宿題の答え合わせ
この皇宮では見た事もない豪華な料理に驚きながら口へ運んでみたけれど、すっかりレヴィ料理に慣れてしまったせいか、精神的に辛いせいか受け入れられなかった。今までなら折角用意してやったのにという視線が痛かったはずなのだが、悪阻なので仕方がないという掌を返した雰囲気も受け入れられず、体調不良を理由にさっさと客間へと戻った。
ソファーに腰掛けてサマンサが用意してくれた金平糖を口に運ぶ。優しい甘さが美味しい。ここ数日ろくに食べていないから、これではいけないのだろうけど食欲がわかない。今夜は少しだけパンを食べたからましかな? この皇宮にすえていないパンが存在するのは当たり前なのだけど、自分の前に出てきた事が衝撃だった。だけどパンもレヴィの方が美味しい。早くレヴィに帰りたい。
ノックの音がして殿下とシェッドの使用人が入ってきた。使用人は水差しとグラスをベッドの脇机に置くと一礼して部屋を出ていく。殿下が頼んでくれたのだろうか。本当にここ数日は殿下が優しすぎて辛い。王宮に戻ったらまた顔を合わせない生活に戻るだろうから、むしろ今この生活を噛みしめておくべきなのだろうか? それよりも先に殿下に父のくだらない筋書きを伝えなければ。このままでは殿下の命が危ない。
「どうかした? 皇帝陛下から政略結婚の本当の理由を教えて貰った?」
殿下が向かいのソファーに腰掛けていつもの笑顔を浮かべている。そうか、宿題の答えはこれで殿下は最初から知っていたのだ。知っていたから子供が要らなかったのだ。父の野望を叶えない為には私と関係を持たなければそれでいい。私はあの夜、何という事をしたのだろう。あの時殿下の腕さえ掴まなければこのような事にはならなかった。殿下が帰ろうとしたのを私が無理矢理引き留めてしまったのだから。
「申し訳ありません。信じて貰えないかもしれませんが、本当に何も知らなかったのです」
「知らないというのは見ていればわかったよ。もし知っていたら私に抱かれようと努力をしたはずだろう?」
確かにそうだ。私は三年殿下に抱かれない事を辛くは思っていたけれど、抱かれようという努力はしなかった。自分の身体が貧相なのを変える事も出来ず、殿下に相応しい女性にもなれず、ただ与えられた公務をこなして、たまに大聖堂に顔を出して、殿下の女性関係を知らないふりしていただけ。よく考えれば私の態度は酷い。殿下はきっと仮面夫婦が望みなのだろうと判断していたけれど、もう少し歩み寄る努力は必要だったのかもしれない。だけど私は無関心から嫌いに変わるのが怖くて、殿下の迷惑にならないようにとしか考えられなかった。
「ナタリーが自分を責める必要はない。あの夜、私は自分の判断で行動したのだから」
「しかし私が引き止めなければ……」
「君のせいではない」
殿下の作り笑顔を見ているのが辛い。私はどうして殿下を苦しめる事しか出来ないのだろう。私は殿下の子供を身籠って嬉しいけれど、殿下にとっては違うのに。
「この子が女の子なら問題はないのですよね?」
「そうだね。レヴィは女性に王位継承権はないから」
やはり殿下はわかっている。わかっている上でこの政略結婚をしたのだ。だけどそれなら何故産んでもいいと言ってくれたのだろう? 何か考えがあるのかもしれない。いや、きっとあるに違いない。レヴィにとっても必要な政略でなければ成立しないのだから。私にはそれが何かはわからないけれど、産んでもいいなら絶対に産みたい。
「勝手な事を言いますけれど、もし妊娠していたら産ませて下さい。女の子なら大切に育てます。男の子だった場合は殿下の判断に従いますから」
「ナタリーは私に息子を殺せとでも言うの?」
殿下の瞳が冷たい。言葉を間違えた。チャールズを自殺に追い込んだと責めている殿下に、何という事を言ったのだろう。本当に自分の言葉選びの感性のなさが嫌になる。
「違います。私はシェッドなどどうでもいいのです。例えば廃太子や死産のふりをして修道院に預けるなど、何か道はありますよね? 授かった命は尊いもので平等に愛される資格があるのです。命を奪うという選択肢はありえません」
殿下はルジョン教の信者でないのだから、この理屈が通じるとは思わないけれど、私にはこれ以上考えられない。殿下の子供だから産みたいと言えば殿下を苦しめそうで言えないし、もっと上手く言う事が出来るはずなのに他に何も浮かばない。どうして私はこうも機転がきかないのだろう。
「それは生まれた後から考えても遅くはないと思う。まだ妊娠したと確定したわけでもなければ、無事出産出来るかもわからない。チャールズのように病弱かもしれないし」
生まれた後で大丈夫なの? 自分の命がかかっているのに、そんなに悠長な事でいいのだろうか? だけど国王陛下はまだ元気そうだし、殿下が王位を継ぐ事が前提なのであって、今はまだシェッドも動けないはず。時間の猶予はあるのかもしれない。
「わかりました。何の力もありませんけれど、私に出来る事があったら指示をして下さい」
「何もしなくていい。急にナタリーが態度を変えたらおかしいだろう?」
それはそうかもしれないけど、私は役に立たないと言われているようで悲しい。殿下の為なら本当に何でもするのに、やはり私では駄目なのだ。殿下を癒してくれる女性を探さなければ。
「それとスティーヴンから話を聞いたけど、余計な事はしないで欲しい」
進言は出来ないなんて言っていたのに、結局スティーヴンは側室の件を殿下に話したの? あの人は表面的過ぎて何を考えているのか全く見えない。
「殿下はお忙しいですし、寝る時は安心出来る方が隣にいた方がいいと思うのです」
「私は別に君の横で眠れない事はない」
それはそうだろうけど違う。心を許せるような存在が必要だと言いたいのに上手く伝わらない。私はシェッド出身である以上、殿下の心を許せる人間にはなれない。ましてや今殿下の命を脅かす可能性があるのに、あの寝室で横にいていいはずがない。
「精神的に負担がかかると流れやすいと聞く。今は私の事など考えず自分の体を労わればいい」
私は大人しく頷いた。まだどうなるかはわからない。妊娠しているかもわからないし、妊娠していたとしても必ず健康な子供が生まれるとは限らない。殿下には申し訳ないけれど、今は女児を身籠っている事を願い、無事に出産出来るよう配慮をした方がいいかもしれない。余計な事と言われたから、私の判断は余計なお世話だったのだろうし、これ以上食い下がるのは多分殿下に悪い。殿下ならきっと自分で探せる。私が口出ししない方がいいのだ。




