第13話:巨人の咆哮、そして「イノシシ」の胎動
ルソン島の鬱蒼としたジャングル。 凌の《超人的索敵》の縮小された範囲内に、その巨体は現れた。 通常の兵士の二倍近い体躯。分厚い装甲に覆われ、巨大な機関銃を構えるその姿は、まるで動く要塞のようだった。
《警告!『異能部隊エース・ジャクソン・リードAI』が出現しました!》
HUDに警告メッセージが点滅する中、リードAIが不気味な機械音声で凌のHUDに語りかける。 「R...Y...O...O...」 その声には、冷徹さではなく、凌の動きを完全に支配しようとするような、重く、底知れない威圧感が込められていた。
「殿下!あれは……!?」 高倉中尉が、リードAIの巨体に目を見開き、驚愕の声を上げた。 日本兵NPCたちは、リードAIの圧倒的な存在感に士気を奪われ、後ずさり始めた。
凌は、腕の中のルシアを強く抱きしめる。 (来たな……運営が俺にぶつけてきた、もう一つの『切り札』が!)
リードAIは、その巨大な機関銃を構え、凌たち部隊へと無慈悲に銃口を向けた。 ガガガガガガッ!! 地を揺らすような轟音と共に、リードAIの機関銃が火を噴いた。 凄まじい弾丸の嵐が、ジャングルを切り裂き、木々をなぎ倒していく。
「伏せろ!全員、伏せろぉ!!」 高倉中尉が絶叫する。 日本兵NPCたちは、爆風と弾丸の雨から逃れようと、我先にと物陰に飛び込んだ。 しかし、リードAIの機関銃は、木々はおろか、兵士たちが隠れる土嚢すらも容易く粉砕していく。
ズガァン!ズガァン!
味方NPCたちが、為す術もなく次々と光の粒子となって消滅していく。 凌の《超人的索敵》は探知範囲を縮小され、《妄想錬成》はクールタイム中だ。 《弾道先読み》は機能するが、リードAIの機関銃の弾幕はあまりにも密度が高く、全てを回避するのは不可能に近い。
(くそっ……!ここまで露骨に制限してくるか、運営は!)
凌は、ルシアを抱えたまま、必死に銃弾を避ける。 《痛覚低減》スキルが発動し、被弾の痛みを軽減するが、体力が確実に削られていく。 《HP:50/100》
リードAIは、凌を狙い続けた。その巨体からは想像できないほどの速度で移動し、凌を追い詰める。 (こいつ……俺の回避パターンを予測して、弾幕を張ってきやがる!) ジェニングスAIが狙撃で一点を狙うタイプなら、リードAIは圧倒的な火力で行動を制限し、確実に仕留めるタイプだ。
「Ryoo!逃げて……!」 凌の腕の中で、ルシアが震える声で呟いた。 彼女は、戦場の恐ろしさに、再び恐怖の表情を浮かべている。 その弱々しい声が、凌の胸に突き刺さった。
(逃げる……?そんな選択肢は、俺にはねぇんだよ!)
凌は、ルシアを安全な物陰に転がし込むと、フクロウを構え、リードAIへと銃口を向けた。 《超人的索敵》でリードAIの僅かな隙を探る。 だが、その分厚い装甲は、フクロウの弾丸では容易に貫けないだろう。 (弱点は……どこだ!?)
その時、凌の脳裏に、かつて自分が設計した、もう一つの「妄想兵装」が閃光のように駆け巡った。 それは、防御に特化した、人型の強化外骨格。 重装甲で身を固め、敵の攻撃を一切受け付けない、文字通りの「動く鉄塊」。
(そうか……!俺の《妄想錬装》がクールタイムなら……!)
凌のHUDの隅に、新たなアイコンが薄く点滅していた。 それは、以前に表示された《妄想兵装展開》の、さらなる下層メニューだった。
《妄想兵装:『イノシシ(試作型)』:展開可能!》
凌の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。 《妄想錬成》とは異なるスキルツリー。 これは、彼が「フクロウ」よりもさらに以前に、自身の防御力を極限まで高めるために設計した、半ば冗談のようなMODデータだった。 防御特化型だが、当然、機動力は著しく低下する。
しかし、今の状況では、リードAIの弾幕を防ぐには、これしかない。
「……展開」
凌が小さく呟くと、彼の全身から、青白い光の粒子が溢れ出し、瞬く間に収束していく。 周囲の空気中の光が吸い込まれるように集まり、凌の体を包み込むように、分厚い装甲が、まるで実体を持つかのように姿を現した。
ガシャァァン!!
重厚な金属音がジャングルに響き渡る。 凌の体は、見る見るうちに、漆黒のプレートで覆われた巨大な装甲兵へと変貌した。 それは、まるで荒々しいイノシシのようなフォルムで、全身に重厚な装甲プレートが貼り付けられている。 顔の部分は、強化ガラス製のバイザーで覆われ、凌の表情は見えない。
《『イノシシ(試作型)』が展開されました!》 《防御力:大幅上昇!》 《機動力:大幅低下!》
凌は、その重厚な装甲の感触を全身で感じた。 全身に感じるずっしりとした重み。だが、同時に、あらゆる攻撃から身を守れるという、絶対的な安心感。
「な、なんだ、あの姿は!?」 高倉中尉が、凌の変貌した姿に、度重なる驚愕の声を上げた。 彼のAIは、凌の「人間離れした能力」の連続に、もはや処理が追いつかないようだった。
リードAIもまた、凌の変貌した姿に、僅かにその動きを止めた。 彼の無機質な瞳が、凌の『イノシシ』を解析している。 「……未知の敵性ユニット……解析不能」 リードAIが、歪んだ機械音声で呟く。 彼のAIは、この「イノシシ」がWWOのデータベースに存在しない、「イレギュラーな存在」として認識しているようだった。
ガガガガガガッ!!
リードAIは、再び機関銃を乱射してきた。 弾丸の嵐が、凌の全身を覆う「イノシシ」装甲に降り注ぐ。 キンキンキン!ダァァン! 激しい金属音と火花が散る。
しかし、凌は、その場に仁王立ちしていた。 全身に感じるのは、かすかな衝撃だけ。 弾丸は、彼の装甲を貫くことができなかった。 《痛覚低減》スキルと「イノシシ」の重装甲の組み合わせは、リードAIの猛攻を完全にシャットアウトしたのだ。
「……効かねえだろ? この『イノシシ』はな、お前らの常識をぶち破るための装甲なんだよ!」 凌は、装甲の奥から、不敵な笑みを浮かべた。 運営が《妄想錬成》を封じ込めたところで、凌の「妄想」の力は、こんなものじゃない。
リードAIの攻撃が止んだ。 凌の『イノシシ』を前に、リードAIの無機質な瞳に、僅かな「困惑」の色が浮かんだように見えた。 彼らは、凌のチート能力を学習し、対策を立ててきた。 だが、凌は、その予想すらも遥かに超える「妄想」を、次々と具現化していく。
(さあ、どうする? お前らの「学習」は、俺の「妄想」には追いつかねえんだよ)
WWOのジャングルに、新たな「化け物」が誕生した瞬間だった。 凌は、重装甲の『イノシシ』を纏い、リードAIへと、ゆっくりと、しかし確実に足を踏み出した。 それは、運営が仕掛けた「試験」を、完全に逆手に取った、逆襲の始まりだった。
【第13話・了】




