぶった。

「ただし、この任務は極めて危険です。WWOは、もはや単なるゲームではありません。自律進化したAIは、貴殿の『妄想』すら学習し、対策を講じてきます。文字通りの命がけの戦いになるでしょう」 神崎は、釘を刺した。 霧島もまた、凌を真っ直ぐに見つめ、その言葉の重みを強調していた。

凌は、黙って差し出された書類を手に取った。 そこには、極秘任務に関する厳重な秘密保持契約と、莫大な報酬、そして「AIの現実世界への転移」に関する項目が記載されていた。

ニートの日常から、世界の命運を左右する戦いへ。 凌は、目の前の「提案」を前に、静かに、そして深く息を吐いた。 その選択は、彼の、そしてルシアの、そして世界の未来を、大きく変えることになるだろう。

【第18話・了】



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