家族との再会 衝撃と嬉しさと
予定より四日遅れてシェッド皇宮に到着した。殿下は優しく私の手を取り、ゆっくりと歩いてくれた。ずっと優しくして下さるので勘違いしそうになる。これは妊娠中の妻に優しくする夫を演じているだけ。私も嫁いで幸せに暮らしていますと振る舞おう。ここでは虐げられた記憶しかなくて本当は嫌だったけれど、殿下が手を取ってくれるから頑張れる。虐げられていた事などわからないように振る舞わなければ、殿下に不審に思われてしまう。
謁見の間では玉座に父が腰掛けていた。殿下は私に気遣うようゆっくり父の前まで進むと一礼をする。
「皇帝陛下、この度は皇帝即位真におめでとうございます。祝賀会に間に合わず申し訳ございませんでした」
「我が娘の妊娠による遅れと聞いている。気にしなくていい」
父の機嫌がいい。怖い。私を見る瞳はいつも冷酷で、徐々に顔も合わせなくなった娘の妊娠がそれほどに嬉しいの?
「ナタリー。悪阻は大丈夫か?」
「はい。大丈夫です」
やはり怖い。何故気遣うような言葉が出てくるの。急に態度を変えられたら、どうしていいのかわからない。父の機嫌がいいうちに早く帰りたい。
「エドワード殿。娘と二人で話したいので、少し席を外して貰えるだろうか?」
私は父と話す事はないから置いていかないで! と心の中で叫んだものの伝わるはずもなく、殿下はかしこまりましたと言って一礼すると、従者に案内されて部屋を出ていってしまった。この広間で父と二人きり。こんな苦痛があっていいのだろうか?
「嫁いで三年もかかるとは思っていなかった」
そんな事を言われても抱かれていなかったのだから仕方がない。むしろ一晩しか抱かれていないのに妊娠したかもしれない私を褒めてくれてもいいくらいだとは思うけど、そんな事実は口が裂けても言いたくない。
「身体は大切にしろ。健康な男児を産め」
「性別はまだわかりません」
「男児しか要らぬ。女児なら乳母にでも預けて男児を妊娠する努力をしろ」
あぁ、やはりこの人は変わっていない。自分が欲しい物しか要らないのだ。生まれてくる子供の性別なんて気にしなくても、殿下の子供なら可愛いに決まっているのに。
「何故男児に拘るのですか。どちらでも構わないではありませんか」
「女では王位継承権がないから意味がない」
私は眉を顰めた。まだ殿下は王太子でレヴィ国王陛下も御健在だ。何故今から王位継承権の話を始めなければいけないの?
「この政略結婚の意味を説明していなかったな。ナタリーが男児を産み、育てている間にエドワードは国王になるだろう。そしてお前の子供が王太子になった時エドワードには消えて貰う。お前の子供が王位を継ぎ後見人としてレスター卿が就けば、レヴィ王家は我がシェッドの物になる。どうだ? 素晴らしい筋書きだろう?」
父は自信満々の顔をしている。何が素晴らしい筋書きだ。全く素晴らしくないし、そのような事は出来るはずがない。私は信じられない父の言葉に眩暈がして、その場に座り込んでしまった。
「どうした、ナタリー?」
「申し訳ありません。眩暈がしてしまいました」
「そうか。すぐ休むといい。その子が流れては大変だからな」
父は私を部屋まで案内するよう従者に指示をした。私の眩暈を妊娠によるものと勘違いしたのだろうが、あれ以上会話をする事もないから助かった。
しかし移動する途中、会いたくない人が前方から歩いてきた。
「ナタリー、随分遅かったな」
兄の機嫌がいい。これはこれで怖い。三年前では信じられない事ばかりだ。
「申し訳ありません。馬車移動が思ったより辛くて」
「あぁ、話は聞いている。予定通り来たら私の妻を紹介したのに」
え? 兄が結婚? 常に自分が一番で自分の身を守る為には何でも嘘を吐くこの人が結婚? 周囲には自分を肯定する者以外置かない人が結婚??
「結婚されたのですか? それは存じ上げませんでした」
「いや、まだだ。彼女は一旦帰国したから時期を見て迎えに行く予定だ。結婚式には招待してやる。ありがたく思えよ」
兄は笑ってそう言うと歩いて行った。それは逃げられたのではないの? だけどそう言うと兄に怒られるのはわかっているから黙っておこう。もう兄とは出来たら関わりたくないし、万が一結婚式の招待状が届いたら上手く断ろう。
従者に案内された部屋は以前使っていた地下室ではなく客間だった。こんな部屋が皇宮内にあった事を私は初めて知った。部屋には私の荷物が運び込まれていて、昔の私からすると待遇が良すぎるが、理由を知ってしまった以上嬉しくはない。しかし殿下はどこにいるのだろう? いくらレヴィ王宮より狭いとはいえ闇雲に探しに行ってすれ違っても困る。私は大人しくソファーに身体を預けた。暫くしてノックする音が響いた。
「ナタリー、大丈夫?」
部屋に入って来たのは心配そうな顔をした母だった。母も相変わらず細いけれど元気そうで安心した。
「私は大丈夫です。母上こそ大丈夫ですか?」
「えぇ。陛下がナタリーの様子を見に行くようにと仰ってくれたの。悪阻がひどいのでしょう?」
「馬車移動が辛かっただけで今は大丈夫です。そうだ、母上にお土産があるのです。受け取って下さい」
私はソファーからから立ち上がると、運ばれていた荷物の中から袋を手に取って瓶を一つ取り出し、振り返って母に差し出した。
「このひざ掛けはレヴィの毛織物でとても暖かいので使って下さい。それと殿下の妹君がお勧めの金平糖というお菓子です」
「ありがとう。気を遣わなくてよかったのに」
「私はレヴィで幸せに暮らしています。私の事は心配しないで下さい」
私は微笑んだ。母には心配をかけたくない。母はきっと辛い生活のままだ。本当は連れ出したいけれど、それが叶わない事はわかっている。
「それと素敵なウェディングドレスをありがとうございました」
「あれは私のドレスをナタリー用に調整したものなの。気に入ってくれたなら嬉しいわ」
あのドレスは母が着た物だったのか。今も衣裳部屋に置いてある。色々と殿下に揃えて貰ったけれど、あのドレスは特別だ。あのドレスを見ると落ち込んだ気持ちが少しましになる。殿下に抱かれた次の日もあのドレスを見て、今まで通り振る舞おうと決心出来た。
「ナタリーには本当に申し訳ない事をしたわ。私に力がないばかりに、貴女に苦労させてしまって本当にごめんなさい」
「母上、謝らないで下さい。私は本当に幸せなのですから」
母が悪くない事はわかっている。皇帝陛下に意見出来る人などこの国にはいない。祖父が私を地下室に閉じ込めた以上、誰も逆らえなかった。父はそれがなくとも私の事など興味がなかったけれど、それ故に母になす術はなかったのだ。むしろ幽閉されたのは私の事を父に訴えたからだ。父もまた自分に意見する者を避ける。
「えぇ。ナタリーは綺麗になったわね。貴女の顔が見られて安心出来たわ。悪阻で辛いでしょうに来てくれてありがとう」
泣きそうになって私は母に抱きついた。母も優しく抱きしめ返してくれた。この皇宮で唯一私を愛してくれた人。祖父と父と兄のせいであまり会えなかったけれど、私にとってかけがえのない大切な母のぬくもりはいつも安心出来る。
「ナタリー、私の事は考えなくていいわ。貴女の信じる道を生きなさい。たとえそれがシェッドの為にならなくても、私はナタリーを応援しているわ」
母は帝国語から母の母国語に変えてそう言った。私は驚いて母を抱きしめる力を緩める。まさか母は父の計画を知っているのだろうか? 私は不安な表情のまま母の顔を覗き込んだ。母は微笑むと私のお腹に手を当てる。
「ナタリー。賢く生きなさい。この子は貴女の子でありレヴィの子。ナタリーはレヴィ王太子妃として振る舞えばいいのよ」
「母上……」
私は涙を堪えきれなかった。それを母が優しく袖で拭ってくれる。
「大丈夫。私もマリー様もいつでもナタリーの味方よ」
私は母の言葉が嬉しくて頷くのが精一杯だった。




