#12 ルール
家に帰ってまったりしていると、すぐに夕方になった。休日は何かをやろうという気概が奪われる日だが、今日の春斗は一層その傾向が強かった。雨でどうしようもなく気怠くて、昼飯も帰ってくるときに買った弁当で済ませたくらいだ。
まるで昨日よりも前から居候していたかのように自然とリラックスしていた花火だったが、ふと時計を一瞥してから声を上げる。
「あの、私思ったんですけど」
「少し悔い改めよう、と?」
「何でですかっ! 悔い改めることなんてありませんもん、大天使タマちゃんは天然ですもんっ。超オーガニックです」
「オーガニックだと、一応人の手は入ってるんだよなぁ」
そして、そもそも花火は一ミリたりとも天然ではない。というか、春斗は花火が天然を装っているところすらろくに見ていない。花火があざとアピールをネタの一環のように使っているせいだ。
春斗に指摘され、花火は少し頬を赤くしつつコホンと咳払いをする。
「そんな細かいことはいいんです。それよりも大切なお話です」
えっへんと胸を張る花火を見て、そこまで大切な話ではないと結論付ける。だが、別に無視をしたいわけでもない。春斗は花火に先を促した。
「私たちって昨日から一緒に住み始めてるわけじゃないですか」
「なんかその言い方だと語弊があるんだが? 俺がタマを泊めてやってるだけだ」
「つまり私をお持ち帰ったわけじゃないですか」
「…………オーケー、もういい。そこはいったん飲み込もう。それで?」
ある意味では、持ち帰ったという表現は間違いではない。花火のことが捨て猫のように見えたという点で言えば、奇しくも的を射ているから憎たらしい。本当なら訥々と説教したいところだったが、本題はそこではなさそうなのでやめておく。
「同居生活と言えば、すれ違いがつきものです。あとはラッキースケベとか」
「お、おう……まさかタマからそんな言葉が出るとは思わなかったわ」
「そうですか? 少女漫画とか、私結構好きですよ」
「あー」
「なんか、嫌な納得のされ方をしている気がします」
「まさか。少女漫画の悪役みたいな性格してるな、とか思ってないよ」
「むぅ、酷いです! 私は主人公と同じ男の子を好きになっちゃう主人公の親友ですよ」
ぷんぷん、とわざとらしい擬音が出そうな感じで花火が怒って見せる。言われた通りの想像をしてみると、闇が深い嫌なキャラが思い浮かんだ。堪らず、春斗はうへぇと嫌そうな顔をする。
「それ、もう絶対自覚的じゃん。主人公から奪い取れる気満々な上に付き合ったら速攻で飽きるパターンじゃん」
「そんなことないですよー! ――って、ほら、また話が逸れる! そういうところですよ、ハル先輩」
「悪い悪い、ついな」
花火の指摘に、春斗は楽しそうにくしゃっと笑いながら謝った。
実際、話していると話が本筋から逸れてなかなか進まない自覚はある。けれどもこれはあくまで雑談だ。多少の寄り道があってこそだ、と思う。そして、そう思えるくらいには、昨日今日で花火のことを好ましく感じてもいるのだ。
「けどまぁ、タマの言っていることももっともだな。確かに一緒に暮らしていくと色んなトラブルはある。タマが言いたいのは、そういうのを回避するためにルールを決めようって話だろ?」
「そゆことです。私的には結構長いことお世話になるかもなーみたいな感じなので、家事とかも分担したくて」
「なるほど」
春斗も、花火の意見には納得する。日中に桜内家で春斗が考えた通りなのだとすれば、花火はそう簡単には両親のもとには戻れない。話によっては一人暮らしを検討する可能性もあるが、女子高生の一人暮らしはどうなんだという思いもある。
いずれにせよ、長期スパンの関係になることは確実だと言えよう。ならお互いの精神衛生のためにも、しっかり決めるべきところは決める必要がある。
「一理ある。じゃあ、まずは家事の分担だけでも決めるか……」
「ですねー」
家事と一言に言っても、色んなものがある。炊事と洗濯、掃除あたりはポピュラーなところだろう。だがそういった分かりやすいところ以外にもこまごまとしたものが山ほどあり、そういった名前の付けづらい家事が原因でトラブルになりやすいと言われている。
とはいえその辺りのことは分担を決められない。トラブルを避けるためにもきちんと気を配ろうと決めつつ、今は可能な分担だけしていく。
「今朝みたいなこともあるし、朝飯を作るのは任せていいか?」
「はいっ! というか、料理は好きなので朝ご飯以外も作りますよ」
「そうか……? 流石にそれは負担がデカい気もするが」
「そうでもないですよ。今日だって、朝ご飯は結構すぐできましたし。使い慣れてないシャンプーだったので、髪が上手く決まらなかったんですよねー」
くるくると毛先を弄りながら花火が言う。嘘を言っているようにも見えないし、おそらく真実なのだろう。
「なら任せる。変わってほしいときはいつでも声かけろよ」
「はいっ」
元気よくきゃるるんと返事をした花火は、何かを思いついたように『あっ』と声を上げる。
「料理もなんですけど、できれば洗濯も私がやりたいです」
その提案には、流石に春斗も渋い顔をする。
何かの冗談だろうか、と花火の顔を窺ってみる。だが、彼女は飄々といつも通りの笑顔を見せているだけだった。
「洗濯も、ってのは負担がデカいだろ。居候とは言ったが、やたらと気を遣う必要はないぞ。タマを泊めてるのは俺の自己満足みたいな部分もあるんだから」
「はあ。あの、なんかいい感じに語ってるところ申し訳ないですけど全然気とか遣ってないですし、そのつもりもないですよ」
「あれっ⁉」
「下着とかもあるのでハル先輩に任せるのは嫌だなって思っただけです。わざわざ二人で分けて洗濯するのも手間ですし」
「ああ、そう……」
あまりにも華麗に空振ってしまい、春斗は気の抜けた声を漏らしてしまった。
にやーっとからかうように花火が笑う。
「かっこよかったですよぉ、せんぱぁい」
「うっ……こ、この話はやめだ、やめ!」
「はぁーい」
氷をたくさん頬張りたい。そう思わざずにはいられないくらいに顔が火照ってしょうがない。
黙っているとまた言われそうなので、春斗はすぐに切り替える。
「掃除は……それぞれの荷物に関しては自分でやるか。その他のことは基本俺がやる。ゴミ捨てとかその準備も俺で」
「ですねー。私的にもそんな感じでオッケーです」
「うい。あとはなんだ、風呂か」
「ですです。昨日は私が先でしたけど、どうします?」
昨日と言われて頭によぎるのは、春斗のトレーナーを着た花火の姿だった。ほんのり桜色に染まった脚を思い出して、一瞬言葉に詰まる。
「き、昨日と同じでいいんじゃないか?」
「ふむふむ、了解です」
これで話すべきことはだいたい話せているだろう。他の細かいルールは、生活していく中で決めた方が手っ取り早い。
「あ、あとバイトはしてる。火曜と木曜だから、その二日間は帰りが遅くなるはずだ」
「なるほどです。そういう日って、鍵はどうします?」
「あー、鍵か……」
言われて思い至る。ここでスペアの鍵を渡せれば楽だが、そうもいかない。両親に渡してあるほかはスペアキーはなく、必要なら管理人に申請しなければならない。
(いつかは作んなきゃだけど、あの人に絡まれるのはダルいしな……)
知り合いの管理人を思い出すと面倒くささが勝ってしまう。もう少し生活が落ち着いてからにしたいところだ。
「じゃあ花火に渡しとくわ。俺は友達と寄り道したり、委員会の仕事したりして帰りも遅くなるし」
「私が用事あるときはどうします?」
「予め分かってるときは教えてくれ。そうじゃなきゃ待つ。但し、事前に教えていようといまいと、帰ってくるのが遅すぎたら説教だ」
「うわっ、めんどくさっ。同棲始めたての彼氏みたいなこと言いますね」
「やかましい」
会話に区切りをつけるようにチョップをすると、花火はてへぺろとあざと可愛く舌を出した。
「改めて明日からよろしくです、ハル先輩」
「おう。よろしくな」




