#13 月曜日の学校
いつにもましてやる気が出ないのが月曜日だ。昨日の夕方からだらけ気味だったことも裏目に出ており、いつもの週初めよりも更に体が気怠い。
教室に着いた春斗は、この二か月でそれなりに仲良くなれたメンツに挨拶をし、窓際の自分の席に座った。
「おはよー、ハル」
「ん。おはよ、モチ」
話しかけてきたのは、幼馴染の秋葉望月だ。
春斗より頭半個分ほど背丈が小さく、どことなく可愛らしい顔つきだが男である。小学校の頃から、春斗がチャラい見た目になる過程を見てきた生き証人と言ってもいい。
望月は、じっと春斗の顔を見つめてから首を傾げる。
「ねぇハル。もしかして今日、調子悪い?」
「あー……調子悪いっつうか、ちょっと怠いな。昨日からダラダラしすぎてヤバい」
答えてから、くふわぁと大きな欠伸をした。口から零れ出る睡魔の存在感が、体の奥にある眠気の首元をこちょこちょとくすぐる。目尻に触れた人差し指が、じゅんわりと濡れた。
「へぇ、珍しいね。日曜日ってまとめて家事やってるんじゃなかったっけ?」
「そうだな……。昨日は思ってたよりやることがなかったんだよ。だから朝からずっとダラダラしてた」
正確には、だらけていたのは花火の家に荷物に取りに行ったあとからだ。とはいえ、花火のことはやたらと口外したい話でもない。
春斗の答えを聞いて、望月は春斗の机にだらりと項垂れる。
「いいなぁ。僕なんか昨日も一昨日も補修課題をずっとやってたんだよ!」
「それは勉強しなかったモチの自業自得だろ」
「そういう正論は聞きたくなーい!」
子供みたいに『あー』と言いながら耳を塞ぐ望月を見て、くすっと春斗は笑った。
望月は春斗にとって、唯一無二の存在と言ってもいい。もう一人親友と呼べる相手はいるものの、性別が違うせいで望月のように男友達のノリでは話せない。
無論、他にも友達はいる。ヤリチンとあだ名されてはいるが、去年から関わってきたようなクラスメイトであれば春斗のその噂が眉唾なものだと分かってはくれるのだ。
だがそれでも、望月やもう一人の親友以外には『意外といい人じゃん』と思われたいがために仮面を着けている自覚がある。そのことが悪いわけではないが、望月と話していた方が気楽なのも事実だ。
(ああ、でもあいつと話してても……)
一昨日知り合ったばかりの、自分と近しい立場の少女の姿がよぎる。
一緒に登校しようものならあらぬ誤解が生まれかねないので、時間をずらすことで今朝、話がまとまった。一足早く家を出た花火は、もう既に教室にいることだろう。
「そういえば補修と言えばさ、一昨日見かけたんだよね」
「見たって何を? 花子さんか?」
「あ、いやまぁ花子さんっていうか花咲先生にはあったけどさ……」
「ああ、そりゃそうか」
花咲花子、春斗たちのクラスの担任である。数学の先生でもあり、分かりやすい授業をしてくれるので生徒からは人気の先生だった。
トイレの花子さんではなく独り身の花子さんに出会ったらしい望月だったが、別にそのことが言いたいわけではないようだ。
「あの子だよ、あの子。ほら『小悪魔』って呼ばれてる」
「……桜内か?」
「そう!」
花火が話題に上がったことに、一瞬だけ動揺する。親に内緒で買った成人向け雑誌が見つかりそうになったときのような、妙なハラハラがあった。
「一瞬すれ違っただけだけど、凄い綺麗な子だったよ。まぁ楓には敵わないけどね」
「雑談に見せかけた急な惚気はやめろ」
「ハルはケチだなぁ。今の僕たちは一番楽しいときなんだからこれくらい許してよ」
「お前らの場合、それを言い続けてもう二年だからな?」
春斗が言ってから、二人でぷっと吹き出した。
望月には、中学の頃から付き合っている彼女がいる。名前は、赤羽楓。彼女は一つ年下だが、後輩というより幼馴染という印象が強い。
望月と楓が付き合い始めたときは、『やっとかよ』と思ったくらいだ。二人がなかなか付き合わなかった理由は察しがつくが、春斗としては二人に幸せになってほしいと思っていたし、今も思っている。
「っていうか、ハルもそろそろ彼女作ろうよ。ちょこちょこ、告白してくれる子はいるんでしょ?」
「ん……まぁな」
何とも言えない顔になる春斗。
望月の指摘は、あながち間違いではない。ヤリチンという最悪の第一印象さえ拭えれば、春斗はやや小物感はあるが充分に顔がいい。去年末くらいから、何度か告白されているのは事実だった。
「けどなんか申し訳ないだろ、そういうの。ヤンキーの優しい一面を見て惚れる的なアレだし」
「あはは、それもそうかも。見かけはチャラチャラでパーリーピーポーなのに中身は超真面目っていうか、潔癖だもんね」
「パーリーピーポーは地味に傷つくからやめような?」
「ふふ、ごめんごめん」
きっと二目惚れしているだけなんだ、と春斗はつくづく思っている。
余計な色眼鏡を外して見たときに、見てくれやら性格やらがギャップでよく見えてしまう。ギャップ萌えとは別種の、タチの悪い遅延性の一目惚れみたいなものだと言えよう。
(それに、俺と付き合っても大変なことになるだけだしな)
口には出さず、一人で苦笑した。誰かと付き合ってしまえば、自分のヤリチンの悪名が相手にどんな害を及ぼすか分からない。そんな状況で誰かと付き合う気などさらさらないのだ。
「でも、意外と桜内さんは春斗とお似合いなんじゃない?」
「急だな。なんでそう思う?」
「んー。昨日見かけたとき、何となく似てるなぁって思ったんだよね」
「それは俺も桜内も見かけが完全にDQNだからお似合いだねって意味じゃないだろうなッ⁉」
望月がそっぽを向き、ひゅーひゅーと下手くそな口笛を吹いた。
「そうかそうか、モチは俺のことをDQNだと思ってたんだな。桜内と付き合ってDQNカップルになればいいとか思ってたのか。これはもう、絶交かなぁ」
「じょ、冗談だって! ハルはともかく、桜内さんはそこまでじゃなかったから」
「俺だってそこまでじゃねぇよ⁉」
「う、うん。そういうことにしとこっか」
「…………髪、染めよっかなぁ」
高二の梅雨。春と夏の境目の季節らしく、春斗は分水嶺に立っている気分になった。
(まぁ、面倒だろうしやらんけど)
髪を染めるのも、染めたあとの周囲の反応も面倒くさい。そんなくだらないことをせずとも、春斗は自分の青春にそれなりに満足しているのだ。
ふと教室に目を向ければ、もう八割くらいのクラスメイトが登校してきている。春斗に挨拶をしてくれる生徒もそれなりにおり、お手本になれるほどではないまでも、充実している実感があった。
「そういえば。昨日桜内さんを見たとき、懐かしいなぁって思ったんだよね」
「懐かしい?」
言葉の真意を量りかねて望月の方を窺うと、彼は優しく微笑んだ。
「そ。あの頃のハルに似てるなって思ってさ」
「あの頃……ああ、そうか」
「うん。だからお似合いだなって思ったんだよ」
「…………そうかよ」
それは、あまり思い出したくない頃の話だ。望月もそのことは分かってくれているらしく、優しい微笑はすぐにほどけて、代わりに無邪気な子供みたいな笑みを見せてくれた。
「まぁ、そもそもハルってああいう子好きじゃない?」
「別に。そんなことないぞ」
「嘘だね。この前貸したラノベでも――」
「あーあー、聞こえませーん」
確かにゲームやラノベでは、花火のような容姿のキャラを好むことが多い。だが、別に花火は突飛な見た目なわけではない。亜麻色のミディアムボブだなんて山ほどいるキャラクターだ。
だから実際の花火とは無関係。
どしっとハンコを押すように、春斗は胸の内で力強く主張した。




